49話 貝を叩けば羊が嘶く 中編
連日投稿2日目
能力の成長。ゴーシュは己の能力が強まった理由についてそう評した。
そもそもでゴーシュの能力とは複雑な条件を満たすことで発動するものであり、ゴーシュ本人にも使ってみなければその能力の本質は分からないものであり、使ったうえでも完全に理解するには至らなかった。
まず妊婦が必要という狭い門を通過する必要があり、その胎内で一定期間の経過が条件であった。ゴーシュの母体となったチンパンジーのエノスが守るという点において非常に優秀な能力を持っていたのは幸運以外のなにものでもなかった。
そしてゴーシュは誕生した。エノスの死と引き換えにして。戦場に。
まず、いの一番に目に入ったのは敵であった。ハリネズミのぽん太。体から自在に針を生やす能力を持っている、格闘戦においては厄介な相手であった。ゴーシュの母体となったエノスも、『触れたものにダメージを身代わりにさせる』という能力を持っていたにも関わらずぽん太に敗れ去ったのだ。
ゴーシュはエノスがぽん太と闘っている間はその闘いを見ていたわけではない。全く認知せず、胎内から出た瞬間に、何があったのかを理解しただけだ。エノスの傷を見て、敵の攻撃の癖と武器を推測し、母体であるエノスの能力から自分の能力を察し、そして勝てると思いあえてぽん太の攻撃を受けた。
罪悪感は全くなかった。エノスにもぽん太にも。
感謝はなかった。ここまで本当の赤子と勘違いして自分を守ってくれたエノスに。
経験はあった。エノスの死に様からもぽん太からの勝利からも。
エノスと同じ無様な負け方はしない。それどころかこれは能力の試し打ちだとばかりにぽん太を倒したゴーシュはその後も堂々と動物園内を練り歩いた。
時に攻撃をされ、時に攻撃を返しながらゴーシュは己の能力を確かめる。どこまで出来て、何から出来ないのか。
しかしして、ゴーシュは気づく。
昨日できなかったことが今日はできる。
今日できなかったことが明日になればできている。
ここに来てゴーシュは己の本来の能力を知ることとなった。
『母体となった動物の能力を強化して自分の能力にする』。このような能力だと勘違いしていた。だが、それは本来の能力の半分ほどの見解であり、『母体となった動物の能力を徐々に強化して自分の能力にする』。これがゴーシュに与えられた能力であった。まさに赤子である。赤子はやがて成人となる。それまでに膨大な経験を得て。
つまりは、闘えば闘うほどゴーシュは能力を徐々に強化していく。
仲間など必要ない。それは盾にもならず、矛となっても自分の経験の邪魔になるならばいらないのだ。
だから太郎という仲間を早々に見捨て、厄介そうな相手を囮にゴーシュは戦線離脱し他の動物を探しに行った。
そうして見つけたのがいかにも弱そうな2匹の動物であった。2匹合わせても1匹に届かなさそうな2匹の動物。
「うん、オイラにはもってこいだ」
ゴーシュとて理解していた。1匹の不利さ加減を。
警戒は常に行わなければならないし、自身に何かあったとき他の者がカバーすることはまず有り得ない。そのためゴーシュは勝てそうな相手を選び、かつ積極的に戦闘を行うことで経験値を稼ぎ能力を強化していかなければならない。
不意打ちされようが手に小石でも握っておけばその小石に攻撃ごと肩代わりさせられるし、その後は不意打ちではなく正面からの戦い。そもそもで不意打ちなどしてくる敵は正面からの攻撃ができないと言っているも同然。
ゴーシュ自身も今は不意打ちで決められるものなら、と思っているくらいには戦闘能力はそれほど高くないため、先ほど見かけた弱そうな2匹の動物は不意打ちで戦闘力を削っていこうと考えていた。
「『郭公の心』」
ゴーシュは壁に手を当て能力を発動する。
「さて、お邪魔するよ~」
2匹が入っていった建物は部屋が多くそれらを隔てる扉も多い。しかも開き扉でドアノブを開けるタイプである。開けるたびにドアノブを回す音、扉を動かす音が建物中に響きすぐさま中の2匹に届いてしまうだろう。
しかしゴーシュは躊躇わずに扉を開け、堂々と隠れることもせず建物内に侵入した。
音はない。ドアノブを回す時も扉を開く時も音は全くといっていいほど無音であった。
これこそが成長したゴーシュの能力である。
攻撃だけでなく、ゴーシュが何かをして、何かをされて発生するものを触れたものに肩代わりさせる。ゴーシュが回したことで発生した音、動かしたことで発生した音は全て壁を伝って建物の外から排出されているのである。
さらには足音や気配、匂いすらこれまでの戦いを経たことで肩代わりさせるまでに成長していた。
不意打ちする敵はそれほどの相手ではないとゴーシュは先ほども思っていたが、こうして侵入時に能力を用いられることの便利さを知ってしまうと、不意打ちを擁護したくなってしまう。
しばらく歩き回った後、2匹が休んでいる部屋を発見し、ゴーシュは気配と足音、匂いといった不意打ちに不要なものを壁に肩代わりさせたまま室内へと入る。
「オイラはカッコウのゴーシュ。能力はその身を以て体験してくれると嬉しいな……その方がオイラにとっては楽だから」
そうして、能力の対象を壁から変更する際に見つかるという欠点を会話で補いつつも、改めて能力を掛け直す――目の前にいる動物の1匹に。
持っていた小石はただの小石ではあるが、ゴーシュの筋力ではそこまで重いものを長時間持てない。しかし一度も攻撃を肩代わりさせていない新品の小石である。頭部では持ち上げた腕で視界が塞がるため、まずは機動力を失わせる目的でゴーシュは自らの足に小石を強く打ちつけた――敵の1匹に触れたまま。
「ぐあぁっ!?」
敵の1匹はたまらず叫ぶ。どうやら事態が飲み込めず、ゴーシュの能力を理解できず混乱しているようだ。このままなら――
そう思い、止めとばかりに自らの頭部へと小石を運ぼうとして、止めた。
「危なかった……」
ゴーシュの手には小石。そしてもう片方の手には……何もなかった。先ほどまで敵の1匹に触れていた手は今は空であった。
触れたものがないのであればその攻撃はダイレクトにそのままゴーシュ自身へのものとなる。急いで止めなければゴーシュは自滅するところであった。
「どうして、そのお兄さんを僕から引き離したのかな? お姉さん」
触れていなかった方――2匹のうち比較的弱いと判断されたドリー――は触れられていた方――性別的にオスであることも考慮し先に始末しておこうと考えていた土左衛門――を引っ張ることでゴーシュから引き離したのであった。
ゴーシュがあえて警戒心を損なうために掴むのではなく触れるだけであったのが災いし、ドリーの力でも少し引っ張ることで容易く引き離すことができた。もし、掴んでいれば土左衛門の抵抗があれば別だが、ドリーだけなら力は拮抗し、触ったままゴーシュの頭部に小石が吸い込まれるように打ち付けられていただろう。
「私も似たような能力だから。そういう能力は何か制限があるはず。……あなたのは触れることが条件でしょ?」
「へえ……お姉さん、名前何て言うの?」
似ている能力。
同系統ならまだしも上位互換であるならば警戒しなければならない。
ゴーシュと同様の攻撃を他に押し付けるようなものであればゴーシュの能力と打ち消し合うことになるかもしれない。そうなれば数的な不利がここで一気にくる。
「ドリー。ヒツジ」
「……俺はラッコの土左衛門だ。やってくれたな」
「ふうん。ドリーさんね。お兄さんには聞いてないんだけど、まあいっか」
土左衛門は足を抑えながら何とか立ち上がる。骨折まではいかなくヒビが入った程度のようだ。
――やはり小石では大きさと強度に限界があったか…
そう思いながら割れ欠けた小石をドリー目掛け投げつける。
「まずはドリーさん、あなたから倒させてもらうよ!」
投げると同時にゴーシュは後退する。追いかけてくればそれだけ足を負傷している土左衛門に負担がかかる。追いかけてこなければまた不意打ちを仕掛けるのみだ。
小石を投げることで不意を突き、その隙にこの場からは逃げ切ろうとしたゴーシュであったが、そのゴーシュの体に衝撃が走った。
「なに……!?」
ダメージ事態はない。小石を投げた後にすぐさままた新たな小石を取り出したのだから。
だが、何かがゴーシュの体に当たったと感じ振り返ってみれば足元には小石が。ゴーシュが投げたものであった。
「『羊の心』。このくらいなら合わせられる」
「ふうん?」
ゴーシュは理解した。ドリーの能力が自身の攻撃を肩代わりさせる能力とかなり似ていることに。
そしてその能力の強大さに。
「触れずに、しかも攻撃したオイラにそのまま小石ごと返すのか。オイラの能力と確かに似ているねぇ。なら条件はそれだけ厳しいってことで……能力の発動は難しいんじゃないかな?」
一度見ただけでゴーシュはドリーの能力がそこまでではないことを推測する。
「――っ!?」
「おっと、その顔は正解ってことか。オイラの推理力も中々のものだ」
肩代わりさせる能力と跳ね返す能力。似ているようでいて、根本は違う。使い方はもっと違う。
どうやってこの能力を攻略しようか、逃げる素振りを見せながらそう考えていたゴーシュだが、中断せずにはいられなかった。
「『海獺の心』」
ゴーシュの手の中にあった小石が完全に砕け散った。元々ドリーが跳ね返した小石のダメージも肩代わりしたこともあるが、それでもその衝撃は所詮ゴーシュが牽制で投げた威力程度。まだまだ砕けるには余裕があったはずだ。
しかしその小石は砕かれた。
「……まだやれるのかい? 土左衛門さんだっけ。そういえば忘れてたよ」
足を庇いながら立っている土左衛門はすでに戦闘不能かとゴーシュは思い込んでいた。だが、その予想とは違い、土左衛門の能力は後方からでも放てるもの。足の負傷は関係ないものであった。片方の手で貝を握りしめ、もう片方の手ではゴーシュと同じく小石を握っている。
「……どういう能力かは分からないけど、結構威力は強いみたいだね」
ゴーシュは足元で砕け散った小石の破片を見る。すでに新たな小石は握りしめられている。その握りしめる力が平常時よりも強いのは、土左衛門の能力に多少は驚いているからであろうか。
「それでも僕は一度逃げさせてもらうけどね!」
「ちっ……ドリー、追いかけろ! お前なら多少の攻撃をされたところで問題ないだろ」
「分かった」
ドリーは土左衛門を置いてゴーシュを追いかけに走る。
その様子を背後に感じながらゴーシュはほくそ笑む。
――いい展開だ。2匹を引き離すことができた。
引き離し、ドリーから身を隠せば後は1匹ずつ仕留めていくだけだ。
まずは厄介そうな土左衛門の方から。小石をいくつも握りしめながらであれば近づくことも用意であろう。能力はともかくとして、土左衛門自身の戦闘能力はそう高くない。加えて足を負傷している。
ドリーから逃げる傍ら、小石が何度か砕ける。どこからか土左衛門が攻撃を加えているのだろう。
「……これだけの威力だ。こちらも相応の条件があるはずなんだけどなー」
見当はついている。あの貝であろう。だが、その貝を叩くことでどうゴーシュに攻撃を加えられるのか。それがゴーシュには分からなかった。
しかしやがてゴーシュの小石が砕けることはなくなった。同時にドリーが追いかけてくる気配も消えた。どうやらゴーシュは逃げ切ったようだ。
「うーん。建物の中央付近の部屋に戻って来ちゃったか」
一度建物の外を経由してまた攻撃を仕掛けることも考えていたのだが、それは考え直す必要がありそうだ。
その時、ゴン、と音が響いた。
「……うん? 何の音だ?」
ゴーシュは辺りを見回す。
しかし何があったのか分からない。
再度、ゴンという音が響く。もっと近くで。肉眼で見えるくらいに。
「まさか……建物を破壊しているのか!?」
ゴーシュの目の前にあるいくつかの柱。そのうちの1本が今、砕け散った。




