Take2―34 黒手
【闇より深き森】
「悲しい……これほどの実力差がありながら……其方はまだ立ち上がるのですか……トリニコよ……」
悲しい、悲しいと呟く女と対峙するのはトリニコである。
チームの中でも回復役と、動物の中でも珍しい能力を持つ彼は1人で敵チームの動物と向かい合い、互いの武器である能力をぶつけ合っていた。
しかしながら彼女の言う通り、実力差は明白であった。
トリニコの体中には致命傷とまではいかなくとも、小さな裂傷がいくつも付けられていた。
運動神経の鈍いトリニコが走り出して勝手に転んで自滅した傷ではない。
目の前の女、カラスのシャルドレーダの能力によって付けられた傷である。
「……いやはや能力もさることながら場所も悪いってことよ。オイラは日が高ければ高いほど闘いやすいってのに、アンタはその能力を十全に使うためにこうして暗い森の中に引きこもっているっていうね」
空を見上げても、そこには木々が湾曲しているように覆うのみ。
現時刻すらあやふやなまま、トリニコは体内時計でだいたい昼を回ったくらいかと推測する。
「なんでオイラは日が高い方がいいかって? そりゃ鳥目だからさ! って、アンタも鳥じぇねえかって話には……ならねえか」
「此方はすでに能力で暗闇を克服しています……其方は更にハンディを背負っているとは……悲しすぎる……」
そもそも、カラスは夜間であっても活動が可能な鳥類である。
闇に紛れる漆黒の翼をもつカラス。
光に当たることで羽根の美麗を飾るケツァール。
暗闇でどちらが優れているかは比べるまでも無い。
「『烏の心』」
「……チィッ、またこれかよ」
そしてシャルドレーダの能力は闇のように真黒な腕を作り出し操作することであった。
暗闇の中での真黒な攻撃。
黒の腕はトリニコの索敵をすり抜け簡単に届いてしまう。
完全な黒ではないシャルドレーダの位置取りさえ危うげなのだ。
闇に紛れた攻撃などトリニコに把握出来るはずもない。
「ぐぅっ……」
それでも未だにこうして無事とまではいかずとも満身創痍ではない理由としては黒の腕の攻撃力は大したことは無いということだ。
トリニコはこれまでに食らった攻撃の感触からしてシャルドレーダの腕力と同等のもの。
メスの鳥類。動物として平均的以下の力であるため、数撃くらいではミガテにすら劣る。
「正確過ぎるってのは、性格かい? 悲壮悲観を謳っているけど、そいつは恐怖を感じているからこその裏返しか。おかげで何とか紙一重だぜ」
タイミングはシャルドレーダの能力発動の号令。
それに合わせて横に跳ぶ。
いくつかの腕が掠るが、着弾地点はすでにトリニコのいない場所。
「悲しい……無駄に生を永らえ、無益な痛みが増えていく。其方を殺すまでが愛おしく遠い……」
「なら、この手を止めてくれるとオイラは嬉しいんだけどな。悲しさを謳う前に非暴力、非戦闘を謳ったらどうだい」
「それではメイメイ様の命令を果たせなくなります……悲しいことですが其方には死んでいただきたい……」
同時に何本の黒の腕を生み出せるのか。
視界も狭まる暗い森の中だからこそ、着弾の音でしか推測できない。
だが、1本や2本ではきかないのは確かである。
「こんにゃろっ……オイラ鳥だから猫ぽいのは天敵だけどにゃ!」
にゃーにゃーと言いながら小さな爪をたてて黒の腕を引っ掻いてみる。
避けた先で着弾した場所に何となく腕を振るってみただけであるが。
猫の手も借りたいこの場面で自身が猫のように振る舞いつつ、腕も振るう。
果たしてその手ごたえは……
「痛い……悲しいです……」
あった。
シャルドレーダは自身の手を抑え、苦痛に顔を歪めている。
その手からは一筋の血が垂れていたが、残念ながらトリニコの視力では確認できない。
だが、相手の反応からこの黒の腕とシャルドレーダの腕がリンクしていると気が付くことが出来た。
「攻撃手段であり弱点ってわけか……アンタに近づくことなくオイラも攻撃出来る……と」
だが、それでもシャルドレーダを倒すには至らない。
腕は攻撃手段であり、急所ではない。
トリニコの爪が腕をもぎ取るなりして出血多量に出来れば良いが、出来ることは掠り傷を負わせる程度。
首ならまだしも腕である。せめて手首の太い動脈でも狙えればだが、狙いもまともに付けることの出来ない暗闇の中では当たれば僥倖。
「……一方的な展開から少し持ち直せたって程度か」
「そう……反撃を試みるとは……希望を持たせてしまい悲しい……。そこから反転し堕ちてしまえば、ただ平地から落ちるよりもダメージは大きくなってしまう……」
「オイラは鳥だぜ? アンタも鳥か。落ちるより先に羽ばたいてみせるぜ」
羽根も小さくなり飛行も叶わなくなったトリニコは強がる。
対するシャルドレーダの背には身の丈に迫る翼が生えていた。
レイブンとはオオガラス。
渡り鳥としても知られるこの鳥類の翼は飛ぶために存在する。
「落ちたくはない……それは誰しも思うこと……此方も落ちたくはない……」
「だったら――」
「だったら、闘いを止めるとでも? この森において最後の足場は一つだけ。此方か其方、互いに蹴り落として残ったものだけが敗者の落下の行く末を見ることが出来るのです」
トリニコの背後から何かが軋む音が聞こえる。
風を切る音。
巨大な物体が自身に迫る圧迫感がトリニコを襲う。
実際に見えているわけでは無い。
動物的本能がすぐに回避しろと警鐘を鳴らしているだけだ。
「何だか分からないけど……!」
避けなければ死ぬことは分かった。
巨大な物質はその重量がトリニコに致命的なダメージを負わせるに足ると理解出来た。
だが、見誤った。
その巨大な物質の質量はおおよそで推測出来たが、どこまで巨大なのかはおおよそで推測しただけでは躱しきれない。
「……捉えました……悲しき獣はこれで逃げられない」
「ぐぅ……ぐあぁぁぁぁ!」
トリニコの眼前に来てようやくソレが何かを理解した。
巨木だ。
おそらくはこの森の中に生えている1本。
どうやってだかは分からないが折ったのだろう。
黒の腕を束ねて力を合わせたのかもしれない。
しかしそれを今理解してもすでに遅すぎた。
トリニコの眼前にある巨木。
数百年を優に超える年月を生きた自然の先達はトリニコの頭や胴を捉えることは出来なかったが、右手と右足を潰していたのだ。
「ちくしょう……骨も砕かれてやがるぜ……」
脳からアドレナリンが放出されたか不思議と痛みは感じない。
感じないからこそ、この状態が非常に不味いのだと思わせる。
すぐにでもこの場から移動しなければ第二、第三の木々が薙ぎ倒されることだろう。
トリニコであれば絶対にそうする。
「……其方もきっと思ったことでしょう……此方の腕は力という点においてそれほどではない。其方を嬲り殺しにしようとすれば時間がかかります」
「嬲り殺しとか、済ました顔して物騒なこと言うねぇ」
「……? 此方は悲し気な顔をしていませんか?」
「さあね。そう大して見えねえよ。オイラは適当に言っただけだ。こんな会話は時間稼ぎ。覚悟を決める為に心を落ち着けたかっただけさ」
トリニコは体を回転させる。
その勢いで潰された腕と足を置き去りにするように引き千切る。
「うぅっ……」
傷口を改めて確認し、覚悟を決めて受け入れてしまったためか痛みが遅れてやってきた。
顔を顰めながら回転したまま地面を転がっていく。
地面に切断箇所から血をぶちまけて、ようやく木にぶつかり止まる。
同時に、軋む音がし、巨大な物質が落ち地面を揺らす。
場所は少し離れている。
今度こそ回避には成功していた。
「……もう十分でしょう……其方は努力をしました。……頑張った……抗った……応戦した……一矢報いた。どの言葉が欲しいですか? ……しかし残念ながら……その後にはだが負けたと、そう付けるしかない」
片腕片足を失い立つことすらままならない。
木を背にし座り込むトリニコを前にしシャルドレーダは涙を流す。
「ひと時の間でした……一期一会の出会いは別れの瞬間でもある……其方とはもう別れのようです……死に別れて、そして此方は誰と出会うのでしょう……」
木々が騒めく。
何かが揺らしたかのような揺らめきの大きさにシャルドレーダは一瞬だけ目を逸らすも、すぐにトリニコへと視線を戻す。
「『烏の心』」
黒の腕がトリニコへと迫る。
一つ一つの威力は低くともそれがいくつも重なれば、脆いトリニコの防御力では耐えきれない。
もはや動くこともできないトリニコは一言、
「『鸞の心』」
トリニコの体を暖かな火が包み込んだ。




