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アニマルコロシケーション  作者: そらからり
2章 絶望の2週目
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50話 貝を叩けば羊が嘶く 後編

連日投稿3日目

 ドリーと土左衛門のチームに決定的に欠けているものは相方が持っているものだ……と、土左衛門は考えていた。互いに防御と攻撃の役割を持っているが故に、攻撃と防御をそれぞれすることができない。ドリーの攻撃は蚊が刺した程度であろうし、土左衛門の防御力は紙に等しい。

 そのため土左衛門は考えていた。ドリーと離れることになった時、どうするべきか。幸いにして土左衛門の攻撃は遠距離からでも可能であり、ドリーの防御も遠距離の敵に対しても有効である。


 だから土左衛門は建物内に入り中央の部屋に腰を降ろした時にドリーに1つの作戦を伝えていた。


『敵が現れたら俺は外に向かう。お前は敵をなるべく建物内で追いかけていろ。俺が外に出たら合図をするからお前も敵を見失ったふりをしてすぐに建物から出るんだ』


 ドリーは土左衛門の言う通りにゴーシュを追いかけた後に土左衛門が外に出るのを確認し、建物の出入り口に向かっていた。


 ゴン、ゴン、と時折音が響く。


「荒っぽい作戦。……だけど、だからこそ敵も思いもよらないのかな」



 土左衛門の作戦はこうだ。

 建物内に敵を残したまま建物の破壊。

 重量など予想もできないほどの質量に押しつぶされればいくら頑丈な敵であっても全身が砕け潰され死に絶えるだろう。


 土左衛門が足を負傷したのは計算外であったが、それもドリーがゴーシュを追いかける時間を増やせば事足りることだ。

 ゴーシュが中央付近の部屋にいるのは分かっている。後はドリーが建物から出るだけであった。

 ドリーは追いかけるだけであり、実行するのは土左衛門。ドリーは何も言わない。この作戦以上に敵を倒す策を思いつけないし、ドリーに敵を倒す手段などない。ウッホのようにフェイントも何もなくただの強い一撃を放つ敵など出会うほうが稀だ。





 土左衛門はドリーと別れた後にすぐさま建物の外に向かった。足は引きずりながらであるが、痛みさえ我慢すれば大したことはない。走ることはできないが、どうやらドリーが時間を稼いでいるようだ。

 外へと向かう道すがらゴーシュに能力を発動し骨を折るがどうやら効果はない様子だ。だが、地面に小石が砕け散っているのをいくつかの場所で見る限りは持っている小石がゴーシュの骨の代わりに砕けているようだ。


「そろそろやるか」


 土左衛門は貝と小石を構える。


「『海獺(シーオッター’ズ)(ハート)


 能力を発動する。標的はゴーシュ……ではなく、この建物自体に。

 

 土左衛門の能力は対象の骨を砕くこと。

 条件は貝に小石を打ち付けなければいけないが、それさえ出来れば距離は関係なく行える。


「鉄骨だって、立派な骨だよな」


 生物の骨ではなく、建物の土台をつくる骨である鉄骨。

 大黒柱がどれなのか、壊したところで影響がない柱もあるはずだが、それは動物の骨と同様。むしろ数百本もある動物の骨と違って建物の骨はそこまでないはず。幾本か重要な骨を壊せば後は自重で勝手に倒壊するだろう。


「俺はここで貝を叩き、骨を壊し続けるだけだ。ドリー、お前はそこから出てくるだけ。これだけ楽な闘いもないだろ?」


 土左衛門は貝を叩く。

 カン、甲高い音がした後に建物内からゴン、と鈍い音が響く。

 能力が正常に発動し、鉄骨が折れた音だ。


「早く出てこいよ……」


 1人で建物の外をうろつくことの危険性を土左衛門は理解している。

 もし土左衛門が今、2匹がかりで攻撃を仕掛けられようものならたちまちのうちに倒されてしまうだろう。

 しかし土左衛門にはドリーに対して何かをすることはできない。ただ黙々と建物の骨を壊し続けるだけだ。





 ドリーはゴーシュに、自身がすでにゴーシュを追いかけることを止め建物から脱出しようとしていることを悟られないようにそろそろと足音を消しながら出入り口に向かっていた。


 扉をそっと開けて中の様子を窺い部屋へと入る。そうして中にゴーシュがいないことを確認したらすぐさま同じことを別の扉で行う。

 時間はかかるが、こうでもしないとゴーシュと鉢合わせにでもなってしまい、こちらの意図を読まれてしまうだろう。なにせドリーはゴーシュと闘う気はない。今は一刻も早く建物から出なければいけないのだから。

 ドリーはゴーシュを見逃した。そう、ゴーシュに思わせたかったドリーであるが、実際に建物から出ようとしている現在はドリーはゴーシュの居場所を把握できていなかった。しかし最短距離で行くのならば間違いなく同じ部屋を移動しているはず。周り道をしようが、出入り口のある部屋は必ず通らなければならない。

 ドリーは慎重に、確実に部屋の移動を強いられていた。


 しかしその作業もあと少し。

 後2つの部屋を移動すれば建物から出ることができる。今は少し抑え気味に発動されているであろう土左衛門の能力もドリーが建物から脱出すればもっと大胆に発動されることだろう。


「いいな。攻撃できる便利な能力で」


 ドリーは土左衛門の能力を羨んでいた。

 なぜ自分にはこのような使い勝手の悪い能力が与えられたのか。攻撃を跳ね返すとは言うものの、その発動時間は余りにも短い。まだ敵であるゴーシュの能力の方が使いやすそうである。


「後、1つ!」


 目の前にはすでに出入り口のある部屋が見えていた。そっと扉を開け中に誰もいないことを確認。

 そして中に入り、すぐさま出入り口の扉を開ける。


「土左衛門。私はもう大丈夫。建物を――」


 出入り口の扉を開け、土左衛門に呼びかけようとしたドリーであったが、言葉は半ばで閉ざされた。

 土左衛門が死んでいたわけではない。土左衛門は相も変わらず貝を打ち続けていたから。

実はこれが初めてドリーが土左衛門の能力を見た瞬間であったりする。ゴーシュに向けて発動した時はドリーはゴーシュを追いかけていたため、土左衛門を振り返る余裕などはなかった。

 だから、土左衛門の能力を見てますます羨んで、それが理由で言葉が途切れたかと言うと、そういうわけでもない。


 単純に、ドリーの腕を何者かが掴み、引っ張り、建物から出ようとするのを邪魔したためにドリーが驚いて呼びかけるのを中断してしまったからである。


「なぜ……」


 ドリーは忘れていた。

 ゴーシュには己の気配を経つ術があることを。気配や匂い、足音に至るまで全て建物に肩代わりさせることができることを。


「見つけたよドリーさん。ハハハ、後ろから声を掛けるのはメリーさんだったかな?」


 メリーでもドリーでも、ヒツジによく付けられる名前であることには変わりないが、ゴーシュはドリーの腕を掴むと勢いよく引っ張り建物内へと引き戻した。


「ドリー!?」


 土左衛門はドリーの名を呼ぶが建物内にドリーを追いかけるようなことはしなかった。ドリーが手で土左衛門を制したからだ。


「土左衛門はそのままこの建物を壊して。……私はここでゴーシュを止めているから」


 建物はすでに倒壊し始めている。

 パラパラと埃が落ち始めているどころではない。時折瓦礫が落ちているところを見るとそう長くないだろう。


「……チッ。分かったよ」


 いざとなればドリーには攻撃を跳ね返すという能力がある。

 それさえ使えばどうにか建物が倒壊してもどうにか生き延びるだろう。

 そう信じて土左衛門は貝を叩き続ける。



「それでドリーさん、オイラを止めるのかい?」


「止める。このまま建物が壊れるまであなたにはここに居てもらう」


 ドリーはちらりと背後の出入り口を見やる。


「建物が崩壊すると同時に出入り口に走れば何とかなると思っているのかい?」


 ドリーの目が大きく見開かれる。


「図星か。オイラがそれを許すとでも? 残念ながらオイラはドリーさんには力で敵わない。だけど、ドリーさんもオイラを引き離すほどの力はないだろう?」


 ドリーは腕を掴むゴーシュの手を振りほどこうと手を振る。しかし、手は離されず、もう片方の手でゴーシュの手を掴み剥がそうとしても解けない。


「へへへ。オイラとドリーさんは同じくらいの力だ。そして、オイラがドリーさんを掴んでいる……触れている。この意味が分かるかい?」


 ゴーシュの肩を瓦礫が掠める、と同時にドリーの肩に痛みと出血が生じた。


「――っ!」


 瓦礫の落ちる感覚は徐々に速くなっていく。建物はもう数分と経たずに倒壊するだろう。


「どうするドリーさん? 手は離せない。落ちてくる瓦礫は全部ドリーさんに肩代わりされる。勿論ドリーさん自身に落ちてくる瓦礫はドリーさんのものだ」


「分かっている」


 ドリーの額を瓦礫が掠めた。

 ドリーは能力を発動することなく、瓦礫はそのままドリーの額に傷をつけた。


「分かってる? 分かってるってこの状況を? あなたに何ができるっていうんだい?」


「私にできること……それはあなたをここで足止めする」


「足止め、ねえ。まあ確かに足止めは出来るよ。オイラがここであなたを逃がさないように掴んでいるということは、あなたもまたオイラを逃がさないように掴んでいることと同じ。そしてオイラとあなたは似たような能力だ。どちらも守ることに特化している。だけど、それでも能力には差がある! オイラの能力はドリーさんの能力の上位互換だ」


 いよいよ建物の倒壊が迫ってきていた。

 ドリーの体にはドリーの体とゴーシュから肩代わりされた傷がいくつもついている。

 それを見てゴーシュは笑い、勝利を確信した。

 

「さあ、オイラはいくらでもドリーさんにこの倒壊のダメージを押し付けるよ! でもドリーさんは無理だよね? だって、ドリーさんの受け流せるダメージはせいぜい小石を投げられる程度なんだから!」


 建物を支える重要な鉄骨のうちの1本が砕けた。

 これにより完全に建物は建物として建つことが出来ずに崩れる。

 屋根も柱も全てが崩れドリーとゴーシュに降り注いだ。


「『郭公(クック―グ’ズ)(ハート)』」


 ゴーシュの能力が発動された。と、その瞬間にドリーは地面へと寝ころび、ゴーシュを上に覆い被せる。

 ゴーシュはドリーがやるとすれば一か八か手を振りほどいて出入り口に向かって走るだろうと思っていたため、まさか自分を倒壊する建物の盾にするなどとは思いもよらなかった。

 思いもよらなかったが、抗おうと思えば抗えた。だが、抗って万が一でもドリーから手を離してしまえば建物のダメージはゴーシュにだって死を平等に与える。どうせドリーには何も出来ない。こうして盾にしたのだってどうにかして建物のダメージから免れるための苦肉の策だろう、とゴーシュはドリーのやりたいがままにさせていた。


 降り注ぐ建物であった破片がゴーシュに当たる。その瞬間にゴーシュの能力によってドリーへと攻撃が肩代わりされる。

 しかしこの瞬間に、


「『(シープ’ズ)(ハート)』」


 ドリーの能力が発動された。


「……え?」


 ゴーシュへのダメージは確実にドリーへと肩代わりされたはずであった。しかし背中にある傷も、伝わる生暖かい血の感触も、燃え滾るほどうざったい熱も、まどろむような意識を失いそうになる感覚も間違いなくゴーシュ自身のものであった。


「そ、んな……だって、受け流せるならとっとと受け流せていたはずだろ……あんなに体中に傷をつくっていたのも作戦だったのか……?」


 ゴーシュはドリーの能力を『小石を投げられた程度のダメージを跳ね返す能力』と勘違いしていた。ダメージ量こそ少ないが、触れてもいないゴーシュに跳ね返せたことで、触れる必要のないことがダメージ量とバランスを取っているのだと思っていた。


 まさか、跳ね返せる時間が1秒などと、そんな途轍もなく使い勝手の悪い能力などとは思いもよらなかった。

 侮るどころではない。ゴーシュはドリーの能力を少しばかり上に見ていたのだ。

 

「……それもあった。だけど、本当はもっと違う理由。この建物から受けるダメージ。それは元をただせば土左衛門によって壊されたもの。だから建物からのダメージを跳ね返せば土左衛門にダメージが跳ね返される可能性があった」


「まさか……オイラを上にしたのって」


「一度あなたを介せば、跳ね返される先はあなたに行く。だから私はこの手を離すことはできなかった」


 何のことはない。ドリーはただチーム戦を律儀に守っていただけなのであった。

 味方を囮に使った土左衛門よりも、味方を捨ててきたゴーシュよりも、ドリーは味方のことを考えて能力を発動しなかったのである。


「まだだ、まだ……」


 ゴーシュは新たに小石を取り出そうとする。しかし、その小石はどれも砕け散っていた。降り注いだ建物の破片が砕いたのか、それともゴーシュのダメージを肩代わりしてもなお、あまり余って全て砕けたのかは分からない。だが、この場にはゴーシュのダメージを肩代わりしてくれるものは何もなかった。


「まだ、まだぁぁぁぁ」


 ゴーシュが叫ぶ中、最後に1本の鉄骨が降り注いできた。


 ゴーシュは何も出来ない。ドリーへダメージを受け流すことはそのまま自分へと返ってくると学習し、ならば別の何かを探していた。しかし壁はおろか降り注いできた瓦礫にいたるまで砕けているため鉄骨のダメージを受け流すには不十分であった。


 ドリーは何も出来ない。まだ能力の発動から10秒経ってはおらず再度発動するには間に合いそうになかった。


 2匹とも守る能力がありながら自身を守ることが出来ない。

 ドリーは静かに目を瞑る。

 諦めたわけではない。視覚的情報からは何も得られそうにない。だから、余計な感覚をシャットアウトし、何か頼れるものはないか探していた。


 そして見つけた。


「ドリーィィィィ!」


 頼れる者を。

 チームの相方を。


「捕まれ、ドリー」


 出入り口から手を伸ばす土左衛門。少しでも踏む混めば土左衛門も2匹のように倒壊する建物に巻き込まれるだろう。

 だが、土左衛門は手を伸ばした。


――ここで、見捨てれば俺はこの先生き残れない。俺は後方からの攻撃で、ドリーが俺の盾なんだからよ。


「土左衛門……」


 ドリーも土左衛門の手に向けて手を伸ばす。


「さ、せるかぁぁぁ」


 ゴーシュはそれを阻もうとドリーを掴む手に力を入れようとするが――入らなかった。


 背中から建物が降り注いだことによるダメージ。それはとっくにゴーシュに致命傷を与えていた。


 1匹と1匹の手が重なる。

 そして片方の腕に力が入れられる。

 小柄な片方の体が引きずり出され、もう片方は引っ張る勢いそのままで建物から跳ぶ。


 1本の鉄骨が降り注ぎ、完全に建物が倒壊した時、その傍らには2匹の動物がいるのみであった。


「……生き残った」


「ああ。まさかあれだけしぶといとはな。この作戦も練り直す必要がありそうだ」


「うん」


「なあ、ドリー」


「なに、土左衛門?」


「助かったぜ。俺1人だったらとっくにあのゴーシュとかいうガキは建物から出ていた。もしお前以外が仲間だったらとっくにあの建物のダメージで死んでいた」


「……何が言いたいの?」


「そりゃあ……まあいいか。素直に助かった。この礼だけを受け取っておけ」


「分かった」


 なお、この闘いを一部始終見ていたとある黒服は喜びのあまり叫び、その日は複数の同僚を自宅に呼んだ後、自腹で買った値の張る高級酒を幾本も空けたという。



また書き溜めなきゃ…

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