Take2―22 魅了
「っ……!? ここは……どこだ」
数秒前と変わらず森の中。
しかし僅かでも腰を下ろし休憩していた場所だ。見慣れてはいなくても見知った場所であった。
しかしウッホ達の目の前に突如出現した1匹の動物。
正体不明の――キョクアジサシのワーパーとは名乗っていたが――動物の能力を受けたところまでは覚えている。
日の差し方から見て、そう時間は変わっておらず、どうやら場所を飛ばされたのだと理解するまでは長くかからなかった。
「対象を何処かへと移動させる能力ってところか。その場所がランダムなら良いが……指定できるって言うんなら……」
「十中八九、この場所に留まることは死を意味するだろうな。そもそもここに飛ばされちまった時点でアウトな気がするのは俺だけか?」
「……俺達を目の前にして慌てて能力を使用した、といった感じでは無かったな」
何も無意味にウッホ達の前に姿を晒して能力といういわば切り札を見せびらかせたわけでは無いだろう。
何か、意味があったからこそ移動させるという転移系能力を使用した。
トリニコの能力によってウッホ達の傷は完全に癒えている。
他のチームの動物達がどうかは分からないが、少なくとも無傷というアドバンテージは崩しようのない利点であり、これは敵にとっても予想外のことであろう。
「……警戒態勢だ。これまでとは違う。奇襲をかけられた時でも、かけた時でもない。来ると分かっている罠の中に飛び込まされたのだ。何があろうと迷わないように、戸惑わないように気構えておくのだ」
ホミー、とウッホは能力の使用を促す。
警戒と言うのならホミーの能力はそれにうってつけだ。
これまでの闘いの中でウッホ達はよく分かっている。
「……とっくにやっているわ。どうやら、おでましのようね」
「あら? 5匹共に生存しているとは、中々のチームのようね。相性なのか個々が単純に強いのか、それは知らないけれども、まあ相性も強さも私の前では意味が無いのだけれどね! 私の可愛さの前では!」
ホミーが睨んだ先から少女が歩いてきた。
優雅に、アイドルのように、令嬢のように。
気品と儚さと可憐さと……全ての愛らしさを詰め込んだかのような一人の少女は5匹を見ると口元に笑みを浮かべる。
それだけでウッホ達は庇護欲を掻き立てられ、この場にいるということは敵であることに違いないはずなのに、敵意が霞のように霧散する。
「……チッ。馬鹿野郎が! アイツは敵だぞ!」
じりじりとにじり寄ってくる少女を前にして、ミガテが声を張り上げることで正気を取り戻す。
「……なーんだ。貴方には私の可愛さが分からないのかしら。つまんなーい」
「へっ……可愛いっつうんなら俺は俺が一番可愛いからよ。魅了系の能力ってところか? 悪いが俺にゃぁ効かねえぜ」
「名前を聞いてもいいかしら?」
「ミガテ。ハイエナだ」
額に汗を滲ませながらミガテは答える。
相手の能力を完全に防いでいるわけでは無い。
ただの性格上の問題であり、強がっているに過ぎないのだ。
「そう。ハイエナね。私はメイメイよ。あの可愛らしいパンダが私の正体。さあ、私の可愛さをちゃんと見なさい! 『大熊猫の心』」
「ッ!? まずい……『鬣犬の心』」
まだ出会って数分と経っていない。
だが、この時点でミガテは相手の能力を自身の可愛さを起点として相手を魅了するものだと理解していた。
相手もまた隠そうとしていないのはよほど能力に自信を持っているからか。
「(確かに……弱点が無さそうな能力だな。俺はともかくとしてこいつらはすぐにでもあのパンダの手に落ちかねない。だが、可愛さっつうんなら……その外見が鍵ならば……ようは見なきゃいいだけだろ! 俺達全員が能力にかけられているのは俺達がこいつを見ているからだ!)」
ミガテには切り札が何枚かあった。
それはウッホ達にも明かしていない。
いや、もしかしたら気が付いているのかもしれない。
ミガテが言っていないだけで、よしんば隠し通せるなら奥の手とばかりに持っておこうと思っていただけで、申告の必要性が無いから黙っていただけだ。
「眩しっ」
ミガテの全身が発光する。
ただの目くらましだ。
目が眩むだけで、一時的に視界を白で埋め尽くすだけで何の殺傷性も無い。
その上、ミガテ自身もその眩しさに目が眩んでしまうという使いようのない能力。
だが、この状況では用途が違う。
「眩しくて何も見えねえぜ……お前の可愛らしさとやらもよぉ」
視界に入れてしまうことで魅了されるのならば、それを邪魔してやればいい。
さあ後は臭いを頼りにこの女を仕留めるかと思った矢先、
「馬鹿ね貴方。別に可愛いというのは見た目だけを指しているのではないのよ」
「うぐぁつ!?」
横からウッホの声が聞こえた。
まるで何かと何かの間で葛藤しているかのような苦悶の声。
「声……そうか、声か!? チッ……視界じゃ足らな過ぎたって訳か」
「そういうこと。そして、貴方の能力いらないわ。私の能力の邪魔なんだもの」
メイメイがパチンと指を鳴らす。
「お呼びか」
「ええ。こいつ、いらないから殺して頂戴」
「承知」
新手の動物の気配。
「(おいおい、冗談じゃねえぞ)」
この状況で、何も見えていない状況で新たな動物の登場。
そして魅了にかかりかけているウッホ達。
「『大猩々の心』」
音が聞こえた。
肉と肉がぶつかり合う音が。
それは何よりも頼もしい、ウッホの力の上昇の合図である。
「ホミー!」
「ええ。相手の体温だけを見ているわ。さすがに体温じゃ可憐さなんてのは無いわね。鳥類や哺乳類の差はあれど、結局はそれだけの差よ」
サーモグラフィーのように視力強化で相手の体温だけを見たホミーは
「ウッホさん、3歩……いいえ、すぐ目の前に敵がいるわ!」
「分かった。今の俺とてそれくらいの状況判断は出来る」
知性と引き換えにして得た力。
それを遠慮なく視界も覚束ないまま、ホミーに言われるままに目の前に叩きつける。
衝撃は音と共に周囲へと伝わった。
確かに、敵にウッホの拳が当たった音であった。
「当たった! これで……」
どれだけ敵が丈夫だろうと一撃必殺の威力を持つウッホの拳。
これまで防がれたことは数えるくらいにしかない。
トリニコも、ミガテもまた思わず笑みを浮かべてしまう程に状況は好転したと、思ってしまった。
ウッホの拳の衝突音が肉と肉ではなく肉と金属のぶつかりあった鈍いものであるとは気づかずに。
「……俺の鎧がお前如きの力で砕けると思うな」
その言葉に最も早く反応したのはルビーであった。
彼は危機管理能力に優れている。
自身の身の安全のために常に怯え、仲間の陰に潜み、守られるために闘う。
だからこそ、敵の攻撃がこれから来ることを察知した彼は、ここで仲間を失うことは自身の死を意味すると考えた彼は金属貝殻を周囲に展開する。
「『鉄巻貝の心』」
即席ではあるがそれでも金属の防御壁だ。
容易く打ち破られる程、軟ではない。
だが、ルビーもまた失念していた。
ウッホの強化された拳はつい最近、カメサマの甲羅に止められていたし、ルビーの金属貝殻もまたボトルズのドリルに貫かれていた。
鮮血が散った。
それに気づけたのは左肩を貫かれたウッホ本人と金属貝殻を作っていたルビーだけであった。
「……俺の槍がお前如きの壁で止められるとは思うな!」
未だ目も眩みながら行われる攻防の中で男は叫んだ。
「万物を防ぐ鎧と万物を貫く角。これが俺の『犀の心』。矛盾しているとか言うな。どちらも兼ね備えているのは俺だけなのだから、試すことさえ意味が無い」




