75話 雌雄全てを決す 前編
「フハハハハ。どうしたリオナよ。最恐たる俺の愛しの番よ。息が上がっているではないか。足が震えているではないか。額から汗が止まらないではないか。一体どうしたというのだ」
「……うるさいねえ。どいつもこいつも。オスというのは優位に立った途端に雄弁になるもんだ。……いや、アタシの旦那は最初からこうだったかな」
何せ最恐。
常に優位に立つ立場なのだから。
最強と名乗るメスライオンのリオナ。
その眼前に立つは最恐であるオスライオンのレオン。
本来であれば番である彼らの関係は決して敵対するようなものではない。
特別仲の良い番ではないが、仲が悪いわけでもない。
もし……最初から、この鍵蒐集ゲームである3週目の最初からリオナとレオンが出会っており、レオンがリオナに鍵を持ってこいと命令したのであれば。それはリオナも逆らうことは無かっただろう。メスライオンとして、オスに餌を持ってきたことだろう。
だが、現状は状況が違う。
レオンはリオナに鍵を渡せと命じるが、リオナが渡してしまえばリオナの命は3週目までだ。
それは虫が良すぎる話だろう。
共存はともかく、自らの命を供物とする行為はリオナとしても望むものではない。
故に、こうして敵対する形を取った。
今のリオナにとってはレオンとは鍵を奪い合う敵同士。
戦う理由は出来上がってしまった……のだが。
戦いとも呼べぬ、一方的な展開になることはリオナにとっても予想外であった。
「(おかしいね。アタシの旦那はここまで強かったかい? 隣で戦いを見ていることはあったけど……ここまでの圧を感じたことは無かったね)」
これまで直接レオンと戦ったことは無い。
だが、戦いを見たことが無いわけではない。
だからこそ、疑問に思う。
レオンの強さを。
リオナの知っているのとは違う、異様なまでの強さと圧に。
「しかしリオナよ。最恐たる俺の番にしては、お前は存外臆病な奴であったのだな」
「……なんだって?」
「お前が最恐たる俺に臆し、そうやって惨めに這いつくばるのは良い。それは予想できたことだ」
「……随分とまあ自信満々なことで」
「フハハ。最恐たる俺は全ての頂点に君臨するのだ。お前は俺の隣……よりも少し後ろではあるがな。だが、それでもお前は俺以外の全てにおいての力関係では上に立つ者だ」
レオンはリオナの力量をよく知っている。
だからこそ、リオナの行動を訝しんでいた。
「朱抹の鍵をなぜ奪わなかった?」
「……」
その問いにリオナは答えない。
答えが思い浮かばない。
「ふむ。自分でもその行動の意味を理解していなかったか。ならば、これまでの行動を不問にしよう。リオナよ。再度命じよう。最恐たる俺の番である最強のライオンよ」
レオンは笑みを浮かべる。
「今からでも遅くはない。朱抹の鍵を奪い、俺の下へ届けよ。仮に、朱抹があのホワイトタイガー……セティに破れていたのであればセティから鍵を奪って来るのだ。俺は朱抹にもセティにも別に思い入れなどはない。お前だけだ。リオナよ、お前だけなのだ。3週目を終え、4週目を共に生きたいと思うのは」
それがレオンの本心であることはリオナにはよくわかった。
これまで連れ添った経験が、レオンなりの愛であることを思い知らせる。
「俺に抗うよりも遥かに容易いことであろう? リオナの力でならば苦戦するかも知れぬが朱抹にもセティにも負けることはあるまい」
リオナの力を信頼しているからこその言葉。
そう、レオンはリオナにとっての敵では無い。
レオンはリオナに対して敵対する意思はなく、ただリオナが一方的に敵対行動を取っているだけに過ぎないのだ。
レオンはリオナに鍵を寄越せとは言うが、リオナの持つ鍵に限定しているわけではない。
鍵であればなんだっていいのだ。
誰が持っているものでも良い。
「何故俺と戦う道を選ぶ? 違うだろう、敵が。いつからお前は朱抹の味方になり俺の敵になった?」
「さてね。別にアタシは朱抹の味方になった覚えはないさ。一時しのぎの共闘ってのがアタシの認識だけど」
「ならばその認識を解けば良かろう」
「ふん。そんなホイホイと誰彼構わず尻を向けるような女に見えるかい?」
「誰彼構わずではない、この最恐たる俺に尻を振れと言っているのだ」
頑なである。
レオンが、ではない。
リオナが、である。
頑なにレオン側へ付こうとしない。
レオンからすれば番の雌。共に戦うことは必定。
しかし、リオナはなぜか敵対を選ぶ。
「……」
「何故だ」
何故か。
その理由はリオナ自身よく分かっていなかった。
心の中で靄がかかったかのように。
何故だか共に戦うことよりも、敵として戦うことを選んでしまう。
精神操作の能力でもかけられたかのように、味方になるという選択肢が生まれない。
「(精神操作……? いや、そんなんじゃないね)」
もっと簡単なことだろう。
これまで、リオナはレオンが死んだと思っていた。
誰が殺したのか。敵を討とうという程度には愛情もあり、惜しいと思うくらいにはレオンの実力を認めていた。
「(認めていた……そうさ。認めていたんだ。あくまでアタシは、認めていたんだ!)」
レオンが死んだという事実はリオナ自身が確認している。
であれば、カラクリは分からずとも目の前のレオンは生き返った状態ということだろう。
「(この際、生き返ったことなんてどうでもいい)」
リオナが気にしているのはその前提。
「アタシはね、アンタが死んだことに憤ったと同時にね、失望したよ! 最恐? 笑わせんな!」
リオナは吼える。
自身をいきり立たせるために、鼓舞を放つ。
「それでこそ面白い! リオナよ、最恐たる俺を楽しませてみせろ」
「いつまでもアタシを舐めるんじゃないよ!」
足元へのローキックを放つ。
レオンはそれを同じく足で払いのけようとするが、その隙をリオナは突く。
蹴りをフェイントにし、本命である顔面へのパンチ。
足元を見ていたレオンはまともに食らう……はずであった。
「つまらん……実につまらんなぁ……リオナよ」
レオンは顔面でリオナの拳を受けつつ、ギロリと睨む。
その目に気圧されつつも、リオナは拳から力を抜かないよう体幹を落とす。そのまま弾き飛ばされてしまいそうな感覚がリオナを襲っていた。
「何だ今のは? 己を高めようと吼えてみたのだろうが、やっていることは結局先ほどまでと同じ。そこらの弱小動物がやるような攻撃ではないか」
「……っ」
その言葉にリオナは思わず力を抜いてしまう。
吹き飛ばされる。
そう、思ったが、意外にもレオンは次の行動を起こすことは無い。
ただ、リオナへの説教を続けている。
「最恐たる俺の番である最強のお前が俺を恐れるのはまだいい。だが、あまりにも腑抜けているようでは、それでは俺が考えを間違っているようではないか」
レオンがリオナを番として選んだことが間違いであった。
そう思わせてくれるなとレオンは伝えてくる。
「さて、次は何をしてくれる? 俺をどう魅せてくれる? 最恐たる俺を恐れ慄かせる策を練るがいい」
「……何が飛び出るか、お楽しみに」
とはいえ、リオナの能力はすでに発動下であり、とりわけ効果があったようには思えない。
そして、リオナの主な攻撃方法は能力頼りではなく肉弾戦。
策を練るよりも体を動かしているほうが性に合うし、得意分野だ。
出来ることといえば、これまで通り、粘って粘って、競り勝つことくらいだろうか……。
「じゃあ俺が飛び出してやるよ」
だが、この戦場において役者はレオンとリオナだけに非ず。
野生においても獲物の横取りという行動を起こす動物は存在する。
「どうもてめえには因縁があるような気がするんだよな。そっちで倒れてるメスライオンも別にあるけどよ」
死んだ魚のような濁った瞳でレオンを睨み、ハイエナのミガテはこの戦いに加わった。
「……見覚えがあるねぇ」
「最恐たる俺には何の覚えも無いが。はて、どこかで会ったか?」
「……そうだろう、そうだろうよ。てめえは俺に見覚えはねえよなぁ? 俺もねえよ、今のてめえにはな! だが、その口癖のように使っている枕詞。『最恐』ってのはよ、忘れたくても忘れられねえのよ」
「……? まあいい。最恐たる俺は受け入れよう。たとえ番であるリオナとの語らいを邪魔されようと、寛大な俺は貴様の死で許してやろう」
「けっ、それは怒っているってことじゃねえかよ」
ミガテは構える。
堂々たる振る舞いのレオンやリオナと比べると、稚拙で見るからに弱者が偽るための構えであったが、それは自覚しているのだろう。
構えたと同時にミガテは後退していく。
あれほど勇猛果敢に、そして軽口を叩きながら登場しても尚、レオンから発せられる圧には逆らえないらしい。
「おいおい、ミガテよ。先走っておいてその様はなんだ。猿猴、月を取るともいうが勝手に走って自滅するんじゃねえぞ?」
いつの間にいたのだろう、と思えるほど一瞬で更に1匹が登場する。
忍者のように黒い頭巾をかぶり、しかし饒舌に話すその動物はサルの弥七。
「……アンタらは」
「なんだ? 俺とミガテが共に行動するのを不思議に思ったか。猿知恵を持つ俺はミガテが犬ではないことを知っている。だから犬猿の仲には成り得ないぜ」
「いや……そういうことを言いたかったわけじゃないけどさ」
リオナは戸惑う。
この2匹を増援と考えてもいいのだろうか、と。
むしろ、第三勢力と考えるべきではないだろうか……。
「安心しろって。この戦いに限っては俺は誠実だぜ。なんたって、俺も弥七もすでに持っているんだからよ」
それぞれ鍵を見せる。
「俺は、この雄ライオンを殺したい。それだけだ」
「俺は、鍵と引き換えにこいつを殺すことを協力させられているだけだ。まあ、数で勝っているなら勝ち馬に……いや勝ち猿に乗らせてもらうだけだぜ」




