Take2―29 老婆
「さて、後はてめえら2匹だな」
ヤドクガエルの娘を地の底へ埋めたミガテはクラゲの娘へと向き直る。
倒した先から喰らい新たな能力を奪っていく。それがミガテの強みだが、敵がいる状況で呑気にそんなことをやっている場合ではない。
不意打ち気味に視界を潰した隙に殺し喰らったり、一口程度の齧った肉を飲み込むくらいならまだしも、こうして向き合ってしまっては殺し合う他無いのだ。
「おやおや。後はと言うけれど、連戦続きのあんたの体はもう立っているのがやっとではないかい? ヤドクガエルの娘の毒は無効化したようだけれど、しかしあんたの体に残った痛々しい痕が消えたわけでは無いんだよ?」
「ハッ! 掠り傷みてえなもんさ。皮膚の一番表のところが減ったくらいで何か変わるか?」
「表面には見えないけどねぇ。血管や筋肉まで溶かされて動くのもままならないんじゃないのかい?」
「そりゃあ、てめえの目が老い耄れちまってるからそう見えているだけのことよ」
ヤドクガエルの娘の能力、『矢毒蛙の心』は猛毒であり溶解毒である。
すなわち、毒で溶かし、神経を蝕み、病を育む能力である。
神経の蝕みと病の育みはヤドクガエルの娘を喰らうことで能力を一部だけ発現させ、毒は自身の体で生成しているから自身には効かないという特性を逆手に取り、体を抗体そのものに置き換えることで無効化に成功した。
毒による体の溶解も進行は止まったのだが、しかし溶けた体までもが元通りとはならず、溶けた部分は溶けたままであった。
「そもそもで、殺し合いで負傷があるから止めようなんて都合の良いことあるかよ」
「そうかい、なら遠慮はいらないね」
クラゲの娘は頭上に展開していた水状の傘を地面に撒くと、半透明であった体に色を戻す。
「大事な体の水分なんじゃなかったのか?」
「いいのじゃよ。だって、人間の体に必要な水分は70%程なのだから。20%以上も邪魔になっちまうのさ」
「……」
ミガテはクラゲの娘の能力以前に、この敵の性格を掴めていなかった。
激情していたヤドクガエルの娘や自分を卑下していたアナグマの娘は、しかしこちらを侮っていたようにも思えた。
勝てる闘いだから闘い始めて、そして能力を使う。
当たり前のことだが、しかしそれをミガテを下に見ながら行っていたのだ。
ミガテとしては相手がペラペラと能力を話してくれたから弱点を察して隙をつくことが出来たが……このクラゲの娘とやらを名乗る老婆は違うとミガテの本能が警鐘を鳴らしている。
「毒娘の時もそうだが、地震娘の時もだ。俺がお前の仲間を殺す時、お前はわざと動かなかっただろ? 突然のことで動くわけにはいかなかったか。それもいい。だがよ、その水の能力。ただの水ならぶっかけるだけなら無害だ。毒じゃねえんだからよ。あの時は俺はまだお前の能力が何なのか知らなかった。撒いちまえばそれで俺は警戒して下がらざるを得なかったと思うぜ?」
ただの疑問だ。
ミガテの言う通り、本当に身が竦んでいたのかもしれない。
あるいは咄嗟に思いつかなかったかもしれない。
「毒娘が殺される時にも加勢はしなかったな。その目で、場の状況が見えていたのにだ。水を自在に操れるんなら遠距離攻撃だって出来るはずなのに」
それもまた、クラゲの娘のいう事を信じればの話だが。
水の傘を作るだけだとは思えない。
機を窺っていた。
そう考えることも出来るが、機なんてものはとっくに過ぎ去ってしまっているのではないか。
「ほっ、そりゃぁ手を出せば儂が死ぬかもしれぬからよ」
「あ?」
「ナマズの娘の時も、ヤドクガエルの娘の時も。あんたの能力を儂らはちっとも分かっていなかった。ヤドクガエルの娘なんぞそれで死んじまったも同然じゃ。じゃが、儂は違う。臆病と呼ばれようと、相手の手の内が分かるまでは決して動かぬ。ひたすら身を固めて防衛に徹する。それが長生きの秘訣じゃよ」
「……そうかい。生きるのに姑息ってのは少しは共感できそうだぜ」
ここまでにこの森で使った能力は何があったかとミガテは思い出し始める。
クラゲの娘はミガテの手の内を暴こうとしている。
暴いたうえで対策を練ってミガテを殺そうとしてくるのだろう。
「最後まで残っていたのはそういうことか」
「最後というか、まあこの子もおるのじゃがな」
クラゲの娘は背後に隠れていた幼子を出てこさせる。
その少女は笑顔を顔に貼りつけていた。
まるでどこかで見たかのような、笑顔と少し大きめの手が特徴の少女であった。
「……どこかで見たような気がするんだよなぁ。具体的には小一時間程度前に」
「わたしはーくまのむすめー」
と、少女がミガテへと突貫する。
猪突猛進を表すかのような駆け方であり、しかしその正体はイノシシではなく、
「『熊の心』」
スイングと同時に掌を巨大化させるクマ……の娘であった。
「なっ!? てめえはさっき倒した奴じゃ……いや」
それにしては、とミガテは思い直す。
「(若い。どう見てもあんな人間の年齢にして4歳とかそこらじゃなかった。見え見えの攻撃ではあったが、ここまで予想しやすい攻撃じゃなかった)」
予想しやすいとは言え、すでにクマの娘の掌は巨大化している。
「(間に合うか……? いや、間に合わせるっきゃねえよな!)」
使う能力はすでに決めている。
一度倒した敵がどういったわけか復活している。
というか、若返っている。
しかし能力は同じ。
なら倒し方も同じ。
「『鬣犬の心』!」
ミガテの全身からピンク色の汗が噴き出す。
それは噴射状にクマの娘へと襲う。
「すいんぐすいんぐー」
クマの娘はそれを何か分かっていないのか、止まることなく巨大化した拳を振り回す。
「勝っ……てねえ!? そこまで振り回しているのに蒸発しないだと!」
後方へ体を倒すことで間一髪、ミガテは掌を躱す。
そのまま倒れ尻もちを付いてしまったが、クマの娘も自らの巨大化した掌に振り回され2撃目を放つことは出来ない。
その間に体勢を整えるべくミガテは地中へと潜ろうとする。
「『鬣犬の心』」
水中へ飛び込むというよりも、まるでミガテが触れる地面全てが水面になったかのように倒れた姿勢そのままで地中へと沈んでいく。
「(このままどっちか1匹を地中へ引きずり込む……いや、ヤドクガエルの娘を喰らって毒を得るか?)」
潜りながら次の手を思索していたミガテであったが、しかしそこにも邪魔は入る。
「(んぐぁっ!?)」
足が絡めとられるように、手が巻き取られるように、全身が硬直するようにミガテの潜水は止められる。
地中を水中のように潜る能力。
それがアナグマの娘から奪った能力である。
使用者の肉体全てを喰らっているため能力の取り零しなどは無い。
アナグマの娘が地中を制限無く自在に潜っていられたのならミガテも同様に潜れるはずなのだ。
だが、
「(なんでだ……これじゃあまるであの時能力を解除された時みたいな……)」
現実としてミガテの今の状況は、アナグマの娘を殺した時の、殺したことによって能力が解除された時のような地中からの圧迫感と身動きのとれなさがあった。
「(能力は間違いなく発動している……地中へは潜れるはずなんだ。だから潜れないってことは……!)」
ミガテがその理由に気づいた時、その時にはどうしようもなく逃げ場のない状況で圧力がミガテの体を軋ませていた。
「ほっほっほ。逃げ場は無いよ。儂の『|海月《ジュエリーフィッシュ’ズ》の心』からはの」




