43話 7匹のヤギは空をも飛ぶ 2
「ほらな、やっぱりいた」
「私達、目が良いからね」
「暗いところでも」
「はやく動いていても」
「関係なく」
「見れちゃうんだ」
と、2人の子供が代わる代わるに話す。
だが、ストマックにはその子供たちのどちらが何を言っているのか分からなかった。声は全く同じ、そして見た目も。
「双子……ですか」
一卵性双生児。
動物の世界では決して珍しくもないことではある。生まれてすぐ死が隣に潜む。そんな動物界では量を生み、運の良い個体が生き延びる。それは哺乳類でも鳥類でも魚類でも同じこと。
しかしそれでもこの動物園内に限っては珍しい。
食費を浮かせるために各種ごとに一匹。それが原則のはずであった。
事実、ゴリラの番は引き裂かれ、動物園の職員に強い恨みを持っていた。
ライオンの番は、番として残されていたが、雄が死亡したため現在は雌のみ。
ストマックと対峙しているのはその珍しき同じ種でも2匹いる動物。
人間の姿となっている現在は見分けがつかず、見た目も声も中性的。子供特有の高い声であるため雌と言われれば雌と受け入れるし雄と言われればそう受け取るだろう。
肩まで伸びている金髪をかき上げながら双子のうちの一方が、
「そうだ、ライ」
「なにかしらレフ」
見分けが付かずとも動いていないのだから今はどちらがどちらか理解している。
ストマックから向かって左にいる方がライと呼ばれ、右がレフと呼ばれている。
そして、若干ではあるが話し方が違っていることに気づいた。
ライは一人称が私と言い、レフはやや乱暴な言葉遣いをしている。
案外、その辺りで見分けを付かせるしかないのかもしれな。
もしかしたら雌と雄。性別の違う双子である可能性だってある。
「自己紹介をしないと」
「そうね。忘れていたわ」
双子は笑顔でこちらを見ながら話す。
見た目10歳ほどの可愛らしい子供であっても未だ能力は計り知れず、その能力でクラッチを気絶させている。
決して油断できない相手だ。
「僕はレフ」
「私はライ」
「ペンギンさ」
「ペンギンよ」
自己紹介にしては短すぎるような、しかし今が戦闘中であることを考えればそれ以上話すこともないという、結果的には現状に即した自己紹介を終え、双子は再び笑みを浮かべながらストマックを見やる。
「……私はストマック。ヤギですよ」
名を訪ねられたわけではないが、名乗られてしまったならば返さずにはいられない。返さないなんてスマートではない。
そして、自己紹介をしながらストマックはやはりペンギンでしたか、と思った。
動物園において2匹以上存在する動物は珍しい。珍しいからこそ特定はしやすい。
ライオンは違う。この双子にライオン特有の王者たるオーラは感じられない。
そもそもであれらは番であり双子ではない。これが番であるとかよく似た夫婦どころの話ではない。
だからこそ、子供、双子というキーワードからストマックはペンギンという線が濃厚であると考えた。
一年ほど前に産まれたばかりのヒナ。何匹化は他の動物園に親共々送られていったが、2匹だけは残ったとか。理由はヒナであるため見世物には丁度良いため。人間は得てして弱く幼く可愛い生き物を愛でる徴候が強い。
「しかし子供は成長が早いとは言いますが、ここまでとは……」
ストマックが呟く。
勿論、見た目の話ではない。ペンギンの一年でも人間で数えれば10年と計算してもいいだろう。
しかし、一年経ったところで、精神的にまだ育っていないにも関わらず、こうしてクラッチを気絶に追い込みストマックさえ這いつくばらせている。どんな育て方をしたら……天性のものなのだろうか。
「ん?」
「何か言った~?」
「いえいえ何も」
話しながらも、ストマックは相手の能力を探る。
「素晴らしい能力ですね」
と、まず相手の能力を褒めた。
「地面を滑らかにすることで相手を滑らせる。ええ、罠としては最高の能力です」
そう、罠としては。
相手が子供というだからというわけではないが、相手の能力が子供だましと考えてはいない。幼稚な能力、そのように考えることはできない。
だが、地面を滑らせることは移動能力こそ妨げられるが、殺傷能力は著しく低い。
転倒して地面に頭部を打つことであっても、転倒時に頭部を守っていればそこまで危険というわけでもない。
だから、この能力は罠という点で大成しておれど、攻撃という点では不十分だ。
不十分ではあるが……まだ得体の知れない能力である。
だから、煽て褒めることで相手の口を軽くして何かヒントでも得ようとストマックは画策していた。
「そうでしょうそうでしょう!」
と、双子の比較的女らしい話し方をするライは見事に調子に乗り始めた。
「『人鳥の心』。私の能力は触れたものの摩擦?を減らすことなのよ!」
「おい、ライ」
双子の比較的乱暴な話し方をするレフがライを嗜めようとするが、時すでに遅し。
「なるほど……摩擦でしたか……通りであそこまでの速さを出せるわけだ」
ならばこの能力は単純に地面を滑らかにしているわけではない。
地面と足の間にかかる摩擦係数が0に限りなく近い……いや、能力であるならば実際に0であったとしても不思議ではないが。
ストマックは先ほど、氷上にいるようだと感じていたが、実際に氷上と同じ摩擦係数の地に立っていたことになる。
氷上や潤滑油を撒き散らした地面の上に立っているのと同義である。こんなのまともに歩くことすら……それどころか重心を移動させることすら難しい。スケートの才能でもない限りは振り向くことさえ困難なのである。
摩擦を減らす――より具体的には物体に必ず働く摩擦力を決定する摩擦係数を0にする能力であるが、ストマックはこの能力に理屈など通じないなと感じた。
地面はお世辞にも整備されていない道路である。当然、凸凹しており、気にはならないが歩きづらい場所もある。それさえも無視して滑りやすくさせるなど普通では無理なのである。
摩擦とは移動時に物体と地面の間にどれだけ邪魔なものがあるかというものである。滑らかであれば邪魔するものはないため滑りやすく、凸凹していればそれだけ移動時に引っかかり動かしにくい。元から凸凹している地面が見た目はそのままでなぜか滑りやすくなっている。
理屈を無視した能力であることに間違いはない。
尤も、
「理屈を無視などこちらの能力も同じことを言えるのですがね」
「じゃあとっとと殺そう!」
「そうね。ストマックさんが倒れているうちに止めを刺しましょう」
レフが髪を撫でていた手を止め、ライの髪を一撫でする。
この期に及んでいちゃついているわけではあるまい。そもそもで同じ姿の子供が2人。どちらかというとじゃれ合っている方が近いだろう。
じゃれ合っている……その一見無邪気な姿にもストマックは邪気を感じた。
「じゃあ行こうか」
「そうね行きましょう」
双子は腹ばいになると、それぞれが足を蹴り出した――瞬間、とてつもない速度でストマックとクラッチに向かって飛んでくる。
レフの後をライが追いかけるように地面を滑っているが、これこそ地面から摩擦を無くし、慣性の法則を無視し蹴り出した威力そのままで突進をストマックとクラッチに攻撃を仕掛けている。
邂逅時の足元を通り過ぎて行った速度はこうして生まれていたのだろう。時折足を蹴り出せば蹴り出すほど蹴りの威力は増し速度も増す。繰り返せば繰り返すほど誰も追いつけない速度へと。
しかしここでストマックには疑問があった。
摩擦を減らすことで速度を上げている、そして突進時の威力も上がっているのだろうが、果たしてどうやって止まるのだろうか。方向の調整くらい蹴り出す方向で変えられるのだろうが、止まることは難しいはず。それこそ速度が上がれば上がるほど、だ。
だがその前にストマックにはやることがあった。
「まずはここから逃げ出さないと……」
目の前には双子が迫っている。
腹ばいになってこちらに迫っているため攻撃方法は頭突きであろう。そこまで致命的なものではないだろうが、あえて食らうこともあるまい。
「『山羊の心』」
ストマックは迫りくる双子に――ではなく、地面に向け垂直に拳を放った。
ピシリ、そう音がしたかと思うと地面は割れる。
そして、割れた地面を踏みしめ、ストマックは立ち上がるとクラッチを担ぎ、双子の突進を避けた。
「なにー!?」
「なんで立ち上がれたの!?」
通過していく際に双子から声が上がった。
「スマートに解決したまでです」
と、ストマックは答えにならない答えを返した。
ストマックがやったことは単純。
地面を殴った。但し、能力を用いて。
普通に地面を殴っただけでは滑ってしまうだろう。垂直に殴ることで真下以外のベクトルを極力無くし、地面への衝撃が流されてしまわないようにしたとはいえ、完全に精密な垂直方向への攻撃はストマックにさえ出来ない。
だから、能力を用いて、何十回と繰り返したという結果を残した。
極力真下へ繰り出した拳は周囲へと流されてしまえどいくらかは真下へと衝撃を残す。その衝撃をストマックは能力で増やし、結果地面を割ることに成功したのだ。
そして地面さえ割れてしまえば、そこから生まれた瓦礫はもう地面ではなく、引っ繰り返った裏面は滑ることはない。
後は双子が迫る中で悠々とまではいかないがクラッチの付近の地面に触れないようにクラッチを担いだというわけだ。
「やるなー」
「でもまだ私達よりは弱いよねー」
と、クラッチを担ぎ、双子が触れていないであろう地面へとクラッチを降ろした時に双子から声が掛かった。
そしてストマックは双子に起きている変化を発見した。
「……その髪、どうしたんです? スマートじゃないですか」
ストマックが見つけたのは双子の髪。二人ともドリルのように尖り、捻じれていたのだ。そして双子の背後には穴の空いた壁。
十中八九、この双子の髪によって空いた穴であろう。
「これはねー、レフの能力で固めたんだよー」
「あ、馬鹿ライ!」
レフに比べライは口が軽く、まさかそこまで答えてもらえるとは思ってもいなかったが、そのライの答えでストマックは察した。
双子の髪も、そして双子がどうやって止まったかを。
「なるほど……あなたたちは摩擦係数を操る能力でしたか。減らすだけではない、増やすこともできる」
例えば氷上のような滑らかな地面の上では滑ることはできる。
だが、凸凹した地面の上では簡単には滑ることは出来ない。絶えず運動を行うことで初めて動かせるだろう。運動エネルギーが絶えれば容易く止まってしまう。
その凸凹した地面。これこそが摩擦係数の大きな場所。
そしてこの双子、ライが摩擦係数を減らし、レフが増やす。
とてつもない速度で動いていたにも関わらず、地面をまるで凸凹したようなものへと変えて止まる。腹ばいになっていてよく体が傷つかないなとは思うが、それは能力の使用者。絶妙なタイミングと調節をしているのか、はたまたそうならない能力なのか。
そして髪もまた同様に、髪の摩擦係数を増やすことで髪をくっつかせる。毛先の一本一本まで固めているため簡単には折れないのだろう。
「やれやれ……攻撃手段、あるじゃないですか」
髪の線維の1本1本どころか、細胞単位にまで能力をかけることができるのだとしたら。そしてそれが摩擦係数を増やされているのだとしたらガッチリと歯車が組み合わさっているほどに動かないのだろう。
その破壊力はコンクリートの壁に穴が空くほど……。
「クラッチ、そろそろ起きてください。私1人では……あれらには勝てそうにない」
敵ながら……いや敵であるからこそ恐ろしい威力だと思いながらストマックはクラッチを起こすために声をかける。
勝てそうにないと言いながらも、実際に闘ってみれば案外勝てるのかもしれない。すでに摩擦係数が0の地面は攻略した。逆の、限界まで引き上げられた地面もあるかもしれないが、それも予想はできているし攻略法も考えてはいる。
「一回呼んだだけでは起きませんか。気絶しているから当然でしょうが」
ならば、と思ったところで、
「次行くよ!」
「ええ、そうしましょう!」
と、次弾――双子による頭突き――が発射された。
今ストマックが立っている場所は双子が全く触れていない場所ではあるが、そこに突撃されたのなら移動するしかない。
しかし周囲は双子が触れた箇所ばかり。
ライが触れた滑らせる地面。
レフが触れた……恐らくであるが滑らせない、それどころか移動すら許さないであろう地面。
どちらを選ぶべきか……この時間が許さない状況で選ぶ方は決まっていた。
「レフの滑らない地面が適切です」
一々地面を砕くよりは、滑らない地面を選ぶ方がいい。
滑らない……恐らくは触れたが最後そこにガッチリと繋ぎとめられるのだろう。
まるでゴキブリホイホイに掴まったゴキブリのように粘着質な地面に這いつくばるストマック。
だが、それすらも移動するための蹴り足に能力を使えば数十回分の蹴りである。地面から逃れるくらいはできるだろう。
だから、少なくとも足を地面に降ろす段階ではストマックは無警戒であった。
まさか滑らせない地面の上で滑ることなどないと。滑らせないための地面であると。
そしてストマックは盛大に転倒した。
「なっ!?」
その転び方には身の覚えがあった。
足で踏みとどまろうとしても地面がそれを許してくれない。
勢いが強ければ一回転すらしそうなまでの滑り具合。
間違いなくライによる摩擦減少による転倒であった。
咄嗟にだが、頭部を両腕で庇うことで最悪の状況は回避する。
背中を強く打ち、肺の中の空気を吐いてしまい全身苦痛に悶える――ことも叶わずすぐさま隣の、ライが通り過ぎて行った本来ならば滑るはずの地面に手を伸ばす。
隣の滑るはずの地面に指で触れるとピタリ、とまるで体と地面が強力な磁石になっているかのようにくっつき離れなくなる。
「(やはり……)」
滑らせる地面を作り出せるライが通り過ぎた地面は滑らず、滑らせない地面を作り出せるレフが通り過ぎた地面は滑る。
逆に作用している能力であるが、
「逆ではなく……それぞれ減少と増加、1つずつしか使えないというのがブラフでしたか」
ライが能力同様に口を滑らせて、ライとレフの能力が明らかになったかと思っていたが、それは思わされただけであった。
実際は摩擦係数の減少と増加、そのどちらも両方使える。
今、目の前の地面のうち双子が通り過ぎて行った箇所は極端に滑るか滑らない地面になっている。そしてそれを双子のどちらが通り過ぎて行ったのかでは判定できなくなっていた。
「気付いたか」
「でももう遅いね」
「だってストマックはもう」
「目の前なんだから」
気づけばすぐそこまで双子は迫っていた。
今からでは地面を叩き割って立ち上がり移動する時間はない。
せいぜいが叩き割っている間に双子のドリルがストマックへと突き刺さることだろう。
だから、ストマックは滑らない地面に固定された指を軸に体を持ち上げた。
「え?」
「なにそれ」
足で地面を蹴っても滑るが、その滑っただけのエネルギーは指に伝わり結果的に体を空中に持ち上げることとなる。
「ぐっ……」
当然ながら指にかかる負担は大きい。
突き指どころか骨折を覚悟で指に体重全てをかけ、体を一回転させ地面へと着地する。
「だけど!」
「それでも間に合わない」
しかし、体を一回転させる途中で双子の方が間に合ってしまった。
それぞれ脇腹と右太ももを掠めるようにして通り過ぎ去っていく。
「……」
ストマックは能力で立ち上がる動作を数十回繰り返すことで立ち上がると己の状態を確認する。
全身に打撲。これは痛いだけ。
指に激痛。突き指か、最悪は骨折。
脇腹の負傷。血が出ているがそう深くはない。だが、傷を塞がないといずれは出血多量で命の危険になるだろう。
右太ももの負傷。こちらも出血多量の危険有り。
まだ一度もこちらからの攻撃はなく、相手は二度の攻撃。それも当たったのは一度だけ。それだけでここまでの傷が増えてしまった。
「アハハ、弱いなー」
「違うよ、私たちが強すぎるんだよ」
双子が互いを褒め、ストマックを貶す。
その貶し方はストマックを貶めるというよりは、自分たちを誇示するために行っているようであった。
実際ここにきてストマックとクラッチの持っていた、2週目以前からタッグを組んでいたというアドバンテージは存在しない。
生まれたときから共にいるという最高のアドバンテージを持つ双子。
もはやこちらは相手にされていない。ストマックはそう感じた。
言葉以上に態度で貶される中、ストマックは静かに目を閉じた。




