Take2―35 太陽
鸞とは中国に伝わる神鳥である。
そして、鸞とは鳳凰の別名とも言われている。
「不死鳥の如く蘇るにはオイラの能力はちと難点でな。回数制限は辛うじて免れたけど時間制限がくっついちまったぜ」
鳳凰とはフェニックスなり。そう唱える説もある。
鸞、鳳凰、フェニックス……。
ケツァールは神話に登場する鳥類の原形であり、原点であった。
自らを燃やし灰となり、そして新たな身体へと生まれ変わるフェニックス。
しかしトリニコの能力はフェニックスそのものでないことによる反動か、他者の回復が自身よりも緩い条件のもとで可能となった。
「原点回帰さ。時間逆行ともまた違うかね。燃やして燃やして新しくなる。爪も腕も胴体も、足も顔も……脳さえも……頭脳さえも」
トリニコ自身にも理解できない範疇であるが、全身をくまなく新たな肉体へと再生し直しても記憶や心はそのままだ。
脳とは、心とは何処にあるのか。
全く同じものであるからこれまで通りなのか。
それとも心は能力と直結している故か。
「腕も再生した。足も再生した。オイラはこれでまた立ち上がれる」
トリニコの全身を炎が包んだ瞬間に、その灯で探ったのだろう。
迫る黒の腕を正確に避け、その最中に爪痕を残していく。
傷の大きさは先ほどまでと同じ。
少し血が出るくらいの引っ掻き傷である。
痛みは悲しくなるほどに弱い。
何だ……
別に腕が再生したからといって、
足が生えてきたからといって、
暗き森では可視困難の黒の腕を見破ったからといって、
今まで隠していただろう能力を使ったからといって、
覚醒したわけでは無いのか。
ただ元に戻っただけ。
パワーアップなんてしていない。
また、一方的な殺し合いの再開である。
シャルドレーダがそう思った瞬間に、傷口が発火した。
「な、に……?」
自身の腕が燃え盛る。
裂傷ではない。熱傷の痛み。
そして、動物が本能的に避ける火が眼前で燃え盛っていた。
「……悲しくなるほどに、見かけほど大した熱量ではないですね」
しかしシャルドレーダは慌てず、すぐさま自身を燃やし尽くすほどでは無いと把握するや黒の腕を燃え盛る自身の腕に纏わせ、強制的に空気を奪い鎮火させた。
「……今のでやれたと思ったんだけどな」
これには仕掛けた方のトリニコが困惑していた。
仕留めきれると思っていた切り札である。
火に驚きのたうち回っているうちに全身へと廻った炎で燃やしきる算段であった。
「オイラも隠していたようにアンタもまだ力を隠していたってわけかい?」
「ああ……悲しいです……よもやそのような勘違いをなされるだなんて。先ほどから此方は見せていた。しかし、其方は見ることが出来ず、暗闇に紛れた此方の腕を避けるばかり」
「……? 分からねえけどよ、要は、そこにあるってことだよな。さっき照らしたら見えたように、また灯を灯せばその正体も見えてくるってわけだな」
ならば、やることは限られてくる。
トリニコにしか出来ないこと。
再び炎を灯すこと。
「……まだ再生の炎は灯りそうにねえか」
トリニコは自身の体を見る。
小さな傷は付いているが、死に直結するようなものはない。
回復は要らず。
しかし灯は必要。
「アンタにまだ切り札があるように、オイラにもまだ奥の手はあるんだ。奥の手というか第二段階ってやつかな。奥の手は後出しの方が勝つってのも闘いの決まりだけどよ、出させる前に勝てばいいって話もあるよな?」
トリニコの全身に再び炎が宿る。
全身を燃やし尽くすほどの煌き。
「……これほどの熱量をまだ隠し持っていたのですか」
熱風に耐えかねてか、シャルドレーダは顔の前に手をかざす。
それだけでは足らずに黒の腕を、まるでこれから来るであろう攻撃に備えるが如く配置していく。
「隠してたってわけじゃないよ。ようやく、熱くなってきたってだけだ。アンタを殺せるくらいの温度にな」
トリニコの炎は、相手を殺すには余りにも暖かすぎた。
せいぜいが細胞を活性化させる程度の再生の炎。
再び生える、ではない。再び生きる炎である。
回復としては優秀な炎だが、それだけでは闘えたものではない。
「別にオイラは回復に特化してはいるが偏ったわけじゃない。スロースタートって言った方が正しいのかな。小さな炎を集めて収束して凝縮して、ようやく出来上がるんだ」
トリニコの全身を覆っていた炎は掌に集っていく。
そこにはウッホを始めとしたミガテやホミー、ルビーの顔が映っていた。
「小さな炎を渡して、相手に再生の炎として成長させる。再生完了を契機として返却してもらうんだ。そうして、オイラの炎はどんどん大きくなっていく」
およそ10回程だろうか。
傷の大小もあるから、その炎の大きさが正確な負傷者何人分と測ることは出来ないが、トリニコ一人で集めるよりも遥かに大きなものとなった。
「おお……私の中で悲しさが溢れてくる……」
「悲しいとかさ、そんな感情は捨ててもっと笑ったらどうだい? オイラはへらへらと笑えるよ。だって、一番弱いオイラがせめて笑っていなくちゃ、誰が余裕を見せてくれるんだって話だぜ」
熱量に比例して周囲も照らされていく。
シャルドレーダの隠されていた黒の腕が浮き彫りにされていく。
「……こんなにいやがったのかい」
照らされた黒の腕の数は百では済まないだろう。
日光に照らされた吸血鬼のように、黒の腕は日陰を求め、あるいは主であるシャルドレーダの下へと帰っていく。
それら全てが先ほどまで自分の周囲で蠢いていたかと思えば身震いがする。
一斉に動かすことは可能なのか。あるいは動かせなかったからトリニコはこうして五体満足で立っていられたのか……先ほどまで片腕片足を失っていたが。
「シャルドレーダさんよ、アンタは笑ったことがあるのかい?」
「……ありません」
「ならさ、オイラの攻撃を笑いながら受けてみろよ。悲しさは逃げだ。力なんて十分に発揮出来やしない。アンタは精神力がオイラに負けているんだ」
それはある種の挑戦で、駆け引きであった。
トリニコの攻撃を避けるのではなく受け止めろと。
外せば次の手が無いトリニコとしては確実に当てたい。
揺さぶりをかけていく。
「オイラ達は生きているんだ。生きるってことは前を向くってことだ。後ろ向きで生きるなんてそんなの死んだも同然だ。これから生き返ろうと闘い争うオイラ達に、そんな感情は相応しくない」
「私はメイメイ様の為に……」
「ならそのメイメイ様が死んだらどうするんだい? アンタも後を追うってのか? 違うだろ! アンタがそいつのことを好きだってんなら、そいつの分も生きるくらいの気持ちを見せてみろよ。野生は生きようと藻掻く動物達の集まりだ。カラスだって人間社会に脅かされようと立派に生き残った野生の動物だろう!」
「……ッ!?」
その言葉でシャルドレーダの目に光が灯る。
目が覚めた、あるいは目が冴えた、か。
暗がりの中で一筋の光明を見つけたかの如く、シャルドレーダの目はトリニコを真っすぐと捉える。
「トリニコよ……来なさい。悲しさを吹き消し飛ばすような、強烈な光を」
「それならオイラの光がぴったりだ。食らえ、『鸞の心』!」
トリニコの全身から集った熱は太陽の如く燃え盛る球体となった。
それを手毬のように手の中で弄ぶと、不意にシャルドレーダへと放った。
回避しようと思えば出来る速度。
だが、シャルドレーダは決してしない。
しないと、心の中で決めてしまった。
トリニコに誘導されてしまった。
逃げることなく眼前に配置した黒の腕で防御姿勢を構えている。
これで勝てる。
トリニコは避けないシャルドレーダを見て勝利を確信した。
防げる防げないの話ではない。
トリニコの熱の球体に備えるということは、つまりは太陽を相手にするようなものだ。
太陽の熱量から生き残れる生物なんて本当に片手に収まるほどだろう。
生命力に満ち溢れていても一瞬で蒸発させてしまう。
シャルドレーダも周囲の様子を見て気が付いたようだ。
球体によって周囲が明るくなっていく。
それよりも先に空気が乾燥し、木々が表皮から蒸発していく様を。
「『烏の心』!」
幾重にも黒の腕を重ねようともすでに遅い。
これの攻略法は回避する。その一点だ。
受け止めようと考えた時点で死は確実となっている。
黒の腕を飲み込み球体は全く止まることなくシャルドレーダへと向かっていき……
「終わりだぜ」
シャルドレーダを巻き込むと爆発するかのように白光が辺りを包み込んだ。




