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アニマルコロシケーション  作者: そらからり
2章 渇望の3週目
121/129

68話 賢者と愚者

 2匹の動物が諍い争っていた。

 どちらの実力も拮抗しているようで、決着は一瞬で付きそうにない。


「本官は正義の体現者でありまして! 悪を断罪するために生きさせて頂きます」

「ズズーン。ガタンゴトン、ガタンゴトン。発射しまーす」


 一匹は警察官の装いをした中肉中背の男。

 一匹はラフな格好をし、バンダナをしたふくよかな体型の男。


 互いに拳をぶつけ合い、脚を交差させる。


「特急なり、特急なり。誰にも止められませぬ」

「本官の正義を疑うは大悪!」


 警察官を装う男は腰から拳銃を抜くと、相手に向けノーモーションで発砲する。


「悪は撃つべし」

「よっこいせっと、転がりまする!」


 正確無比に発射された弾丸をふくよかな男は雑技団の如く転がり避ける。

 くるくると一帯を回り、バンザイをし立ち上がった。


「悪を裁く能力を受けるであります。警察犬のように追い詰めるべし! 猟犬のように駆り立てるべし! 『(ドッグ’ズ)(ハート)』」

「むほほほほ。で、あればこちらも奥の手を。『駱駝(キャメル’ズ)(ハート)』」


 一方は優位に立てば立つほど身体能力が強化されていき、相対するもう一方は背に生えたコブから得られる無尽蔵のエネルギーで疲れ知らずの戦闘を繰り広げていく。


 能力を使用しても尚、互角に近い戦いを行う2匹の決着はまだ遠い。





 2匹の動物が諍い争っていた。

 両者の実力の差は明確であり、直に決着はつくと思われる。


「じゃぎぎぎ」


 濁音混じりに笑う男の全身からは黒く小さな何かが這いずり出る。

 よく見ればそれは蟻であった。


「『大蟻食(アントイーター’ズ)(ハート)』」


 数えるのも馬鹿らしい。

 そう思えるほど夥しい数の蟻が地面を黒く覆い尽くす。


「これだけの数があいつの体から……と、思ったか? じゃぎぎ」

「……!?」


 心中を読まれたのかと、蟻使いの男の前に立つ動物の顔に動揺が走る。

 否。その動物の感情が特別表情に出やすかったわけでも、蟻使いが読唇術に長けていたわけでもない。

 これまでの戦いで蟻使いが問われ慣れていただけだ。

 

「じゃぎぎ! 僕の体に棲みつく蟻などせいぜいが数百匹。しかし、こいつらを長にすることで、地中の蟻全てを操ることが僕には出来るのだぜ」


 その全てが肉食性。

 数千、数万……あるいは億にまで届きうる蟻の大群。

 まだライオンやトラに出会った方がマシであった、と蟻使いの前に立つ動物は思う。

 数の暴力とは言うけれど、これだけの数を相手に何もできない。

 一発逆転の能力は持っているが、それも対個人の時であり、対群相手では蟻を手で一匹一匹摘み殺した方がまだ手っ取り早いというものだ。


「……でも私は諦めない」


 勝利に、生存に執着する。

 それがかつて相棒であった動物の生きざまであり、最後に諭してくれた生き方だ。

 すでに死体となり、どこの誰かに食べられてしまっているかもしれない。

 それでも、その言葉は深く心に刻まれていた。


「じゃぎぎぎぎ。君、さっきまでステゴロだって僕以下だったぜ? いるとは思わなかったぜ、僕以下の非力なんて」


 蟻使いは、悪あがきでも、切り札でも、駄目押しでもなく、ただ余裕のままに能力を発動していた。

 自慢の玩具を見せびらかす子供のように、強大な能力を誇示していた。


「痛い攻撃を痛いままで味わえる良い機会だったぜ。他の動物の打撃なんて食らえば僕は死んでいたからね。じゃぎぎぎ」


 地面を黒蟻が覆い尽くす。

 どころか、蟻使いが手を掲げると同時に空をも羽蟻が舞う。

 一種の地獄のような光景に心が折られそうになりながらも、蟻使いの前の動物……少女は一歩前へと出ようとする。


「じゃあね」


 蟻使いの手が下ろされようとする。

 

 決着は1分と経たずに終わりを見せるだろう。

 どちらかが生き残り、どちらかが死に果てる。

 それがこの戦いにおける結末である。





 2匹の動物が諍い争っていた。

 両者とも実力をひた隠しにしており、その決着の仕方は未知数であると思われた。


「この黒き眼を見つめよ」


 賢者が眼を開く。

 そこには虚ろな闇が映っており、見るもの全てを惑わし吸い込む黒であった。


「黒? 黒だって! キャハハ! アタイにはそれが白にしか見えないよ!」


 愚者が目を閉じる。

 目の開け方すら知らないのか、閉じても尚、まるで見えているかのように彼女は振舞う。


「この儂の黒き瞳が黒いうちには貴様には何も出来ぬよ。貴様が何をしようと、儂には何も効かぬよ」

「キャハハ! 出来る出来ない! 効く効かない! アタイが何をしようとアタイの勝手さ!」


 賢者の瞳がすう、と細められる。

 先ほどから愚者の言葉は何一つとして賢者の言葉への正確な返答ではない。

 会話が通じていない。

 戦いを始める様子もない。

 何がしたいのか、分からない。


「貴様は自身を愚者、と名乗ったな。それは自身を貶める言葉か? それとも本当にそう思っての言葉か」

「……キャハハ」


 数秒遅れて愚者は笑う。

 表情は変わらない。

 愚者は先ほどから無表情のままだ。


「愚者とは何も考えぬ者ではない。自身の愚かさを知る者だけがそう自身を言い表せる言葉だ。そして、そういう者ほど、それほど愚者ではない」


 賢者の瞳が愚者を捉える。

 先ほどから隙が無い。

 仕掛けようにも、仕掛けた瞬間に何かしらの反撃が待ち構えていることが賢者には分かってしまう。


「愚者よ。貴様の行った行動は愚者足りえぬ行動だ。……いや、愚行と呼ぶほどには愚かしくない行動だ」


 賢者は背後や横にて行われている戦闘を見やる。

 そこには蟻使いであったり、絶えず行われる猟犬とラクダの戦闘が行われている。


「儂らは期せずして知った。協力することが如何に賢い行動か。群れることこそが強みであることを。そうして愚者よ、貴様は徒党を組んだのだ。鍵を手にしていない者だけで。3対1の構図を作るために」


 賢者は愚者の行動を1から10まですでに知っていた。

 彼女の考えも、これから行うであろう行動も。


「ここまで生き残った強者であろうと、鍵の所有者は限られている。そして、誰もが疲弊しているだろう。運よく鍵を手にした動物も、それは運だけが取り柄の動物だ。どれだけ強くとも3匹には勝てまい」


 愚者の言葉を賢者が先んじてつらづらと吐き出していく。

 愚者は開けた口を閉じることなく、さりとて何を言うでもなく、ただただ呼吸のためだけに動かしている。


「だが、愚者と自称する貴様が考える行動を儂が思いつかぬとでも思ったか。そうだ、儂は貴様の言うところの運で生きただけに過ぎぬ。戦闘能力で言えば良くて中の中。ここまで生き残った強者比べれば腕の一薙ぎで死ぬかも知れぬ小兵よ」


 愚者の行動を愚行と呼ばずとも、しかし賢者はその行動を先んじる。

 対抗策を愚者が行動を起こす前に思いついていた。


「ならば儂らも徒党を組めばよい。儂らとて生きねばならぬ。もう少しで終わるこの3週目を。気の抜けぬこの瞬間を」


 鍵の争奪戦において最も激戦となるのは、終盤。

 所持者は重なる戦闘に疲弊し集中力も体力も切れてくる頃合い。

 非所有者は迫る時間制限に焦り戦闘を急ぐ頃合い。


 非所持者同士でも、ライバルを蹴落とすためにも戦闘を躊躇わない。

 限られる鍵の数を争うのだ。

 11匹はいらない。

 11匹目に自身か、あるいは他の非所有者が成りえるか、その可能性は潰さなくてはならない。


 対して、所有者同士はいわば勝利を約束された仲間内のようなものだ。

 争うことのメリットが無い。

 できればこのまま平穏に3週目を終えたい。


 故に、共闘するメリットは大いにある。

 賢者とその仲間――鍵の所有者達は、愚者とその仲間――鍵の非所有者達に対抗すべく集まっていた。


「愚者よ。儂は貴様を知っている。貴様の思考も、そしてその能力も。何も効かぬ。儂は全てを無効としよう。儂の黒き眼はそれをする術を知っている」

「……キャハハ」


 愚者は笑う。

 その表情は無なれど、額から落ちる汗は冷や汗。

 内心では心揺らされていることを賢者は見抜く。


 が、ここまでしても賢者は動けない。

 心は揺らせても、体の構えは崩せない。


「……」


 賢者は愚者の思考を全て読めていると自負している。

 だが、行動の全てを読み切っているかと問われれば、頷けはしない。

 馬鹿の行動は読めない。

 愚者はすぐに考えることを放棄してしまう。考えを捨て去り、あるいは固執しきり、改めてしまう。

 この状況で内心諦めをみせているだろうが、次の瞬間に攻撃を開始しないとは言い切れない。


「愚者よ。貴様の集めた仲間達も敗北は濃厚だ。見よ、まずは一匹、といったところか」」


 賢者の仲間……蟻使いが能力を発動する。

 その力により一帯を蟻が蝕む。


「愚者よ。貴様の仲間など、所詮は寄せ集めに過ぎぬ。儂ら精鋭とは比べ物にならぬわ」


 そして、猟犬がラクダの力を上回り始まる。

 戦況が賢者側に傾いたことで猟犬の能力も向上し、ラクダの動きを凌駕していた。


「……キャハハ。キャハハハハハ! まだだよ! まだアタイにはこの能力がある! 知っているだって? それなら食らってみなよ、『(ダック’ズ)(ハート)』」

「無論、見切っておるわ! 貴様如きの能力が儂に通用するはずがない。『海豚(ドルフィン’ズ)(ハート)』」


 これまで閉じられていた愚者の目が開く。

 そこには光に輝く瞳があった。


 賢者の瞳の黒がより濃くなる。

 全てを見透かすような目で愚者の輝く目を見つめ返す。


「……めんどくせえ」


 その硬直状態を打ち破ったのは、突如として発せられた一言であった。

 戦場の中央で、その者は欠伸をしながら歩いていた。


「……何奴」

「キャハハ……何あれ」


 賢者にも愚者にもその正体は分からなかった。

 ……いや、賢者には分かりかけていたが、その賢者の目を以てしても正体を探るのに時間がかかってしまっていた。


 だからこそ、出遅れた。

 硬直状態を破る異常に対して、敵対感情を誰しもが持ってしまったことに。


「新たな悪の出現を感知したであります!」

「むむむ。誰でありますか、勝手に分岐を変更したのは!」

「じゃぎぎぎ。一匹増えたところで変わりない。僕の蟻の総数に比べればちっぽけな誤差だ」


 不確定要素を早く消し去りたかった。

 予定調和を崩す者には早期退場を願いたかった。

 その賢者の思考が『(ダック’ズ)(ハート)』を通じて悪い方向へと増加され、『海豚(ドルフィン’ズ)(ハート)』にて周囲へと広がってしまった。

 結果、止めることのできない6体1の構図が出来上がってしまった。


 乱入者は敵対行動を向ける6匹を見渡すと、


「……面倒くさいなぁ」


 再度同じ言葉を呟く。


「面倒くさすぎて、一気に終わらせたくなるぜ」


 まず、蟻使いと戦っていた少女が転んだ。

 蟻使いへと向けていた体を急激に乱入者へと向け、そして駆けだそうとして足をもつれさせたのだ。


「あうっ」


 少女は出遅れてしまった。


 先に到達したのは数で勝る蟻使いの蟻たちであった。

 空も地も支配する蟻達が蟻使いを戦闘にし乱入者へと到達しようとし、


「……じゃぎ?」


 全て倒れた。


「……おい?」


 賢者の眼は蟻使いの状態を捉える。

 信じられないことに、億に近い蟻含め全てが死んでいた。


 止められぬままに猟犬とラクダも乱入者へと向かい、同様に死に絶える。


「……まずいぞ愚者よ。儂らは、あの者に対抗する手段が……無い!」


 賢者の眼はようやく乱入者の能力の正体を捉える。

 しかし、時すでに遅く、6対1の構図はすでに3対1。

 しかも数的優位はどんどん失っていき、残った者だけで勝てる見込みは見つからない。


「キャハ、キャハハハハハ!」


 血迷ったのか、愚者は乱入者目掛け走っていく。

 

 いや、と賢者は思い直す。

 血迷ったわけではなく、考えあっての行動だ。


 愚者は奇妙なステップを踏みながら乱入者へと近寄る。

 一歩進んでは二歩戻り、時には横を向いて進む。


「……なるほど。その手が」


 賢者はすぐに愚者の行動を理解し、そして真似る。

 乱入者の能力が、賢者の予測した限りでは対処法はこれで間違いはない。


 だが、


「あー、まあ。ここまで減れば別にいいか。『樹懶(ナマケモノ’ズ)(ハート)』」


 そして乱入者は巨大化していく。

 牙も爪も強大に、凶悪なものへと変質していく。


「……これは一体」

「キャ、キャハ……」


 奇妙なステップを踏んでいる場合ではないと、賢者も愚者も足を止める。

 だが、それは遅い。いや、むしろ動き回るべきだったかもしれない。


「ああ、名乗り忘れていたな。これだけは面倒くさくてもやらなきゃいけねえよな」


 賢者と愚者。

 2匹仲良く両手の爪で器用に持ち上げて、


「俺はナマケモノのスロールだ。能力は……まあこうして大きくなることだな」


 オオナマケモノという古代に生息していた肉食獣の姿に回帰する能力を面倒くさそうに語り終えた時には、賢者も愚者もスロールの腹の中に納まっていた。

 多少の賢さなど、絶対的な力の差の前には意味を成さなかった。


「……ふう。食った食った。鳥と……魚にしては肉が哺乳類ぽかったな。まあいいや」


 食べたものを気にも留めずに、スロールは能力を解除し、気づく。


「ありゃ、まだ残ってたか」


 転び、蹲っていた少女の存在を。


「んー……鍵は手に入れたしな。余ってるし俺は別にいいや」


 スロールは腹の中から賢者が所持していた鍵を吐き出すと、悠々と去っていった。

 何もかもを台無しにし、気にせずに、あっけなく終わりを見せた。


「……」


 そして、残された少女は……ヒツジのドリーは先ほどまで相対していた蟻使いの体から鍵を見つけ出す。


「……もう1本は残しておこう」


 2本持っていても危険度が跳ね上がるだけだし、むしろ1本だけでも自身には重すぎる物だ。精神的にも、肉体的にも。

 ドリーは今日の戦歴を思い出す。

 蟻使いには敗戦濃厚。スロールが通りかからなければあのまま数多の蟻に貪り食われ死んでいただろう。

 スロールには戦闘以前に、参加することなく終了し見逃された。

 もし戦っていれば、訳も分からずに命を落としたか、食われていただろう。


 戦えば負ける戦いを、運で生き残ってしまった。

 

「だけど……諦めなかった」


 臆することなく、戦意を保つことは出来た。

 それだけで強くなれた気がした。

 

「……せめて、後の動物がここで止まってくれるように」


 猟犬の持っていた鍵を地中に埋め、ドリーは逃げるようにその場を去っていった。

 あと少し。それだけ生きることが出来れば新しいステージに進める。

 ドリーの生きる道はまだまだ険しい。





「あれ? なんだこれ」


 コツン、と進む手が何かに触れた。

 地中を進んでいたはずだが、何か隠されていたのだろうか。


「お、ラッキー。2つ目じゃん」


 他者の能力を奪い、地中を潜っていたその動物は元々持っていた鍵と合わせて2本の鍵を見る。


「4週目に何があるか。俺、知ってるんだよなぁ」


 確実に生き残った動物達でチームを組む、ということを知っている。

 

「俺の知っている中で強い奴、かつ俺に敵対しない奴……ねぇ」


 そして、他者から奪った透視や遠視も出来る目を使い地中から目的の動物を探す。


「この鍵は俺の独断と偏見で生かす奴を選択していいってことだ。ひゃはは、良いじゃねえの。少なくともそいつは俺の言いなりで動かせるってもんだ」


 悪い顔とはこういう顔をするのだろうといった表情をしながら地中の移動をその者は再開する。

 ハイエナは他者の戦果をあっさりと奪い去っていく。

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