34話 鉄の雄牛 後編
この話だけで能力を新たに3つ出すので説明は手短にしました
かつて「ファラリスの雄牛」という処刑器具があった。
真鍮で鋳造された仲が空洞の雄牛の像であり、その中に人間が入れるようになっている。中に人間を入れ、雄牛の腹の下で火を焚くと雄牛は黄金色に熱せられ、中の人間を炙り殺すという器具である。さらに雄牛の頭部は笛のようになっているため人間の叫び声が頭部から牛のような唸り声へと変調して聞こえる。
ウシとしての生態や特徴、寿命性格その他全てを無視して太郎の能力はこの「ファラリスの雄牛」をモチーフにして形作られた。
太郎の能力、『牛の心』とは身体を真鍮に変え、まるで火で炙られたかのように高熱を発する能力。
太郎自身には熱のダメージが無いのは、あくまで処刑されるのは雄牛の中に入った人間であり雄牛はただ熱するだけ。
触れれば火傷するような高熱であるくせに太郎は火傷せず。
真鍮であるため強度も十分であるくせに太郎の動きは流暢。
攻防ともに優れた能力を獲得した太郎に正面から迎えられる者は少ない。
太郎の周囲が歪み始める。
身体から発せられる高熱によって陽炎ができているためだ。
まるで太郎の怒りをそのまま熱へと変換したかのような蒸気が周囲を染めていく。
さらに、黒白の敵から放たれ、ゴーシュから押し付けられた両腕両足の深い傷。
それらは真鍮による硬化と高熱による気化によりすでに出血は止まっており、出血多量による死亡という時間的制限は消滅した。
「行くど。加減は知らねえが、許してけろ」
さらに太郎は能力をまともに使ったことがない。
己の肉体だけでほぼ1週間を切り抜けてきた。
もちろん、運が良かったのもあるが、その突進力は侮れず、防御に劣る者であれば内臓の1つくらいなら破裂することだろう。
自慢の突進力に真鍮の硬度と火による高熱。この3つが合わさった突進はもはや止められる者はいなかった。
いかに防御自慢であろうとも熱には耐えられない。
いかに熱に耐性があろうとも突進には耐えられない。
まともに太郎の突進を止められないのである。
まともにならば……。
「『阿呆鳥の心』」
太郎の突進が迫る中、黒いスーツを着た男の口が大きく開かれた。
その口からは言葉とも叫び声とも取れるような快音波が発せられる。
耳障りでありながら聴くことに対し義務感を覚えさせられるような音。
高いのか低いのかすら分からない不協和音のような怪音波は空気を震わせ太郎の突進が白黒の男達にぶつかるよりも早く音速で太郎に辿り着いた。
「■■■■■」
怪音波は止まらない。
どれほどの肺活量なのか窺い知れないほどの声量が黒スーツの男から発せられる。
「ぐぉ……」
頭に血が昇り敵を轢き殺すことしか頭に無かった太郎だが、何時しか気づいた。
「(オラが……高熱を放つオラが寒気を覚えているだど……!?)」
最初は武者震いによって身体が震えているのだと思っていた。
しかし、徐々に身体の震えは止まるどころか大きくなり、吐く息は白くなっていく。
まるで氷水の中にいるかのような寒さ。身体から発していた火はいつの間にか消えていた。
身体は冷え、筋肉は縮こまり、動きは鈍り、突進力は衰える。
「スマートです。相変わらず能力だけはスマートのようですね」
白スーツの男が鉄柱を持って前へ出る。
「では、次は私の番です。スマートに、ダメージを与えましょうか」
白スーツの男が両手に持つ鉄柱をそれぞれ振りかぶり、太郎に向けて放った。
太郎は避けようとするも、動きが鈍っているせいで避けきれず、放たれた2本の鉄柱のうち1本を腹部に食らう。
「うぐっ!?」
太郎の身体は能力により真鍮と同様の硬度になっている。
鉄柱が当たろうとも同じ金属同士、よほどの威力でない限りは鉄柱が身体に突き刺さることはない。
しかし、身体に鉄柱が突き刺さることがなくとも、勢いよく放たれた鉄柱がたとえ真鍮の身体であったとしても当たればその衝撃は伝わる。
太郎はその衝撃に呻く。
だが、呻いたのはその衝撃が理由であるが、衝撃そのものではない。
当たった鉄柱は1本のみ。それなのに、衝撃は10本相当のものであったのだ。
「(攻撃力を増加する能力だか……?)」
1本の矢は折れても3本では容易には折れない。
1本の鉄柱ならば太郎の屈強な身体は衝撃だけであれば耐えられただろう。しかし、10本分の衝撃には堪らずその場に転倒してしまう。
「スマートでしょう? 私の能力は」
白黒スーツの敵が太郎の元へと歩みよる。
「私はヤギのストマックです。このまま死ぬのではあなたにとって未練の残るくらいの不可解な出来事でしょう? ならば説明しましょう」
「俺はー、アホウドリ?だったような気がする。名前は……えーと……」
黒いスーツを着た男は自分の名前を思い出せないようで、頭を捻っている。
「あなたはスマートに黙っていなさい。こちらはアホウドリのクラッチです。外見に反して中身はアホウドリのごとく阿呆ですがね」
黒いスーツの男は未だ頭を捻る。
それを見てストマックはやれやれと顔をしかめる。
アホウドリとは英名がアルバトロス。その外見は名前とは裏腹に醜くはない。しかし、人間が接近しようとも警戒せず捕まり、かつては絶滅寸前であった。その知能の低さからアホウドリ、と名付けられ、このクラッチも同様に人化してもなお知能は低下したままなのであった。
「クラッチのアホウドリとしての能力は『阿呆鳥の心』。口から怪音波を発することで対象の能力を混乱させます。先ほどあなたは自分の身体を燃やしていましたね? それが今は凍えそうになっている。能力の使用を阿呆にさせられたことで高温が低温になったのでしょう。阿呆を相手にしてはいけない、全くその通りですよ」
スマートに恐ろしい能力です。
そう自分のパートナーの能力の感想をストマックは述べた。
「そして私の能力である『山羊の心』はスマートな回数の調整、とでも言いましょうか。あなたの能力と起源は一緒ですよ」
そう、太郎の能力の本質を見抜いたストマックは言う。
「見たところ、ファラリスの雄牛があなたの能力のスマートな起源のようですね。……おや? その顔は知らない、という顔です。もしや知らずに使っていたので?」
知らぬも何も、そういうものだと太郎は思っていた。
強いて言うのであれば、燃える心が体温に影響し、屈強な身体はさらに頑丈にでもなったのだと思っていた。
だから、ファラリスの雄牛と言われてもピンと来ないし、そもそもそれが何かも分からない。
「まあいいでしょう。とりあえずファラリスの雄牛というのは処刑器具ですよ。それがあなたの能力の起源です。私の能力は処刑ではなく、拷問になりますがね……山羊責めが何かは……まあ知らないでしょうね」
説明しても無駄。太郎が自分の能力のことすら分かっていないと知ったストマックはそう判断した。
「私が一回の攻撃であなたに与えられるダメージや衝撃は数回分になるということですよ。それだけ理解してスマートに死になさい」
ストマックがクラッチに能力を使うよう指示する。
「■■■■■」
再びクラッチの怪音波を浴び、太郎の能力が乱れる。
真鍮となっていた身体はすぐに柔らかくなり、辛うじて原形を留めているが、融解一歩手前といったぐらいにまで柔らかくなっている。
「最後には確実に私の手でスマートに」
そう言ってストマックは太郎の胸部の表面を軽くなぞる程度に削った。
それだけで太郎の胸部は大きくへこみ、心臓は抉られ、停止した。
死体となった太郎に背を向け、では次に行きましょうと歩き出そうとしたストマックに
「なあ、ストマックの能力って何だっけ?」
クラッチが己の疑問を問う。
「クラッチ……またですか」
山羊責めとは足の裏に塩水を塗り、そこを山羊に舐めさせるという拷問法である。塩水を舐め続ける山羊は例え足の裏の皮膚が破けようとも血に塩気が含まれているため舐めるのを止めず、やがて骨までしゃぶりつくされるという拷問法である。
舐め続ける、繰り返すことは多大なるダメージとなる。塵も積もれば山となるを拷問にしたようなものであり、それを基にした能力が複数分のダメージである。
ストマックと相手との攻撃の関係性が近ければ近いほど回数は増えていく。
つまり、遠距離攻撃であれば増えるダメージは10回にも満たない。だが、直接的な攻撃であればたとえば舐めるでもした時にはその舐められた箇所は否応なしに骨となる。
胸部の表面を軽く削れば心臓部まで削ることができるのである。
「何回、あなたに説明したのか……スマートに忘れてしまいましたよ」
「ああ、確かにそんな能力だったー。……じゃあ、あいつが今こうして立ち上がっているのは、ストマックの能力じゃないんだねー?」
「は……?」
ストマックの背後で何かが動いた音がした。
バッと振り向くとそこには太郎が立ち上がっていた。
「まだ逃がさねえど……身体は冷えても心は熱い。……怒りの炎は永遠に冷めねえんだ」
心臓部は抉られ、身体は融解一歩手前ということもあり形が不安定。
それでも太郎は立っていた。
「なるほど……クラッチ、これはあなたの能力のせいですよ。身体が融解し冷えていた。だから……融解して心臓部の傷を無くし身体を冷やして固まらせた。故意になのか本能なのかは分かりませんが、裏目に出てしまいましたかね」
太郎は歩き出した。
もはや突進できるほどの力も体力も残っていない。さらに冷やして固めたとはいえ、少しの衝撃で崩れそうな身体では突進などはできない。
「オラを馬鹿にしたゴーシュも……お前らも許さねえ。オラは都会者だ。だからお前らを殺しても良いんだ」
理屈も理性も無くし、殺意だけで動く太郎をストマックは心の中のどこかで恐怖を抱いていた。
この状態では今でこそ生きてはいるが、何時死んでもおかしくはない。冷やして固めたからといって、心臓はぐちゃぐちゃであるし機能はほとんどしていないだろう。身体中に血液を送る機能がなくてはいずれ身体中の栄養が無くなり死に至る。
それすら分からないほどの怒り。
「今のオラなら何でもできる! 傷を塞ぐことも、固まることも、溶けることも!」
歩き始めていた太郎は突如、跳躍した。ストマックとクラッチの真上へと。
しかし、ただでさえ不安定であった身体である。冷やして固めていたとはいえ氷程固まってはおらずせいぜいがゼリー程度。
跳躍し、ストマックとクラッチが避け、地面に激突した衝撃で太郎の身体は四散した。
ぐちゃぐちゃになっていた心臓だけではなく、手も足も内臓も頭も胴体も全てがぐちゃぐちゃになり、どれがどれだか分からなくなる。
しかし、その状態であっても
「オラの今の能力は硬くなるのとは逆で柔らかくなる能力で、冷やす能力なんだろ? この状態でも死なねえ。おめえたちを殺すまでは死ねないだ」
口らしき穴から太郎の声が漏れ、手らしき棒と足らしき棒が動き這ってストマックとクラッチの方へと接近する。
「おいー、どうするよストマックー。わりかしピンチじゃね? この鉄柱も使えないんだろ、これじゃ」
クラッチが多少の不安感を見せながらストマックに問う。
このままでは自分らの方が死んでしまいかねないと理解したのだ。
物理攻撃では恐らく太郎は死なない身体になっているのだろう。しかし、クラッチにも、ストマックにも物理攻撃以外の手段はない。
「スマートに行きましょう。クラッチ、この方がなぜ溶けても生きていられるのか、思い出しなさい」
「え、それってこいつの能力が柔らかくなれるからだろー?」
「元は硬くなる能力ですよ。それをあなたの能力でそう狂わせたのを忘れたのですか?」
「あ、そうだったー」
ここまで言われればいかに阿呆なクラッチでも理解することができた。
「クラッチ、あなたの能力を解除しなさい。それだけでこの方は終わりです」
「ああ、分かったぜー」
クラッチの口から怪音波が発生し、太郎の肉片にぶつかる。
「あ、あ、あ……」
太郎の能力が元の、真鍮の身体と高温の体温へと戻り、溶けた状態でも生きてはいられなくなった。
「はい、今回もスマートでしたよ。こちらの手傷は一切なし。とはいえ、もう一人を追いかけるのは難しそうですね。大分時間が経ってしまいました」
ストマックは太郎の肉片もとい死体に目をやる。
「時間稼ぎとしては実にスマートでした。囮となったのは自分からなのではないのははた目からでも分かりましたが、あなたの仲間はこれで生き延びました」
まるで褒めるように太郎の死体に向けストマックは語る。
「さて、今度こそ行きましょう。この方はこれで生きていられる要因は全て消えました。もう立ち上がることはないでしょう」
そう言って二人は去っていった。
ストマックの言葉通り、太郎はこの後立ち上がることはなく、死体として処理される。
こうして太郎は絶命した。
熱さも寒さも経験し、全身がぐちゃぐちゃに融解してもなお歩もうとし、だが命の限界は訪れた。
全身がそれぞれがそれぞれの痛みを発症し、その痛みがあろうとも無視した結果、痛みと怒りがそれでも太郎を支配し、他に何も考えられなくなり、敵の能力で生き延びていられていることすら考えるのを忘れ、彼は死んでいった。
怒りが支配していた彼の最後はあっけないものであり、味方は最初から存在せず敵だらけの中で命を散らした。
しかしして、太郎が繋いだパートナーも今や1人であり、敵はそこらにいるのである。
太郎を見捨てたことが吉と出るか凶と出るか。その結果は遠くないうちに出されたのであった。
前話の冒頭の予告通り、太郎は絶命です。
どうやって尺を稼ごうか悩みました。終盤で太郎が立ち上がったところは思い付きです。そのまま死んでても良かったんですけどね。
さて、終わりのほうでゴーシュを出すと書いたんで考えないと……まあ対戦相手はあの方々に決めています。
次話こそは既出キャラだけで闘わせましょうぞ!




