Take2―26 巣穴
「いらっしゃいませー。材料一匹入りまーす……『熊の心』」
「……くっ!?」
単純な腕力の強さは恐ろしいものであるとミガテはウッホと出会うことで思い知らされていた。
だが、ウッホのそれは力が強いだけ。
その腕を掻い潜ることが出来れば、懐に潜り込むことが出来ればどうとでもなる。
当たれば一撃必殺なのは他の動物の攻撃とて同様であり、何もウッホの拳だけが特別なわけでは無い。
「ぐちゃぐちゃのミンチは食べやすいですよー。ぺったんぺったんとこねてあげましょう」
ミガテと対峙するはどうやらクマのようである。
しかし、これも同様にこの世界でクマを母体とした娘と名乗る。
「私のお母様はそれはそれは力強いお方と聞きました。私もクマの名に恥じない見事なお料理をしましょう」
「……クマが料理なんかするかよ。っていうか俺達は動物だろうが」
呆れ半分、しかし相手の攻撃が当たれば本当にミンチになりかねないことに冷や汗を流しながらミガテはクマの娘の巨大化した掌を避ける。
「スイングと同時に掌を巨大化するとか、クマ要素少なさ過ぎんだろ……いや今に始まったことじゃねえんだけどよ」
クマの生態や性格、歴史のどこに掌の巨大化があったのかミガテには知らぬところだが、そもそもそんなものは今の闘いに何の影響もない。
「巨大化するだけならいいが……どうも破壊力も相応に上がっているみたいだな」
回避するごとに周囲の木々が薙ぎ倒されていく光景を見てミガテは呟く。
「だがまあ、結局は掌が巨大ってことはそれだけ俺の攻撃出来る面積が増えるってことだな。そろそろ体も温まってきたぜ……『鬣犬の心』」
ミガテの全身に纏っていたピンク色の汗がクマの娘へと噴きかけられる。
「何かしらこれ? まあ私の掌は防御も兼ねるから安心出来るんですよー」
スイングそのままに巨大な掌は汗を全て受け止める。
その勢いのままにミガテを襲う掌はしかし途中で蒸発して消えた。
「……あら?」
「馬鹿が。乱暴に振り回して汗を飛び散らせやがったぜ」
ピンクの汗は纏わりつくことよりもそれを振り払うことで効果をもたらす。
それを知らずにスイングこそ攻撃の全てとばかりに汗を払ってしまったクマの娘はミガテの策略通り、掌という最大の武器を失った。
「ミンチだけじゃなくてよぉ……筋張った肉も案外齧ってみれば美味いもんだぜぇ?」
『鬣犬の心』、と再度能力を使用し針を生み出したミガテは掌を失ったことで呆然としているクマの娘の命を貫き奪ったのであった。
「……そろそろきつくなってきたぜ」
6匹目の娘を名乗る動物を殺し、ミガテは息を切らす。
どれもが強敵とまではいかなくても雑魚とは言い難い強さを持っていた。
更にはその現れるタイミング。
敵は全て1匹ずつ。しかしミガテが一戦終わるごとに現れてくる。
倒した死体を喰らって能力を手に入れる暇も、休んで回復する隙も与えてくれない。
どこからかミガテの様子を見て、タイミングを見計らって、次の動物が送り込まれているのではないかと考えてしまう。
「まさか、俺の手の内を全てさらけ出すためとか……言わねえよな」
それならまさに敵の手の内だろう。
敵のリーダーとも呼べる動物はあの魅了を使うパンダであるが、それとは別に司令塔がおり、その動物がミガテの能力を把握するためにこうして逐一動物を送り込んでいる。
まさかとは思うが、しかし敵の勢力が多大であるならば数匹を一度に送り込んでミガテを袋叩きにしてしまえばいい。
「ていうかよ、チームは5匹だろ? なんで6匹もいやがるんだよ! ……って疑問はやっぱりあの魅了の力があるからで解決しちまうか」
チームという垣根を越えて自身のチームの傘下としていくつも他チームを手下として引き入れているのだろう。
ぽん太達のチームも恐らくはその魅了にかかったチームの一つ。
あの言動。あの方という言葉の意味こそメイメイであったに違いない。
「違うっすよ? あっしの母体はアナグマですが、父親は別にいますし、あっしは魅了とやらにはかかってないっす」
「ッ!?」
と、足元からそんな声が聞こえて、ミガテは慌てて飛びのいた。
「ああ、やってしまったっす。これだからあっしは駄目な子って言われるんすね。……って、あっしは母君と話したことは無いんでした」
「……7匹目」
いったいどれだけいるんだと、思わず遠い目をしてしまうが、ミガテは思い出す。
この森で嗅いだ死体の数。それと視覚強化で確認した数。それは合致しており11匹。
理屈はともかくとして、母体から娘が生まれるのだとしたら多くても11匹では無いか。
そう思えば、終わりが見えて来ればまだやる気も沸いてくる。
「申し遅れたっす! あっしはアナグマの娘の1人っす! 能力はこうして地中を潜ること! それこそがあっしの『穴熊の心』っすよ」
言うが早いか、アナグマの娘は水中へ飛び込むかのように地中へと何の抵抗もなく沈み込んでいった。
地中を潜るとはまた普通の能力……じゃねえな、とミガテは穴の空いていない地を見て思い直す。
そう、穴は空いていないのだ。どこから潜ったのか、どこへ向かっているのか分からない。
アナグマが地を掘り潜る理由とはそこに巣を作るため。
すなわち、潜った位置を悟らせないとは敵に巣の位置を悟らせないということ。
外敵にそこにいることすら悟らせない。巣とは棲み処であると同時に避難所でもある。
一度姿を見せておきながら奇襲を可能とする。
守りに徹しているはずのアナグマの巣穴づくりの特性は、こうして攻撃性を持って能力となった。
「そしてこんなことも出来るんすよ」
「っ!? 離せ!」
音も無くミガテの足元に2本の腕が這い出てくる。
それはミガテの足を掴むと、地中へと引きずり込んだ。
「ぐう……お!?」
恐るべきはその隠密性でもなく、ミガテをあっさりと地中に引きずり込んだ力でもない。
ミガテもまた、地中へ沈み込んでいくのである。
水面に手を入れるのと同様に、むしろ地面に立っていることこそが世界の理から外れているのだとばかりに地面からの抵抗は皆無だ。
「足元失礼するっすよ……って、もう聞こえていないっすかね。勿論、地中は空気が無いっすから呼吸なんてものは出来ない。あっしの辿った後は道が出来ないから空気の通り穴も無いんすよ」
おまけに地中は光が入らない。
暗闇の中、足だけが何かに掴まれた感覚がある。
「……」
ミガテは口の中に土が入り込まないよう必死に息をこらえながら
「(……『鬣犬の心』)」
ミガテもまた音無くして能力を発動する。
まずは視力強化。主に暗視能力である。
目を開くと眼球に土が入りかねないため瞼を閉じながらの発動である。
しかしそれでも手に入れた際に全身を食べているためか十分に視界は良好である。
そして、ミガテがここ最近、敵への止めとしてお気に入りとなってきている針生成の能力。
暗視能力で敵の位置を探ったミガテは体を捻って敵の急所へと針を突き刺したのであった。
地中で土からの抵抗が無い。つまりは水中と同様に動けるのだろうとこの状況を逆手に取ったミガテの勝利であった。
「や、やられたっす……やっぱりあっしは駄目な娘っすねぇ。だけど……やったっすよ。あっしは死ぬかもしれないっすが、同時にあっしの能力が解除されれば地中へ潜るという能力が解除されるってことっす」
ミガテが敵に掴まりながらも地中で体を自由に動かせたのは偏にアナグマの娘の能力のおかげ。
アナグマの娘が死ねば当然ながらその能力は解除され、ミガテはアナグマと共に地中で生き埋めとなる。
それはつまり相討ちであり、敵がまだ残っているとすれば敵の勝利となる。
「……息が何時まで持つかは分からないっすが……あっしが先に死ぬかもしれないっすけど、でも、それでもあっしらの勝利っす……ぐえっ」
ミガテは再度急所へと針を突き立て、完全に息の根を止めた。
そしてアナグマの娘の能力は解除され、地中で土からの抵抗が生まれる。
「(……何を言っているか聞こえなかったが、何を言っているかは分かったぜ。『鬣犬の心』)」
ミガテが使用した能力はスカンクのガス生成の能力。
ガスとは、つまりは空気である。酸素など呼吸に必要な空気をミガテは周囲に出す。
ボン、と地中で弾けるように、空間が作られる。
「あーあー……よしよし。上手くいったぜ。即席の巣穴だ。こういうのはお前の方が得意なはずだが、まあ俺が作っても文句はねえだろう。すでに死んじまったお前はなぁ」
殺したばかりのアナグマの娘の死体を見下ろしながらミガテは笑う。
「助けも来ねえ地中の中じゃ……敵も簡単には忍び込めねえよなぁ。何せ地上じゃ俺達はどこから地中に潜り込んだのか、その形跡すら残されていないんだからよ、他ならぬお前の能力でな」
これで休憩が出来るとばかりにミガテはその場に腰を下ろす。
ガス生成で無から空気を膨張させて作り出した空間内ではまだまだ呼吸は出来る。
そして、出来なくなったのならば再度空気を作り出せばいい。
「でも地上に戻れないじゃないかって目をしているな……くくく」
瞳孔が開き切ったアナグマの娘の目を見ながらミガテは口を開ける。
「そんなん、てめえを喰らって能力を奪っちまえばいいだけだろうが。まあどの道長くは休めねえだろうが、それでも一息付けることと食い物に感謝させてもらうぜ」




