Take2―28 矢毒
視界が白く染まる中、誰よりも先に動いたのはやはり能力の使用者でもあるミガテであった。
地中から跳び上がった瞬間に周囲の配置を確認。
光で視界が遮られ、身動きの取れなくなった敵の1匹の喉元へと喰らい付いた。
「……? ……え」
混乱するその1匹の喉肉を食い破るとそのまま飲み込み、二口目、三口目を咀嚼する。
「……へぇ。こいつが俺を苦しませてくれた能力ってわけかい」
ミガテに狙われることの無かった3匹は状況を把握できていないのか自分へ攻撃が向いた際に備えて身構えるのみ。
「『鬣犬の心』」
3匹がようやく視界を回復させた時、まず感じたものは仲間の死体が視界に入った……ではなく、地が、自身が揺れる感覚であった。
「ヒャハハハ! 全部は喰らってねえからよ、俺にコントロールなんてものも自制なんてものも求めるんじゃねえぞ!」
視界が潰された次は視界が揺れている。
酔夢に冒されているのではないかと誤解する程に現実離れした振動であった。
これまでの彼女は使ったことが無かった――かつてそれを使っていたナマズの娘は。
「……おいお前。アナグマの娘だけで無くナマズの娘をも殺したか。しかも、私の目の前で! もはやただ殺すだけでは足らず。今この時より我が封印は解かれたる。ヤドクガエルの娘たる私の……『矢毒蛙の心』だ」
少女の口から唾液のようなものが吐かれる。
それはミガテを目掛けて飛ばされたもので、紙一重でミガテは避ける。
「おおう、危ねえなぁ。いやいや、体液ってのは雑菌だらけで困ったもんだぜ。案外そういうところから感染は広がっていくものだからよ……って、毒かよこりゃ」
汗を媒介とする能力を使用するミガテだからその唾液に触れてはいけないと分かった。
ミガテが回避した唾液は地面へ落ちると、音を立てながら地面を溶かす。
「溶解毒である。そして猛毒でもある。私が餌から貯蓄し生成した毒であるからして勿論私には無害なもの。だからお前に対して非情な私はこのようなことが出来る」
ヤドクガエルの中でもフキヤガエルと呼ばれる種は皮膚から絶えず毒を分泌する危険な生物である。
そして、その名の通り、人間が武器に使う程に強い毒性を秘めた生物。
少量であっても人間の大人を死に至らしめるという。
ただし、その毒は蟻やダニといった餌から毒を作り出しているため、無毒の餌を与え続ければ毒性の極めて低いヤドクガエルが出来上がる……とされている。
「おい、クラゲの娘よ」
「あいよ。『|海月《ジュエリーフィッシュ’ズ》の心』を使うのじゃな」
4匹いた女たちの中で最も高齢の老婆がヤドクガエルの娘の言葉に頷く。
「私の猛毒は人間達の武器にも使われる程に強力であった。それを能力となった今では更に致死性を上げている。当たれば仲間とて当然ながら無事では無い」
「だからそれを防ぐ術を見つけないとねぇ。この私のように」
老婆の姿が何時の間にか透けてゆらゆらと揺れていた。
半透明なビニール袋で透かしているような完全に見えないとは言い難い見た目である。
「お主は己の四肢を自在に操れておるよな。 それが何故か分かるか? それは、四肢が己の体であるからじゃ。他者の体を操れぬのは当たり前じゃが、己の体を操れるのもまた道理。クラゲはその体の95%以上を水分で構成している。儂は体の中の水分を操ることの出来る水使いじゃて」
クラゲの娘の体は今や当人が言う通り99%が水分で構成された体となっていた。
その水分は頭部へと集まると、そのまま頭上へと飛び出し、まるでクラゲそのものを示すかのような傘状に広がった。
「準部は出来たぞい」
「祭宴の時は来た。狂気と正気の狭間で卵は割れる。移りし時間も破壊の跡は不変なり。『矢毒蛙の心』」
ヤドクガエルの娘の全身から上空へ向けて毒液が発射される。
それは噴水のように空中へ巻き上げられると、次第に重力に従って雨のように周囲に撒き散らされる。
「あぶなーい」
「ほれ、儂の傘の中にお入り」
ヤドクガエルの娘は自身の毒液は無効化出来るため無傷。
そして、他の2匹もまたクラゲの娘の能力により毒液が当たらず無傷で毒液の雨をやり過ごす。
そして、ミガテはというと
「あらよっと……うわお、やべえよやべえよ……」
身一つで避けてはいた。
だが、とてもではないが避け切れる量ではない。
なにせ雨のようなもの。
滴1つ1つの間隔はミガテの体躯より遥かに狭い。
「……チッ」
「触れたか! そうだ、それでお前はもうお終いだ。溶解毒により皮膚を溶かし内部へと入り込んだ猛毒は全身を冒しながら溶かしながら命を食む。もはや数分と持たぬだろうよ」
やはり避け切れるものでは無かった。
ヤドクガエルの娘はおどけた態度の敵を見て何かまだ奥の手でもあるのだろうかと構えていたがそれは杞憂であったようだ。
呻きながら転げるミガテへと尋ねる。
「ほれ、名前を述べてみよ。私はお前のことを忘れるだろう。それもあっさりとな。だからこそ、忘れる情報量を多くすることでお前の死をより汚してやる。今も地下で眠るアナグマの娘の為にもな」
「……ミガテ」
「そうか、ミガテよ。お前の能力が相手の能力を真似るというのならば、使うのであれば私達にとって初見のものを使うべきであったな。仲間のよく知った能力で私達を殺そうなどと、悪手以前の問題だ」
地面に転がったミガテは虫の息のようだ。
すでに動くことは無く、息もしているのかすら分からない。
「……さて行こうか。アナグマの娘が死んだということは次のを育てなくてはいけない。ああ、ナマズの娘もか。他にも……こいつに殺された娘達の育て直しが必要になる」
「ほほっ。随分と若い者が増えてしまうことになるの」
「クラゲの娘は古参であったな。他は皆……殺されたか」
「あるいは老衰したよ。儂もあと何時間生きられるか分からぬ身。後継者の育成を早めんとのう」
「んー? どういうことー?」
「おお、お主はまだ分かったおらぬのじゃったな。まだ説明はされておらんかったか。いいか、儂ら娘というのはな――」
と、会話を始める3匹。
彼女らは完全に油断していた。
ミガテを殺せたと、もうここから何をしても手遅れだと思い視界から外してしまった。
「……一度毒を喰らっちまったやつの強みって分かるか? それはな、もうこれ以上毒にならねえってことだよ!」
「ッ!?」
振り向いた時には遅かった。
最後の力を振り絞ったのか、覚束ない足取りでヤドクガエルの娘の腕を食い千切るとそのまま飲み込むミガテの姿があった。
「あぁ、なるほど刺激的な味だ。ここまでピリッっときたのは久しぶりだぜ」
「……もはや死ぬと分かっていながらそこまで動けるとはな。体が動いても、心が動くことを拒否するぞ普通は」
「そりゃ、俺もこれから死ぬときに頑張りはしねえよ。頑張れば生きるって分かったからお前の腕を喰ったんだ」
「……? 何を言っている」
と、ヤドクガエルの娘は気づいた。
先ほどからミガテが立ち続けているのだ。
息も絶え絶えであったはずなのに。
命尽きる寸前であったはずなのに。
「『鬣犬の心』。ヤドクガエルだったか? お前の能力を喰らって奪わせて貰ったぜ。一部だけだがそれでも能力は能力だ」
「……そうか。喰らって能力を得る。それがお前の能力か……ナマズの娘の能力もそれで奪ったのだな。ということはアナグマの娘も……!?」
「ああ。穴掘り娘なら骨すら残さず俺の腹ん中だ。おかげで地中を潜る能力は一つ残さず俺の中に吸収されていったぜ」
だとしても、だ。
それでもヤドクガエルの娘の中に疑問は残る。
なぜミガテが立てるというのだ。
ヤドクガエルの娘の毒液を作る能力であって決して回復系の能力ではない。
毒は毒でも解毒が出来る能力でも無いのだ。
「さっき自分で言ったよなぁ? 自分が餌から抽出した毒だから自分には効かないって。俺はお前の一部を取り込んだんだぜ。毒を無効化出来るお前の一部をな」
「お前!?」
「もうその毒は効かねえんだよ。『鬣犬の心』」
ミガテはヤドクガエルの娘の懐へと飛び込むと、残った腕を掴み自分もろとも地面へと転がる。
その勢いでアナグマの娘の能力を使用し地中へ潜ると、ヤドクガエルの娘から手を離し自分だけ浮上した。
「仲間の良く知った能力だと? お前の仲間とやらは単純な使い道しか思いつかなかったから俺に負けたんだぜ? もっと能力の特性を知ってから悪手と決めつけるんだな」
『穴熊の心』」は自分と、自分の触れている相手を地中へと潜らせることの出来る能力である。
従って、地中で手を離せば能力の効果は失われ、相手は地中での活動が出来なくなる。
無論、ナマズの娘のような能力であれば地割れを起こして復帰することも出来たのかもしれない。
だが、ヤドクガエルは悲しいかな毒を生成する能力。
地中で出来ることは限られているし、大したこともできない。
「……」
聞こえているのかいないのか。
ヤドクガエルの娘は地中に埋まったまま返答をすることも出来ずやがて窒息によりじわじわと絶命した。




