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アニマルコロシケーション  作者: そらからり
2章 渇望の3週目
123/129

70話 虎と白虎 1

「殺す」

「殺す殺すなんて今更言われてもなぁ……言われ慣れ過ぎていて個性が埋もれちまうぜ。ホワイトタイガーなんつう珍しい生き物のくせにありふれた言葉を使うなよ」

「憎い。殺す」

「ハッ。どっちも聞き飽きたっての。憎いも嫌いも敵だった奴が死ぬ瞬間に言う言葉だ」

「嫌いだ。憎い。殺す」

「敵が嫌いじゃない奴が……まあいるにはいるか。だが、それがホワイトタイガーらしい言葉か?」

「嫌いだ。憎い。殺す。……愛していた」


 言葉に乗せられた感情が変わった。

 そう感じた。

 殺意の中に一握りだけ愛情が混じった。

 が、一握り程度の愛情などすぐに百以上の殺意に呑まれる。


「……そうかよ。トラの俺を愛しているなんざ、確かにこの動物園内じゃお前くらいだろうな」

「何故だ。何故、貴様は私の心を裏切った。メスとしての私を殺した」

「裏切った? 殺した? 何のことだ」

「……」


 朱抹の疑問に対し、返答は爪の一薙ぎであった。

 それを躱しながら更に尋ねていく。


「鍵を奪う。殺されかけた。俺を敵と定めている奴ってのはこの三週目じゃこの2通りだ。だが、お前はそれ以上に俺を殺したいらしいな。俺に殺されかけたにしては殺意が大きすぎる」

「当たり前だ。愛情は裏返れば殺意に変わる。愛情の分だけ私の殺意は肥大した」

「それは感謝しているぜ! よく分からねえが、お前は俺のことを好きだったみたいだな。どこでそう複雑なことになったのかは置いておくとしても、好きと言われて嫌な気持ちにはならねえぜ」

「……そうか。私はより殺意が増した」


 セティの腕が朱抹を掴む。

 殺意が薄れた。

 殺すよりも、ただ掴むことが目的の攻撃とは言えない行動。

 故に、わずかに朱抹は回避が遅れ捕まった。


「……?」


 追撃に備え構えるが、やってくる気配はない。

 不思議に思ったところで朱抹は膝から崩れ落ちた。


「なっ!?」


 そこにセティの膝蹴りが入る。

 空いている手で受け止めるも、それすら力が上手く入らず吹き飛ばされる。


「(……武術の類……ではなさそうだな。相手の体の力を奪うなんて格闘術があるそうだが……これはむしろ能力によるところか)」


 朱抹はすぐさま能力による現象と判断する。

 関連付ける。

 今目の前で起きた現象を。

 トラとホワイトタイガー。

 同種の動物だ。色の違いくらいしかそこに違いはない。

 ならば能力にも類似した点があるだろう。


「……と思っていたけどな、実際は真逆だったってわけか」


 ホワイトタイガー。

 先祖返りのように色素のみが薄く変異したトラ種。

 

「どこをどう間違ってそんな能力になった? 俺の強化する能力を否定するかのような能力になりやがって。なあ、セティよ!」

「そんなもの。貴様を殺すために決まっているだろう。私の奪う能力は貴様を殺すためにあるのだから!」


 セティは発動する。

 己が獲得した能力を。


「体力も力も早さも。全て全て奪い尽くした後で殺してやる」

「……そうかよ」


 朱抹もまたすでに発動していた『(タイガー’ズ)(ハート)』の強化幅を上げる。

 予想していた通りに足に力が戻ってくる。


「(いや……これでイーブンに戻ったなんて思えねえ。出力的には、本来であればかなり上げている。それが、奴と対等になる程度の身体機能にまで下げさせられているってことだ)」


 自身の強化や、周囲の環境調整といった能力の使い手とはこれまで戦ってきたが、敵の機能を下げる――デバフ使いとの戦闘は朱抹にとって初めてであった。

 互いの力を高め合う戦いではなく、足を引っ張る戦い。

 楽しさを見つけられることは無く、むしろ苛立つ、じれったいものである。


「(条件は……触れることだろうな。これ以上触れるのは不味い……が、近接戦闘タイプの俺にとって触れずにというのは無理な話だ)」


 であれば。

 朱抹にとって些か勿体無いことではあるが。


「(短期決着。一撃にかけるか)」


 長期戦闘用に調節していた節約状態から、短期決戦用へと身体機能強化の出力を上げる。

 消耗は激しく、1分と続けていられないだろう。


「(5秒もあれば十分だ)」


 触れれば下げられる?

 それがどうした。

 多少下げられたところでお釣りが出るくらいには強くなっている。

 勢い余って、全身余すことなく強化してしまったが、それも5秒だけだ。

 セティを殺し、食らうことで補おう。


 朱抹の牙がセティを捉え、食らいつき、瞬間に力が落ちる。

 それは朱抹の予想していた通りの展開で、しかしその落ちる勢いと下限は朱抹の予想外のものであった。


「なっ!?」


 セティの肩の筋肉を貫く前にセティの力は強化前のそれと同等になり、セティにより引きはがされた。


「この痛み、返すぞ」


 セティの爪が朱抹の肩口を切り裂く。

 踏みとどまれることも無く、朱抹はなすすべもなく後方へ大きく吹き飛ばされた。


「(この力……下げた分だけ自身の力を上げたのか? ますます俺殺し……いや、違う。この力は単に下げるだけじゃねえ!)」


 朱抹の強化された身体機能のうち、何を下げるのかセティが選択しているのか、それともランダム性があるのか。

 まず力と防御性を下げられセティに力負けした朱抹の脳は思考を止めていなかった。

 脳血流を上げていたことで、セティの能力がただのデバフでは無いことに気が付いた。


「……上げて落とす、か」

「……?」

「いや、なに。お前の能力は触れた相手の力を落とすと思っていただけだ」

「合っているが? それが貴様を殺す私の能力だ」


 朱抹の言葉にセティは首を傾ぐ。


「貴様の説明には何の間違いも無い。私は貴様の力を上げただけ落としただけだ」

「そうだ。それだ。お前の能力は上げた分だけ落とすんだ。そしてその一部を自身の強化幅にする」


 身体機能強化が前提の能力。

 思えば、下げられても元の身体機能よりも下になったわけではない。

 元と同程度になっていただけだ。

 どれだけ上げようと、少ししか上げようと、その下限は元の身体機能まで。


「俺も悪い癖がついちまったもんだ。ここまで生きた強敵には敬意を表して能力を最初から使っちまう。そうでなくてはこっちも危ないからな。だが、今回はそれが裏目にでたわけだ」


 すでに朱抹は能力の使用を止めている。

 体は動く。

 問題ない。

 強化して尚、元と同程度であった身体機能は、能力を使用していなくとも変わりはない。

 変わりがあるとすれば、貯めこんだエネルギーを消耗しているか、そしてセティの力が増減しているかである。


「仕切り直そうぜ。互いに高め合うバトルといこうじゃねえか」


 朱抹はセティへと頭突く。

 セティもまた同様に自身の頭部を打ち合わせる。


「……くっ」


 セティが力負ける。

 それは悲しいかな雄雌の力の差。

 いや、それだけではない。


「……トラというわりに素の力が少し弱いか? ホワイトタイガー……こんなに弱いか?」


 あっさりと、それこそ尻もちをつくくらいにセティは後ろに倒れた。

 追い打ちをかけることなく、セティを見下ろしながら朱抹は思案し、そして口から言葉が漏れる。


「……」


 セティの視線に殺意が戻る。

 だが、状況が好転することもなく、立ち上がる勢いに攻撃を混ぜても朱抹には躱される。


「このままじゃすぐさま決着だ。別に俺はそれでもいいけどよ」


 朱抹が爪を振るう度にセティの体に傷が増えていく。

 時に白い羽織りを切り裂きながら、血で赤く染め上げる。


「殺す前に教えてくれよ。その殺意の意味を」

「……これを見ても、まだその言葉を吐くか!」


 朱抹がセティの衣服を切り裂いたため、羽織よりも白い肌が露わになっていた。

 人間の男であれば目を背けるか、注視してしまうであろうその肉体には、しかしあるはずのものが片方にだけ無かった。


「貴様は私から女を奪った! 殺したのだ!」


 セティの乳房の片方だけがまるで刃物で斬り落とされたかのように痛々しい傷跡を残し失っていた。


「……ん? いや、戦ったならそりゃ肉体は傷つくだろ。腕を失うより良いじゃねえか」

「良かっただと!? あろうことか貴様がそれを言うのか! 貴様の番として用意された私に爪を振るった貴様が!」


 セティの青い目が赤く染まる。

 血涙では無い。

 目にある微細な欠陥の血流量が増えたわけではない。


 しかし、何か変化が起きた。

 そう朱抹は感じた。


「私は、貴様の番として生きても良いと思っていた。貴様に惚れたと自覚していた。だが、貴様の返答は、有無を言わさない爪の一撃だ」


 朱抹は寒気を感じた。

 身震いするような寒気が。


「殺す。貴様を殺す。貴様に惚れていた私を殺す。貴様に関わった動物を殺す。私の醜態を知っている動物を殺す。貴様と私を収容していた人間を殺す。殺す。殺す。殺す。全てを殺す」


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