73話 虎と白虎 4
違いは何だろうと、思っていた。
俺――朱抹――と相手――セティ――との違い。
同じトラだ。
正確には通常種とホワイトタイガーという白変種。
在り方はそこまで異なっていない。
ホワイトタイガーとはただ色素が減少しただけの種であり、身体能力や棲み処の違いは少ない。
セティは俺を殺すために能力がああなったと言っていた。
だが……それは本当か?
本当にそれだけで能力とは変異するものなのか?
確かに俺の能力だって、トラという種族からすれば類似点は少ない。
虎の子という慣用句が人間の間であるように、子を大切にするというトラの習性はあるのだろう。子を持っていない俺だっていつかはそうなるのかもしれない。
だが、俺の食欲だって能力には関わっているのだろう。
食欲。つまりは俺という個の性格……個性が能力に影響を及ぼしたのだ。
それが俺の思い違いだとは思えない。
これまでだって、動物の特徴よりもその性格が如実に能力に出ていた者もいた。
だが……それだって生き様が関係したものだ。
どこをどう拡大解釈するかの法則性は知らないが、拡大するくらいだからその大本は存在する。
セティは何かを奪うものであったか?
いや、それそのものも不可思議であるが、能力を奪うものであるか?
いくら何でも俺とは真反対過ぎる。
反対どころかもはや線が違うだろう。
隣接した平行線を見ている気分だ。
そう、見ている場所が違う。
俺は何かを見落としている……。
朱抹は身体能力の向上を諦めていたが、代わりに脳への血液量の増加……思考能力の向上をしていた。
試してみた後であるが、観察眼や思考能力が上がった朱抹が推察する限りはセティの変化は見られない。あくまで力や速度だけなのだろう、奪えるのは。
そもそも、寒すぎて思考がまとまらない。
能力で上げておかないとまともに考えることすらできなかった。
さて、戦いながら考えてみよう。
思い出してみよう。
ヒントはどこかにあったはずだ。
能力の解析をしたところで、と普段の朱抹であれば思うかもしれないが、せっかく思考能力が上がったのだ。
考えることは無駄ではない。
考え過ぎて死ぬということはない。
奪うという能力。
何かのコンプレックスか?
同じトラという種の中でセティだけが特別だというのならばホワイトタイガーという点だろうか。片乳房が奪われているという点も考慮すべきだろうが、しかしオスメスという差が果たして朱抹とセティの能力差においてこうも如実に表れるとは思えない。
奪う能力と氷を操作する能力。
この繋がりは、皮肉なことに肉体強化を諦め思考能力の向上に重きを置いたおかげですぐに分かった。
熱の移動だ。
物体に宿る熱量。それが多ければ熱量が上がるし、少なければ下がる。
セティの奪う能力は熱量すら奪うのだ。
空気中の水分から熱量を奪うことで氷結させる。
その効果範囲はどれだけのものか分からない。
少なくとも、槍を降らせた範囲は相当なものだ。
その中であれば、朱抹の強化すら奪われてしまうのだろう。
奪う……あるいは奪われることに類する特徴。
セティがホワイトタイガーであるならば……ただの白変種というだけならば……確かに色素を奪われている、という解釈も出来なくもない。
だが、それだけでこれほど強力な能力に仕立て上げられることは考えにくい。
それだけで奪われる、奪うことに特化し、朱抹との差は出来ないだろう。
いや……ホワイトタイガーでなくとも……。
そういえば……セティは何かを言っていた。
ただの体質……と思っていたが、あれはもしかすると……。
朱抹は前提を改める。
セティがホワイトタイガーであるという前提を。
「……ああ。そうか」
理解する。
セティの正体を。
この戦いの勝ち方を。
セティが空気中の水分を固め2本の剣を作り出す。
だが、朱抹は静かに全身の血液量を増やす――強化する。
恐らくだが、セティは強化されたものを奪う時、何を奪うか選択しているのだろう。
試しに何度か皮膚感覚を強化し、そよ風すらも激痛に感じられるくらいに触角を増強させてみたがセティが痛がる様子はなく、朱抹の強化が減弱することも無かった。
自身にとって害になるような強化は奪わない。
精密性も兼ね備えている能力であるが、逆を言えばセティにとって害であっても朱抹にとっては強くなれる強化をすればいい。
全身を強化する。
攻撃力ではない。ただ、全身を巡る血液量を増やし、全身を震わせる力を強くするだけだ。
シバリング……体温を上げるために行う運動を更に強くする。
纏う熱気は簡単に冷めやしない。
体の芯から温めているのだから。
「楽しくなってきたぜ」
能力は進化する。
いや、セティの言葉を借りれば発展だったか。
朱抹はこの3週目最終日になり至った。
セティの熱を奪い氷を操作する能力に対抗し、得た能力は自身の熱量を増幅することで操作する高温。
無論、氷のような直接的に物理的ダメージを与えるような力ではないが、この状況においては相応しいくらいに適している。
「……」
セティは朱抹のこの強化を奪えない。
奪ってしまえば氷の力は使えなくなる。
体温を上げてしまうのだ。
氷を纏うという芸当を同時に行える器用さは流石に無い。
「……貴様! 力を隠していたのか!」
セティは叫ぶ。
まだ負けたわけではない。
与えている傷で言えばセティに圧倒的な分がある。
更に、血液量を増やしているのだ。
「だが、それは失策ではないのか? リミットは近いようだが」
傷口から溢れ出る血液は増えていく。
さながらホースの口の一部を押さえつけているかのように。
血液量を増やすならば血圧を上げざるを得ない。
回復力を強化しても追いつけず、出血量は増すばかり。
「いいや。熱を増やしたんだ。すぐに慣れればこういうことだって出来るぜ」
指先から爪にかけての熱量を増やす。
セティの氷の爪に対抗しての、高熱の爪。
朱抹はそれを自らの傷口に押し付けた。
「……っ」
傷口を焼いて無理やり塞ぐ。
治療とは言い難い。むしろ傷を増やしかねないやり方だ。
現に、高温となった指先から爪は炭化しかけている。
「……だが、耐えきったぜ」
無理やり傷口を焼き、応急手当てが完了すると同時に朱抹は熱耐性を獲得した。
皮膚から全身の臓器に至るまでの強化だ。
「……別の意味で長くはもたねえな」
消耗が激しい。
これまでに行ったことのない全身の強化だ。
体温の上昇と耐熱性。2つの強化を同時に行っている。
傷もそうであるが、体力的にも短期決戦が望ましい。
そして、それは相手も同様のようだ。
「……冷感が」
セティは苦々しい顔をしながら朱抹を睨む。
その額には汗が。
冷や汗というよりも、単純な暑さからくる汗のようだ。
その理由は朱抹が体温を上昇させ、周囲の温度を再び上げているだけではない。
セティの体温そのものが上がってきているのだ。
「随分と、矛盾した能力だよなぁ? いや、一見強そうに見えて使い勝手の悪い能力だ。周囲から温度を奪う……つまりは自分の体温を上げなきゃいけないんだろう? 暑いのは苦手とか言っていたくせにな」
空気中の水分から奪った熱はどこかへと消えるわけではない。
セティの体を通して、再び空気中に分散されていく。
それはつまり、一度に大量の氷を操ろうとすれば、それだけ多くの熱をセティが保有することとなる。
それもあり、セティの能力発動時は周囲一帯の気温は下がる。
空気中の水分から熱を奪いやすいように。
奪う熱量が少なくなるように。
だが、現在の気温は寒いとは言い難い程に熱せられている。
朱抹の体から溢れ出る熱気が気温を強制的に引き上げている。
これでは奪う熱量は大きくなる。
少しの氷を作り出すだけでも、セティは自身でも暑いと感じる程に体温が上昇してしまう。
しかしセティには朱抹のこの強化を止められない。
止めれば自身の体温が上昇してしまい、余計に氷を操れない。
どころか、その奪った熱量で自身が焼けてしまう。
朱抹が灼熱の爪を振るう。
セティは咄嗟に自身の爪で打ち払うも、氷の爪は半ばから折れ、どころかセティ自身の爪すらも焼き切られる。
「私は……」
セティは自身の手を見る。
その爪にはすでに氷は纏われていない。
鋭さも何もない。すでに溶けてしまっている。
強さが無い。
奪って得た強さは他者の強さの前にあっけなく打ち消されてしまう。
朱抹の前に立つ資格を失ってしまう。
「私は、私は……」
だが、セティは無くなりかけている爪を朱抹に向ける。
牙を突き立てようと前に出る。




