67話 蜜の絆 6
喧嘩を売ったことは数知れず。
しかし、リオナをリオナと知って、ライオンと知っていてもなお、喧嘩を売り続けた相手はどれだけいただろう。
ましてやその力を見せつけた後も真正面から戦い続けた相手ともなると、片手で足りるほどにまで絞られてしまう。
目の前の相手――ラーテルのキューはリオナとて真正面から戦っても勝てるかどうか分からない相手である。
「(気張らないとすぐに死ぬね)」
一瞬足りとて緩めることが出来ない。
拳を突き入れる。
手の甲で止められる。
爪で切り裂く。
肘関節をキューの上腕で押さえつけられて思うように振るえない。
足で蹴り入れる。
膝裏で受けられる。
「(……やはり、上手いなぁ)」
防御性能に頼っての戦い方ではない。
ちゃんと、技を知っている者の戦い方である。
リオナは感心しつつも手と足を止めない。
しかし、それら全ては無駄に終わる。
突き出した腕をキューの大腿と肘で抑えられる。
「ぐ……あっ」
何とか折られないうちに引きはがせたが、しばらく痛みが走り続けるだろう。
「(弱点というか、倒し方はすでに分かっているんだけどね。このキューとか言うやつ、技の駆け引きが上手い。倒すまでの道筋に入らせてくれない)」
獰猛性はどこにいったのか。
いや、獰猛だからといって見境が無いわけではないのか。
そして、ただ狂ったままに暴れるわけでもない。
「(身体能力はたぶんだけど、あっちのが上だろうね。あのガスが不味かった。いくらアタシの体でも死なない程度にまで衰弱させられたよ)」
本来であれば動くことすらままならない程の凶悪な衰弱ガス。
それがリオナの体を蝕んでいる。
リオナが戦えているのは、元々の肉体の強さ半分、やせ我慢半分だ。
「(おまけに能力も効果が無いときた。やれやれ、アタシにとっては本当に天敵だ。これなら朱抹がこいつの相手をしていたらすでに倒していたんじゃないかい?)」
肉体強化のできる朱抹であれば毒が効かない程に、更にはキューの技を破るほどに強くなったに違いない。
戦いの相性で言うならば、キューの相手はリオナではなく朱抹が務めるべきであった。
同時に、朱抹の相手であるミツオの相手がリオナであった場合、こちらもリオナの快勝で終わっただろう。
この相性の悪い闘いが2か所で行われたのは、ミツオの能力である『蜜教の心』がキューとミツオの勝利を導こうとしているが故である。
元々低かったキューとミツオの勝率を何とか上げようと、この組み合わせとなった。
痛みをこらえながら、同じ腕を再度繰り出す。
「……浅い攻撃よ」
キューは半ば呆れながらそれを手のひらで受け流す。
「もはや余の能力を使うまでもない。ただの防御行動だけで事足りる」
「……さて、それはどうかな?」
「いいや、余の言葉に偽りなし。貴様のどこが最強だ。防ぎきる余は最硬か? いいや、違う。貴様が余よりもはるかに弱いのだ」
確かに、最強であるならば衰弱ガスを食らってもこの戦いはもっと互角に並ぶべきだ。
いや、もっと言えば衰弱ガスを食らうべきでは無かったのかもしれない。
朱抹が戦っていれば、なんて思う時点で負けている。
何者にも立ち向かっていくラーテルに対して、ライオンが及び腰になっていた。
「自称最強よ、一つ尋ねよう。余が貴様を倒せば貴様の最強は撤回されるのか? 余こそが最強と認めるのか?」
「……倒せればね」
「ふむ。別に称号なぞに興味はないが……それでも余の強さを褒め称える言葉が増えることは喜ばしい」
俄然キューはやる気を出したようだ。
「最強は余の手に」
キューの爪がリオナの頬を掠める。
何とか顔を横に逸らすことで回避は出来たが、これまで以上に攻撃は鋭い。
「……」
防御性能も精神の強さもさることながら、キューの攻撃性も馬鹿にできない。
勇猛果敢にライオンに立ち向かい、獲物を奪っていく程だ。
攻撃が通じないだけでなく、相手を退かせる程には攻撃が出来る。
「(……さて、アタシに残された武器は何があるんだろうね。攻撃は通じないわけじゃぁない。ただ当たっていないだけだ。当たれば、勝てる)」
では何が問題かといえば、その当たらないことだ。
キューの防御の上手さをかいくぐり、攻撃を避けてリオナの爪を当てることは困難。
「(……ああ、そうか)」
思い返せばこのキューというラーテル。
獰猛性獰猛性と言ってきたが、リオナに立ち向かっているのは能力によるものだけである。
その性格は獰猛性とは程遠い。
不遜な態度を取ってはいるが、戦い方は丁寧なもの。
乱雑で後先考えない戦いこそラーテルの印象であるのに、これでは真逆だ。
「アタシにある勝機はそこか」
「……?」
「いやね、アンタがアタシの株を奪うような戦いをするのなら、アタシもアンタの株を奪おうと……そういうわけ、さ!」
リオナが爪を振るう。
それはキューの腕で受け止められるが、リオナはすぐさま反対の腕も振るう。
大きく薙いだ腕は遠心力を保ちながらキューへと襲い掛かる。
「何かと思えば……」
これまでの攻撃と変わらぬとキューはそれをも受け止める。
全てキューの防御の前では衝撃すら通らない。
が、リオナは構わず攻撃を続ける。
「……何がしたい?」
当然であるが、いくらがむしゃらに攻撃をしようと、不規則に、連続的に行おうとキューの受け流しの選択を誤ることは無い。
一瞬の隙をついてキューが攻撃に転じる。
リオナの呼吸のタイミングであった。
手も足も止まる瞬間でキューの爪がリオナの右肩を捉えた。
「ぐぅ……」
爪が右肩に深く食い込む。
右腕を使えば激痛が走るだろう。
だが、リオナは構わず前に進む。
「何っ……!?」
神経はずたずたに引き裂かれているだろう。
筋肉も腱もしばらくは使い物にならない。
いずれは骨にまで届く。
それでもリオナは止まらない。
「これで右手は封じたぞ」
そして、キューは振り返れない。
背中を見せることが出来ない。
「その首筋の噛み傷の跡を見てすぐに分かったさ。背中には一切の攻撃が通じないが、前は別。いや……背中というよりも背部全面かな? 腕も足も顔も首も……裏側から見た部位全てにその防御性は共通しているんだろう」
スナックの攻撃は、毒は通じないが牙は通じていた。
もし首の後ろを狙っていれば、牙すら通らなかったであろう。
「さて、そこまで分かっても、アンタは倒せない。なぜならその弱点を誰よりも理解しているのがアンタだからだ。全てを裏側で受ける。受けきれなければ避ける。巧みにね」
弱点を弱点として守っている。
戦い方の一部に取り込まれており崩すのは難しい。
攻撃に徹していようと、必ずこちらも守らなければいかないタイミングが訪れ、その間にキューも体勢を整え直す。
だったら、
「だったら守らなければいいだけだね。アンタがやらないならアタシがやるよ。イカれた戦いってやつをね!」
守らない。
牙も爪も受ける。
受けた上で攻撃を通す。
「この……おっ!」
キューのもう片方の爪がリオナを貫く。
リオナは左肩で受け止める。
痛みが走るろうと、筋肉に力を込めて、爪が抜けなくする。
これで左手も動かせない。
「アタシにはまだあるよ。牙が」
「余とてそれくらい!」
リオナが牙を剥く。
キューも牙を剥く。
互いに食らい合おうと互いの首に噛みつく。
そして、先に首から顔が離れたのは……
「なぜだ……なぜ余が……」
理解できないと、その表情は絶望に満ちている。
まさか獰猛で勇猛果敢なはずのラーテルが先に心を折られたと?
先に力尽きたのはキューであった。
リオナはキューの首元に深く牙を突き立て、その命を絶った。
「痛いからね。ちゃんと歯を食いしばったまでさ。痛くもなんともないアンタよりもそりゃ噛む力が入るよ」
ニィッ、とリオナは一切欠けていない牙を見せる。
「……そうか」
その誇らしげな顔を見てキューは目を閉じる。
そういえば【百獣の王】だ。配下として従えるには役不足にも程がある。
だったら少しでも互角に戦えていれば、キューもまた女王として誇らしげな気持ちになれるだろうか。
「(たまにはミツオの導きも間違うのだな。ふふ。あいつの唖然とした顔は最後に見たかったものだが)」
最後には生まれついての配下のことを考えて、キューの意識は闇に落ちていった。
「あー、痛てて。そんじゃ……食べて回復するかね」
そしてその肉体はリオナの腹を満たし回復する力となった。
すっかり鍵の存在を忘れたリオナが自身の口の中でそれを発見するのは食事も半ばの頃である。




