Take2―18 意志
モグラのボトルズにとって貫くことは生きているということと同義であった。
物質を貫くという事だけでは無い。
そもそもで、モグラは貫かない。
ボトルズのドリルはあくまで能力によって生み出されたものであって、モグラにとってのドリルもただのイメージだ。動物のモグラにドリルは無い。
モグラは地面を貫くのではなく、掘る動物である。
では、何を貫くというのか。
それは、意志である。
『初志貫徹』。
何かを成し遂げようという意志。
最後までやり抜こうとする意志。
意志を貫くことこそがボトルズの生き方であった。
「最後まで生き残るっていう意志を俺は貫けなかった。だけどよ、こうして生き返るチャンスが再びやってきた。それなら俺は乗っかってやるさ」
腕をドリルによって吹き飛ばされ混乱しているルビーをよそにボトルズは誰に言うでもなく独りごちる。
生前の自らの迂闊さを嘆くように。
「意志は折れた……いや折られたっていう方が正しいか? 俺が生きられなかったのは殺されたからであって、どっかの誰かが俺の意志に介在した結果だからな」
脳裏によぎるのは怪物のような意志を持つ動物。
ボトルズのドリルを紙一重で回避したかと思うと喉元に喰らい付き、一撃で絶命せしめた相手。
喰らい付いた後の顎の力も恐ろしいが、何よりボトルズが負けたと思わされたのはその動物の意志の力であった。
ボトルズのドリルは当たれば勝てるような一撃必殺の力。
当てるまでの技能はボトルズに委ねられるが、それでも別に技術に劣っているとはボトルズは自分を卑下していない。
だが、あの瞬間、ボトルズのドリルに向かって正面から突っ込んできた緑の動物。
恐れを知らない機械のようにドリルに触れるすれすれまで近づき、そして避けた。
その意志に負けたのだ、とボトルズは納得した。
「折れた意志を再び建て直したら前よりも強くなるのは当たり前だよな。骨だって折れるたびに丈夫になる。筋肉だって肥大する。俺の意志は前よりも生きることを渇望しているんだぜ」
「……ツギハギの意志のままもう一回折れちゃえよ。……ふぅ……ふぅ……」
「ハッ。今の俺達はチーム戦だぜ? 束ねた意志ってのは何よりも強いもんだ。バラバラな意志よりもな」
片腕を失ったことで激痛と出血による血液不足の眩暈に息も絶え絶えになりながら、それでもルビーは立ち上がった。
金属貝殻の要塞はドリルによって一部を貫かれたことで崩れ落ちていく。
「なんでい、ようやくその姿が見えたと思ったら……案外と可愛い顔をしているじゃねえか」
視力が退化しているボトルズでも、手を伸ばせば触れる距離にいる相手くらいならその姿くらいは見える。
金属貝殻は防御壁であると同時に、ルビーを纏う衣服のようなものでもあった。
それが無くなれば、少女然とした少年の顔も露わになる。
「ッ!? ……僕の顔がそこまで珍しいの? こんなになっちゃった腕よりかい?」
ルビーが抑える片腕。
それを離せば、そこには鈍く銀に光る腕があった。
「金属……まあ鉄だけどね。僕の能力は鉄を操る能力っていうのは知っているでしょ? こうやって止血して新しく腕を作るくらいなら出来るんだよ」
そう強がってみせているルビーの表情を見て、結局は強がりであることをボトルズは見抜いていた。
「新しい腕、ねえ。さっきからちっとも動いていないじゃねえか。お前の能力、固めちまえばもう動かせないんじゃねえの? 自在に動かせるのは固める手前。つまり、腕を象ったその鉄はただのハリボテ同然だ」
現にルビーは新たな腕を動かしているように見えて、肩で無理やり動かしているに過ぎない。
筋も神経も血管も新たな鉄の腕には通っていない。
「これで互いに互いの能力を一回ずつ食らったってことだよな? 俺は全身鉄塗れで金臭せえ。お前は腕一本を失い新たに動かない腕を手に入れた……これがどういう意味か分かるか?」
くっくっくと笑いながらボトルズはルビーに問う。
そして、ルビーの答えを得ないうちに
「お前の能力は俺には効いていないんだよ。液体の金属を自在に操って固める能力? そうさ、強いだろうなぁ。何かを操作する能力っていうのは、その何かがありふれたものであればあるほどに強くなる。そして、お前はその何かを自分で生み出すこともできる。単純な能力でありながら……いや単純であればこそ能力ってのは強い」
「君の能力は……ドリル。何でも貫けるドリルだったね……なら――」
――なぜボトルズ自身の体に纏わりついていた金属を払いのけられたのか。
――なぜ根本から固めたドリルを動かすことが出来、ルビーの金属貝殻を破れたのか。
その答えは、ひとえにルビーがボトルズの能力を見誤っていたことに原因があった。
「なら俺はとっくにお前に負けているよなぁ? お前の目論見通りならとっくに俺は固められて身動きが取れなくなっていた。頼みの綱のドリルも動かねえ、打つ手なしの状態だった」
「そ、そうだ! ドリルが君の能力なんだろ! 嘘をついたのか!」
「おいおい、俺を嘘つき呼ばわりすんなよ。ただ全てを言っていなかっただけさ。その一つが……」
と、ボトルズが未だ回転の止まったままであるドリルをルビーの新たに作られた鉄の腕に当てる。
「ッ!?」
当たっただけである。
それも、衝突とかいうレベルではなく、ハイタッチよりも弱い勢いのただコツンとドリルの先端と鉄の腕が当たっただけ。
それだけで鉄の腕はドリルで掘削されたかの如く穿ち崩れていった。
「ドリルの回転なんてそんなもんただの概念だ。当たれば穴が空く。それが俺のドリルだ。回転っつうのはようは円……丸だろ? 意志を丸くしちゃあ駄目なんだよ。貫き通すならぶつかる勢いで、だ」
回転しているかなど関係ない。
ボトルズのドリルが当たった箇所に穴が空く。
それこそがボトルズの能力の真骨頂であり、隠してもいない事実の一つであった。
「別に、こんなん隠す程じゃないから言わなかっただけだぜ。だってよ、避けようとするやつはこれまでにもいたが固めようとするやつなんていないわな。固める能力があるだなんて思ってはいたがわざわざ説明しなくてもいいだろう。これは殺し合いなんだから」
殺し合い。
そうは言うものの、今の攻防ですでに決着は付いていた。
それはボトルズ然り、ルビーですらもすでに決着は見えていた。
「ああ、なんで俺が固められても動けたかって話か? そりゃお前、俺のドリルで金属部分だけを削っちまったのさ。俺の体以外を貫いたまでよ」
「そんな精密な動作まで出来るのか……」
「精密じゃねえよ。ただ俺のドリルはよ、俺の意志の表れだ。一つの意思を貫き通せ。つまりは貫くものは一つだけ。当てるだけで貫ける対象は一回につき一つまでだ」
ボトルズの体の表面に纏わりついていた金属だけを貫く。
それ以外は対象ではない。ドリルで力づくで貫くのならまだしも、ボトルズは当てただけだ。それは、能力によって貫いたということであって、対象を金属に絞っていただけであって、ボトルズの体には当たれば貫かれる能力のかかったドリルが当たったわけでは無いのだ。
「な――」
ならばなぜ……と出てきた疑問をルビーは飲み込む。
対象が一つだけというのならばなぜ、金属貝殻を貫いても尚ルビーの腕を吹き飛ばしたのか。
感触からしてドリルは掠ったというか、当たっただけであった。
つまりは対象は一つだけだが当たれば必ず貫けるという能力が使われていたということだろう。
その答えは、ボトルズの能力……ではなくルビーの能力が原因だ。
ルビーの操る液体金属。
その液体はまさか空中から突如湧き出てくるわけではない。
ルビーの体液が鉄として固まっているのだ。
それはつまり、ルビーと同質であると意味している。
液体金属とボトルズは違うものだ。
だが、液体金属とルビーは違うものでは決してない。
「まさかまさかよ、能力の相性っていうのは試してみなきゃ分からないもんだぜ。欠点だって相手次第じゃ利点にもなりやがる。逆もまた然りな」
もしボトルズの能力が対象を一つと限定せずに文字通り何でも貫けるドリルだとしたら自身に纏わる金属を破ることは出来なかっただろう。
もしルビーの液体金属が体液でなく、たとえば地中の砂鉄を集めたものを操作するものであったらまた結果は違っていただろう。
「さて、そろそろ喋るのもこれまでだ。全身の毛づくろいをするように俺の皮膚に残っていた金属の破片も取れてきた。時間稼ぎというよりもただの意志の確認だな、お前が生きようとしているかどうかっての判断だ」
「その裁定に見事引っかかったりは……しないよね」
「当り前だろう。お前は生きようという意志は強そうだが、それが他人任せだ。それはお前の能力からひしひしと伝わるぜ。防御で固めようと、攻撃で相手を固めようと、結局致命打には届かねえ。最後には誰かに頼る他ねえ。だからお前は俺の意志に負けるんだ」
ゼロ距離にも等しいボトルズとルビー。
手を伸ばせばすぐにでもドリルはルビーに当たるだろう。
いくら金属貝殻を纏ったところでノータイムで金属貝殻は壊されていく。
時間稼ぎにもなりやしない。
そう、決着は付いていたのだ。
――ルビーがボトルズに液体金属を浴びせたその瞬間には。
「な……に……!?」
呼吸が早くなった。
心臓の鼓動が早くなった。
吐き気がした。
眩暈がした。
手足が痙攣する。
眠気がする。
腹痛がする。
――意識が今にも跳びそうになった。
「ぁ……ぃぁ……」
もはや言葉にもならない発声。
ボトルズは地面に倒れながら自身に起こった異変に戸惑いを隠せなかった。
「……ふう。やっとか。君が金属の大部分を払っちゃったからまさかと焦ったけど良かった良かった。固めなかった金属を君の体内に入れることが無事に出来たみたいで」
「ぃ……ぉ、ぅ?」
「うーん……もう何を言ってるか分からないや。まあ金属がどうしたとかそういうことだよね? まあ君が散々自分の能力を語ってくれたから、それくらいはしてあげるよ」
傍らに倒れたボトルズを追い出すと、再び金属貝殻を纏い始めるルビー。
その片手間に自らの能力で如何様にしてボトルズをこのような状態にしたのかを語る。
「ようは鉄中毒だよ。鉄の取り込み過ぎだ。もし僕が君の言うように自在に金属……まあ鉄なんだけどね。鉄を操れる能力だったなら君の体内から鉄を全て奪い取って貧血にでもしてあげるんだけど、そうはいかない。僕が操れるのは鉄と化す自分の体液だけだ。だから、鉄を上げたんだ君に」
過剰摂取である。
欠乏ではなく過剰に与える。
鉄中毒。その症状は今のボトルズに起きていることそのものである。
「さすがに自分の体にドリル当ててもすでに体内に入り込んだ鉄を貫いて取り除くなんてことは出来ないでしょ? ああ、どこから入り込んだかなんて死にかけの君は言わなくていいよ。皮膚には穴がある。あちこちにね。君が貫くまでもない穴がすでに空いている。全身の無数の穴から少量ずつ入らせたんだ」
固めていなければ操作可能。
自在に形や大きさまでも変えてみせる。
皮膚にある微細な穴に入るくらいにまでも。
「流石にね、それでいつ死ぬのかは分からないよ。これは病気みたいなものだしね。もし……君の意志が折れなかったら生きているかもしれないよ。この苦しみの果てにまだ生きていたいと思うのなら」
そう言い残してルビーは背を向ける。
すでに闘いの決着は付いた。
ルビーは自身の安全を完全にするべく更に防御を固める。
「僕は死にたくない。それが理由でここにいる。生きていたいというよりも死にたくないという意志が強いんだね……ハハハ」
――そんな……こんな後ろ向きな意志に負けるのか……
心の中で絶望の色に染められかけるボトルズ。
その体はすでに鉄という毒に蝕まれている。
だが、いつか乗り越えてみせるという強い意志がボトルズに生まれる。
生きるための強い意志が。
「まあ死なないコツは殺す時に殺すことかな」
だがしかし、ルビーもまたボトルズの意志に負けない程度には死にたくないという意志が強かった。
なにせ仲間に殺されると思い込んで単身逃げている身だ。
「『鉄巻貝の心』」
鉄杭が空中からボトルズ目掛け落下してきた。
「ッ!? ……ッ!?」
すでに視界も虚ろ。
何が起きたのかボトルズには把握しきれていなかった。
どこが痛いのか、冷たいのか、熱いのか……ボトルズには分からない。
だが、明らかな致命傷を受けたことだけは分かった。
「なんで君をまず液体金属で固めようとしたか分かる? それはね、確実に攻撃を当てるためだ。避けられる可能性があったから、まずは動けなくした。鉄中毒で動けなくなった今もだから、僕の作戦通りだね」
すでにボトルズにはルビーの声は聞こえていない。
ただ、
――死にたくない……死にたくない……生きたい!
死ぬ寸前までその強い意志だけは残って……そして絶命した。
「あり触れた能力だっけ? じゃあ君はあり触れた死に方でもしていなよ。ほら、好きでしょ、全身穴だらけだ。きっと似たような死に方をした動物はたくさんいるからね」
そう、背中を向けたまま最後にはボトルズを一瞥することもなくルビーはその場を去った。
戦闘音を聞きつけた他の動物が駆け付ければ厄介だ。
次の戦いを待ち受けているわけではないが、少しでも分厚く金属貝殻を纏わなければとルビーは体液を滲みだし続ける。
ひとまずは仲間とも呼べる関係でもないチームの動物達の戦闘が終わるまで。




