Take2―16 視力
まるで、鉄同士を打ち付け合ったかのような周囲へと響き渡る金属音。
一度だけではなく、二度、三度と繰り返され、それでもなお褪せることはない。
音源はウッホ達が闘う森……の上。木々を越えた空中から響いていた。
「いい加減、諦めたらどうだ? お前は負けた経験がある。俺には勝った経験がある。それは覆しようのない結果だ」
その音の一端であるイグルーはすでに勝利を確信し、勝ち誇っていた。
空中戦であるがゆえに、軌道を変更する、小回りというものがどうしても必要になってくる。
イグルーはホミーよりも体格において秀でているが、それが小回りという点においては決して吉と出るわけではない。
無論、互いの爪がぶつかり合うたびに大きく姿勢を崩しているのはホミーである、これはれっきとした体格差の結果である。それに関しては、体格差が吉と出たのだろう。
だが、
「っ!? 後ろか」
ホミーは小柄な体格を活かしてイグルーの死角に回りこむ。
頭上に、真下に、背後に。
力に関してはイグルーが一枚上であったが、速度ではホミーに軍配が上がっていた。
「まあ、見えているんだけどな」
しかし、それはイグルーの能力が目に関するものでなければの話である。
「よっと」
まるで背中に目があるのかと疑わしくなるほどに自然な動きでイグルーは振り向きざまにホミーの爪を自らの右の爪で受け止めた。
「……厄介ね本当に。自分と似たような能力だと」
「まるで合わせ鏡みたいか? だが、同じ能力なら後は肉体の性能差が勝負の優劣を付ける。精神的にも肉体的にも俺は有利。負ける道理が無い」
イグルーの能力。それはホミーと同系統である視力強化。
ただ遠くを見ることが出来るだけではない。動体視力も、暗視も、赤外線も、霊視も、見ることに関してでいえば彼の右に出る者はいない。
「未来や、心の内すらも見えたならば、俺には敵がいなかったかもしれないな……いや、それでもあのお方には敵うまい」
「……あのお方?」
「おっと、これ以上は話すまい。尤も、話したところでこれからまた二度目の死を迎えるお前には無駄になるだけだがな」
ホミーの爪を受け止め、さらにすれ違いざまに翼に傷を付けようとイグルーは右爪を振るうが、そこは小回りの利くホミーに避けられる。
「あの時よりかはマシな闘いが出来るようになったじゃないか。どうなんだ? この二度目の生で一度は勝利を収めたのか? 一度か、二度か。勝利と言う経験を得たのならば、お前が俺に勝てる可能性もあるかもしれない」
「私が闘ったのは一度だけ……それも、引き分け」
まともな闘いではなかったが、中々倒れない敵に足止めされているうちに敵の仲間が回収に来てしまった。
あれを勝利などとは言えまい。
引き分け。一歩間違えば、敵の仲間と1対2での闘いとなり、負けていたかもしれない。
「引き分け……そうか、引き分けか」
くっくっく、とイグルーは心底おかしそうに笑う。
「……何が可笑しいのかしら?」
「いやなに、お前はしょせんそれまでなんだと思ったらな、自然に笑えてくる」
「それまで?」
「いいか? 勝つやつってのは勝てる時に勝てるんだ。決して勝利を取りこぼしたりはしない。引き分けも、ましてや逆転の勝利なんてものを相手に許さない。勝つには勝つだけの理由がある。それを分かっていれば、負けることなんて無いんだよ」
今度は、イグルーがホミーへと仕掛ける。
とは言え、戦闘スタイルすらも似通っている2匹である。
イグルーもまた、爪を振るってホミーへ致命的な傷を与えようとする。
「くっ……」
それを紙一重で躱しながら、ホミーはカウンターを狙うが、その爪も動体視力に優れたイグルーは易々と右爪で受け止める。
「俺はすでに3度の戦闘を経て、3度の勝利を勝ち取った。1度目はお前だぜホミー。だからよ、4度目も同じ相手だ。死の番号に相応しい、これ以上の相手はいない」
そう言うイグルーであったが、今の状況が拮抗していることに辟易していた。
恐らくこのままでは辛勝。彼の予想ではすでにホミーは地面へと墜落しているはずであった。
「……おかしい。どこだ! 一体どこで戦闘経験を積んだ! お前が経験した戦闘は俺との一回、そしてその引き分けたとかいう一回の計二回だ。たったこれだけで、しかも俺の時には瞬殺だったお前が三度の勝利を知っている俺に追い付けるはずがない!」
まともな戦闘はその引き分けたものだけ。
それなのに、ホミーの動きはイグルーのものと比べても遜色ない。
「だから、駄目なのよイグルー。あなたは外面しか見えていない。物事の本質を理解していない」
「あ?」
ホミーが爪を振るう。
イグルーはそれをあえて自らの体で受け止める。
ホミーの攻撃は軽い。それはこれまで受け止めてきたことで分かってきた。
ならば、あえて致命傷にならない程度の傷を受けて、そしてホミーを掴まれば
「これでもう、逃げられない」
ホミーの腕をイグルーは右の腕で掴む。爪がホミーの腕に食い込む血が滲む。
「こればっかりは仕方ないことだ。身長差、体重差。出血の出来る許容量も俺とお前では遥かに違う。強い弱いだけでは無い。だからこそ、お前は俺に勝つことは無いんだ」
ここから逃げることは不可能。
それをイグルーは確信していた。
一つだけ、途轍もなく低い可能性だが、あることに気が付けばホミーにも脱出出来るチャンスが出来てしまうが、それはイグルーが仲間にも打ち明けていないこと。
今さっき邂逅したばかりのホミーに分かるはずがない。
「仕込み杖ならぬ仕込み爪だ。この態勢からでも俺はお前を殺せる」
左翼をはためかせながら、イグルーは体を回転させることで右翼をその勢いでホミーへとぶつける。
その先端にはいくつもの爪。
イグルーの左手には爪が生えていない。全て抜き取り、右翼に仕込んでいたのだ。
しかし、その右翼はホミーに衝突することは無かった。
「だから、言っているじゃないの。見え見えなのよ。そんな手に引っかかった、これまであなたに負けた動物達って雑魚ばかりだったの?」
ホミーは掴まれ血の滲んでいる左腕を意に介さず、右腕のみでイグルーの全く動いていない左腕を掴むとそのままイグルーが突き出す右翼の前へと伸ばす。
「まず……」
慌てて右翼を戻そうとするも間に合わず、イグルーの右翼に仕込まれた爪はホミーを守るようにして伸ばされたイグルーの右腕に突き刺さった。
「攻撃も防御も右だけ。肩の腱を切っているわね。すぐに分かったわ」
「っ!?」
そこでホミーがイグルーの翼を離すと、イグルーは自らの爪によって飛ぶ力を失った左翼を起点として地面へと旋回しながら落下していく。
「『鷲の心』!」
すぐさまイグルーは能力を使い落下地点を計算する。
最もダメージの少ない、それでいて隠れられるような地点を。
「……そこだ。森の中。木の陰。枝でダメージを拡散してそのまま茂みに隠れられれば――」
――隠れられればどうなるんだ?
そう思い一本の木に落下し、枝を幾本も折りながら受け身を取るイグルーの首筋に冷感が伴う。
「似たような能力って知っているんでしょ? ならどこに隠れようと逃げられないのは分かり切ったことじゃない」
落下しながら逃走を考えていたイグルーは気が付かなかった。
逃走経路を考えるイグルーには前しか見えず、背後から滑空し追いかけるホミーの存在はすでに無かった。
だから、首筋に爪を当てられるその瞬間まで気が付かなかった。
視野を強化し、逃走経路ばかりを見ていたから視野が狭くなっていた。
「不意打ちでしか私を倒せなかった。それは真正面から闘えば貴方は自分が負けるって分かっていた証拠じゃないの」
ホミーが爪を引けばイグルーの頸動脈は引き裂かれ、飛沫を上げながらイグルーの命は失われていくのであった。
「あぁ……どうか、あの方に幸あれ……。我が愛しき母よ。あまねく動物の愛すべき存在よ……」
最後に、そうイグルーは言葉を残す。
「……? まあいいわ。これで私の目的は達成された」
鳥と鳥。
鷲と鷹。
似て非なるこの2匹の闘いの決着は時間にしてそうかからず終わりを見せたのであった。




