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アニマルコロシケーション  作者: そらからり
2章 渇望の3週目
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76話 雌雄全てを決す 後編

 血飛沫が雨のように降る。

 明らかに致命傷に至った量であり、1匹では足りないほどのもの。

 全身を他の動物の血で濡らし、その動物は笑う。

 

「フハハ! 最恐たる俺にはやはり及ばぬ。サルもハイエナも、生存競争や生態系においてライオンよりも遥かに下であることが確認できた! その意味では礼をせねばならぬな……もう死んでいるようだが」


 血に濡れたレオンが見下す……いや見下ろした先には弥七とミガテがいた。

 すでに2匹は絶命している。

 死相が顔に張り付いており、傷も明らかに生存が難しいほど深い。

 

「……数分ともたなかったか」


 共闘をはなから期待していたわけではなかったが、こうも力の差があるとは。

 リオナの予想以上に力を付けている。


「……この数週間で随分と強くなったもんだね」

「そうか? 最恐たる俺は何も変わりはない。最初から最後まで最恐である」

「んで? これまでどこに行っていたんだい?」


 情けないことに、疲弊がピークにまで達していた。

 体内に循環する酸素が足りていない。

 まともな思考が出来ず、休憩を求めてしまう。

 それゆえに、リオナはレオンに尋ねてしまう。


「ふむ……まあ話しても良いか。俺はな……最恐たる俺は、死をも超越していたのだ」

「死を……? やはりアンタは死んでいたんだね」

「ああ、そうだ。朱抹により俺は殺された」


 やはり……とリオナは頷く。

 レオンは朱抹との戦いを避けるように、あの白い女を引き連れてきていた。

 

「それで? どうだったのよ、死後の世界とやらは」

「実に退屈であった。最恐たる俺がやはり最恐であることを再確認するだけの世界だ」


 レオンは話す。

 森の中での戦いを。

 最後に残った5匹のうちの1匹となり、この世界へと再度生き返ったことを。


「(……レオンが戦ったという敵は大して強くは無さそうだけど、全く苦戦しなかったか)」


 巨大化や蘇生するという能力は厄介そうに思えるが、それ単体での戦闘力は低かったようだ。ある程度の実力があれば巨大化など的が大きくなるだけであろう。


「(だけど……今戦ったこの2匹すら歯牙にもかけないってのはどういうことだろうね……)」


 レオンとリオナの戦闘能力の差は、実はそれほどないというのがリオナの考えであった。

 リオナから見てもミガテと弥七は決して弱い敵では無い。

 多種多様な能力を持つこの2匹は敵や状況に合わせた能力を使い分ける。

 なるほど、ここまで生き残ってきただけはある。


「(まさか……レオンの能力はアタシとは違うのかい? そうだとしたら……)」


 リオナの能力、『獅子(ライオン’ズ)(ハート)』は対象の能力を下げる能力である。獅子の咆哮により戦闘能力を下げるというもの。

 だが、戦いを楽しむためにリオナは極力使わない。

 搦め手や相性の悪い厄介な能力を使う相手に使うだけである。

 レオンもこの能力を使用していると思っていた。

 だが……そうであればレオンとリオナの双方が力を失っているはずだ。

 リオナが一方的に押されることはない。


 朱抹がレオンに勝った理由は、下げられた以上に身体能力を向上させているからだと思っていた。

 だが……レオンの能力が別のものであったならば……朱抹が勝てた理由が違うのだとしたら……。


「(だいたい何だよ最恐って。最強はアタシと認めているようだけど……最も恐い……)」


 いや、待てよとリオナは考え直す。

 自身を始めとしてミガテも弥七も満足に力を発揮できたとは言い難い戦いであった。

 全員、おされていた。気圧されていた。

 何に? レオンに。

 

「ああ。そうだったね。アンタは……オスライオンってのはそういう動物だった」

「どうした?」

「いやね、思い出したんだよ。いつだってオスライオンは後ろでふんぞり返って、威圧して、縄張りを主張するぐうたら亭主だったってことをね」

「……それは最恐たる俺に向けて言っているのか?」

「ああ、そうだよ! そのタテガミが能力の源かい? 威圧する能力だ! レオン、アンタの能力は相手を威圧して勝てないと思わせる能力。どれだけ実力差があろうとも、勝てないと思っちまえば体はびくついて動けない」


 それだけの能力だったのだ。

 自ら敗北を宣言させるようなものだ。

 頭を垂れさえ、それを抑える能力。


 誰も勝てないはずだ。

 勝てない能力なのだから。

 いや……朱抹だけは打ち破ってみせた。

 それは単純に朱抹の性格故にか。

 勝つ負ける以前に、戦いたいという思考が上回った。

 互いの全力を尽くし、そのうえで決着を付けたいという感情が、敗北という前提を破ってみせたのだ。


「だったらアタシが負ける理由もないねぇ」

「どうしたリオナよ。最恐たる俺の番である最強のリオナよ」

「最恐……ねぇ。ねえ、レオン」


 いつからだろう。

 レオンに対する感情が愛ではなくなったのは。

 いつからだろう。

 あれだけ大きく見えていたレオンが小さく見え始めたのは。

 いつからだろう。

 滑稽な道化に思えてきてしまったのは。

 笑えてしまう。

 自分のことが。

 こんな、強いことを偽っているだけの奴にあれほど畏怖していたことが。


「最強ってのは自他ともに称するものさ。最凶や最狂は……自称できるメンタルかは知らないけれど、まあ名乗ったり他称されたりかね。だけどね、最恐は違う。最恐は自称しちゃいけないんだよ」


 最恐……つまり最も恐れられる。

 恐れるとは他者の感情だ。

 レオン自身の感情ではない。

 最恐を最恐と思うのは誰かによるものだ。


「アンタは恐れられなくなってしまった時点で負けなのさ」

「……リオナ。それでも俺は……」

「言うな。これ以上アタシの中のアンタを貶めるな」


 手を伸ばし、何かを語ろうとするレオンの口を掌で塞ぐ。

 軽い。

 リオナの身体は軽いし、抵抗しようとするレオンの力もまた軽い。


「一つだけ共通していることを教えるよ。最強も最恐もね、一度たりとも負けちゃいけないんだ。負けちまえば強くて恐れられるだけの奴なんだよ」


 脚を高く上げる。

 それを見上げようとするレオンの額に、リオナは踵を落とした。


「っがは」

「じゃあね。一度死んだアンタだ。どこに行くかはもう分かっているんだろう」


 地面に頭部をめり込ませたレオンに背を向ける。

 流石に食べようとは思えない。

 ただ、レオンに別れを告げ、鍵を携えてリオナは去っていく。





 そうして3週目は終わりを迎える。

 生存した動物は僅か10匹。

 それ以上でもそれ以下でも……例外というものがなければ10匹である。


 各々が鍵を持ちゲートへと向かう。

 意気揚々と、不思議そうに、疑心暗鬼となり、何の感情も見せずに、それぞれがゲートを潜っていく。


「ぎゃっ!?」


 と、ゲート付近で1匹の動物が悲鳴をあげる。

 その手に鍵を持っているが、ゲートを潜ろうとした瞬間に弾かれたようだ。


「こちらD班。偽造した鍵を使用した模様。撃ち殺します」


 どのような能力か、本物ではない鍵を使いゲートを通過しようとした動物はすぐさま黒服たちにより殺される。

 他にも地中や空中、あるいは死角を突くような能力でゲートを違法に通過しようとし、尽く失敗していく。


「……」


 それを1匹の動物が見ていた。

 その動物には透明な首輪から流れ出る毒も電流も効かない動物であった。

 黒服たちが殺そうとするならば、銃殺が最も早いだろう。

 だが、その動物は動こうとしない。

 すでに死を受け入れていた。

 そもそも、鍵集めが性に合わない。

 誰かと諍い争うのであれば、相応に理由が必要である。

 自身の命というのはそこに当てはまらない。

 

「……もう終いか」


 このまま座して命が尽きるのを待つとしよう。

 惜しくないわけではない。

 手元に鍵があればきっとゲートを通過していたことであろう。

 だが、手元にない鍵を求め、他者を殺すことは出来ない。


「来い」


 黒服の1人に呼ばれる。

 その動物は立ち上がり、ついていく。

 そういえば、何人か黒服を殺しているのだったと思い出す。

 もし殺されるのであればさぞかし惨たらしくだろうか。


「お前はこれから次の戦場に連れていかれる」

「……?」


 首を傾げる。

 その資格を持っているのは、先ほどから通過していく10匹の動物達ではないのか。

 鍵を持っていない動物は死んでそれで終わりではなかったのか。


「俺だって分からない。お前には同僚を殺されているんだ……今すぐに殺してやりたいよ」


 黒服の眼に暗い殺意が宿っているのが見えた。

 それは、決して望んでいた光景では無かった。

 何が待ち受けているのか分からない。


「錺さんが言うんだ。何かあるんだろう……」

「……分かった」


 何かやるべきことがあるのかもしれない。

 どうせ終わる命。

 もう少し永らえたところで変わりはないだろう。


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