Take2―31 性欲
三大欲求のうち、最も自分自身の生存に関与しないものは性欲である。
ブタであるグレートファザーは生物の基本的に持ちうる本能でありながら、しかし生存に関しては無駄ともいえる矛盾を抱えながら生きてきた。そのくせ、種の保存としては無くてはならないもの。究極的な自己中ともいえる生物に対してはその本能は役立たずであり、、自身の種を誇る生物に対しては性欲という本能は何より重要である。
だが、グレートファザーは究極的な自己中でありながら性欲過多。
それはまるで人間と同じ、自身の快楽を満たすためだけに性欲を発散させているようでもあった。
来る日も明くる日も、自我より先に性欲という本能よりも欲望と表した方がお似合いの欲求がグレートファザーがまだ1歳にも満たない時に宿った。
身近なメスを、手頃なメスをと求む彼は寝食よりも性欲を優先させていった。
睡眠中であっても関係ない。
食事中であっても関係ない。
病に伏していても関係ない。
産まれた直後でも関係ない。
すでに妊娠していても関係ない。
自身の子であっても関係ない。
関係ない。関係ない。
彼の性欲さえ満たせれば、相手がどのようなメスであっても関係ない。
もしかしたらオスだったかもしれないが関係ない。
孕ませたメスがどうなろうと、彼が宿らせた新たな命が人間の食料になろうとも関係ない。
だって、グレートファザーは満足していたのだから。
「これで、あらかたの娘たちは生まれ直しましたじゃか?」
娘たちがいた。
倒したはずの娘も、まだ倒していない娘も。
「あと一匹だな。ヤドクガエルの娘だけは地中に埋まっているから取りに行かないと」
「おや? アナグマの娘と同様に、母体に再度産ませれば良いんじゃぁないですか?」
「そう思ったんだが、しまったなぁ。栄養足りなかったからさっきヤドクガエルは食っちまったんだ。オデの能力は体力が無いと使えないもの。体力さえあれば使えるということでもあるんだけどな」
ミガテが倒した総勢8匹の動物はすでに復活している。
メスを孕ませ新たな手駒として娘を産ませるグレートファザーの能力は自身の娘にすら適応される。
更には死体姦……肉体がメスであれば死体にすらも命を宿らせることが可能。
グレートファザーの異常な性欲が基になった能力であるが故に、能力自体に欠点らしき欠点は無い。
強いて言えば、自身の強化に結び付かないということだろう。
「ではアナグマの娘に向かわせますのじゃな。産まれてすぐじゃけど、初仕事。行って来い」
「任せて欲しいっす。前任者はあえなく死んだみたいっすけど、あっしは違うってところ見せるっすよ。では、行ってくるっす」
クラゲの娘が新たなアナグマの娘に命じる。
生まれ変わりの激しい中、夢の世界での闘いが開始されてから生き残り続けているクラゲの娘は娘達の中でも高い地位を獲得していた。
指揮する立場となりより前線から退いた彼女はますます死から遠のく。
短い寿命を生ききる為に生まれたばかりの娘達を使い捨てにしていく。
それは良く欲に忠実なグレートファザーの遺伝子を色濃く残しているようであった。
アナグマの娘が地中に潜って数分。
「……遅いのぅ」
「産まれたばかりだから上手く能力使えないんじゃないのか? クラゲの娘だってそうだったぞ」
1分とかからない任務であったはずだった。
産まれたばかり……使い慣れていない能力だから時間がかかるのは当たり前。それは、この娘達に限っては当てはまらない。
「父の能力は父自身の感覚では分からないかもしれませんが、儂らは記憶と経験を受け継ぎますのじゃ。当然、能力の使い方とて。じゃから、産まれてすぐに能力は使い慣れたものとなる。不慣れであったのは第一世代まで。二世代以降からは学んでいきますのじゃ」
「と、いうことはオデの娘が帰って来ない理由は」
「はい。地中で何かがあった……ですじゃ」
奇襲は突如として起こった。
グレートファザー含め10人余りの集団である。
監視の目線は多数ある。
死角は無い。故に、不意打ちなど起こらない。
そう、グレートファザー含め生存することに長けた経験豊かなクラゲの娘も驕っていた。
地面から浮上する1つの塊。
油断していたが、それは数の上での利故。
そして、アナグマの娘の死を前提とし、ミガテの奇襲を予測しているからこそ、その浮上物がアナグマの娘であったことで気を取られてしまった。
ミガテだと思っていた。
アナグマの娘はもう二度と地中から上がってこないものだと思っていた。
「『鬣犬の心』」
とは言え、一瞬は目を奪われるかもしれないがそれでも浮上してきたアナグマの娘が死体であることが分かるや否や警戒せざるを得ない。
一瞬だけつくられた死角。アナグマの娘の死体に集められた視線。
グレートファザーの背後へと今度こそ浮上したミガテは握った針を振るう。
「『黒猩々の心』」
ふらり、と倒れこむかのようにミガテの針とグレートファザーの間に入り込む影があった。
その少女はどこか眠たげな表情をしており、そして両手に小石を握りこんでいた。
「あちしのとっつあんに何か用ですかい?」
ミガテの針を小さな体で受け止め、尚平然と尋ねる少女。
「おお、助かったんだなチンパンジーの娘」
それこそがグレートファザーの生み出した11人目の、チンパンジーの娘であった。
「……死体の数の辻褄合わせはそう来るか」
ミガテはこの森で11匹分の死体を見た。
そして、出会った娘達は11匹。
数の上では合っている。
だが、これはおかしいのだ。
クマの娘は一度殺し、そして2匹目が生まれている。
1匹だけ重複していたのだ。
伏兵を隠すかのように。
「うげっげっげ。こいつはオデの護衛だぁ。メイメイ様はいけ好かないサイなんかを手元に置いていたが、オデだって自分を守る術を置かなくちゃならない。サイに匹敵する防御力を持つコイツでなぁ」
かつて、戦闘中であっても自らの腹の中に宿る胎児を案じていた動物がいた。
その名もエノス。チンパンジーである。
手に触れた物体に傷を肩代わりさせるという能力であったが、それ故に頼り切りになり、かつ胎児に気を取られてしまい敗北することとなった動物である。
「コイツの母親はなぁ、オデを無視してずっと赤ちゃん赤ちゃんって喚いていたんだ。だから、親切なオデは思ったんだ。オデの赤ちゃんを産まさせてやれば静かになるんじゃないかって」
エノスが大事に守り続けてきた赤子も結局は他の動物の能力によって生まれるに至らなかった。そもそもで、夢の世界という闘い破れた動物達が集められた世界に赤子などは呼ばれるはずも無いのだが。
そして赤子の心配をするエノスと赤子を孕ませるグレートファザーは出会ってしまった。
「『黒猩々の心』」
「っ!」
チンパンジーの娘の手がミガテへと伸ばされる。
本能的にそれに触れてはまずいと悟ったミガテは隣にいた娘の手を引くと自らの立ち位置と入れ替わり、チンパンジーの娘の前へと放り出した。
「あ」
チンパンジーの娘は伸ばした手とは逆の手で体に刺さった針を抜き取ると再度自らの心臓へと突き立てる。
「あぇ……?」
状況を理解していないまま、チンパンジーの娘の前に差し出された娘の1匹は崩れ落ちる。
「……傷の肩代わりか」
その光景を見てミガテは相手の能力を推測した。
条件発動は手に触れていること。
足元に穴の開いた小石が落ちていることから先ほどの攻撃も意味を成していたかったこと。
「……多勢に無勢じゃねえかよ畜生」
能力の数で言えば、多くの動物を喰らってきたミガテにも分はあるのだが、如何せん人数の差は埋められない。
自分を増やせるような能力は残念ながら口にすることは出来なかった。
「『|海月《ジュエリーフィッシュ’ズ》の心』」
そして人数が多いからこそ続け様に攻撃が出来る。
クラゲの娘の体液がミガテを包み込む。
「地中に潜ませた儂の水からどうやって逃れたかは知らぬがこの人数じゃ。終わりじゃと諦めい」
「ばびばべばべぶばぼ(あきらめられるかよ)! 『鬣犬の心』」
「……?」
熱い、とクラゲの娘は感じた。
気温が上昇している。
水が湯気だっている。
「……いや、沸騰しておるのか!」
「当たりだ。何の役に立つか分からねえ能力だったが、助かったぜ体温操作」
ミガテの喰らった動物の1匹の能力である。
フラミンゴの体温操作。
完全に喰らえたため氷点下から水を瞬間的に蒸発させることも出来る。
ただし、効果範囲はあくまで体温操作であるため触れているもののみ。
直接戦闘ならまだしも、飛び道具や爆発物には弱いためあえなく死亡することとなった。
「(……だがここは一端撤退するしかねえな。またあの発光する能力で逃げるとするか)」
誰しも自らの能力には絶対に自信を委ねている。
能力を破られたクラゲの娘を深追いすることなく逃げ出すことを選択したミガテは周囲を見渡す。
見渡して、後悔することとなった。
「……は? 何だよありゃあ」
ミガテが地上に上がってからまだ1分過ぎたかどうか。
だから初期位置から動いていない動物もまだいた。
能天気さ故か慎重過ぎる故か、あるいは身が竦んでしまったか。状況を飲み込めていない程に弱い動物はこの場にはいない。
むしろ、精神がタフであるのは父親譲りである。どんなときでも性欲を満たすためだけに生きてきたグレートファザー由来の欲望への忠実さはたとえ戦闘中であっても関係は無い。
「なに喰ってんだよお前」
たとえ戦闘中であっても腹が減れば飯を食べる。
それがかつての母体であっても。
「お前、自分の母親を喰ってんのかよ!?」
母体と娘。
その顔は面影が残る。
母体の血で顔が塗れていようと、肉で汚れていようと何かしらの共通点はある。
だからミガテはその光景を見て、子が親を喰らう様を見て叫んだ。
彼の性格を良く知る者がいれば、違和感を覚えざるを得ない。
むしろ、身内を食べることなど肯定しそうな立場であるから。
『いいから行きなさい。そして生きなさい』
ずきりとミガテの頭の中で軋む音がする。
額には脂汗が垂れ流され、呼吸は荒くなる。
『私を食べて生きるのです』
頭の中で声がする。
懐かしくもおぞましい記憶が蘇ろうとする。
「うるせえんだよどいつもこいつも! 『鬣犬の心』」
頭痛を振り払い、何とか発光の能力を使い、ミガテは逃走するのであった。




