Take2―14 粘液
「見せてやるよ俺の能力を」
ミガテの能力、それは喰らった動物の能力を喰らった割合に対して得るというもの。
ストックは事実上無限。
死肉さえ喰らい、骨さえ噛み砕くハイエナという動物の性質をこれ以上なく能力に落とし込んでいる。
ミガテが直近で喰らった動物はカメサマの甲羅を用いた奇襲で殺した1匹の動物のみ。
残念ながら甲羅によって燃えカスとなってしまった2匹とウッホによって細かな肉片と変えられてしまった1匹の動物は喰らうことが出来なかった。
そのため、ミガテが直接殺した一匹のみがミガテの血となり肉となり能力となっていた。
獲物を横取りするはずのハイエナが自分が殺した獲物しか食べることが出来ないという馬鹿げた状況にはなってしまったが、仲間にはその1匹を喰らう状況を作り出してもらっている立場であるため何も言えない。
わざわざ食事の機会をお膳立てしてもらっている立場としてはもっと喰わせろだなんて言えなかった。
とはいえ、ミガテの性格ならば言うことだって出来たかもしれない。
図々しくふてぶてしいミガテならば。いつもの仲間を仲間として見ないミガテであったならば。
だが、ここにきてミガテはまだ仲間にもっと敵を殺して獲物を謙譲しろとは言っていない。それがチーム全体の強化に繋がるにも関わらず。
ミガテにとってチームの仲間とは大切な群れではなく、敵を殺すために利用している駒に過ぎない。
敵を殺してくれるならまだ利用する価値がある。
回復する能力も同様に。
味方が味方として、駒が駒として機能してくれているうちは下手に反発し合うつもりはない。トリニコとは単に性格の不一致によるものだ。
ここまでトリニコを庇ってきたのはトリニコにはまだ死んでもらっては困るからだ。
この針を能力とする相手、ぽん太と相対した時にミガテはすでに自分が少なからずの傷を負うことを予想していた。
戦闘後に傷の回復を得られるというのなら多少の無茶も出来よう。
そもそもで、新たに得た能力を使う策は、この針を持つ相手に対して少なからずの傷を負うことを前提としている。
そのまま使ったのならば警戒されすぐさま対策を練られてしまう。
「盾が使えれば、まだマシだったんだけどなぁ」
小さくとも針を受け止めるには十分すぎる程の堅固な盾は少なくとも今日は使えない。
「ったくよ……出来ればてめえをなるべく損傷の少ない状態で殺したかったんだけどな。ああ、残念だぜ。これからてめえは跡形もなく消えちまうんだからな」
「言うじゃねえか。ハイエナ如きに何が出来るっていうんだ」
「ハイエナだからだよ。俺は何でも出来るんだ。『鬣犬の心』!」
額に流れる赤い液体を手に染み込ませ、ミガテはそれをぽん太へと振りかける。
「――!? 目くらましか!」
視界を潰されては戦闘に振りなる。
液体は広範囲に広がったため、ぽん太は一歩下がりながら顔を左腕で庇う。
「どうした! まさかお前の能力ってのは目くらましなのか? ハイエナの如き小賢しい能力だとでもいうのか!」
しかしぽん太には同時に1つの疑問が浮かび上がる。
――あれ?
それはミガテの能力についてではなく、
――俺の針ってあんな全身血まみれになるまでやったっけ?
今のミガテの全身の負傷具合であった。
比較的胴体を狙った針の攻撃が多かった。
小さい射出用の針は手足に散らばりこそしたがトリニコを庇うミガテの胴にほとんどが命中した。
ぽん太とミガテが至近距離で交差した際にはぽん太が頬に肘鉄を、ミガテは脇腹に穴を空けられた。
全身と言えば全身ではある。
手足も胴も攻撃は命中している。
だが、
――だが……俺はこいつの頭部に攻撃なんかしたか?
ミガテの頭部からは赤い液体が流れている。
だが、ぽん太は決して頭部に針を当てていない。転倒して頭部を打撲してもいないはずだ。
ならば……あの傷は何だ?
――いや、そもそも傷なのかあれは? もっと違う……傷なんかじゃない……ということは!?
そしてぽん太は気づく。
ミガテの頭部に傷が無いのだとしたら、あの赤い液体は何なのだろうかと。
血液だと思い込んでいた赤い液体は全く別の何かなのではないか。
その液体は……ぽん太の腕にも付着していた。
――やばい、やばいやばいやばいやばい!?
何がやばいかは分からないが、得体の知らない何かが腕に纏わりついている。
それは死神に腕を掴まれているかのごとく気味の悪いものであった。
「やっと気が付いたか」
「なんだこれは! 一体何を……何を俺に付けたんだ!」
兎にも角にも、一刻も早く拭き取りたい。
幸いにも動物の時とは違いこの人間の姿では衣服が与えられている。
謎の液体を拭うには十分であった。
急いで衣服の裾を腕にあてがえば、それはすぐに消え去った。
「な、なんだ……は、はは……大したことないじゃねえか」
延々と纏わりついてくるものかと思えばそれはあっさりと衣服に吸い込まれていったことにぽん太は安堵した。
まだ液体は腕を湿らせている。恐る恐る拭いたために残ってしまっていたのだ。
これならば、と大胆に思いっきり全ての液体を腕から綺麗さっぱり拭き取ると、
「残念だったな! お前の能力は俺には通用しないみたいだ。こんなもの、全部拭き取ってやっ……た、ぜ……?」
だが、その言葉の途中にぽん太は腕に違和感を感じた。
今さっき液体を拭き取ったばかりの腕。だが、その腕に全く力が入らないことを。そればかりか感覚が無いことを。
「なっ!? ……腕が……俺の腕が!」
ぽん太の左の肩から先。そこには――何もなかった。
つい先ほどまであった左腕は消失していた。
「消す能力だと……? 先ほどの液体はどこかの空間へと腕を飛ばす能力だったというのか!?」
「いいや違うぜ。よく見てみろよ」
ぽん太が叫ぶ中、ミガテは静かにぽん太の足元を指さす。
ぽん太の足元。そこには何かの破片らしきものが落ちていた。
肉片のようなもの……いや、見紛うことなきぽん太の腕の残骸であった。指や針が落ちていることからもそれは確かであろう。
まるでミキサーに中途半端にかけられたかのような、何かで粉砕されたかのような有様であった。断面はなぜかぽろぽろと、まるで水分を抜き取られたかの如く乾いていた。
「俺の腕が……。そうか、あの液体に触れた部位に何かあったんだな!」
落ちている指や針、そして腕の残りの肉片はあの液体が掛かっていない箇所であった。
つまり、掛かった箇所に何かしらが起こり、腕が無くなると残った箇所も肉体との繋がりを失って地面に落ちたというわけであろう。
「そうだろ! お前の能力とは、額の液体に触れた物を消失させる能力だな!」
「……ちげえよ」
ここまでの材料からぽん太はそう、ミガテの能力を判断したが、ミガテは首を横に振る。
「……カバってのはよ、汗を出す器官……汗腺ってのが無いらしいのな」
「……?」
「だからいつも水中にいるのかは知らんが、陸上に上がれば皮膚は乾燥しやすく、それで細菌の感染に繋がるらしいぜ」
「今は、そんなカバの話なんか、どうだって――」
「カバの表面を覆う粘液。皮膚の乾燥を防ぐ粘液ってのが赤い汗のように見えるらしいぜ?」
「――っ!?」
カバの赤い汗。ピンクの汗といえば有名な話である。
一見、血のように見えるそれはしかしカバに害するものではなくむしろ防衛するもの。
カバの皮膚の乾燥を防ぐために存在する赤い粘液。
陸上で生活する際に必要不可欠になるもの。
無くなれば、それはカバの死が明確に近くなる。
「乾燥を防ぐ粘液ってのが無くなれば皮膚が乾燥する。つまりはそういうことだ」
「それが能力か……だが……お前はハイエナのはずだ!」
ミガテの能力としてではなく、カバとしての能力の理解は得た。
乾燥を防ぐはずの粘液を取り除いた瞬間に、その粘液は守っていたはずの中身から水分を奪っていくというものなのだろう。水分を奪う粘液という能力。
カバの性質が理解出来ればそういう能力だと分かる。
だが、それはカバであって目の前のハイエナとしてのミガテの能力としては当てはまらない、とぽん太は困惑する。
「俺の能力はな、喰った相手の能力を得るものだ。ヒャハハ、喰らえば喰らうほどに強くなる俺の能力はな、だからこの粘液の能力の使用を躊躇わせるんだぜ」
喰らった能力を使うことで戦闘に勝ち、その敗者を喰らってまた新たな能力を得る。それを繰り返すことで複数の能力を得ることの出来るミガテであるが、だからこそ死体がどれだけ五体満足で残されているかが重要になる。
このカバの能力は、その点に関しては向いていない。
先に得たカメサマの能力よりも使い勝手が悪い。
何せ水分を失えば肉体は朽ち果てる。
カラカラに乾ききったぽん太の腕が肉片を残して消え去ってしまったのが良い例だ。
「さて、ご理解して頂いたところで俺の能力の餌食になってもらおうか。おっと、この場合は本当に餌食になれるかは俺の運次第だがな」
ミガテの全身はすでに赤く染め上がっている。
これのうち、どれだけが赤い汗もとい粘液なのか。
ミガテは両手にたっぷりと粘液を付けるとぽん太へと駆ける。
その両手に触れてはいけない。それだけを考えて、ぽん太は針を2本、取り出すと右手と口に持たせミガテの両腕目掛けて突き出す。
ミガテはそれを避けようとするが、肩の付け根を刺されると、腕に力が入らなくなったのか垂れさせる。
――勝った!
両腕に触れなければいくら必殺の威力を持つ粘液だろうと怖くはない。
それに、たとえ粘液にかかったとしても対策くらいはある。
「ばべぇっ(甘えっ)!」
勝利を確信し、顔に笑みを浮かべたぽん太に対してミガテはそう、くぐもった声で返す。
――何かを口に含んでいる? ……マズイ!?
気づいた時にはすでに遅く、至近距離からミガテの口内に仕込まれていた大量の粘液を吹きかけられる。全身の針の防御は虚しく全てを通過して、ぽん太は全身が真っ赤に染まったのであった。
まさかのまだ続いてしまうという
やっぱハイエナさんの闘い好きですわ




