66話 蜜の絆 5
リオナの爪がキューを襲う。
それをキューは背を向けることで受けきった。
「……随分と手応えがないねえ」
手応えの無い敵とは言うけれど、それは決して相手を弱いと言っているわけではない。
むしろキューは強敵である。
元がラーテルということも含めると、ライオンであるリオナにとっては天敵に近いかもしれない。
手応えが無いとは、爪で切り刻もうとしても拳を叩きつけても、蹴っても、頭突いても、何のダメージが無いということだ。
ふわりとその背中で受け止められる。
傷1つ付かない。
弾力性や柔軟性に富んだ背中である。
「ラーテルってのはそういえばそういう動物だったね」
ライオンの爪も牙も、歯が立たない。
突き付けられても恐れず向かってくる。
「ハハッ! 歯牙にもかけないとはよく言ったものじゃないか」
そして、リオナにとって非常に不本意なことであるが、リオナの窮地を悟ったのかほぼ自動的に発動されていたリオナの能力も全く効いている様子は無かった。
リオナを恐れることなく突撃し、その爪を返してくる。
キューの爪も鋭く尖り、当たり所によっては危ないかもしれない。
リオナは回避しながらも蹴りを入れるが、キューの手の甲でふわりと受け止められる。
「楽しいねぇ!」
能力が効かない。
攻撃も効かない。
その理不尽さにリオナは叫ぶ。
「なんだいその能力は。一体いくつ隠し持っているんだ?」
能力は原則一匹につき一つ。
それは絶対に破れないルールである。
応用や、派生こそあれ、大本の能力は1つきり。
「(物理的攻撃も精神攻撃も、何もかも受け付けない能力って考えれば納得はするけれど……)」
無敵に近い能力だ。
納得しうるエピソードもラーテルであれば持っている。
「(だけどそんなつまらない能力になるか? 無敵なんてのはこの世界には存在しない。弱点もあるし、カラクリだってあるはずさ)」
そして、朱抹は目撃してリオナはしていなかったキューとスナックの攻防。
スナックの3分間動けなくさせる麻痺毒をキューは無効化していた。
それを3つ目の能力として捉えるか、はたまた外部からの攻撃全てを無効化する能力としてまとめてしまうか。
どちらにせよ、リオナが行える行動は少ない。
少ないからこそ、攻撃を続けた。
リオナの拳を、蹴りをキューは背中や腕で守る。
傷1つ付かない。
何かを与えた様子がない。
「ラーテルってのは本当に面倒だね。だからこそ楽しいけれど!」
「ライオンとは本当に無礼であるな。いつだって余の邪魔立てをしようとする」
さて、とリオナはキューもといラーテルをどう倒したものかと考える。
そうして思い出す。
ラーテルの倒し方はすでに知っていたことを。
「ひっくり返すのが一番だったね」
リオナは地面を蹴り上げる。
砂を巻き上げ、その砂の行く先はキューの顔面である。
「ぐぅっ!?」
それはさすがに防御も何もあったものではなかったらしく、キューは眼を擦る。
そうして視界を封じたリオナはキューの足にしがみつく。
ラーテルはひっくり返して倒す。
見せた背中にライオンの攻撃は効かないのだから。
腹を見せてそこを攻撃するに限る。
足を引っ張り頭から下におろそうとしたリオナであったが、ガクンと膝を落とした。
「な、に……?」
体が言うことを効かない。
必死に下がれと脳内が警鐘を鳴らす。
全力で後方へと下がると、先ほどまでいたところをキューの爪が通り過ぎていった。
下がると少しばかりの解放感があった。
まだ体調は万全とは言い難いが、キューの足元で這いつくばっていた時よりはマシだ。
「おのれ目潰しとは。余の眼は万民を見渡すために必要な目ぞ」
「卑怯とでも? それを言うならアンタだって……毒ガスかい?」
一度味わったことで今いる場所とキューの足元では空気が違うことを理解する。
確か、ラーテルは肛門に臭腺はあるんだっけとリオナは思い出す。
しかし、ますます相手の能力が分からない。
一体いくつあるんだと改めて数えなおし、無駄だとやめた。
「まだ、動くか」
キューはリオナの生命力としぶとさに呆れていた。
本来であれば毒ガスによってその場に倒れ、キューの爪で仕留めていたはずであった。
リオナはキューの能力は複数あるのではなく、その大本の何かしらの能力があると踏んでいたが、それは間違いである。
キューは『蜜穴熊の心』とは別にもう一つの能力を持っていたのだから。
本来あった『蜜穴熊の心』とは、自身の背部への攻撃無効化であった。
斬撃も打撃も衝撃も通さない背中である。
それだけだ。
毒に対しては強いことは強いが、一時的に体が動かなくなる。
毒ガスなんてものはなくただ臭いだけである。
恐れることは無いが精神弱体はされてしまう。
背中だけは守れる、ただ爪撃が得意な動物であった。
そこにもう一つの能力が加わった。
『蜜穴熊の傲慢』とキューにその能力を与えた人間は言っていた。
正しくはキューが強引に奪ったに近いが。
その能力は能力を複数持てるというもの。
特性やエピソードに合わせた能力を1つと言わず複数に増やすことが出来る。
まさに傲慢な力である。
QUEENに相応しいとも言える。
こうして、
毒に多少強い体は、毒の無効化となり、
臭腺は衰弱ガスとなり、
恐れぬ心は精神弱体無効化となった。
「ふん。あの人間は余には使いこなせぬと言っていたが、ただ悔し紛れに放った世迷言。余は全ての頂点。使いこなせぬ力などない」
ラーテルとライオン。
縄張りを争う程のこの2匹の力関係が互角だとするならば、今能力で押しているのはどちらか。
衰弱ガスを浴びせ、相手からの攻撃を全て無効化しているのは誰か。
キューに恐れは無い。
猛攻は止まらない。
動きの鈍ったリオナへ目まぐるしい猛攻を浴びせる。
拳、蹴り、牙、爪……キューは防御にさほど重要視していない。
毛皮が勝手に守ってくれる。わざわざ耐え凌ごうとすることこそが愚かな行動である。
「そうだ、良いことを思いついた」
「なんだ?」
「貴様、余の配下となれ。この三週目も余の独壇場で終わると余は予想している。であれば、余の下で戦う者こそが必然的に生き残ることであろう。貴様の強さは知っている。ライオンであることも含めて、余の配下に相応しい」
「へえ、光栄なことだねそりゃ」
「だろう? とはいえ、余は怠慢を許さぬ。鍵は自力で手に入れよ。この鍵はすでに余の所有物である。まあ、ミツオがいればそう時間がかからずに探し終えるだろうが」
キューに仲間意識は無い。
あるのは配下に対しての躾けようとする心持ちだけである。
ミツオはすでに十分に働いてくれている。
このリオナというライオンはどれだけ余の為に働くか。
あまりに怠けているようであればすぐに殺してしまおう。
キューはこの三週目を終えて、四週目をすでに見据えている。
派閥を今のうちに作っておけば後々楽であろう。
何より、自分がトップに立っていれば、配下たちはキューの命令を聞くだろうし、最後の1匹だけが生存できるのであれば、キューの為に自身の命を絶つだろう。
自尊心とは、つまりは自分が最も尊いと思う心である。
キューはその言葉こそ自分に相応しいと思い、自尊心を高くすることで肉体と心の強さを保っている。
たとえ【百獣の王】が相手であろうが自尊心が相手よりも高ければ負けることは無い。
キューの能力は強い。
ライオンなど相手ではない。
「だけど、アタシは誰かの下で戦うつもりはないね。横でだって、あの旦那以外はまっぴらごめんさ」
「旦那? ああ、そうか。確かライオンは番いで用意されていたのであったな。噂で聞いたが、オスは殺されたのだろう?」
「最恐の旦那だったね。アタシですら恐怖を抱く旦那。それを殺ったのがどんな奴なのか、アタシは探しているところさ」
「ほう。ならそれこそ余の配下になることをより勧めよう。人探しもまたミツオの得意分野である。すぐさま探させて恨みを晴らさせよう」
「へえ。随分と好待遇だねぇ」
「仕事をする者には褒美を与える。それもまた使う者の使命である」
『蜜教の心』を使えば、リオナの旦那を殺した者のところまで導かせることも可能であろう。
リオナは倒すよりも従わせた方が、後々己の為になる。
キューの爪と牙であればリオナを容易に殺せるが、殺したところで得になるかと言われればそれは違う。
配下として、手駒として操った方が役に立つ。
ミツオとリオナ。案内役と戦力。この2つがあればどのような状況であっても勝ち抜けるだろう。キューはただ指示をしていればいい。
「最恐、か。ふん、殺された今となっては、そんな通り名も笑いものであるな」
「はっはっは。それは是非とも直接言ってやってくれよ」
「ふん。であれば、余は最狂といったところか」
その獰猛さは決して冷静さの対義語ではないが、しかし正常かと言われればまた違う。
狂っていると言われても仕方ないとはキューは自負している。
「いいさ、別に。アタシは気にしないよ。最狂だろうと最凶だろうと、好きに名乗りな」
「それで? 貴様は余の配下になるのか、ならないのか。まさか断るとは言わぬよな」
キュー直々のスカウトだ。
断るはずがない。
むしろ本来であれば配下にしてくださいと這いつくばり請うべきである。
ここまでキューは寛大な姿勢を見せた。
褒美も用意してある。
生かす以外にもここまで譲歩したのは、それだけリオナを買っているということ。
果たしてその返答は、
「嫌だねって言っただろ。アタシは最強。最強が誰かの下で戦うなんて恥ずかしいこと出来るかよ」
はっきりした否である。
「……よかろう。ならその四肢も頭部も胴も。全て千切り喰らってやろう」
思っていたよりも冷静であった。
激情すると、自分でも恐れていた。
周囲が見えなくなり、暴れ、全てを壊し尽くした後にふと冷静になると。
しかしリオナの拒絶を心のどこかで予想していたのだろう。
キューは冷静なままに牙と爪をリオナへと向けた。




