46話 7匹のヤギは空をも飛ぶ 5
建物を利用することでライはドリル状にした髪でクラッチを貫き、そこに奇跡的な回避など存在しなかった。しなかったが、必然的な回避がそこに存在した。回避とも呼べない、クラッチ本人にとっても思いもよらなかった計算外が。
クラッチはストマックを抱えていた。
通常、鳥類の体重はとても軽い。翼で空を飛べるといっても、そのための努力は惜しまれず、筋肉は翼をはためかせるためだけ、他の筋肉はほとんど退化しており、骨は軽くするため空洞状。極限にまで体重を減らし、飛ぶためだけに筋肉を付けた生き物が鳥類なのである。
そんな鳥類であるクラッチが、人になる際に多少強化されたとはいえ、人1人分の体重が有りながら空を飛ぶことは困難であった。羽ばたけば空を舞うが、少しでも気を抜けば地面へと落ちていく。
そして気を抜いた瞬間は存在していた。
ライが空中を飛び仕掛けてきた攻撃。それを避けクラッチは安堵しため息をついた。
この瞬間、クラッチは気を抜いた。そして僅かにだが、降下していた。
その降下が命取りであったかと言われると違うと言わざるを得ない。
ライは真っすぐに飛び敵を貫こうと――まずは空を飛ぶクラッチを始末しようとしていた。だから、最後に確認した位置に真っすぐ建物を利用して戻ってきたのだが、僅かに降下していたクラッチの体を貫こうとしていたライは降下していることに気づかずに真っすぐ飛び続けた。
その結果、ライはクラッチを貫いた。貫いたが、体の致命的な部分、心臓を狙っていたライのドリル状の髪はクラッチが降下したことにより、クラッチの頭上で大きくはためく翼を貫くことになった。
「うぐっ!?」
心臓や脳といった生命を司る致命的な臓器に当たらなかったことは幸いしたが、それでも飛ぶための重要な器官である翼が貫かれたのだ。
それ以上は機能的にも疼痛的にも飛ぶことは叶わず、クラッチとそれに抱えられたストマックは空を飛ぶことは出来ず、地面へと不時着することとなった。
一方、クラッチを殺しきることができなかったライはそのまま地面へとぶつかる直前に空気との摩擦をコントロールし徐々に勢いを弱め、地面へと安全に着地した。
「おかえりライ」
「ただいまレフ。ごめんね、殺せなかったよ」
金に煌いていた髪にべっとりと赤黒いクラッチの血をこびりつけ、頭から垂れ流してライはそれでも嬉しそうに笑う。
先ほどの、ストマックを傷つけた際には出血こそさせたものの、直接的に大きな傷口とまではならなかったため金髪が多少汚れた程度であったが、今度は確実に翼を直撃したため出血も多かった。
「いいよ。あれならしばらくは飛べないだろう。殺すなら今だね!」
「そうだね~。まだ地面の摩擦変動は残ってるし、これで動けないうちに殺しちゃおう!」
双子のアドバンテージは言わずもがな。地面にかけられている滑らせる・くっつける能力で地面を支配していることにある。どこにどちらの能力がかけられているかは把握しているし、しきれていなくとも双子は新たに上書きすることができる。
未だに敵であるヤギと鳥らしき動物の能力は分かってはいないが、どちらも地面を攻略することは出来ず、鳥の翼は負傷し飛べず、ヤギも血管を傷つけたことによりいずれ出血死することだろう。
能力が何であれ、地面を満足に移動できていないということはこれから先、双子に追い付くことは出来ず、双子から一方的に攻撃されることを余儀なくされるということである。
「どっちからやる?」
「うーん……ヤギのストマックさんは何だか地面を割る能力みたいだったけどまだあの鳥さんは分からないね。もしかしたら飛ぶことが能力だったかもしれないけどあの傷ならもう大したことは出来ない」
その大したことのできない鳥さんの能力はこの動物園内で最も奇々怪々な能力であるのだが、まだこの場では見せていないため双子は侮っていた。
どうせまだ使っていない。使っていないということは使えない能力なのだ、と。
だから、
「『阿呆鳥の心』」
その鳥さんの口から吐きだされた何かがヤギさんに当たった瞬間に起きた出来事に双子は硬直せざるを得なかった。
「す、すまねえストマック……」
地面に不時着する際にストマックが膝を曲げることでクッション効果を生み出すことに能力を使い、十分に衝撃を和らげ、無事とまではいかないが、2匹は着地に関してだけは大したダメージを負わずに済んでいた。
しかし、クラッチの翼は大きく削られ、出血し、これ以上飛ぶことは無理。少なくとも数日は回復に専念しなければならないだろう。
すなわち、この場での闘いでは飛ぶことは無理であった。
「いいえ、ですが、困りましたね」
「あ、なら俺が地面に能力をかけてどうにかするよ!」
クラッチの初期案である地面に『阿呆鳥の心』を使うことで地面の変動した摩擦係数をどうにかするという解決策。
もしかしたら能力そのものを無効化し、ストマックやクラッチにとって闘いやすくなる地面になるかもしれない。
だが、その解決策にストマックは首を振らざるを得なかった――横に。
「残念ながらそれは無理でしょう。先ほどまでは出来たかもしれませんが、今は無理です。あなたのその翼からの出血、これ以上動けば命に関わります」
激しく動けば動くほど出血の量は増える。
出血多量で死ぬのはストマックだけでなくクラッチも同じ。応急手当だけでなくちゃんとした治療を行いたいのが本音だ。
この場の地面だけならまだしも、闘いの場所は刻一刻と変化していく。それに付き合ってクラッチが動くことは悪手であって決して好手ではない。
大腿部分の出血を、自らのワイシャツを破き包帯代わりにすることで一時的に出血を止めながら、ストマックは妙手を提案した。
「『阿呆鳥の心』を使うのは一回きり。私に使いなさい」
「分かった」
クラッチは即答した。
かつてクラッチがストマックに『阿呆鳥の心』を使った際、ストマックは歩くことすら満足に行えず、危うく窒息死するところであった。
それを辛うじてでもクラッチが覚えていれば躊躇っただろう。
しかし、クラッチはアホウドリ。阿呆であるからこそそんなことを忘れていた。あるいは覚えていても、ストマックの指示だからと素直に従ったのかもしれないが。
ともあれクラッチは即座に能力を使用した。
「『阿呆鳥の心』」
かつてストマックをあと一歩まで追い詰めた能力。
あの時と同じ結果になるかもしれない。
だが、クラッチの能力は完全ランダム。元の能力を基にしているが、同じ動物に2回使ったことはないため、2度目に同じ能力へと変化するのか、違う能力に変化するのか分からない。
分からないが、クラッチの中でも、ストマックの中でも確証があった。
この能力を使わなければ負ける、と。
そうしてクラッチの口から怪音波が吐き出された。
「「「「「「「お待たせしました」」」」」」」
そうして、能力は発動された。
『山羊の心』を基にした、新たに変化された能力が。
ストマックの能力は見た目では分からない。
攻撃方法は様々だが、共通するのは一度の攻撃に見せかけた複数回の攻撃なのだから仕方ないが、その見た目はどれも控えめにいっても地味であった。
小石を投げる、引っ掻く、蹴る、殴る。
双子との闘いでは踏み止まる、踏み出すといった応用法も使ったが、攻撃自体はそこまで大したことをやっていない。大したことをやらずとも、それが複数回行われるだけで大したことになるからであるが。
その見た目では分かりづらい能力であるが、クラッチによって変えられた新たな能力は見た目でも分かりやすい能力となっていた――すなわち、あの満足に動けないような能力とはかけ離れた能力になっていた。
まず、ストマックが7匹……7人いた。しかし、その姿は薄ぼんやりと重なっており、陽炎のようであった。
それぞれがそれぞれに動き、己の体を眺め、双子を睨み、クラッチを庇っている。
「「「「「「「これが変化した能力というわけですか」」」」」」」
ストマックが一歩踏み出す――と、他の6人のストマックも踏み出す。重なり合っているため同じ地面に7人のストマックが踏み出し、そして6人のストマックが転倒した。しかし、1人のストマックだけは辛うじて踏み止まり、バランスを取っている。
次の瞬間には転倒したストマック6人は、踏み止まったストマックと同様に立っていた。
「はえ?」
「何が起こったの!?」
双子はここまでの流れをただ見ていた。
突然相手の片方が7人に増えたのだ。これまでの傷は変わらず同じようにあるが、それでも迂闊に手出しすることは出来なかった。
しかも、何だかぼやけて見える。幻覚の類だとしたら攻撃し辛いことこの上ない。
「「「「「「「7人いるうちのどれか1人の行動を他の6人の私が同様の結果となる。ふむ、良い能力だ。今回限りというのがとても惜しくなるくらいには」」」」」」」
ストマックの変化した能力。
これまでとは違い、1つの行動を複数回増やすのではなく、複数回の行動のうち1つを選ぶというもの。
今の行動では転倒したストマックか、踏み止まったストマックか。そのどちらかのうち、踏み止まったストマックの結果を選び取ったというわけである。
「「「「「「「クラッチ、私の合図で――」」」」」」」
「分かった」
ストマックの指示を受け、クラッチは了承する。
元より、このままクラッチは何も出来ない身である。
ならばこの空気を誰よりも支配しているストマックに従うのはベストであろう。
しかし、7人のストマックの声が重なり合って聞こえるのは少し鬱陶しい。
次は別の能力に変化してほしいと心の底で思ってしまうクラッチであった。
「「「「「「「スマートに終わらせましょう!」」」」」」」
7人のストマックが同時に重なり合って走る。
地面を踏みしめ時に転倒し時に踏み止まり、時に縫い付けられ時に踏み出し、同時に7人が別々の行動をし、その成功した行動を選び取り双子へと迫りくる。
「やばいよレフ! 地面の摩擦変動が効いてないよ!?」
「そうだねライ。だけど、あっちのやつは殺しやすそうだ」
双子は負傷し動けないクラッチの方を見やる。
少しでも動けば、少しでも傷が増えれば致命的なクラッチは今の双子にとっては格好の的であり人質だ。
双子は地面から摩擦を無くし、滑走する。
蹴り、蹴り、蹴ることで速度を増し、髪をドリル状に固め、クラッチを貫こうとする。
そもそもでストマックが増えたのもクラッチが何かをした所為である。そのためクラッチをどうにかしてしまえばあの能力が解除される可能性も高い。
しかし、その双子の突撃を許さない者がいた。
7人のストマックである。
それぞれが片手ずつで双子の突進を止める。
ストマックが7人に増えたからといって、力が7倍になったわけではない。
そのため、双子は7人同時に止められながらも、力は1人分という奇妙な感覚に囚われていた。
ストマックはそれぞれがそれぞれで別の止め方をしている。
掌をドリルで貫かせて止めるストマック。
片手それぞれでドリルを掴むストマック。
体そのものを受け止めようとするストマック。
それ以外にもそれぞれがそれぞれの止め方をしているが、
「アハハッ、見てよライ」
「レフ、あの手を見て、血が出ているわ!」
見ればストマック7人全員の掌から出血があった。
掌を使わずに双子を止めているストマックも含めて、だ。
「なるほど、傷は共有するみたいだね! 行動を選べても傷は選べないみたいだ!」
「なんて欠陥能力なのかしら! 私達をこうして止められても、それでも私達は幾らも傷を負っていないのに!」
双子には未だ傷一つなし。
それはこれまでストマックが防戦一方な闘い方を強いられていたからである。クラッチを守るためにその身に傷を受け続けていたから。
だが、今は違う。
クラッチはストマックと共に闘っている。
ストマックは7人の受け止め方のうち、最も下から受け止めているストマックを選択した。すると、7人全てのストマックが下から受け止める形になり、ストマックはそのまま双子を空へと放り投げた。
「んなっ!?」
「なに!?」
そしてストマックは地面を踏みしめ、双子へと跳躍した――7人中4人が失敗したが残りの3人のうち最も双子に近いストマックを選択。
「「「「「「「クラッチ、今がスマートなタイミングです!」」」」」」」
宙へと舞った双子とストマック。
ストマックは宙の中で拳を、蹴りを双子へとそれぞれ叩きつけた。
「受けるものか!」
「私達だって空を飛べる!」
ここで双子は空気との摩擦を極限まで増やし、その場へと止まる。
それはまるで空を飛んでいるというよりは宙へ浮いているようであった。
ストマックは双子が放られたことを読んで拳と蹴りを入れたため、その攻撃はそれぞれ直撃せず双子を掠めるだけとなった。
そして空気との摩擦を無くし地面へと降りる双子、そしてストマック。
「へっへーん、どうだ!」
「もうその変な能力は終わったのかしら? あなた1人に見えるわよ?」
攻防を何とか乗り切ったおかげかすぐさまストマックと距離を取り、再び有頂天になる双子。しかもストマックはあの7人が重なった陽炎のような状態ではなく、1人になっていた。
これで距離を取れば、再び同じあの姿にでもならない限りは動くことはできないだろう。しかも、ストマックとクラッチの会話を聞くにあの状態はランダムによって成ったらしく、次もそうなるかは分からない。
だから、双子は安心しきっていた。
ストマックが1人に戻った。その意味を分からずに。
「ええ、これでいいのですよ。クラッチ、本当にスマートなタイミングでした」
瞬間、双子のストマックから受けた掠めた拳と蹴りの箇所が膨れ上がっていく。
「『山羊の心』。私からの攻撃は幾らにでも増えるんですよ」
双子の傷口は膨れ上がり、やがて体を侵食していく。
それは『山羊の心』の本来の能力。
1つの攻撃を複数回に増やすもの。そしてその攻撃は直接的であればあるほど回数が増える。
全身が痣だらけになり、受けた箇所は徐々に深く抉られ、皮を裂き、血管を千切り、筋肉を隔て、骨を砕く。そして全身に広がり、双子の命は、双子が訳も分からないまま途絶えた。
「今回ばかりはスマートとは言えませんが、まあいいでしょう。二人とも生き残っている。上首尾です」
「おう! 上々だぁ!」
真の意味での共闘を終えまた1つ強くなり理解し合ったストマックとクラッチは静かに拳をぶつけ合った。
たくさん書いたのでつかりたー




