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アニマルコロシケーション  作者: そらからり
2章 絶望の2週目
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51話 強欲なる鼠算 前編

「付いてきている」


 そう気づいたのは、こちらがその相手の存在を気にしていたからである。

 

 尾行者は尾行されていることに気づかない。

 それと同じ様に尾行者は気づかれていることに気づかない。


 尾行者を追う者。

 尾行者に追われる者。


 どちらも尾行者という存在無くしては有り得ないが、それと同時に尾行者が尾行を止めればその関係が終わる被尾行者に対して尾行者を尾行する者は尾行者が尾行を止めようとその関係は終わらない。


 しかして尾行されている者が尾行者に気づいてしまったならば、尾行者がたとえ尾行を止めようともその関係の終わりは尾行者には決めることができなくなる。


「師匠にとってあいつは相性が悪い……なら私が闘うしかない」


 ネズミであり実験体であり復讐者でもあるナイ。

 シーラカンスであるジュウゾウの生き方……というよりも人間を殺すことのできる数少ない能力を持つその老人に師事し、ジュウゾウの歩く後ろを付いてきていた。


 つまりは彼女もある意味では尾行者。

 しかしして、その尾行者であるナイを尾行している存在をナイは一週目より知っていた。


 自身が師と仰ぐジュウゾウとは相性が悪い。

 ぶつかり合えば……もしかしたらジュウゾウが破れるかもしれない。

 ジュウゾウが負けるところなんて想像もできないが、アレならば……もしかしたらジュウゾウの能力が効かない可能性もある。


 この戦場では能力こそが生死を定める。

 勝敗の決め手となる。


 ならばナイがすることはただ1つ


「私が倒すしかない」


 自分ならばもしかすれば倒せるかもしれない。

 自分よりも遥かに強いであろう師匠が負けるのは相性のせい。ならばその相性が関係ない自分ならば……。


「無謀かもしれない。無茶かもしれない」


 それでもやるしかない。


「そこに無視できない存在があるならば」


 師匠を超えるのはいつだって弟子の役割。

 師匠を助けるのも……それも弟子の役割。


「私は闘うしかない」


 いつか人間に復讐を果たすまでは、それまでは自分だって死ぬことは許されない。

 闘い続ける。それはこの戦場にいる者ならば共通認識であろう。

 だがナイは改めて思わざるを得なかった。


 闘うことこそが生きる道だ、と。





 まるで暴れ牛を思わせるかのような風貌の男。

 背まで伸びている髪、深く濃い顔と2mを優に越す体格。勿論それに比した筋肉が男には付いており、一般的な体格の男でも赤子の首を捻るかのように易々と殺すことができるだろう。


 しかし何よりその目が異様だ。

 充血しており狂犬病にでもかかったかのように口から涎を垂らしている。


 本当にこのような知性の欠片もない男に尾行なぞ、追跡なぞ出来るのだろうか。否、目は充血しておれど、口から涎はダラダラと絶え間なく垂れていようと、その顔に狂気が張り付いていようと、それでも男は真っすぐとジュウゾウの歩いてきた道を辿っていた。


「……(……なぜ、すぐさま師匠へと攻撃しないのだろう)」


 何を狙っているのだろうか。

 まさかナイが気づいているということに気づいているわけではあるまい。

 その確信がナイにはあった。



 ジュウゾウが1匹でいることを怪しんでいるのかもしれない。

 これはチーム戦である。2匹で行動するのが当たり前。ならばナイがジュウゾウの隣にいないことこそが、警戒に値するのだろうか。

 ナイとジュウゾウ、この2匹の関係を知っている者は少なくともこの動物園内にはいないだろう。もしかすると錺などは敬意を知っているかもしれない。……いや間違いなく知っている。だからこそ、ナイとジュウゾウはチームを組まされているのだろうから。


「だけど関係ない。そっちがタイミングを窺っているならば、師匠に集中しているならば私など眼中にないはず」


 ナイは言うや否やすぐさま自分の歯を全てへし折った。


「ぐ、う……うぅ……」


 呻き声を上げながら、声が極力漏れないように口を押さえる。

 口を押さえて、声を抑えて、口から手を離した次の瞬間には口の中にはへし折ってナイの周囲に転がっていたはずの歯がそこにはあった。


「『(マウス’ズ)(ハート)』」


 歯を伸ばす能力。兄であるナムと同じ能力をナイは使う。

 錺という人間をはじめとした幾人もの研究者に体を弄られ、改造されたナイの能力はナムのそれよりも強化されている。


 伸びる瞬間的な早さも、伸びる長さもナムよりも上であるとナイは理解していた。

 しかしそれをナイは人間のおかげだとは思わない。ナムが力を貸してくれている、そう思っていた。


 歯を無理やりへし折ったことで生じた激痛は歯が生えるとともに消え去った。

 地面に落ちた歯を全て拾い、ナイはジュウゾウを今でも睨んでいる男へと向かう。

 殺される前に殺す……ではなく、殺す前に殺す。

 ジュウゾウが殺される前に殺さなくては。

 

 準備は整った。万全の準備とまではいかないが、それでも殺すには十分だろう。


「よし」


 気づかれぬように細心の注意を払いながらナイは男へと近づいていく。


 男はナイには気づかずにジュウゾウへと注意を払い続ける。


 近づき、歩み、進む。


 そしてついにはナイは男のすぐそばの茂みにまで辿り着くと、男の足元に先ほどへし折った歯を転がした。


「『(マウス’ズ)(ハート)』」


「っ!? ぐぅっ」


 男の足元に歯が転がり、すぐさまナイは能力を発動した。

 ナムよりも強化されたナイの能力。

 それは歯を伸ばす能力の完成系。自分の口に生えている歯を伸ばすだけでなく、折れて自分の体から離れた歯すら伸ばす対象とする。

 歯はどれも鋭く尖っており、それは幾本もの槍となって男の体にいくつもの傷をつけた。


「仕留めきれなかった……」


 傷はつけたが、到底致命傷には及ばない傷。

 運が悪かったのだろうか。転がした歯はどれも男の急所部位を外して手足や、せいぜいが胴を掠める程度であった。

 そしてこれによって男にナイの存在は気づかれることとなった。


「誰ダ」


 片言の、少しイントネーションに違和感を残す男はナイへと振り向きざまに


「『水牛(バッファロー’ズ)(ハート)』」


 男の頭部から角が生える。

 そして、その角がこちらへと向いた。


「(やばい。あの角はとにかくやばい)」


 直感で右に跳んだ。と、同時に男がナイの横を通り過ぎた。


 雷鳴のような轟音とともに男が近くの建物へと突っ込んでいく。

 そしてその建物は、3階まである堅牢な建物は崩壊した。


「避けられたカ」


 崩壊した建物から男が出てくる。


「しかし奇妙な能力ダ。足元から突如として現れたのハ……歯だったカ。なるほど、歯を伸ばす能力というわけカ」


 崩壊した建物で傷一つない……わけではないだろうが、とてつもなくタフな相手。

 1つ僥倖ともいうべきか、嬉しい知らせというか、ナイの能力ならばこの男に傷をつけることができた。つまりは、殺すことは可能というわけだ。


「ナイ。ネズミだ」


「俺ハ、スイギュウのタケミツ、ダ」


 男が低く構える。頭を突き出し、角をこちらに向ける。


「俺の能力である『水牛(バッファロー’ズ)(ハート)』。それはその身で以て体験しロ」


 今度は間に合わなかった。横に跳んだナイであるが、それでも避けきれずに左腕を掠めていく。それだけで左腕からは出血があり、しばらく動きそうにない。そしてその掠めただけのエネルギーはナイを大きく吹き飛ばした。


「(どんな能力……!?)」


 吹き飛ばされながらナイは考える。

 能力の使用と同時に角が生えた。スイギュウ……牛ならば確かに角は生えているだろう。

 角に関係した能力か。


「次ダ」


 休む暇など与えてくれない。

 吹き飛ばされ、起き上がった瞬間にはタケミツはまたその勢いのままに崩壊させた建物から抜け出し次の攻撃へと移っている。


「くっ」


 ならば、とナイは歯をへし折るとそれを簡易的な盾にする。

 強化された能力によって伸ばされた歯だ。ちょっとやそっとでは傷つけることさえ出来ない。

 だが、


「ぐふぁっ」


 歯の盾はいとも簡単に壊され、その奥にいたナイをも吹き飛ばす。

 掠めた程度の衝撃の比ではない。角からこそは身を守れたが、頭部がまともに胴体へと打ち付けられる。


「(まずい、骨をいくつか折られている……)」


 呼吸が苦しい。

 なぜここで闘っているのか、それすら後悔し始めるほどの痛みと苦しみ。


「……お前、1人カ?」


 まともに動くことは出来ない。そう、ナイのことを判断したタケミツはナイに問う。

 他に仲間はいるのか、ナイを助けに来るのか、と。


 そしてそれを聞いたナイは思い出す。

 これは自分だけの闘いではなくジュウゾウを守る闘いであることを。


「1人じゃ……いや、1人だ私は! ナムがいなくなった今、私は1人で闘わなくてはいけないんだ」


「ナム……それがお前のチームの仲間カ?」


 ナイはそれには答えない。

 答えない代わりに別のものを返した。


「『(マウス’ズ)(ハート)』」


 全く別の場所から合計5本、歯が伸ばされそのうちの1本がタケミツへと迫った。


「ぐぅっ……こんな、もノ!」


 だが、それは少し遠すぎた。

 気づいてからでもタケミツが避けられるほどには。


 慎重に、避けた先で別の歯が伸ばされてこないか警戒した上で避けると、


「こんなものカ」


 と、ナイの方へと振り返り……驚愕した。


「消えタ……?」


 先ほどまで痛みで転げていたナイは完全にどこかへと消失してしまっていた。


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