Take2―32 母親
【幾年も前のこと】
ハイエナとて狩りはする。
他者の獲物を奪うだけではなく、自身達だけで草食の獣を殺し喰らうことも多々ある。むしろ、ライオンなどの強者に獲物を奪われることだってあるのだ。
俊足と群れという数の利を生かした狩りがあるからこそ、腐肉漁りや獲物の横取りだけでなく殺し喰らう狩りをも成功させていた。
きっかけはとある狩りの途中であった。
シマウマを12匹で構成されたハイエナの群れが囲み、見事に一匹仕留めることが出来たのだが……そこに乱入者が出現した。
まだ幼きミガテは実戦経験を積むためとついて来ただけであったが、当然ながら乱入者であるライオンに真っ先に狙われた。
ライオンとてシマウマの死骸を狙っただけであって、ハイエナを殺し喰らうつもりは毛頭ない。だからこそ、追い立てる意味でのその場で最も弱いハイエナの子供を脅かそうとしだだけであった。
だが、子供を守ろうと立ちはだかる存在があった。
ミガテの母である。
勇敢であり無謀でもある行動にライオンは一瞬、驚いた後にその牙を剥きミガテの母の喉元を食い千切った。
「あ……」
「フハハ。最恐たる俺に挑むとは蛮勇甚だしい。その意気は認めよう。よって、その守りたかった貴様の子は、今は見逃すとしよう」
そのライオンはミガテを一瞥するとシマウマの死骸を引きずり何処かへと去っていった。
その場に残ったのはミガテと母のみ。
「おい……死ぬのかよ」
ライオンの威圧により群れの仲間達は散り散りとなってしまっていた。
こういう時どうすればよいのか、何もしないことが正解なのか、それとも何かをしなければならないのか。
まだ幼いミガテには判断が付かない。
「俺は何をすればいいんだ……教えてくれよお袋」
分からないからこそ、目の前の当事者に聞くしかなかった。
痛いのであれば傷口を舐めよう。
水が欲しいのならば水場まで運ぼう。
肉が欲しいのならば……ミガテとて腹が減っているが何処かからか調達するしかない。
最悪、他の群れへ頭を下げてでも用意してみせる程度には、まだミガテは素直であった。
「……ミガテ、ごめんなさいね。お腹が減っているのに、何も食べさせてあげられなくて」
「別にいいよ。数日くらいならまだ待てる。その間に俺の分も……お袋の分も見事に取ってきてやるよ」
すでに狩りの手本は見て学んだ。
後は実戦のみである。
「……1人では難しいわよ。それも、空腹の子供に捕まえらえる程野生は甘くないわ」
「だけど!」
「だから私を食べなさい」
「……は?」
最後の愛情であった。
次はいつ獲物が取れるか分からない状況。
群れが散り散りになってしまい、他の肉食獣が現れようでもすれば、ミガテは逃げ切れるだろうか。まして、腹を空かして力の出ない状況で。
ライオンの一撃によって死期を悟っていたミガテの母は息子へと己の肉体を以て生かすことを選択した。
「食べなさい。私を食べて生きるのです」
「おい待てよ。お袋、てめえはまだ生きてるだろ! 死肉喰らいのハイエナであっても、狩人であるハイエナであっても、共食いのハイエナであっても、親を殺して喰うなんてことがあってたまるか」
腹を空かせばハイエナとて仲間を喰らう。
だから、決しておかしい状況では無いのだ。
そのような生き方を知らないミガテには信じられないことだが。
「死にたくなければ生きるのです……食べて生きるの。殺して食べて生きる……貴方はそうやってしか生きられないのだから」
それがミガテの母の最期の言葉であった。
まるで呪いのようにミガテの頭の中に張り付き、ミガテの牙を母の喉元へと運ばせた。
「……不味いな。ああ、不味い。ほんと、何でこんなものしか喰えないんだ……俺が弱いからか」
散らばった群れが再び集結するまで、ミガテは母の遺骸を茂みに隠して、少しずつ喰らいながら生き永らえた。
時折、他の肉食動物が通りかかるが奇跡的に見つかることは無く、あるいは逃げ切ることが出来、母の遺骸は骨一片残さずミガテの胃に収まったのであった。
【薄汚い森】
森の中は薄暗い。
しかし今のミガテは暗視をも可能とする『鷲の心』を得ている。
木の根や枯れ落ちた葉に足元をすくわれなければ、頭上に伸びる枝に打たれなければ、森という地形はすでに攻略済みであった。
「……チッ」
だが、ミガテは勢いよく転んだ。
足に小さな擦り傷をいくつも作ってしまったことを立ち上がり確認する。
木々の破片が刺さることは無かったが、地味に痛い。
「……今になって嫌なことを思い出させる」
メスを孕ませる能力を持つグレートファザーという存在。これは良い。
増え続けるグレートファザーの娘達。これも良い。
だが、グレートファザーの娘達が母体を喰らう様子。これだけがミガテにとって受け入れがたいものであったのだ。
むしろ推奨するはずだろう、と彼の性格を知る者であれば言うだろう。
むしろやっていそうなものだ、と彼の過去を知らずとも言う者もいるだろう。
事実、彼は過去に母を喰らっていた。
望むべくもなく。
生きるために仕方なしに。
母自身に強制されて。
「あれはもう何年前のことだったっけか――」
と、彼が現実から逃避し過去に浸ろうとした瞬間であった。
「ミ、ミガテ!? 良かった、ここにいたんだね。さあ、僕を助けてよ! ピンチな僕を颯爽と助けるチャンスだよ」
空気を読まない弱虫の他力本願上等の動物が逃げて来た。
「……ルビーか」
ウロコフネタマガイのルビー。ミガテの仲間の1人であった。
攻防共にバランスの良い能力。
それはミガテがかつて喰らった能力であるから良く知っていた。
いっそのこと、コイツに任せてしまおうかと考えてしまう。
貝殻に籠り、周囲の動物を金属の槍か何かで一掃しようと思えば可能なはず。
「……ん? お前今、ピンチって」
いや、それよりもまず確認しなければならないことがあった。
ルビーは自身がピンチであり、ミガテがいることをチャンスだと言った。
それはつまり……
「お前も交戦中ってことかよ……」
うんざりとするほどに敵で溢れているようだ。
鴨が葱を背負って来るなら良かったが、貝は敵を背負って来てしまった。
「ほら、ウッホの攻撃を防いで僕の金属壁を突き付けたあの敵、サイだよ!」
「……サイだったのかよ、あれ」
元が重量級の動物を相手にするのは骨が折れる。
ミガテはルビーの言葉により肩を落とした。
「カバの時みたく、不意を突ければいいんだけどよ。すでに俺らの存在は把握されている。森の中に入って来るんなら、警戒はされているだろうな」
ルビーが攻防共に優れた能力であるならば、サイのアルミュールは攻防共に最高の能力である。
矛盾をそのまま能力に起こしたようなものである。
貫けぬものなし。貫けるものなし。
「悪いが、俺も今闘っている最中だ。お前のも相手している暇はねえ」
逃げ出したことは伏せて、自身もまた戦闘最中であることを伝える。
「正直言うとな、俺はビビっちまったんだ。いくらでも増えて肉親を喰らうあいつらの姿に」
気づけば弱音を吐いていた。
何時だって誰かに甘えているルビーが相手であったからかもしれない。
「あいつらは何だ……生きるために、喰らうために親に牙を剥けるのか? そんなことが日常的に行われて良いはずが無い」
非常事態であっても躊躇うべき行為。
それを平然と娘達は行っていた。
「野生じゃない。人間の飼育下でもない。あれはもっと、恐ろしい――」
「ミガテ。意外かもしれないけど、僕は一番お前を信頼しているんだ」
頭を抱えるミガテにルビーは語り掛ける。
「あの4人の中で一番誠実でもなく、むしろ汚いお前をだ。僕はお前のその、生き汚さに好感を持ったんだ。潔癖なんて生き残る上では邪魔だ。生きるためには常に汚く泥を這いずり回らなければならない」
「ルビー……」
「いいんだ。誰を喰らってもいいし、誰を殺してもいい。自分さえ生き残っていればそれでいいんだよ。他の為に命を落とすことがそもそもで生きる上での間違えなんだから」
言い切ったルビーはミガテに金属で包まれたとある物体を差し出す。
「……しょうがない。自分の敵は自分でケリを付けるとするよ。だからミガテ、そっちは任せてもいいかい? ミガテに今足りないのは意志だ。何かを貫き通す強い意志。敵が上回ってしまったから自分の意思が迷子になってしまった。だから、これを足すことで更に強くなれ」
「これは……」
それが何であるかは分かった。
だが、なぜここにあるかは分からなかった。
「頼むよミガテ。お前が敵を倒してくれないと僕は死にかねないんだ。僕が生きるために、しっかりと倒してくれよ」
「……ほんと、自分勝手だな」
「そりゃそうだよ。だって、自分が一番なんだから」
すぐそばに敵の気配をいくつも感じる。
娘達であろう。
「復讐戦だ。一度考える時間を俺に与えちまったことを後悔するなよブタ共」




