64話 蜜の絆 3
スナックやメオラといったペアは2週目で初めて出会い、互いの能力の相性が噛み合い生き残った。
ストマックやクラッチといったペアは1週目からすでに知り合っておりペアで戦っていたから2週目においてもそのコンビネーションを発揮し生き残った。
リオナや朱抹といったペアは1週目から知り合っていたが特に共闘することもなく、ペアになった後も共闘はせず、互いに攻撃し合わないという関係性だけのもと、その強さだけで勝ち残った。
あるいは、故人ではあるが双子のペンギンであるライやレフといった、生き残りゲームが始まる前からすでに互いを知っている動物らもいた。
これら挙げられたペアは、出生や、能力、性格によって決められ、上手くいっていたに過ぎない。
同じライオンであってもリオナではない別にメスライオンであったり、ストマックがもっと合理的でクラッチに興味を持たなかったら、この戦場の様相も一変していたのかもしれない。
リオナ、朱抹と対峙する令嬢と執事の組み合わせ。
この2匹は生物としてペアであることが運命のように決められていた。
ペア以前に共存関係にあるこの2匹は、能力を得るより先に互いの能力を知っており、戦うより先に互いの戦力を知っていた。
生物界きっての怖いもの知らず。気性の荒さゆえにライオンの群れにすら飛び込んでいく猛獣ラーテル。
ラーテルの好物であり自身の食料でもあるハチミツのある場所まで導く鳥類ミツオシエ。
生物として、協力することが本能に結びつけられているこの2匹以上にコンビネーション、共闘、タッグ、ペアという言葉が似合う動物はいないであろう。
リオナと朱抹が執事と令嬢を挟むようにしてそれぞれ回り込む。
令嬢と執事は背中合わせになり、互いを守るように相対する。
この時点で、リオナと朱抹は示し合わせていたわけではない。
その方が戦いやすいだろうと、それぞれの戦い方に合わせて移動したまでである。
背中を預け合う令嬢と執事の方が、やはりペアらしいと言えるだろう。
そしてやはり、
「悪いなリオナ! やっぱりそっちの方が強そうだ!」
朱抹が執事へと爪を振るう――素振りを見せつつ何もせず通過する。
構えていた執事は朱抹からの攻撃が無かったことを、理解した後も朱抹の行動を見送る。
今だリオナの方を向いたままの令嬢の背中を朱抹の爪が襲う。
「あっ、お前卑怯だぞ!」
朱抹が令嬢の背後に迫っていることを、リオナは声に出す。
それによって令嬢が朱抹の襲撃を知ろうがどうでもいい。
令嬢はリオナの相手であり、朱抹の相手ではない。
そもそも、リオナと朱抹は共闘を義務付けられてはいない。
ペアは2週目が終わると同時に解消されている。
なんだったら、リオナにとっては朱抹すら敵であるともいえる。
リオナの声があってもなぜか令嬢は朱抹へと振り返らない。
朱抹の襲撃を知ってもなおリオナの方を脅威と見ているのか、あるいはリオナの言葉を聞き逃したか。
それにしては、執事の方もただ見ているだけである。
まるで、朱抹の攻撃はこのまま令嬢の背中へと向けられていた方がいいとばかりに。
「どりゃぁ!」
これまでの戦闘経験が存分に生かされた、速度と体重の乗った一撃。
更には朱抹の能力すら合わさった爪撃は完全に令嬢の背中を捉えた。
……が、令嬢は倒れず。
その背中には一切の傷が無かった。
ドレスは破けてしまったが、その隙間からは白く滑らかな柔肌を覗かせている。
「余の衣服に傷を付けるとは無礼な」
「後で私が繕います」
「要らぬ。余に継ぎはぎの服を着ろと? そろそろこれにも飽きてきたところだ。新しき服を……そうだな、この際だから少しカジュアルなものを用意しろ」
「畏まりました」
無傷である。
外傷も、内傷もない。
少しばかりもダメージは無く、それどころか衝撃すらも無く、攻撃を受けていないとばかりに立っている。
「……へえ」
リオナも朱抹の一撃がどれだけのものか知っている。
同じようにリオナが背後から朱抹の攻撃を受ければこうして立っていられるかといえばきっと無理であろう。
それだけ朱抹の強さを知っているリオナは、それを受けきった令嬢を見て笑う。
「アタシはリオナ。ライオンさ」
「余は気高きラーテルに名を連ねるキューである。後ろに立つ無礼者は貴様の仲間か?」
「仲間は仲間でも喧嘩仲間さ。無礼をしても許してやりな」
「では、貴様の頭を下げさせることで余の留飲を下げることにしよう。地面にめり込む勢いで頭を下げ、見上げることすらできないほどに砕いてやろう」
「その時は足を引っ張ってやるさ」
「ミツオ。貴様はそこでその無礼者を殺す命を与えよう。余の為に動けることを喜ぶがいい」
今度は邪魔の入らない場所へとばかりにリオナとキューは移動する。
執事はキューの行うことに否を唱えることなく見送った。
「いいのか? 行っちまったけど」
「構いません。私の役目はここで貴方様を半殺しにし、そのまた半分を殺し、半分を殺し、殺し、殺し……永遠に殺し続けることなのですから」
表情を崩すことのなかった執事の目は殺意に満ちていた。
「お嬢様のお召し物を汚すとは、お嬢様はあちらの方で我慢されるようですが私には出来ません。このミツオシエのミツオが貴方様を生かし殺し、生殺しにしてお嬢様の下へとお届けします」
武器も、爪も、牙もない。
ミツオは徒手空拳で半身に構えた。
「……生殺しってそういう意味じゃねえだろ」
朱抹もまた、前乗りになるようにし、限りなく四足歩行に近くなるような構えとなった。
「というかよ、お前の言っていることとやっていることは矛盾しているんじゃねえのか? 服を汚されたくなかったら、傷つけられたくなかったんなら、俺を止めればよかったじゃねえか。もしくはあの女を押しのけたりしてな」
あえてミツオは見送った。
それはキューの防御力の高さを示すためだったのか。
朱抹にとっては不可解なことであり、それこそがこのミツオというミツオシエの能力や戦い方に隠されていると感覚で推測した。
「お嬢様に命令されたことで喜びを感じたか? お嬢様の下についていることが至上の喜びか? どっちでもいいさ。お前が強いんなら……それで強くなれるんなら大歓迎だ」
爪を研ぎ、牙を剥き、全身をバネのようにしなやかに曲げる。
ミツオがどのような行動をしても反応が出来るように反射神経を済まし、それら全てを能力で強化する。
通常であれば身体機能の一部分を強化するまでに留まるのだが、全身を強化してもよいと朱抹に思わせるほどに、この目の前の相手は強者のオーラを孕んでいた。
「ええ、そうです。実はね……私はお嬢様にご命令されるのが何よりの喜びなのですよ! なぜ分かったのですか? それを知っているのは私とお嬢様だけのはずなのに」
「……バレバレだぜ」
絶対に、これまで出会ってきただろうキューとミツオの敵も同じことを思ったであろう。
明らかに先ほどまでよりもミツオのやる気があった。
頬は上気し、華麗にステップを取っていたりもする。
「なぜ、私が貴方の相手をしているか分かりますか?」
「あ? それはお前のお嬢様がお前に命令したからだろ?」
「それは、結果的にそうなっただけであり、私がそう導いたからです」
楽しみな戦いの前に何なのだ、と朱抹は訝し気にミツオを見る。
ミツオは不気味なほどに笑顔で、朱松ではないどこか遠くを見ていた。
「全ては導きのままに。神の掌の上で転がされている、とよく言うではありませんか。でもそれって悪いことだと思いますか? 良い神様の掌の上であればきっと良い方向へと導いてくれることでしょう」
「あん? お前はお嬢様を神のように崇めているって話か?」
「いえいえ、神とお嬢様はまた別ですよ。尤も、私は神よりもお嬢様の方を崇めていますけれども」
だったらこれは一体何の話なのだろう。
神であろうとも、お嬢様であろうとも、この場にいるわけでもない人物の話をしたところで戦いに影響はない。
「貴方の相手は私の方がいい。そしてお嬢様の相手はあの女性がいい。そう導かれているのです。そうした方がいいと導かれ、私はお嬢様を導いた。全ては導かれるままに。それが私の『蜜教の心』です」




