Take2―23 側近
「角良し、鎧良し」
その動物はサイ。
名をアルミュール。
能力名は『犀の心』。
能力自体は単純なものだ。
己に生える角の強化と鎧の発現。元々、動物界の中でも最も分厚い皮膚を持つサイはそれを己の本質として、能力としてあるべき姿だと捉えた。
角とは貫くもの。
鎧とは守るもの。
その2つを単純に強化した『犀の心』だが、恐るべきはその強化幅。
角で貫けぬものは無し。
鎧を貫くものは無し。
武器としては最高峰で、防具としては最上級。
自身の増殖だとか、距離短縮だとか、負傷の押し付けだとか、夢の世界だとか、悪魔だとか、そんな魑魅魍魎のような世界の法則を無視するような動物達がいる中での身体の特徴を基にした強化である。
並び立つにはそれくらいの性能が無くてはならないのかもしれない。
その上、サイである。
強者として語られるには申し分ない。
重量級の体躯から繰り出される突進力は肉食獣すら跳ね除ける。
彼が1週目で死んだ理由は角も鎧も関係のない。
露出した皮膚を狙われたからである。
動物時に全身を覆っていた分厚い皮膚は濃縮されたかのようにアルミュールを包む鎧となっており、その下は柔い皮と肉だ。
鎧の弱点らしき点と言えばそこだろう。
強固な鎧も結局は肉体そのものではない。
あえて鎧以外を狙われれば鎧なんてものは何も守ってくれない。
だからこそ学習したアルミュールは油断しない。
光に包まれた視界の中で敵を前にしてまず行ったことは身を守ること。
来るだろうと気構えて、一部の隙も無く、隙間も無くして鎧で全身の防御を固めた。
防具の最上級は当然ながらウッホの拳を無効化。
ただ攻撃を受け止めただけではない。
衝撃も鎧だけで霧散させて地面へと逃がす。
実際に使う動物と出会ったことは無いため試したことは無いが、断熱、断冷、絶縁性も兼ね備えている。
鎧の有る面だけは内と外とを完全に分け隔てている。
攻撃の無効化。
それを確認したアルミュールは防御から攻撃へと転換する。
最高峰の武器。
己の額に生える円錐状の角を、己の鎧に拳を当ててきた敵へと向ける。
かつては一度も振るわれることの無かった自慢の角。
一滴も血に濡れることの無かった曲槍は、熟練した戦士が振るうそれと同様に鉄の壁をスルリと突き抜けるとその延長線上にいたウッホの肩を貫いた。
「ッ!?」
視界が塗りつぶされている以上、ウッホの表情は見えぬがその気配から動揺していることは分かる。
咄嗟にとはいえ、防御のための能力を使ったのだろう。
だがそれが容易く、障子の紙よりも簡単に破かれた。
信用していたものほど、その性能に裏切られた時の衝撃は大きい。
アルミュールも完璧だと思っていた鎧の欠陥に気が付いた時の衝撃は大きかったものだ。尤も、それは死後の世界……この世界線での話であり1週目で死んだ時は訳も分からなかったものだ。
だからウッホやその仲間達の衝撃はアルミュールにとっては理解できるものであり、そしてアルミュールの角がウッホの肩を貫いたことは当然の結果でもあると思っていた。
「チッ……どこでもいい。方向が分からなくてもいい。とにかくこの場から逃げろ! 『鬣犬の心』」
視界もまだおぼろげなこの場にいる全員を襲ったのは爆音であった。
発光と同様に体へのダメージは一切無い。ただ、少しばかり鼓膜を震わせただけである。
「もういっちょオマケだ。念には念を入れておくぜ……『鬣犬の心』!」
そして悪臭が周囲に漂い始めた。
糞尿が垂れ流されたよりも酷い、毒性のガスにも似た臭気によって全員が顔を顰める。
「うおぉっ!? くっせえ!」
それは能力を発動したミガテもまた同様で、なまじ鼻が利く分、他の動物達よりもよほどダメージが大きい。
だが、それでも有言実行をするために視界が塗りつぶされる前と、聴覚、嗅覚が無事だった頃の情報を頼りに敵がいない方向へと走り始めた。
それは他の者達も同様であり、一目散に駆けていく。
視覚も聴覚も嗅覚も、位置に関する情報を得るための感覚の大部分をシャットアウトされながらも、走るという感覚だけを頼りに逃走した。
「(……危なかったな。このままだと全員……あの魅了にやられていた)」
走りながらミガテは安堵する。
あの鎧と角を持つサイよりもパンダの魅了の方が驚異的であると、視界を奪ってもまだ感じ取っていた。
その声もまた蠱惑的であり
その匂いもまた誘惑的である。
もしかしたら一度でもその存在を感じ取ってしまっただけでアウトかもしれない。
あのままあの場にいることこそが敵の魅了を進行させるかもしれない。
逃走を余儀なくされたが、ミガテが喰らったことで得た能力が五感に働きかけるもので助かったと今更ながらに自分の運の良さを褒める。
「(と、いうよりも悪運の強さかねこりゃ。ただ運が良かっただけならそもそもこんな目に合わねえしな……)」
とは言え、使えないと思っていた能力に日の目が出たのは喜ばしいことでもある。
「(焼け焦げた肉でも喰らえば能力を得られる……生前に試していたことがまさか役に立つとはよ。何事もチャレンジ精神だぜ)」
ミガテがこの世界で喰らい得た能力は完全不完全の枠を取り除けば全部で8つ。
1つ目はカメサマの甲羅の能力。これは甲羅の一部しか喰らえなかったため一度睡眠を取るまでは再度使えないというデメリットがあるがそれでも生半可な攻撃は通さない小さな小楯として活用も出来、油を撒き散らし炎で焼き殺すこともできる。
2つ目はカバのピンク色の汗の能力。相手を蒸発させてしまうためこの能力で倒した相手の能力は奪えないがそれでも強力な能力である。カバを全て喰らえたため完全に使えることも大きい。
3つ目はイグルーの視力強化の能力。こちらも完全に喰らったことでホミーと同様に自由に森の中を見ることが出来る。ちなみにミガテはホミーに倣って単純な視力強化ではなく視界が白く染まっても関係のない体温や赤外線を見る視力強化へと変えて走っている。
ミガテは仲間達にはここまでの3つの能力しか伝えていない。
だが、実際にはあと4つの能力を持ち合わせていた。
4つ目はぽん太というハリネズミの針を射出する能力である。完全に奪えた能力ではない。ぽん太本体は蒸発してしまったため、周囲に落ちていた針を喰らうことで無理やり発現させた能力である。1本喰らおうが2本喰らおうが能力はそれ以上強化されないと悟ったミガテは落ちていた針全てを喰らうことはしなかった。喉に刺さりそうだったのだ。
そして5つ目、6つ目、7つ目、8つ目はカバの能力と同時期に手に入れていた。
甲羅によって燃やされていた動物の死体。
ミガテはあえて食べられないと仲間達に言っていたがそんなことはない。
燃えカスになろうがそれが死体として形を成しているのなら食べることは出来、能力も奪うことが出来る。
それは生前、電撃によって焼け焦げたとある死体を喰らい能力を得ていることから確かなことだ。
ホタルイカの発光がさらに強化された光爆弾。音と光によって撃退もしくは逃走までの時間を稼ぐことの出来る能力である。
スカンクの悪臭を放つ分泌液が基となった能力である臭気操作。これもまた今回の逃走には一役買っていた。
どちらも自身の感覚さえ潰してしまうのはやはり他者の能力であり使いこなせていない証拠か。
だが、それが今回は有難かった。自分の感覚を潰すために使いたかったのだ。
「このまま……逃げると……うん? 死臭がするじゃねえか。ようし……つまみ食いでもしていくかね」
段々と戻ってくる感覚の一つが捉えた自身の逃走先にある好物を前にミガテの疾走は加速するのであった。
その先になぜ死臭がするのか……その原因となった動物がいることを頭の片隅に追いやって。
場所は戻ってメイメイ率いるチーム――とはいえアルミュールくらいしか忠実な部下は残っていないが――はミガテ達を追いかけることなくその場に残っていた。
「追跡は?」
「それには及ばないでしょう。たかが3、4匹程度よ?」
「しかしこの闘いも終盤? このまま終わらせるのも良策では?」
「そうね……私達の方に来なかったということは彼らが向かった方角はある程度見当がつくわ。ねぇ、だってあっちにはあれらがいるのよ。『三獣士』が」
「メイメイ様が側近にすら置きたくなかった獣達……」
アルミュールが呟く。
実力は下手をすればアルミュール以上。
だが、それでもメイメイを守るよりもなお自由にさせている連中。
「実力は折り紙付きなのだけれどね。だってあいつら、気持ち悪いんだもの。デブに陰キャにコミュ障。あんなのは自分のテリトリーを与えて好き勝手やらせておきましょう」
だから、そのテリトリーに入ったならば命は無いだろうと。
メイメイは確信しているから追うことは意味が無いと言う。
「……」
しかし、うずうずとメイメイの側近という立場と敵を倒さなくてはという目的の間でアルミュールは葛藤する。
「……はぁ。分かったわ。貴方も行っていいわよ。運よくテリトリーに入らずに逃げられても面倒だし」
それに、とメイメイは自身の背後を見やる。
そこには1匹の筋骨隆々の大男が聳え立っていた。
「新しい駒も手に入ったことだしね。曲がりなりにも貴方の鎧に傷を付けた動物。間違いなく主力の一人よ。こいつと私の力があれば、貴方の穴を埋めるくらい問題無いわ」
「……いや」
それはそれで、とアルミュールの心中はざわつく。
いなくてもいいと言われるのも、代わりがいるからいいと言われるのは嫉妬心にも似た感情が芽生えてくる。
「……承知。では鈍足の者……手始めにまだ付近を走っている動物を狙う」
「よろしく。目の悪い貴方は見えていないかもしれないけれど、あっちの方向に走っているのが私からは見えるわよ」
と、メイメイが指をさすとその瞬間にはアルミュールは駆け出していた。
自慢の突進力をメイメイに見せつけるように。
「言うまでもないけれど、テリトリーに入ったら追いかけなくていいからね。いくら貴方でも……死んじゃうわよ?」
その背中に向けてメイメイは笑みを浮かべながら呟いたのであった。
「さて、じゃあ貴方には早速私の側近として守っていてもらいましょうか」
「……分かった。愛しき俺の妻よ」
メイメイは後ろを振り向くと満面の笑みを背後に立つウッホに向けて見せた。




