Take2―30 父親
「ほっほっ。動きが完全に止まったのぅ。じゃが、アナグマの娘が地中で呼吸を可能としていたように、あやつも地中に閉じ込めただけでは完全に息の根を止められるとは限らん。どれ、窒息死よりも確実な圧死で仕留めるとしようかの」
アナグマの娘がミガテを地中へと引きずり込んだ時と似たような状況。
地中のミガテとそれを地上から眺める娘たち。
「ねーねー。もうしんだー? しんだらたべていいー?」
「まだじゃよ。まだ血管は千切れていないし筋肉は潰れていない。骨に罅は入っていないし皮膚だって柔軟なままじゃろうよ。儂の能力は追い詰めることは出来るが一気に仕留めるとなると……土が邪魔になるのでな」
クラゲの娘の能力はあくまで水の操作である。
それも、クラゲである時の体内の95%以上の水分率と人間時の70%の水分率の差のみしか操れないというものである。
人間大のクラゲであるからその水分率も大幅に上昇しているとはいえ、空気中の水分全てとか、湖の水全てだとかそんな大判振る舞いが出来ないのが弱点といえば弱点である。
というか、操れる水分の少なさがクラゲの娘の大きな欠点でもある。
欠点を知っているからこそクラゲの娘は慎重に臆病に長命であったのだ。
「げっげっげ。オ、オデの娘たちがまた敵を1匹倒したんだな。これでま、またメイメイ様に近づける距離が増えたんだな」
森の奥から現れたのは1匹の男。
顔は肉付きの良い醜い顔。
それでいてその首を支える体は筋肉質というバランスの悪さ。
「おお、我らが偉大な父よ。もはや儂が生きているうちは見ることは叶わぬと思っていたが、まさか再びこの目に収めることが出来るとはの」
「あー、おとうさまだー。あいかわらずきもちわるーい」
その動物はブタであった。
名をグレートファザー。
彼こそがこの森の支配者であり娘たちの父親である。
終わりなき娘たちを生み続ける忌まわしき能力の使い手であり、そしてメイメイに実力を評価されながらも追放された『三獣士』の1匹である。
能力名『豚の心』。
身体機能強化でも無く、水や鉄といった物質非物質を操作するでも無く、相手を幻覚や魅了で惑わすようなものでも無い。
単体では相手に何のダメージも与えられない。
ある意味ではミガテの能力とも通じるものがある能力であった。
「ひ、酷いなぁクマの娘は。お前の母体はそれはそれは淑やかだったのに……」
「父よ。それよりも娘たちの補充は終わりましたじゃか?」
傷ついたような顔をする父へ、クラゲの娘はそれを気にも留めず尋ねる。
「おお、それは終わったんだな! オデの能力は同時に同じ娘は作れないけど、死んだ瞬間にはその死体を新たな母体として娘を作れる。原形が完全に残っていない娘は残念ながら母体には出来なかったけど、僅かでもあればオデも楽しめるだなぁ」
『豚の心』の能力をあえて他の動物と比べるのであればカッコウのゴーシュやハイエナのミガテの能力と類似する点がある。
相手の能力を前提とした能力。
自身が能力を使用するには相手の犠牲は避けられない能力。
動物の雌を母体とし、自身の子を身籠らせる能力。
それが『豚の心』。
母体から生まれた子は全て娘となり、そして母体から栄養を残らず吸い取り、能力すらも吸い取り、母体を死に至らしめて誕生する。
ミガテやカッコウのゴーシュとの違いはその能力の恩恵が自身には全く無いこと。
敵を倒しても倒してもグレートファザー自身の強さは変わらない。
彼が敵を殺して得られるもの……それは新たな娘だけである。
「総勢11名のオデの娘達。こんだけ集めてこんだけ殺せばメイメイ様もオデの子供を身籠ってくれるかなぁ……げっげっげ」
【某都内某所某ビルにて】
「如何でしたでしょうか。夢の世界とは申しましてもそれは魅惑の街などではございません。あくまで私がお見せするのは血生臭い、野生の世界でございます」
ワザとらしく、恭しく一礼する錺に周囲の人間達は思わず唸り声をあげる。
しかしその声は決して侮蔑や失望からあげられたものではなく、沸き立つ興奮を抑えきれずに思わず出てしまったものであった。
「しかしどうして夢の世界を我々が見れるのだ? よしんば夢の世界同士が繋がっていたとしよう。集合的無意識というやつが仮にあったとしても、我々はこうして冴えた目で覚醒しているのだぞ」
とある動物園内で殺し合いが始められてからほぼ毎日。
そこではいい年をした大人達が人化した動物達を目当てに目を輝かせてあれやこれやと意見を交わしていた。
……意見というよりもただの推し自慢であるかもしれないが。
「集合的無意識とか、繋がった夢の世界とか、前提をまず考えなおしましょうか。ええ、まずこの世界はとある動物の能力から作られています。能力は科学の恩賞。つまりは科学そのものです。今や感情だって機械で表現するような世界ですよ? 夢同士よりまず科学同士が繋げられるのです。ならばこうして夢の世界だろうと能力の景色をモニターに映すことは可能なのですよ」
何一つとして原理を明かさないままに質問者に対して解答を返す錺。
その言葉に押されたのか、それとも理解出来ていないくせに出来たふりをしたのか質問者は頷くとそれきり黙る。
「……先ほどの動物」
と、この場でも上位の発言力を持つ高齢の男が口を開く。
ほとんどの人間がこの男よりも下の立場。
だからだろう、誰もがゴクリと喉を鳴らしながら高齢の男の第二声を待つ。
「ヤドクガエルだったか……可憐だった」
「――っ!?」
周囲の人間に緊張感が走る。
高齢の男――名を聖阪という――の推しはどうやら猛毒と溶解毒を使うヤドクガエルの娘のようだ。
夢の世界を視聴していた彼らは当然ながらその世界で闘う動物達の状況を逐一観察出来ている。
ウッホ率いるチームや、そのチームに先手を打ったフクロウのホープ率いるチーム。
外にも様々な動物達の生死の狭間の闘いを見届けて来た。
誰もが一度死に、その死を拭うために必死である。
死を経験しているからこそ能力を最大限に使う術を身に着けている。
その中でも死者を冒涜するかのような能力を使う2匹の動物の闘いはおよそ異様であった。
「ハイエナのミガテと闘うヤドクガエルの娘はもう……」
ヤドクガエルという母体はすでに養分となり死に絶え、その娘も先ほど地中に埋められてしまっている。
それを知っているのかそれとも年相応に認知機能も低下し理解出来ていないのか。
高齢の男は何とも返しがたい動物を推すのであった。
「いやいやいや! 聖阪様、ヤドクガエルの娘はすでに殺されましたよ? どうもあのブタであるグレートファザーは娘であろうと死体であろうと母体に出来るようですが、肝心の肉体が無ければ出産は出来ませんって」
そしてあえて空気を読まずに発言するのは錺である。
他の誰も言えない事実をいとも簡単に突きつける。
「そんな終わった動物は放っておいて、どうせならもっと価値のある動物は如何ですか? 応援し甲斐のある、勝ち目の有る動物は他にいますよ?」
「それは……違う」
「……ん? それはいったい……」
錺の言葉に否、と答えた高齢の男はそれで満足とばかりにモニターへと視線を戻した。
高齢の男もそれきり黙ってしまう。
「しかしあの……グレートファザーと言ったか。動物を人化した際、その性格は元のものがそのままとなるのだろう? ブタはあれほどに性欲旺盛なのかね?」
「そうですね……まあブタを性欲を象徴とする文化は確かにありますが、それだけでは能力となるには弱いです。何か後押しが必要です。その一押しが……グレートファザーそのもののパーソナリティなのです」
夢の世界を映すモニターとは別に、更に一枚のモニターが追加される。
そこには映像では無く、およそ数百頭にも及ぶブタの写真が映し出されていた。
「グレートファザーの年齢は10歳です。人間でいうと中年を通り越したあたりでしょうか。その時点で彼が種付けたメスブタがこの写真に映し出されています」
「……は?」
「それは……この数は……ブタを飼育する業者などにとっては普通のことなのかね?」
およそ異常であることは知っていながらもそう尋ねる男に、まさかと錺は返す。
「種馬という言葉がありますね。優秀な種を残すべく積極的に交尾をさせられるオスの馬です。勿論、それは馬だけでなくブタやウシにも当てはまります」
「ふむ。それは彼も優秀な種だということか」
「いいえ、彼は食用としては中の中です。肉質としては一般的にあり触れているものです……ですが皮肉にも、彼にはその旺盛な性欲が備わっていました。放っておけば寝食を最低限とし周囲のメスブタに種付けするだけの存在でした。そして、何故かその子供は全てメス」
「まさか……」
「ええ。彼の能力で生まれるのは娘。これは能力のルールでは無く彼に元々備わっていたものです」
能力ではなく体質。
遺伝子的な問題か、はたまた偶然か。
「兎にも角にも、味はイマイチでも量産には向いていた彼は庶民向けの安い豚肉の原料を作らされ続けました」




