Take2―5 甲羅
「(どちらなら……)」
ウッホは決めかねていた。
1対2の闘いは如何に両者に力量の差があろうと数の差は必ず戦局に影響する。行動は一度に一回しか取れないのだ。一方へと攻撃すればそれはもう一方に隙を見せることと同義であり、無防備に攻撃を食らっていいほどこの戦場は甘くはない。
一度の攻撃くらいなら食らってもいい。そう思ったが最後、今後どれだけのしっぺ返しが待ち受けているか。それを覚悟しなければならない。
しかしそれはそれとして、どちらか一方だけにしか攻撃できず、もう一方からの攻撃が待ち構えているのもまた事実。食らってもいい攻撃はないが、食らわざるを得ない攻撃は存在する。
「(どちらなら……ダメージが少なくて済む……?)」
敵対する2匹ともに実力は確か。それは相対しただけで分かる。
どちらを優先して倒すか。どちらの攻撃を食らったら無事で済むか……否、死なずに済むか。
弱い方を先に倒して強い相手とじっくり闘う。それは相手が同時に襲ってこない場合であり、同時に襲ってくる場合であれば強い相手から倒してしまいたい。
何より、じっくりと闘っている時間などウッホにはない。
早く2匹ともに倒してホミーの援護に向かいたい。
「決めた。直感を信じよう」
そう言ってウッホは大柄な男へと拳を向けた。
「『大猩々の心』」
片手で拳を握りながらもう片手でドラミングを行う。片手間ではあるが、これでも能力は問題なく発動する。
2回。彼が行ったドラミングの数はこれだけであった。
1回であれば木の幹であろうとへし折れる。
2回であれば幹と同程度の大きさの石でも砕けるだろう。
さすがに鉄をどうこうするまでの力ではないが、これでも闘うには十分。むしろ、これ以上は、鉄をどうこうするまでいってしまうと敵味方の区別がつかなくなってしまいかねない。完全に理性を失うまで能力を使ったことはないが、不可逆の能力であり、戻れなくなってしまう以上仕方のないことではあるのだが。
幹と同程度の大きさの石。それはつまり岩であり、岩をも砕くウッホの拳が大男へと振られる。
「『長亀の心』」
しかしウッホの拳は止められた。岩と思われていた大男の背負われていた何かによって。
「ヒビが入るかと思ったが大したこともなかったな。この俺の、カメサマの甲羅の前には手も足も出まい」
この大男、カメサマはオサガメという世界最大級の亀の種である。
主食はクラゲ。
上顎は鉤状に尖り咬合面は刃物状。
甲長は最大で190㎝にまで迫り体重は1トン近くまである。
体内には保温のために油が大量に存在している。
そして、甲羅はない。
「全く、他のやつらは能力で何かを得ているというのに、俺だけが失ったものを取り戻しているだけとはな」
『長亀の心』。それはカメサマの持っていないもの。甲羅を彼に与えるという能力であった。
正確には甲羅はある。だが、発達しておらず皮膚に覆われてしまっている。レーザーバックとは皮の下の意味。甲羅とは彼にとってあってないようなものであった。
能力によって彼は甲羅を得た。同時に使い方も理解した。
1週目では使うことを躊躇っていた。そのため敵の能力を防ぎきれずに敗北した。
「だが俺はもう躊躇しない。僅かにも気遣うことも躊躇うこともない。最大限の力を発揮する。それが俺の闘い方だ」
カメサマは甲羅を頭上に掲げると、そのまま自分の体に被せるように降ろした。甲羅はまるでカメサマを透過するように腕や胴に対してフィットしていく。
「特別性といえば特別性。簡単には砕けることはないこの甲羅。無敵ではないが無敗。1週目でもこの甲羅を砕けた者はいなかったぞ」
恐らくウッホがドラミングを繰り返した先に甲羅を砕くことは出来るのであろう。
しかしそれをやってはチーム戦どころではなくなる。後戻りできないところまで行けば取り返しのつかないことになる。
「一回……後一回だけだ」
これをやって最後。最後のドラミングをウッホは行う。
瞬間、ウッホの筋力が更に上昇する。
石を砕く力は岩を貫くほどに成長する。貫通力。打撃だけでなく貫ける力は今のウッホには喉から手が出るほど欲しいものであった。
代償として知能が下がる。今の彼には目の前の敵――襲撃者2匹以外のことは目に入らない。ホミーやトリニコのことは眼中にない。
「一点集中だ」
ウッホは手を握るのではなく抜き手の形を取る。
握ってしまっては分散してしまっていた力が抜き手の指先に集中する。
「これで……どうだ!」
ウッホの抜き手がカメサマを甲羅ごと貫こうと突き立てられた。
その衝撃はカメサマを思わず後退させるほど。横で見ていた痩せた男にもその衝撃は伝わり額から汗を流させる。
「すげえな……俺っちはパワータイプじゃないからこんな攻撃することも……食らうこともできはしねえな……」
痩せた男が驚いていた理由。それは見ているだけでも分かる凄まじい威力の抜き手を放ったウッホ……ではなく、それを受け切ったカメサマに対してであった。
「……少しばかりヒビが入ったか。認めよう。俺の生涯最高の力を持った相手がお前だということは」
カメサマの甲羅にはヒビが小さく入っていた。理性を保てるギリギリのドラミングを行ったウッホの全力の一撃を食らってもなおだ。
「うそ……だろ……」
ウッホは気づいてはいなかったが、トリニコはミガテの治療を行いながらその様子を見ていた。なにせその場には痩せた男もいるのだ。そちらからも目を離すことができないため、治療と監視を同時に行う必要がある。相手が甲羅を出したことから防御重視の敵かと思ってはいたが、まさか攻撃重視であるウッホの攻撃力に勝る防御力を持っているとは思ってもみなかった。
「強すぎる能力には代償がある……それは旦那の能力然りだ。あの防御力だってどこかに綻びがあるはず……」
綻びならぬヒビは入れることは出来た。ならば案外ウッホが攻撃を続けていれば甲羅はいつか砕けるかもしれない。
「繰り返す。繰り返して壊す」
ウッホもそのつもりのようで、ヒビしか入らなかった、ではなくヒビを入れることができたと解釈することで前向きになる。
抜き手を何度も入れ、甲羅にヒビをいくつも作っていく。
「ぐ、う……さすがの力だ。俺が認めただけはある。この甲羅は絶対に壊れないものだと勘違いしていた俺を正しく道に戻してくれる力だ。そして、俺の全ての力を使わせてくれる力だ」
抜き手を放っていたウッホは気づく。何時からか分からない。何時の間にか、甲羅から液体が漏れ出ていたことを。液体は甲羅のヒビが入った箇所から漏れ出ている。
「最大限の力を発揮する。俺は最初にそう言ったな。だがそれは俺だけでは成し得なかった。お前の力があって初めてそれは発揮されるのだ……お前が甲羅にヒビを入れたおかげでな」
「……まさかこの臭いは」
オサガメの特徴。
それは甲羅が皮膚の下にあるということだけではない。
それは世界最大級の亀であるということだけではない。
体内に存在する油。
それが甲羅から漏れ出ていた。
「俺の体内に存在する油。油は滑るがそれだけじゃない」
それこそが『|長亀《レーザーバックタートル’ズ》の心』の能力。能力によって作られた甲羅はただの甲羅ではない。
「おっと、俺の体内の油だからといって別に俺の甲羅を貫通させ俺に傷をつけたと思うなよ。これは甲羅に含ませていた油だ。どうも、俺の能力の一部らしい」
オサガメの甲羅は皮膚の下。つまりは体内にあるということ。ならば能力によって甲羅の中に油を含ませられるということは理にかなっていると言えなくもない。
「本来は体温調節に使われるものだがな、当然ながら燃やすことが出来る。燃料になる」
「っ!?」
ウッホは思わず飛び退く。本能が逃げろと五月蠅いくらいに警報を鳴らしていた。
「お前ほどの力の持ち主でもやはり怖いよな。だが、下がったことこそが悪手だ。俺だって怖い。だから近距離では使いたくなかったのだ」
甲羅から一際勢いよく油が発射された。それはウッホへと向かうがウッホ自身には当たらず、少し手前に落ちる。
「それ、点火だ」
カメサマは手に石を持つとそれを強く甲羅に打ち付けた。
当然ながら甲羅には傷一つつかない。しかし、火花は飛び散った。その火花は地面の油を伝いウッホの手前まで火柱を作る。
「火とは文明だ。ニンゲンだけが使えたからこそあれだけ発達を遂げた。だが、火を作り出すくらいならば今の俺には容易なことだ」
ウッホとカメサマを分断した炎。揺らめく火炎の向こう側からカメサマはそう言った。




