Take2―24 森林
【闇より深き森】
「……困ったなぁ。オイラ一人になっちまったよ。ここがどこかも分からないし……走った時間から逆算しておおよその位置は分かるけど……でもあいつらがいないんじゃ迷子にゃ違いない」
ウッホチームのヒーラーでもあり非戦闘員でもあるトリニコは現在一人であった。
ホミーやミガテは視力強化の能力のおかげで辛うじて向かう方向性の上方修正が出来ていたが、トリニコはそうではない。
森の中での全力疾走である。
いつ木に激突するか、根に躓くか、石を踏むか。
下手をすれば敵を目の前にしても視角も嗅覚も聴覚も失った状態では気が付けない。
「……今のところは誰もいないようだな」
運の良いことにトリニコの感覚が戻る頃に周囲には誰もいなかった。
いや、運が良かったのならば味方の一人でも行動を共にしていたところなのだが……。
「森の中っていうのは相も変わらずだけれど……なんか暗いなぁここ。上を見ても葉が重なり合って日差しが入らなくなっちまってるしよ」
木漏れ日さえ僅かにも入らない森の中。
一時的に失った視覚が未だ取り戻しきっていないのではないかと錯覚するほどに漆黒に近い暗闇を森は作り出していた。
どうするか、とトリニコは考える。
このままここで過ごすのもある意味では一つの手だろう。
暗い森であれば隠れるには容易い。
このままウッホ達が探しに来てくれるのを待つのも良いだろう。
だが……もしトリニコを必要とする場面がウッホ達にあった時にトリニコがここで隠れ潜んでいたらどうだろう。
致命傷までもを治すトリニコのような回復能力はそう多くないだろう。
先の戦闘では感覚のほとんどを失っていたから誰がどの程度の怪我をしたのかすら把握できていない。
もしかしたら自分以外は全員あのままあそこで闘い続けているのかもしれない。
戻るべきか待機すべきか……トリニコの選択は
「動くとしよう。どっちにしろオイラ達はチームなんだ。一人ってのは不利にも程がある」
しかし絶体絶命な状況なのはオイラの方だな、とトリニコは今更ながらにウッホやミガテ達より何よりも己がこの状況では最も危機的であることを自覚する。
索敵に特化したホミーですら敵を倒している。
同系統の能力相手とは言え、それでも闘うための爪は持っているのだ。
「その点オイラにあるのは小さい爪だもんなぁ。引っ掻くのだって擦り傷くらいさ。背に生える翼も飛行する程立派なもんじゃねえ。元々飛べていたのに今は飛べないだなんて理不尽だよな……」
人化し能力を得た。
これだけであれば進化とも言えるだろうが、代わりに飛行能力を失っている。
鳥類であることを鑑みればこれはとても痛い。
「悲しい……弱体化しているのですね……とても悲しいことです」
「ッ!? 誰だ!」
とぼとぼと背を丸めながら歩くトリニコの背後から声がかかる。
急ぎ振り返るがそこには誰もいない。
「ああ……悲しい……其方はきっと光に生きる者。此方のような闇と共に沈みゆく隠者に足を引かれる……それはとても悲しいことです」
森の中を声が反響し位置が特定できない。
右を左を、頭上へと目を向けるが、あるのは暗闇ばかり。
「此方を見つけられないのですね……悲しい……。正体も分からず死んでいく……悲しすぎる……ああ、慈悲を見つけなければ……此方を見つけなければ……」
「……それならアンタが姿を現しゃぁ済む話だ。アンタが隠れているからオイラは見つけられんねえ。見つからないのが嫌だったならオイラの前にとっとと出て来るんだな」
「……そうですね……悲しいことにそれが一番早い手段かもしれないです……せっかくこの闇の中で腰を落ち着けていましたが……其方が死ぬことは変わりようのない事実です……でしたら少しでも此方とお付き合い願いましょうか……」
辺り一帯の森を支配している闇が晴れた……わけでは無い。にも関わらず、人物のシルエットが浮き上がるかのように声の主は現れた。
「……なんでい。見た目どんなにゴツイのが来るかと思ったけど、中々の器量良しの姉さんじゃねえか」
闇に紛れ込むような長い濡れ羽色の黒髪が特徴の背の高い女であった。
目元は髪がかかっているため顔の造形は半分程しか見えないが、そのパーツだけでも整っていることが分かる。
「……外見の良し悪しなんてそんなものは本質ではない……そんなものは闇の中では途端に紛れてしまいます……悲しい……悲しい……」
「悲しい悲しいって、もっと陽気に行こうや。明るい未来ってのは明るい想像をしないと来やしないもんだぜ?」
言いながらトリニコは小さな爪を構える。
倒すまでとはいかなくても、多少の傷を与えて逃げ出すきっかけを作り出したいところだ。
「……そうですね……では悲しいことですが……其方を殺すことで此方の明るくも深い闇の生活を続けることにしましょう」
森が騒めいた。
風が吹き木々が揺れたのだろう。
だが、ただそれだけでトリニコの中にはこの女に対する恐怖が沸き上がってくる。
「……カラスのシャルドレーダと申します……ああ、悲しい……せっかく名乗ったのに数分としたら自己紹介の意味が無くなってしまう……」
「オイラはトリニコ! ケツァールなんてマイナーな鳥は知らないだろうけど、覚えてておくんなし!」
【ただ黒き森】
「……見事にはぐれてしまったようね」
森全体を俯瞰したホミーはため息をつく。
能力を使い味方の位置情報を辿ってみれば全員見事にばらけていた。
遠すぎてどのような状態になっているのか分からないが、生きていることは分かる。
「ウッホさんはまだ動いていないようだけれど……」
まさかあの場に留まって足止めをしているのだろうか。
誰よりも前線で闘い、誰よりも傷つき、誰よりも苦悩していたリーダー。
彼はまたも1人貧乏くじを引いて危険に晒されているというのか。
「……急いで戻らないといけないかしらね。敵を見極め弱点を探し伝える。それが私の役目なのだから」
それはホミーが戦闘に加わるよりも遥かに大事なこと。
情報収集。それがホミーに求められるチームの役割であろう。
敵の位置を補足する。
敵の能力を把握する。
敵の弱点を伝達する。
リーダーがウッホであるならば……精神的支柱がウッホであるならば、ホミーは司令塔だ。
彼女がいなければ奇襲は受け放題。
対応出来なかった場面も多々あった。
散らばる仲間達を集めるのも、ホミーにしか出来ない役割だ。
だから……
「だから早く戻らなくちゃね。そこのあなた、私の邪魔をするのなら、早く出て来てちょうだい? 私には時間が無いのよ」
なぜだか視界がはっきりとしない。
能力を使っているはずなのに敵の姿が見えない。
だが、それでも敵がいるという事。
これだけははっきりしている。
ぼやけたレンズで覗いているかのような輪郭が森の中に見えている。
「見えているのか……? それは視力が良いのか勘が良いのか……どちらにしろこれだけは言えるな。お前は、運が悪い」
ぼやけた敵はホミーに向かって歩み寄る。
その緩やかな歩調は何時でもホミーを殺せることを確信してかのようであった。
「そうかしら? 私だってここまで生き残っているのよ。それに素敵な仲間にも恵まれた。あなたのような独りぼっちには分からないことかもしれないけどね」
近くに他に敵がいないことを確認しながらホミーは答える。
あるいはこの敵も仲間とはぐれただけかもしれないが、それでもどこからか駆け付けらえるような近さにはホミーとこの敵以外は誰もいない。
「独りぼっち……だと? それをお前が言うのか!? 他ならない、お前ら鳥類が!」
突如として激怒する敵にホミーは戸惑う。
怒りの感情は冷静さを失わせ細かな戦略を立てづらくする。
挑発の意味合いも兼ねた先ほどの返答であったが、ホミーの予想以上に効果があったようだ。
「ああ、そうだ……その翼が何よりの証拠だ。俺は憎い。哺乳類も鳥類も憎くて憎くて殺したくて堪らないんだ。……あのお方が辛うじて哺乳類だから言うことは聞いてやっているが……だが、この両隣に潜んでいる鳥類と哺乳類は後で殺さないと……」
「鳥類が憎いって……餌にされる昆虫じゃないのだから。それとも小型の動物かしら? それなら仕方が無いわね。弱肉強食の世界なら弱者は食べられるのが摂理。それくらい分かっているでしょう?」
「それが、自然の摂理ならどれだけ良かったか! だが、俺がされたのは迫害。ただ追い出されただけ。コウモリなるバッターはお前達鳥類と哺乳類を須く駆逐する……あのお方を除いてな」
「コウモリ……なるほどね。私はタカのホミー。まあどんな理由はあれども殺し合うことには変わりないみたい」




