65話 蜜の絆 4
ミツオシエという鳥単独でのハチミツの奪取は難しい。
蜜を守るハチを襲撃するには力が足らず、故にラーテルといった動物に襲撃を任せ、自身はハチミツの場所まで案内する。
そのおこぼれとしてハチミツを頂いていくという、協力関係にある。
ハチミツという高エネルギーの食料の発見はラーテルらにとっては難しく、この協力関係は完成している。
たまにミツオシエがラーテルに食べられてしまうこともあるが、力関係ははっきりしているので仕方ない面もある。
ともあれ、ミツオシエの最たる特性は案内すること。
ラーテルの求めるもののところに案内し、求めているものをラーテルの下へ誘導すること。
『蜜教の心』は道標の能力である。
全ては道標の示すままに。
「……つまんねえな」
強者のオーラを感じていた。
手強い相手だと測った。
美味しそうな敵だと喜んだ。
しかし、いざ戦ってみると、それらは全くの勘違いであり、ミツオシエのミツオは弱者の部類である。
体つきから、受けた攻撃の衝撃、こちらから仕掛けた際の反応。
それらがここまでよく生き残ったと逆に称賛したくなるほどのもの。
そして戦闘開始から30分が経過していた。
暖簾に腕押しとばかり、朱抹の攻撃はミツオに対して全く効果が無かった。
「くらえっ!」
「おぉっと!?」
朱抹の掌底をのけぞりながらミツオは回避する。
そのまま後方へと倒れそうになり、大きくよろけている。
朱抹はもう一撃、と追い打ちをかけようとして顎に衝撃を食らう。
よろけていた体勢のままで足を振り上げ、朱抹の顎を蹴り上げたのだ。
「……チッ」
ミツオの力は弱い。
気絶に至るほどのダメージも、それどころか眼前が揺れることもない。
だが、それでも少なからずのダメージを負ったことを朱抹は自覚した。
「またこれだ。コイツは異様に体の使い方が上手いんだ。そして……俺は必要以上に踏み込んでしまっている」
ふざけたような動きの中でも、ミツオは確実に回避し、朱抹へと攻撃を当ててきている。
まだ朱抹は30分前と変わらない動きをしているが、食らった攻撃の回数は数えきれない。
ミツオの力の無さが朱、抹がここでまだ立っていられることを意味している。
「……精神操作系か?」
朱抹を大胆な行動にさせる能力とか。
防御をさせなくさせる能力とか。
自身では下がろうと思っても、本能がまだ追い込みをかけられると思い込んで踏み込んでしまう。
朱抹がこの戦いで高揚しているのでなければ、十中八九、敵の能力であろう。
「そんなものではありませんよ。私はただ導いているだけです」
「導いている?」
朱抹はひとまずミツオを倒すことよりも能力の正体を探ることにした。
戦闘は長引くだろう。
身体強化のギアを下げる。
消費カロリーがこのままでは貯金が底をつく勢いになってしまう。
構えをやや後退気味に変更する。
いつでも下がれるように、踏み込みすぎないように。
朱抹の中段蹴りがミツオの腹部に迫る。
「おっと」
ミツオはその足を手で払いのけようとする。
だが、朱抹の蹴りはそれしきでは止まらない。
ミツオは衝撃を受け流そうとし、そのまま尻もちをついてしまう。
「……あいたたた」
が、ミツオの払い方が朱抹の思っていたよりも違う方向から来たためか、朱抹もまた片足で立っていられずにバランスを崩す。
「そこです」
ミツオは尻もちをついている。
つまりは、朱抹よりも地面に近い。
朱抹の一本残った足へと素早く拳を入れる。
「なっ!?」
予想外の攻撃で朱抹は立っていられなくなる。
辛うじて取っていたバランスはミツオ程度の力でも拮抗を崩される。
たまらず真後ろへと、頭から倒れこんだ。
「これが『蜜教の心』です」
ミツオの視界にはいくつもの矢印が浮かんで見えている。
それは朱抹のこれから行う攻撃の方向であったり、ミツオがそれに対してどの向きから防御や受け流しをすれば効果的であるかを示したものである。
ミツオの身体機能と朱抹の身体機能から、ミツオには最低限のダメージで、朱抹には最大限のダメージを与えられるように自動的に計算された矢印は示している。
相手の動きを知ることが出来るからこそ、透明化していたメオラは見えないが、メオラの動きの予知線としての矢印は見えていた。それに従って、然るべきタイミングで然るべき動きをすればいいだけである。相手がガラス片を持っていたと知った時、実は内心驚いていた。
矢印は全ての動きを教えてくれる。導いてくれる。
それに従う限り、ミツオに敗北は無いし、朱抹は勝利することは出来ない。
これまで通り、ミツオは導かれるままに戦い勝利するのである。
「(そういえば……俺はあの時視力を強化して見ていたんだっけか)」
一方、倒れたままの朱抹は今の戦闘には関係の無いことを思い出していた。
ひとつ前の、ミツオらの戦いである。
ミツオとキューがメオラとスナックを倒した戦闘。
その一部始終を朱抹は知っていた。
「(透明化なんてのは究極的には嗅覚を使えばどうにかなる。だが、こいつはそれに頼った様子は無かった。今の攻防と合わせて考えると……動きそのものでも見える能力ってことか?)」
動きというよりも方向を示す矢印であるが、朱抹はほぼ正解に近い答えへと近づいていた。
「(ミツオシエ……名前から蜜を教える動物か。導く導く言っているんだ。その言葉が能力のヒントだなんて馬鹿でも気づくだろうさ)」
ミツオシエという鳥を知っていれば、その能力の正体も容易に推察できるであろう。
それだけ、特性に近い能力であるのだから。
「つまり、てめえの能力は敵の動きを知り、誘導できるってものだな?」
すぐ眼前にミツオの足が迫っていた。
倒れた朱抹に対して顔面を蹴ろうとしていたのだ。
朱抹は反射的に身体機能の強化幅を上げるとその場から飛びのき、ついでに一発入れていく。
一発は余計だったかもしれないが、そう誘導されたのだろうと朱抹は諦める。
まだ、その誘導には乗ってやると。
「……?」
朱抹には地面に倒れた以上のダメージが無かった。
首を傾げる。
そして、ミツオを見てさらに傾げた。
「……ぐっ」
ミツオは片腕を抑えていた。
朱抹の引き際の一発がミツオの左腕に当たり、骨を砕いていたのだ。
ミツオもまた驚いた顔をし、苦痛に顔を歪めている。
「……なぜだ?」
先ほどまでと変わらない攻防だ。
ミツオの能力の時間切れ?
能力で防げない以上の身体機能に引き上げていた?
あるいはミツオの演技でこれ以上踏み込めば朱抹を確実に殺す罠?
最後のは確かめようがないが、最初と二つ目は確かめることが出来る。
すなわち、今引き上げたままの力で押すのみ。
朱抹は右腕でミツオの折れた左腕へと触れようとするフェイントを混ぜ、左腕でミツオの顔面へと拳を放つ。
先ほどまでとは速度も力も違う。
「……っ!?」
ミツオの両膝が折れ、地面へと付く。
これによって朱抹の拳が外れる。
どころか、引き上げてしまった身体機能とミツオの誘導する能力によって朱抹は体重を乗せすぎた一撃を放ってしまっており、外したままに前へと倒れる。
ミツオは自身の上方を朱抹が通り過ぎていくことを確認しながら、両足をバネのように跳躍し、朱抹の腹部を自身の頭部で打ち付けた。
咄嗟に朱抹は腹筋に力を入れて防御するが、そのまま前へと一回転し、またもひっくり返った。
「(……予想は外れたか)」
外れたついでに、一つ思いついたことがあった。
それは能力についてである。
ミツオのではない。自身の、貯め込んだエネルギーを元にして自身の身体機能を上昇させる能力である。
身体機能とはどこまでを指して身体機能と呼ぶのだろうか。
腕力や筋力、速度と朱抹は一回りに考えていたが、それらを構成するのは全くの別物だ。
速度は筋力に由来しているし、腕力と筋力は似たようなものである。
それ以外に五感すらも強化しているが、これこそどこぞの神経を強化しているのかすらわかっていない。そもそも神経なのだろうか。
朱抹の能力は理屈を抜きにして考えれば、朱抹の体のどこだって強化出来るのではないだろうか――たとえば脳とか。
脳血流を増やすでもいい、脳神経細胞数を増やすでもいい。脳神経、細胞の働きを活性化させるでもいい。
どんな理屈でも構いやしないが、五感を強化できるのであれば思考を加速させることだって出来るはずだ。
その間にもミツオの攻撃は止まらない。
頬を叩くような攻撃を躱す。足払いを返そうとするが飛び越えられ、ついでに顔面を踏みつけにされる。ミツオは着地に失敗するがその際に朱抹の腹部が蹴り飛ばされる。
これしきでは朱抹の思考は邪魔されない。
朱抹の意識は思考に偏っているため、それほど攻撃に意識が向けられていなかったことが幸いしたのか、ダメージもこれまでほどではない。
幾度の攻防を繰り返し、朱抹の体に痣が増え、ミツオの顔に疲労が見えた頃、朱抹はようやく辿り着いた。
「導く力の限界ってやつか」
朱抹の考えが正しければ、だからあの時ミツオは朱抹の攻撃が防げなかったのだろう。
時間が随分と経ってしまった。
相手は疲れているようだが、それでも勝利を確信している顔である。
分かっているのだろう。
導かれるままに動けば、朱抹は倒れ、ミツオが最後には立っていることを。
「……ふぅ」
朱抹は全身から力を抜いた。
脱力と同時に能力も解除する。
「……?」
ミツオは朱抹の行動を訝しみながらも攻撃の手を止めない。
朱抹はそれを黙って受けていく。
「お前の能力は動きを知る。それだけではなく、どう動けばいいのかを知る。そうだな?」
それ自体にはすぐに辿り着いていた。
元々、近い答えにはいたのだから。
「どのタイミングで動けばいいのかってのは、俺とお前の今の身体機能を元にしているんだろう。俺がどれだけ強くなろうと、あるいは弱くなろうと、それを元にしてそのタイミングは再計算されていく」
しかし、唯一再計算出来なかった攻撃があった。
朱抹が瞬間的に強化した時である。
「突発的な動きには対応出来ねえんだな? お前が予測出来うるのはあくまで今の俺の身体機能からだけだ。それ以外の、俺がいきなり強くなったり弱くなれば、俺の攻撃のタイミングもずれて、お前の動きもずれてしまう」
ただ身体機能を強化するだけであれば朱抹はミツオにとって、ただの餌だっただろう。
ミツオシエに導かれるままに動かされ、首を差し出す。ハチミツのように甘い餌だ。
しかし、朱抹は戦いの最中でも身体機能を変更できる。
出力を変化させ、相手に合わせることが出来る。
タイミングを外させることが出来る。
「本来は戦いの中で弱くなることに意味なんてない。だが、お前にとっては最高のフェイントになるようだな」
朱抹は攻撃と同時に身体強化を解除する。
それによって受けようとしていたミツオの腕は、逆にもろに攻撃を食らうことになる。
「くっ……」
朱抹は速度を変えながらミツオの周囲を走る。
全力であることには変わりない。
ただ、全力の高低を変えているだけだ。
これが、足を緩めることでの速度の変更であったならばミツオはすぐにタイミングを掴んでいたことだろう。
だが、朱抹の全力は1秒毎に変化している。
導く矢印は目まぐるしく変わっていく。
ミツオの処理は追いつかない。
「あ……あ……」
気が付いた時には朱抹は目の前にいた。
必死に矢印を追っているうちに朱抹自身を見失っていた。
「これじゃぁ絶対に赤字だぜ。だからよ、苛立ちを受け止めろや」
瞬間的に最大出力を発揮した朱抹の拳はミツオを跡形もなく弾き飛ばしたのであった。
食料に導き食料を与えられる。
ミツオシエのミツオは考えを誤っていた。
決して、ミツオシエは狩る側ではない。
戦いに向いていないからこそラーテルの補助に徹しているということを。
「……つまらねえ戦いだ。こいつらを食ったところで失った力の半分も取り戻せねえだろうな」
やはり無理を言ってでも令嬢を力付くでも戦いの相手に選べば良かっただろうか。
朱抹はリオナとキューが去っていった方向へと目を向ける。
「……ま、爽快感だけは最高だったぜ」
最後にミツオをそう評し、その死体を貪り喰らった。




