38話 ねこかいぬか 後編
「ドラララララァァァァァ!!」
積み上げてきたレンガを倒すかのように幾人も幾人も纏めて薙ぎ倒していく。
暴風のように掠っただけで僧兵は弾け飛んでいき、煙となって消えていく。
「キリがねえな……」
僧兵の姿をした何かは攻撃を一度でも受けると消える。
動くことはできない、すなわちこちらに対して一切の攻撃が無い。
どこかにいる敵はいくらでもこの僧兵を生み出し続けている。
以上が、朱抹がこの僧兵を倒していくうちに気づいたことである。
錫杖を持ってはいるが、動かないため意味がない。
倒しても煙となってしまうため食らうこともできない。
目を離した隙にいつの間にかどんどんと新たに僧兵が生み出されている。
シカのバゼール以上に相性の悪い相手。同じ増産し攻撃してくるタイプであってもバゼールは角が折れても残り続けていたために食べられるという点でむしろ相性は良かった。
だが、今の敵は倒した先から煙となってしまうため食べることができない。能力を使うことにより身体能力の強化を行っているが、使い続けていると貯蓄していた力が無くなってしまう。それを補うための食事であったのだが、その食事を封じられてしまっていた。
右の僧兵の首を刎ねる。宙に飛んだ頭部を口元に運ぶも、その時には煙となって手元からは無くなってしまっている。
左の僧侶の手を捻り千切る。殺してはいない。その手を口元に運ぶもやはり煙となってしまい、大元の身体の方もすでにない。
前方にいる僧兵の頸動脈を切る。溢れ出る血しぶきを舐めとろうとするが、血は全て蒸発するように煙となってしまう。
「駄目だ、食えねえと力が出ねえぞ。まだ貯蓄は十分にある。あるが……この闘いじゃ大赤字だ。リスクに対するリターンがない」
すでに戦闘とは言えない虐殺が始まって10分が経過。
この時点で能力を使っているため本来であれば朱抹は少なくとも貯蓄を1匹分は消費している。
これから先もこの敵と闘うのであれば2匹以上の栄養価が無ければ割に合わない。
「何か良い手は……ああ、そうか」
朱抹はとある事を思いついた。
思いついたから即座に行動した。
「ガブリッ……ああ、不味くはないが、味気ねえな」
殺してから食べる。あるいは傷つけてから食べる。
これまでの朱抹はそうしてきた。バゼールの時も、今の僧兵相手にも。
しかし、それでは僧兵の身体は持たない。保つことができない。
だから、朱抹は傷つけるよりも早く食らった。
僧兵の身体に喰らい付いた。
煙となる前に飲み込み胃に送り付け栄養とする。
僧兵1人につき1口しかできないが、それでも遥かにこれまでよりはマシ。
バグンバグンと、爪も牙も使わずに飲み込むように大口を開けて僧兵に喰らい付く。
出来るだけ早く飲み込むために牙を使ってはならない。それよりも奥歯で噛んだ方がそのまますぐに食道を通れる。
これで消費した分を取り戻すことができるようになった。
とりあえずの問題は解決した。
だが、
「つまらねえ……つまらねえなあ」
僧兵が美味しいかと言われれば美味しくない。
無動の僧兵との闘いが面白いかと言われれば全く面白くない。
こんなときリオナだったら……と朱抹は思う。
力と力がぶつかり合い
技と技が高まり合い
知と理を捨て去る。
朱抹はそのような闘いをしたかった。
「いい加減飽きてきたな」
ドン、と音がした。
そして次の瞬間には半径10m以内にいた僧兵は全て煙となって消えていた。
「もはや後先考えていられねえ。隠れているなら炙り出してやるよ」
力を蓄え身体能力強化として放出するという能力を持つ朱抹。
身体能力の強化幅を抑えて持続時間を延ばすことが多いが、一瞬にして大幅な教科を行うこともできる。
通常は2倍程度。素が優れた朱抹の身体能力が2倍になればそれだけで他の動物にとって脅威的なものである。
一般的にありふれた身体強化系や武器生産系の能力では太刀打ちできないほどの能力である。
例えばウッホ。筋力強化系であったが、代償として知能が低下していく。しかも強化は筋力のみであり他の能力は一切強化されない。
例えばイグルー。視覚強化の能力でありどんなものも見逃さない自身があった。しかし視覚を封じられた彼に待つのは死のみえあった。
例えばアルミュール。砕けない鎧と折れない角しかし砕けないのも折れないのもアルミュールだけであり、その中身は容易く砕け折れてしまう。
例えばアヌーラ。悪を滅する拳を以てして闘うが、悪以外を殺す術も志もない。彼にとっての敵は悪だけである。
例えばぽん太。身体中から針を自在に生やし闘う。体力を消耗するため能力的には朱抹と似ているが、結局はその針で自身の命も貫かれた。
その他にもハティや太郎といった者達も量や性質は違うが身体強化や武器生産の能力を持つ動物は数多くいる。
しかし、どの動物にも共通するのが、1つのことに特化しすぎているという点だ。
武器を生産しても身体能力が強化されずに負ける。
身体能力の一片が強化されてもその他が劣り負ける。
1つのことに特化するからこそ他との差ができる。
他と隔絶されるからこそ独自の生態系となる。
しかし朱抹の能力は万遍ない身体能力の強化。
視覚でも反射神経でも筋力でも速度でも己の身体に関わるものであれば何であっても強化できる。
強化できる幅が広い分使う体力や貯蓄した力も多く使ってしまうが、体力や力を残したまま死んだいった動物達が多くいる現状では強化できるならばした方が良いのは明らかである。
筋力と速度を2倍にすれば10分程度で動物1匹を食べた時の栄養が使われる。10分の戦闘で1匹。燃費が良いのか悪いのかと問われれば悪いと口をそろえて皆言うだろう。そんなペースで敵を殺して食べることなんて出来ない。仮に殺し食べられたとしても連戦出来ようはずもなく、貯蓄がもし無くなってしまったらそれから最低1匹は能力無しでの戦闘を強いらなければならない。
だがそんなことは朱抹に言わせればどうだっていいことだ。
能力無しでの闘い? やればいいではないか。能力を切り札として使う者もいる。そう言った者を切り札を切らせずに闘えばいいだけだ。最も俺は切り札を使わせた上で勝つけどな。
つまらない。つまらんぞ。
安全な勝利など求めてはおらず、心躍る死闘を望み待ち受ける。
時間稼ぎが目的と言うならば稼いだ時間分強くなってくるのだろうか。
ただ逃げるだけの時間稼ぎであるならばどうぞ逃げてくれ。負け犬には用は無い。次に会ったときに食い殺すだけだから。
とにもかくにも早くこの闘いを終わらせたい。
そう思った朱抹は身体能力の強化率を10倍にまで引き上げた。
身体能力だけで言えばこの動物園内でも一番上になっているはずの破格の強化率。
これ以上は肉体の強度や反射神経も上げなければならず、それを行ってしまえば朱抹の貯蓄は1分で底を突いてしまうだろう。
貯蓄が尽きぬうちに僧兵を煙へと変えていく。
半径10m以内の僧兵を煙に変えたらその次は20m以内。さらに30m以内……徐々に円は広がっていき、ついには見渡す程いた僧兵を円の外側にいた数人を残して消し去った。
僧兵が煙へと変わるよりも早く僧兵の首や手足、胴を噛みちぎっていたおかげでその肉を吸収できた。しかし、それでも使った分は取り戻せていない。動かぬ僧兵は他の動物達よりも栄養価が遥かに乏しいらしく、使った貯蓄の1/10すら戻らなかった。
「バゼールを……いやアイツもか。殺して食べていなかったら今頃栄養失調をきたしていたかもしれないな」
残る僧兵数人は全て視界内に入っている。
少しでも怪しげな動きをすればすぐさま殺しにかかれる準備をしている。
強化はひとまずいらないだろう。ここからは忍耐力の世界。
敵がしびれを切らし動くか、こちらがしびれをきらし残りを全て片付けるか。
こちらが外れの僧兵を片付けている間に本物は逃げるかこちらに攻撃してくるかもしれない。
朱抹はよく考えた結果、
「いや、攻撃されるにしても逃げるにしてもどっちでもいいか。攻撃されたら反撃すりゃいいし、逃げたら追うまでだ」
と、残りの僧兵を片付けようとした瞬間であった。
「物騒なものだな」
頭上から男の声と朱抹の胴を優に超える太さの鉄柱が幾本も降ってきた。
「しまっ――!?」
1本数mはある鉄柱は朱抹の逃げ場を無くすように覆い、朱抹は逃げることが出来ずにその下敷きとなった。
「南無阿弥陀仏。この世に未練無く去りたまえ」
朱抹を押し潰した鉄柱の上にトン、と着地したのはこれまで朱抹もリオナも幾度となく殺し食べた僧兵の姿であった。
寸分違わぬその姿と唯一相違点であるのは話して動くことだけであった。




