54話 トラとタヌキの皮算用 前編
「南無阿弥陀仏」
目を閉じて念を唱えるその男の……いや、僧兵の姿を借りる生き物の名は宝斎。太っていると思われていたその腹には筋が詰まっており、表面的にだけ脂肪がまるで見せかけのように張り付いている。
見せかける、つまりは騙すということに特化したかのような姿をする宝斎は同じく騙してリオナに近づいていったセプテムのペアに相応しいものであろう。
「キツネ、か」
そう、声が聞こえた。
それは宝斎が何かしらの能力を使い積み上げた瓦礫の山の下からである。そしてその瓦礫の山の上に宝斎は立っていた。
「む?」
振動が一度あった。二度、三度……そして瓦礫の山はいとも簡単に宙へと放散する。
宝斎はその時にはすでに瓦礫の山から降りており、宙を舞う瓦礫を見上げていた。
「……力と防御に特化した能力か」
瓦礫とて1つ1つの重量はそれなりにある。それをいくつも重ねられて吹き飛ばすなど能力を使用した他にならない。素でこれならば、もはや勝ち目はない。
「キツネ、だったか。そうかそうか」
そしてその瓦礫の山を吹き飛ばした張本人である朱抹は納得したように頷いている。
「キツネがどうかしたのか?」
尋ねる宝斎にもその心当たりはあった。
いや、宝斎にはキツネと聞いて思い当たるものは1つしかない。
間違いなくペアであるセプテムのことだ。
「いや、あっちからよ、聞こえてきたんだ。リオナと闘う相手はキツネ、ってな」
「……」
現在、宝斎とセプテムの位置はキロ単位で離れている。
それが聞こえたなど、嘘のようであった。だが、実際にセプテムはキツネであると知られている。
「(聴覚が発達している動物なのか……? そして能力が力と防御……)」
当然ながら思い当たる節のある動物は存在せず、謎は深まっていくばかりである。
「俺達のペアはよ、リオナがライオンと俺がトラっていう最高に最強な組み合わせだ。ライオンといえばトラ、トラといえばライオンってなくらいにはこの2匹の組み合わせは知られている」
宝斎は驚く。この目の前の、恐るべき膂力を見せた相手がトラであるということではない。あっさりとトラということを、ペアがライオンであるということをばらしたことだ。
「あっちの……セプテムだったか。キツネ女の能力は姿を変えることらしいな。ってことは、だ。この一面に広がるお前と同じ姿をしたやつらを出したのはお前ってことになる」
朱抹は瓦礫を1つ拾うと、宝斎に向けて投げる。それは見事に宝斎の頭部に当たるが、宝斎はそのまま煙となって消える。
「どこからともなく何かを出す。そして俺とリオナ……トラとライオンという何かしらの因縁のある組み合わせがあるということは、キツネと因縁のある動物を思い当たらせればいい。そしたら、ほら、案外すぐに出てくるってことだ」
朱抹は両手にそれぞれ何かを握りしめると、それを投げた……周囲に。それは小さな破片であった。恐らくは宝斎が出した瓦礫の山によって崩れた地面のコンクリートの破片であろう。
それが宝斎の姿をした何かに当たり、次々に消し去っていく。
「タヌキだな」
自分がトラであることをばらした時と同じくして、あっさりと朱抹は宝斎がタヌキであるということも突き止めていた。
そして、
「だからどうした。だからといって、拙僧の能力は何ら変わらん。『狸の心』の猛威を止めることはできない」
朱抹の上方、数m上にまたも宝斎によって何かが出現する。
朱抹が見上げると、
「おいおい、マジかよ」
と顔をしかめる。
先ほどの瓦礫のような甘いものではない。
幾本もの剣、槍、斧……先が鋭く尖った獲物ばかりである。
瓦礫のようにただ耐えるだけでは済まないものばかり。それが一斉に朱抹へと降り注いだ。
宝斎とセプテムの関係性は、朱抹とリオナのような単純なライバルという関係性ではない。尤も、朱抹もリオナもそんな単純なものではないと言うかもしれないが。
始まりは1匹の動物の奪い合いであった。
どちらが殺すか。その権利の奪い合いであった。
「あてが先に見つけたんどすぅ。ならあてが殺すんが常識ぞえ?」
その方言がどこのものか分からない話し方を聞いて宝斎は珍しくも苛ついていた。
僧兵の姿をしているからといって僧侶のごとき心を持っているわけでも悟りを開いているわけでもないが、それでも平常を保つことを得意としているはずの宝斎は自分自身の何かよく分からないものに支配される心に驚いていた。
「追い詰めたのは拙僧。主はただ黙って見ていただけであろう。それも遠くから。なれば主のその権利はないのが道理」
「そんなん知らん。あてが見つけた。あてが殺す。これがあての道理や」
互いに譲らぬ。
しかし互いに殺し合うことはしない。
なぜならば、互いの種族は1目見て理解できたし、その力量も近く殺し合えば生き残りこそすれ致命傷に限りなく近い傷を負うことを免れないと予想するのが容易かったからである。
「……」
ここで宝斎は考える。
もしここでこのキツネに獲物を譲ったらどうなるか。
宝斎も別に獲物に止めを刺すことにこだわってはいない。
ただ、なぜか意固地になっているだけだ。損得勘定を抜きにしているだけで、損得勘定を入れてしまえば譲っても問題はなかった。
「……分かった」
考えを巡らせ、その結果宝斎はキツネに獲物を譲ることとなった。
「おおきにー」
そう言って腕を鋭い刃物状に変えたキツネは獲物の首を落とした。
「あー、すっきりしたぁ。いや実はなこいつ、あてのことを胡散臭い言葉遣いしやがってとか馬鹿にしてきたんよ。そんな喧嘩売られちゃ黙っておられんけどその後逃げられてしもうてなぁ」
「………」
……その通りに思っていた宝斎は何も言わずに黙る。
「それにしても、あんさんがタヌキか。もっとごっついのとか格好ええのを想像してたけど、なんやただのオッサンかいな」
ただのオッサン。それを言われても宝斎は特段何も思わない。それこそ、馬鹿にしたような言い方をされようとも。
油断を誘うような見た目で油断を誘えるならばそれはそれでありだ。
勝てる相手に勝ち、勝てない相手にさえも勝てるならば、どんな見た目であろうともそれは些末な問題である。
「まあ今日はひいときぃ。ここであてらが闘ってもええことはないよ」
「……そのようだな」
両者は歩み寄り、そして交差し、すれ違う。
一瞬であった。
「キツネは騙す生き物や!」
振り返ったキツネが宝斎を襲う。それを予想していた宝斎もまた振り返って構える。
互いの手が相手の心臓を貫こうと動く。
「……ぐぅっ」
倒れたのは宝斎であった。
心臓のある左胸の位置には何やら肌色の物が張り付いている。
「惜しかったなぁ。あんさんの手もあての体に触れるまでは出来たけど、あての方が一枚上手やったなぁ。あての皮膚の一部を変化させた。その皮膚はこのままあんさんの心臓にまで辿り着いて貫くで」
「……ゲホッ……女狐が」
「ハハッ。あてが女狐か。そらそうや。それ以外あてを表す言葉はな、い……?」
そして女狐も……セプテムもまた、崩れ落ちた。
「……『狸の心』。主……の体の……一部を有害物質……に変えた」
宝斎もまたセプテム同様に能力を発動していた。
その能力は触れたものの変化。自分以外であれば生物であれ変えることが出来る。自身の体を変化させるセプテムとは似て非なる能力である。
「……このままじゃ相打ちやな」
「……そうだ、な」
2匹はそうしてしばし黙る。
そして、どちらからともなく立ち上がった。その体にはすでに異常はない。
「互角やな。あての能力とあんさんの能力これから先、絶対にあり得ることはないかもしれんけど、それでも組むことがあれば無敵や」
「無敵か」
「せや。あんさんの能力は察するに触れたら変える能力やろ? あての自分を変える能力とは相性が良さそうや」
「もし、組むようなことがあればだがな。それこそ絶対にあり得ることのない未来ではありそうだが」
「それが問題なんやなぁ」
ならばこのまま、今から2匹で組もうなどとは2匹とも思わない。
組んだら最後、油断した瞬間に互いに互いを殺すのが目に見えているからだ。
何か、組むことを保証するような強制するようなものが無ければ組む未来などは有り得ない。
「まあ、あんさんの体からあての能力は解除しておいたから、今度会ったら次こそ正々堂々正面から勝負や。次こそはあんさんに触らないようにするで」
「ふん、それは拙僧とて同じことだ」
こうして、互いに互いの能力を解除した振りをして、セプテムは宝斎の体に皮膚片を残したまま、宝斎はセプテムの体に発動すればすぐさま能力によって物質が膨張する仕掛けを残したまま別れを告げた。
2週目になってチームを組むことになりそこで初めて能力を解除した……振りをまたもした2匹は互いに互いを牽制したまま、信用して闘うことになったのであった。




