37話 ねこかいぬか 中編
見渡す限りの僧侶、僧兵、禿頭の頭。
どれもが同じ顔であり、みな一様にしてリオナを睨みつけている。
一瞬にして数十を超すほどの人数になってみせた敵に対してリオナは一言、
「ガラァァァァグラァァァァァ」
と、威嚇のような、本人にとっては楽し気に吠えた。
そう、本人にとっては他者を脅かすようなものではなく、自分の嬉しさを表現したいがための咆哮であった。……のにも関わらず、この闘いを見物しようと集まっていた動物全てを怯えさせ引き返させる結果となった。
しかし、その咆哮をまともに聴いた相手――百に近い僧兵は動じない。
「……………」
無言のままそこにただ立っているだけである。
錫杖を杖代わりにして立ち、無言のままリオナを睨みつける。
全方向にいる僧兵がただ無言で立ちこちらを見ている。それだけで小心者ならばストレスを抱えそうなものであるが、リオナは面白そうにそれらの視線を睨み返した。
「ふうん、面白そうだね」
リオナはまごうことなき百獣の王。
百獣、すなわちあらゆる動物のことは知識にありその特性も知っていた。
だからこの増えた敵の能力の正体も大方は推察できていた。
「これでいいか」
リオナは足元に転がるいくつかの小石の中から手ごろな大きさのものを拾うと、百余りの僧兵のうちの1人に向け投擲した。
「……………」
僧兵はその小石には目をくれず、リオナを睨み続けるだけ。
リオナを睨み続け、小石を無視して……そして小石が僧兵に直撃した。
しかし小石にも僧兵は動じず、動かず……そのまま煙のように消えた。
「ちっ……偽物か」
リオナは駆け出し僧兵の1人に拳を叩きこむ。
拳を腹に受けた僧兵は先ほど小石を直撃させられた僧兵と同じく全く反応を見せないまま消滅していった。
「さて、どれが本物か……見た目も臭いも手触りも一緒。違いは1つも無くて、本物は動いて偽物は動かないってことくらいか?」
まさか味が一緒なわけないしな、とリオナは思う。
そこまで精巧なつくりをしているのだろうか……いや、能力に精巧もなにもないか。出来るならやれる。
しかし纏うオーラ……肌で感じる敵の強さはどれも同じであると直感が伝えてくる。
まあ、煙となって消えるまでに味わえられればの話であるが。
「どれが本物か分からない時には……全部倒すのが一番だね」
リオナは隣の僧兵の首を掻っ切る。
その僧兵が消えたことを起点として次々と動かぬ僧兵達を一撃の元に倒していく。
蹴り殺し、殴り殺し、叩き殺し、裂き殺し、斬り殺し、噛み殺し、捻り殺し、絞め殺し、握り殺し、突き殺していく。
何せ相手は動かない。無防備にリオナの攻撃をただ受けるだけである。
全身を使いリオナは僧兵達を倒す。時に両腕両足で一度に4人を。時に頭突きをかまし、時に足を引っかけ、僧兵をぶん投げる。
まるで猛獣……というか、猛獣そのものではあるのだが、暴れるように倒していくリオナの姿は再びリオナの闘いを観戦しようと集まっていた動物達を再度逆戻りさせることとなった。
「……これで最後の一体っと」
最後に立っていた僧兵の首を爪で跳ね飛ばすと、その僧兵もまた煙となって消えていった。
辺りは僧兵が連続で短い時間の間で消えたことにより発生した薄い煙で覆われているが、視界が不良になる程ではない。
しかし、リオナは己の目を疑った。
何度も目を擦って現状が間違っていると思いたかった。
だがいくら目を擦ろうとも現実は変わってくれず、ただ無情なまでに残酷であった。
「いないじゃないか! 本物はどこだよ!?」
目の前に広がるのはただの空虚な動物園内の景色のみ。
少し遠くから音がするのは朱抹が闘う音であろう。
「(2匹と思っていたが1匹が2匹に見えるように偽装していたってことか……。外れを引いてしまったね)」
朱抹の方へと参戦しようかとも思ったが、獲物は早い者勝ち。そう自分で言ってしまったために覆すことはできない。最強としてのプライドが許さない。
王は偽らずにありのままでいるべし。
リオナは常にそうあり続けていた。
「仕方ない……あっちが終わるのを待つしかないか……」
あーあ、と気だるげに身体を回旋させていると、ふと目に留まったものがあった。
もの、というよりは者であるが。
リオナが暴れたおかげでなぎ倒されていた木々。それを免れ、かろうじて1本だけ立っていた木の陰にうずくまる人影をリオナは見つけた。
「あんなとこに隠れてたか」
木のそばまで近づくとその人影の正体が露わになった。
「小さな女の子……?」
それは禿頭の僧兵とは似ても似つかない小さな少女の姿。
こちらを背にしているようで、どうやら泣いているようであった。
「ぐすっぐすっ」
無防備な背中を見てリオナは、
「どうしたんだい? アンタも動物ならもっと堂々と振る舞ったらどうだ」
攻撃はせずに言葉をかける。
正面からの戦闘を好むリオナにとって背後からの奇襲は決してしない。
「……私、もう嫌だ! 闘いなんてしたくない。今だって隠れてたのに突然こんな風に周りが壊されちゃうし」
「ああ、そうかアンタは隠れて生き残るやつだったのか。そりゃ悪いことしちまったね」
勝って生き残るタイプのリオナであったが、別に隠れて逃げて生き残るような動物がいることも知っている。それらを探して殺すこともできるが、闘いを楽しむ動物達はまだ多くいる。
そのためこのような動物には興味が沸かず、だからリオナは
「なら安全なとこまで付いて行ってやるよ。アタシは闘いの相手がいなくなっちまったからね。しばらくの護衛さ」
弱い動物であり戦意はない動物に対しては敵意も殺意も見せない。
メイメイとの闘いの時ではないが、保護欲すら出してしまいかねないほどリオナは弱い動物に対しては無頓着であり優しさすら見せてしまう。
「ありがとう……」
少女はこちらを振り返る。頭部には何らかの動物であった名残である耳があるが、それが何かは分からない。
幼い体つきであり筋肉など欠片もないような腕と足を使い立ち上がる。
「ほら、付いてきな。あっちなら他の動物もいないだろうさ」
リオナの指さす方向――ふれあいコーナーはかつて小動物との触れ合いを楽しみ場所であった。最も、すでにハムスターやウサギは死に、他の動物達もどれほど生き残っているかは分からず復帰は難しいであろう。
小動物であるがゆえにそこまで野蛮な動物もいないだろうとの判断で、リオナの先導の下、2匹はふれあいコーナーを目指す。
「この辺、崩れているから足元に気を付けな」
「は、はい……キャッ」
リオナの破壊したコンクリートがあちこちにクレーターを作りあげてしまっているため、地面は非常に歩きづらくなっていた。そのため注意を促したのだが、リオナに返事をするため一瞬だけリオナを見た少女は地面から目を離し転んでしまった。
「何してるんだい……ほら、アタシの手に掴まりな」
転んだ少女を起き上がらせるべくリオナは手を差し出す。
「す、すいません……いたっ」
しかし少女は立ち上がれずに再び体勢を崩す。
どうやら転んだ拍子に足を捻ってしまったみたいである。足は赤く腫れあがり膝からは出血している。
戦士であればそのような惨事には決してならず、いくらでも回避できる。
やはり闘える動物ではないんだね。そうリオナは思い直し、少女に背を向けてしゃがみこむ。
「ほら、アタシの背にしがみつきな。しっかりとね」
こんなやつには不意打ちでだってアタシにはかすり傷一つ付けられやしない。
そう思ってしまったからこそ彼女は無防備に背中を曝し続けた。
しがみつくためにリオナの首に回された少女の腕がどんどんと膨張していくのにも気づかづに。
後編は朱抹サイドをやって、そこからそれぞれの闘いに決着をつけていきます!




