Take2―1 覚醒
夢を見ていたような気がした。
何かに囚われていたかのような締め付ける感覚。自分が自分ではない、何か別のもので、それでいて芯の部分では確かに自分である、そういったまるでドッペルゲンガーに乗っ取られたかのような感覚。
夢から覚める。それはつまり現実に引き戻されるということなのだが、目を開けても、それはまだ夢の中にいるような感覚であった。
「どこだここは……」
動物園という戦場は確かに鉄やコンクリートといった建造物、人の手によって造られた自然では決して有り得ないものばかりが溢れていた。ありふれていた。
だがここは違う。
木々、木々、木々。見渡す限りの森である。
まるで遠い昔に見たような、故郷に戻ってきたかのような感覚。
懐かしさと愛しさと、そして哀愁が胸に広がる。
そして同時にここは決して故郷ではないことを直感する。
「……お……タ」
ここはまだ夢の中……。夢は覚めてはいない。ただ、切り替わっただけだ。
ただの場面転換だ。白昼夢、というのだっただろうか。自覚する夢。
もしも夢の世界があるというならば、ただその支配者が変わっただけの、夢から違う夢に移っただけのことでしかない。
未だ我が夢は覚めず。しかして現実は遠く手が届かず。
「おい……タ」
最後に思い出す現実の世界。
それはまごうことなき敗北の瞬間であった。
油断……はしていたのだろう。勝つつもりであったが、それは弱き相手を目の前にしたからであって、自分が決して実力で追い詰めたからではない。
ただ、自分の力に、能力に慢心していただけなのだ。
「おいアンタ!」
と、そこで肩に手が置かれる――と同時に俺はその手を捻り上げた。
すぐに殺すことはない。敵かもしれないが、それはそれで情報源だ。すぐさま殺してゼロから情報を探すよりも、聞き出した方が早い。それに何より言葉は通じるみたいなのだから。
「おい待てって! オイラは敵じゃ……ね、え」
俺の手が掴んでいたのは小さな、俺の半分ほどの背丈しかないような小男だった。
顔を大きく歪めていることから相当痛いのだろう。
「言いよどんだな。……まあ味方だというやつよりは信用できるか」
手を離すと、小男は掴まれていた手を摩る。
これといった特徴のない男だ。強いているならで背が小さいことくらい。後は、口元に髭を少しばかり生やしているくらいだ。
「なあアンタ、オイラと組まないかい? 何があってこんなとこにいるのかは分からないが、アンタは強そうだ。その強さでアンタだけじゃなくオイラも守ってほしいなぁ~って」
「…………」
なるほど、確かに俺はこいつよりも強いだろう。
ここがどこか分からない。何が起きるか分からない。だが、強いからという理由で弱いやつよりも先に死ぬということはない。そして強いやつに守られているやつは弱いやつに守られているやつよりも生きる可能性は高い。
しかし、
「お前に守られるだけの価値があるか?」
俺にとってのメリットはない。
それに誰かを守るというならばそれだけ自分を守らなくなるということだ。
わざわざ危険を冒してでもこいつを守らなければならないメリットが俺にあるだろうか。
「価値、ねぇ」
そこで小男がニヤリと顔に笑みを浮かべた。
まるでこの質問を待っていたとばかりに。
「オイラの腕を見てくんな」
そう差し出す小男の手にはくっきりとアザが出来ていた。その形は俺の手だ。
当てつけだろうか。
この使い物にならなくなった腕の代わりに俺に守れと?
俺の雰囲気が変わったことを察したのだろう。小男は慌てたように
「ま、待ってくんな! オイラが言いてえのはそういうことじゃねえ。いいからよく見とけって」
言われてアザのある腕をじっと見る。
それでも警戒は忘れない。これに目を奪われて不意打ちとかされようものならどうしようもない。
しかし我ながら痛々しい痕を付けたものだ。
「……ん?」
ふとそのアザに違和感があった。
このアザ、俺の手よりも小さくないか?
いや、だがしかし俺の手と形は似ている。似ているが、そのまま小さくしたような……。
「気づいたかい?」
俺の訝し気な顔に小男は嬉し気に言う。
アザは見ている間にも小さくなっていく。
これは……小さくなっているというよりも薄くなっているのか。圧の高い掌の部分が残っているから小さく見えただけで。
「これがオイラの能力さ。回復能力とも少しばかり違うが、まあ似たようなもんだと思っといてくれ」
なるほどな。俺を前に立たせて自分はサポートに徹するというのか。
ならば、
「この俺の傷も治してみせろ」
そう言って俺は、俺の手の爪を一枚剥がして小男に見せる。
「な!?」
小男は驚くも、俺は微動だにしない。
出来ないならそれでいい。俺は荷物を背負う必要が無かったというだけだ。だが、出来るならば、俺にさえ回復能力を使えるというならば、それは俺が財宝の詰まった宝箱を手に入れたと同じだ。
「アンタ……気に入ったぜその強さ。肉体の強さじゃねえ、その心の強さにだ」
小男は掌をぐっと握りしめると開いた。そこには小さな灯火があった。
「じっとしてろよ」
その灯火を俺の爪のあった部分に当てる、と同時に俺の剥がれた爪は巻き戻るように指へとはめ込まれていく。
「これで良し、と。アンタの強さをまだ直に見ちゃいねえが、確かに腕の一振りで大抵の敵は倒せるだろう。だが、そう安直に握る拳を邪魔しちゃいけねえよ。痛みで、それも余計な痛みで負けるだなんてダサい真似、相応しくねえだろ?」
「ふん……」
ダサい真似、か。あの敗北の瞬間、それは俺にとってダサい真似だったのだろうか。
相手が俺を倒した後に強敵だったと思ったのならばそれはダサい真似ではなかっただろう。だが、俺が愚かなやつだから負けたとでも思われていたのならば……それはダサい真似だったのだろう。
「っとと、改めてよろしくってことでいいんだよな?」
俺が目的も無く歩き出したからだろう。
慌てたように追い付き、俺の隣を歩いて小男が尋ねてくる。
「ああ、俺はお前を守ろう。この先何があるか分からない。だが、俺を守るためにもお前を守ろう。変わらないことはただ1つ。これからも闘いがあるということなのだろうからな」
「おうとも、よろしくだな! あ、それと1つ言っておくが、オイラの能力はその指に限ってはあと2分は使えねえからよ。まあそれほど意味のない言葉だけど」
「そうか」
それは爪の剥がれていた指のことを言っているのだろうが構わない。1日だって別にいい。
それよりもこいつの能力、回復とは少し違うと言っていたな。……まあいずれにせよ結果として回復が出来るのならばいいか。
「まだ名前を聞いていなかったな」
能力もそうだが、この小男のことをほとんど知らない。
小男、ではこいつを呼ぶときに困るだろう。
「人に名を訪ねるときは……って別にオイラ人間じゃねえからいいけどよ。オイラはトリニコだ。鳥ではあるけど2個じゃねえってな。ケツァールって鳥なんだけど、知ってるかい?」
鳥類か。
軽々しい態度は鳥ならではの軽い体重からなのだろうか……いや、馬鹿馬鹿しい。
「聞いたことも無いな。俺はゴリラのウッホだ」
馬鹿馬鹿しいというならば俺の名前だってそうだ。
とんだ間抜けみたいな名前ではないか。人間が勝手にゴリラの鳴き声を定めて付けたような名前。付けた方は何も考えていなかったのだろうか。
「そうかいよろしくなウッホの旦那」
「……ああ」
トリニコから差し出された手をきつく握りしめて俺はもう片方の手で自分の胸を1つ叩いた。
これでギアは上がった……。いずれはこうして考える事すら出来なくなるだろうが、こうしておけば辛うじてでもこいつは味方だという事を覚えていられるだろう。気休めに近いものだが、やっておいて損はないはずだ。
突然の俺のドラミングに驚くトリニコを尻目に俺はそのまま森を歩いた。




