48話 貝を叩けば羊が嘶く 前編
連日投稿で3話続きます
「お前は俺よりも弱い。だが、それに甘えて守ってもらえるなどと思うなよ?」
「うん、それは知ってる」
土左衛門の言葉に、隣を歩くドリーは淡々と答える。
その返答の仕方に土左衛門は満足できなかったのか、顔を歪める。
媚びへつらえとまでは言わないが、もっと申し訳ない態度で言ってほしかった。こうも堂々と言われると、それがたとえ事実であったとしても、土左衛門からこれ以上言えることはなくなってしまう。
「ここ数日、共に行動しても誰にも会わなかった。だから俺はまだお前の能力を知らない。闘える能力ではないのは聞いたが、お前自身その能力を使いこなせているのか?」
能力はその強弱関係無しに使いこなせていないと問題外である。例えば強力かつ一撃必殺となるような能力であっても条件がとても幅狭ければ、弱くとも凡庸性のある能力の方が望ましい。
土左衛門自身、強力な能力であり、そして条件もそれに見合ったものであるため、ドリーの能力に条件があるならば知っておかなければならなかった。
「使いこなせているかは……分からない」
「おい、それじゃあ本当に役立たずじゃないか。……チッ、外れを引いちまったか」
あえてドリーにも聞こえるように舌打ちを打つ。苛立ちをぶつけることで自らにストレスを溜めないようにするためであった。
だが、ドリーは涼しい顔をしてそれを受け流す。それが土左衛門を更に苛立たせる。
実際にはドリーは土左衛門に対して多少は申し訳ない気持ちを抱いているのだが、如何せん表情を変えることが苦手であり、土左衛門に対してその気持ちを向けることができていなかった。
外れと言われれば外れなのだろう。ドリーは自分のことをそう評していた。
攻めることのできない能力。守ることも難しい能力。土左衛門には悪いが、正直チーム戦であって助かったとドリーは思っている。1人でいては見つかれば即殺されている。
「そんなのでは、碌に闘ったことも無いのだろうな」
「うん。一回だけ……1週目の一日目に闘ったきり。それ以降はずっと逃げていた」
土左衛門は頭を抱えたくなった。土左衛門とて戦闘回数はそこまで多くはないが、それでも数匹は殺している。戦闘経験は豊富ではないが、貧相ではない。
それがまさか、目の前の弱々しい生き物は闘ったことが一回だけ。しかも初日。ならばそれから10日ほどは逃げ回っていたことになる。
逃げることに秀でているならば、それは別に良いことなのだが、土左衛門を置いて逃げるのはあまりよろしくはない。それよりもその場に残って微量ながらも闘っていてほしい。
「どうせその闘いってのも命からがらに逃げ切ったってところだろう?」
ここまでのドリーとの会話で土左衛門は完全にドリーを舐めていた。見下していた。
自分の条件さえ揃えば敵なしとまで思わせる能力がドリーに負けるはずはないと確信させていた。
だから、ドリーの発言は土左衛門が驚くには十分すぎるものであった。
「ううん、倒した。ゴリラのウッホ……私はあの闘いを絶対に忘れない」
「はあっ!? 倒しただと……それもゴリラをか!」
ゴリラといえば人間に近い霊長類であり、そして怪力の象徴ともいうべき化け物。もし土左衛門が互いに能力なしで殺し合えと言われたらまず間違いなく殺されるだろう。
能力有りですら迂闊に近づきたくはない相手だ。もしも致命傷となる骨を攻撃できなかったら、ゴリラのあの腕力がまともに当たりでもすれば土左衛門など太刀打ちもできないだろう。
「どうやってだ!? ゴリラの能力は? いや、それよりもお前の能力、使えないんじゃないのか! どうやったら使えない能力でゴリラに勝てるんだ!?」
土左衛門はまくしたてるようにドリーに掴みかかる。
その際にドリーの服を掴み、持ち上げ威嚇しようとしたが、悲しいことに土左衛門の力では僅かにしか持ち上がらなかった。ドリーが重いのではない。土左衛門の力不足である。
「……話すから離して」
と、服を掴む手を解きながらドリーは話し出す。
「ウッホの能力は確実ではないけど、筋力強化。鉄でできた丈夫な檻でも簡単に捻り千切っていた。今でも思い出すだけで恐ろしい能力。多分だけど、この動物園内でも力を強化するだけなら一番強い能力だと思う」
ゴクリ。そう唾を飲み込んだのは果たしてドリーか。それとも土左衛門か。
土左衛門はいつの間にか自分の足が震え、額に冷や汗をかいているのに気付いた。
力の強化。シンプルが故に絶対的だ。自分がもし闘うとなったら勝てるだろうか……いや、難しい。
「そして私の能力は運が良いのか悪いのか攻撃の反射だった。ウッホの能力で強化された、鉄さえ千切る怪力を私はそのままウッホに返し、木っ端微塵にした」
「木っ端微塵……」
いや、と土左衛門は考え直す。それよりもドリーの能力だ。
攻撃の反射。どこまでの攻撃を反射できるのか分からないが、そんな能力であるならば土左衛門の能力すら跳ね返すのではないだろうか。さらにドリーの能力が「能力の反射」ではないという点が良い。通常の、能力を共わない攻撃すら返すのであれば、能力を切り札とする闘い方をする動物とも十分に闘える。
しかしドリーの続く言葉で土左衛門の相方に対する希望は失われた。
「条件は特にない……けど、反射できる時間は1秒で、次の発動まで10秒かかる」
「10秒か……長いな」
切り札とする一撃必殺の能力を持つ動物相手ならいいが、これでは組み合えない。フェイントを織り交ぜながらの攻撃には対処できないだろう。
それならばともかく戦闘経験を積み、能力とは別に自身の力で闘えるようになっていて欲しいところだ。だが、このドリーという相方、この動物はおよそ戦闘意欲というものが薄いようだ。
「まあいい。なら俺と共にいるうちは存分に闘いに身を置いてもらおう。能力の性質上、俺は後ろから攻撃するから、お前には俺を守っていてもらうぞ」
「それはいいけど、あなたの能力は?」
「それはまだ言えない。使ってから使える」
土左衛門がドリーに能力を教えない理由。それはドリーのことをまだ信用していないからだ。土左衛門の能力はバレたからといって、使えなくなるわけでも通用しなくなるわけでもないが、かつてウサギの翔太郎と闘ったときに貝を奪われた経験が土左衛門の苦い思い出となっている。
貝さえあれば勝てる能力。逆に言えば貝さえ封じられれば勝てなくなる能力である。
「……分かった」
なにをどう分かったのかは土左衛門には計り知れなかったが、ドリーは納得したようだ。どうせドリーは己の身を守る能力がある。ならば、土左衛門は能力を使うタイミングを見極めるのみである。
「……ひとまず、ここで休もうか」
しばし歩いた後、2匹はコンクリート製の建物に入っていった。体力すら低い2匹は定期的に休まなければ歩くことすら続かない。しかしその辺の道端で休むほど頭は悪くない。すぐさま隠れることのできる建物に入ってから休むのは当然であった。
「ここなら誰も来ないだろう。来たところでその物音はすぐに俺達に伝わるから先手を取ることが出来る」
土左衛門とドリーが入った建物は部屋がいくつもあるが、その中央に位置する部屋に2匹は腰を下ろす。部屋はどれも開閉式のドアであるため、部屋から部屋へ移動するにはドアを開ける音が出ることとなる。
「どれくらい休む?」
「そうだな、あまり長く居ても、この建物ごと破壊するような能力があればその攻撃に晒されかねない。隠れるのも闘い方の1つだが、俺もお前も後手に回ることは不利に繋がる。出来れば敵を見つけておきたいところだ」
どうも不意打ちに弱い2匹である。
ドリーは完全に相手を見定めてタイミングを見極めなければ能力の発動は困難であるし、土左衛門は不意打ちで貝殻を奪われた苦い経験がある。
「不意打ちかー。それはオイラも嫌だなー」
だからこそ、警戒しながら休憩していたはずなのに突如背後から声を掛けられた2匹は戦闘態勢に入るよりも体が硬直してしまった。
「さっき君達がこの建物に入ったのが見えたんだ。だからオイラもお邪魔させてもらったよ」
「一体どうやって……音は全くしなかったぞ」
「気配も感じなかった……」
「音? 気配? そんなもの壁を通して建物の外に送ったよ。建物の外壁に肩代わりしてもらったよ。オイラだって成長するんだ」
ドリーと土左衛門の背後にいた少年は答える。
「やっぱり生まれた時よりも能力の質が向上している。赤ん坊は成長するってことだね」
「……何を言っている?」
土左衛門には目の前の少年の言っていることが全く分からなかった。
いや、そもそもこれはチーム戦。ペアがいないこともおかしい。
少年は土左衛門に向かって手を伸ばす。それは自然な動作であり、硬直していた土左衛門にもドリーにも反応できない動きであった。
「オイラはカッコウのゴーシュ。能力はその身を以て体験してくれると嬉しいな……その方がオイラにとっては楽だから」
そう言って少年――ゴーシュは土左衛門に触れるや否や自らの足に、もう片方の手に持っていた小石を強く打ちつけた。
「ぐあぁっ!?」
しかしながら驚愕の声をあげながら崩れ落ちたのは土左衛門の方であった。




