Take2―13 小針
「お、おい、やめろよミガテ! オイラなんか放ってさっさと逃げろって!」
「うるせえ。俺には勝利の道筋が見えているんだ。てめえは黙って俺の治療を続ければいいんだ!」
横暴ともとれるミガテのトリニコに対する言葉。
だがしかし、トリニコはミガテに対して憤慨の感情は浮かばなかった。むしろ申し訳ないという気持ちで心中が溢れかえっていた。
トリニコはウッホの指示とそれに加えて自らの意思でミガテと共に闘うことを選んだ。共に闘うとはいっても、回復を主とするトリニコはミガテのサポートに徹している。
徹しているのだが……それは敵にとって関係ない。
回復を能力とするならば、まずはそちらから潰すことが上策だ。
だから、トリニコがぽん太から狙われるのは必然であった。
「やっぱりだ! あの時から俺は一段と針の使い方が上手くなった!」
ぽん太の体中の小さな針がミガテとトリニコ目掛けて飛ばされる。
トリニコにはその針のほとんどは見えず、避けられない距離にまで接近した時にようやくその軌跡に気づく。回避どころか身構えることすら許さない小さく視認しづらい針はしかしトリニコには届かない。
それら全ての針はトリニコに当たる前に全てミガテの体に刺さっているからだ。
小さいとはいえ、それら全ては鋭利な針先をした10センチ大のものだ。
かつてぽん太がチンパンジーのエノスと闘った際に用いた30センチの針は現在は使っていない。あれらは近距離戦での針であり、遠距離戦ではこのように小さな針を射出するのがぽん太の本来の闘い方である。
遠近両立の安定した闘いをぽん太は行うことができる。エノス戦でこそ相手との相性が悪かったが、針を生み出すという単純な能力であることが純粋な戦闘力の強化に繋がっていた。
しかしながらぽん太は死ぬ寸前までこのように針を使い続けた闘い方は出来なかった。
その原因は体力。
針を新たに生み出す際に消費する体力の問題がぽん太を苦しめていた。大きな針ほどに大きく体力を消費するぽん太の能力であるが、1週目では針の大きさをさほど考えずに生産していた。
だが、エノスとの闘いでぽん太は針の形状についてはっきりと意識した。逆棘の針という形状を作り出すよりも、普段より小さな針を作り出すほうが体力的にも消費は少ない。
「小さいってのはな、傷が小さくなる代わりに避けにくくなる。致命傷には至らない。だが、繰り返す小さな傷はやがて大きな傷にも劣らない消耗を与えるだぜ」
ぽん太の死因。それはぽん太の放った針をそのまま返されたことによって内臓を抉り出されたものであった。大きな一撃はカウンターを招く恐れがある。
臆病と取られてもいい。あくまで慎重を期した闘いをぽん太が選んだのは確実な勝利を収めるためであった。
「俺は二度と負けられねえんだ……俺だけのために闘っているわけじゃない。あいつを守るためにも俺はお前を殺さなくちゃいけねえんだよ!」
「てめえは誰かの為に闘っているっていうのか?」
「ああ。それはお前だって同じだろう? そこの更に弱いやつを守るために、弱いお前は傷つき倒れている」
「……へっ、こんなの掠り傷だ」
ぽん太がミガテに対して与えたダメージ、確かにそれは1つ1つを取れば大したものではなかった。戦闘には支障の出ない微々たるダメージ。皮膚を越え筋に浅く刺さっただけの針はすぐに抜けば、動物の回復力を以てすればすぐさま塞がってしまうものだろう。
だがその針の数はすでに100を超えていた。
途中から抜くのも馬鹿らしくなったほどに、しかし抜かなければ後々大変なことになることが分かっているからこそミガテの全身は辛うじて針山とはなっていなかった。
「てめえこそ、トリニコを質に取らなければ俺に攻撃なんか喰らわせられないくせによ」
「あぁ?」
「やってみろよ、俺だけを狙ってよ、そのちんけで粗末な針を撃ち出してみろよ」
まだ全ての針は抜き終わっていない。
それでも気丈にミガテはぽん太を挑発する。
「おい、ミガテよぉ。オイラからアイツを遠ざけようとしているのか?」
「あ? そんなわけあるか。俺はただ自分の実力を出し切りたいからアイツをてめえのいないところに行かせようとしてるんだよ。てめえがいると邪魔だからな」
それはミガテがトリニコを庇っていることを肯定しているのも同然の言葉だが、トリニコはあえてそれを口にしない。
どうにも素直にならないこの仲間は協力の姿勢だけは取っているのだから。それをあえて自分から否定させはしない。
「そうかよ、じゃあとっとと行ってこいよ。傷ついたら治してやるからよ」
「余計なお世話だ」
そう言っているうちに体の針を全て抜き終えたミガテは、
「うおぉぉぉぉぉ!」
ぽん太へと右へ左へと軌道を変えながら駆ける。
それは全身穴だらけとは思えない程の疾駆であった。
「……チッ」
ぽん太は体中の針をミガテへと飛ばすがそれら全てがミガテに避けられる。
「やっぱり動いているもんに当てるのは難しいか……」
遠距離戦でのぽん太の弱点。それは射出される針の命中率の低さである。
そもそもでハリネズミの針は飛ばすためのものではない。あくまで身を守るためのものに過ぎない。抜くならまだしも飛ばすなどとは考えて設計されていない。
そのために大量の針を射出することで命中率の低さを誤魔化していたのだが、それも相手に動かれてはどうしようもない。
考えてみればエノスとの闘いの際にもぽん太の針は最初の不意打ちの時くらいしか射出したものは命中していなかった。三次元的な動きをしていたエノスの回避性能が飛びぬけていたのも手伝っていたが、ぽん太の命中率も要因であったわけだ。
「オラオラどうした? 全然当てられてねえじゃねえか」
エノス程ではないがミガテはよく動き針を回避し続ける。
「そういえばまだ俺の自己紹介をしていなかったなぁ。俺はミガテ、ハイエナのミガテだ」
一閃。
ミガテの爪がぽん太の体を捉えた。
血しぶきが1つあがる。
「ぐぁっ!?」
倒れたのは……ミガテであった。
その体にはこれまでとは違い、太く長い針が2本刺さっていた。
「なんだ、どんな動物かと思っていたらハイエナかよ。ライオン等の強者からおこぼれを貰う弱者。ハイエナ野郎とまで揶揄される盗人じゃねえか」
ぽん太の能力は自在に針を生成できる能力である。長短も大小も、そして形状も自在に変えることが出来る。そして、その生成速度は使用するエネルギーを増やせば瞬間的にまで加速する。
すれ違いざまに数本の針を生成したぽん太はミガテの爪をその針で受け止め、そして抜き取った2本の針を突き立てた。
遠距離の命中率などこれだけ近ければ、そしてそれが手動で行われるのであれば関係ない。
「このクソ犬が……ペッ」
ぽん太の顔にはあざが出来ていた。
体への爪攻撃は失敗に終わったが、ぽん太の針による反撃をみすみす喰らったわけではない。針を避けることは敵わなかったが、それに合わせて肘を突き出していた。
偶然ではあったが、それはぽん太の顔面に吸い込まれるようにして突き出され、エルボーという形でぽん太にダメージを与えていた。
しかし脇腹に2か所の傷を抱えたミガテと顔面に一発喰らったぽん太。
その負傷具合の差は歴然としている。
「全身真っ赤になっちまったなあ? 残念ながら返り血ではなくそれら全てはお前の血液。仲間がいなけりゃ勝てると思っていたみたいだが、その結果はお前の今の状態が如実に表しているぜ」
「……ぐぼっ」
ミガテは口から吐血する。
内臓をいくつか痛めているのか。ならば早々に治療が必要である。
「ミ、ミガテ!?」
トリニコが治療をしようと駆けよるが、
「近寄るな! 俺に触るんじゃねえトリニコ!」
ミガテが叫ぶ。
「何だよ、仲間割れか? 足手まといにはこれ以上関わって欲しくないってか」
「……ぽん太だっつったか。2つ……いや、3つ訂正してやるよ」
ミガテは立ち上がる。
全身に穴が空こうとも、わき腹に大きな傷を負おうとも、そして全身が赤く染まろうとも。
「1つ目は、こいつは足手まといなんかじゃねえ。役割ではなく、タイミングが違うんだ」
「……? なんだそりゃ」
「2つ目、俺はよ……ハイエナは犬じゃねえ。ネコだ! それを決して間違えるんじゃねえ」
――どちらでもいい。
ぽん太はその言葉を飲み込んで次のミガテの言葉を待つ。
こいつには何かがある。
決して油断してはいけないと、そう思わせる何かが。
「そして3つ目、俺の全身が血液で真っ赤になっちまっているって? それは違う。こいつは俺の新たな能力の目覚めだ」
「新たな能力? ……そういやお前の能力をまだ見ていなかったな」
その言葉をきっかけにしてミガテは能力を発動する。
全身の傷があろうとも、両者に力量の差があろとも全てをひっくり返すかのような能力を今、ミガテは発動するのであった。
「さあ決着を着けようぜ。お前の汗は……何色だ?」




