63話 蜜の絆 2
スナックの能力は対象に噛みつくことで初めて効果を発揮する。
『噛みついた対象に3分間動けなくさせる麻痺毒を注入する』。
どれだけ体が屈強であろうとも、図体が大きく毒の回りが遅かろうとも、毒に多少の耐性があろうとも、毒に弱い体であろうとも、きっかり3分間のみ行動を奪う。
ほぼ100パーセント、噛みつくという条件さえ満たせば効果が発動する能力である。
……ほぼ、である。つまり100パーセントではない。限りなく近い、99,99パーセントほどであろうか。
残りの0,01パーセントがこの貴族令嬢のごとき動物、ラーテルであったのはスナックにとって不運以外のなにものでもない。
「『蛇の心』」
どこに噛みついたところで、スナックの能力は十全に発揮される。
しかし、臆した自分を奮い立てるためか、首元を狙い、あえて令嬢の前面部から噛みついた。
同時に、スナックの姿が浮き出る。
スナックが令嬢の動きを封じたと同時に、執事の目を令嬢とスナックに向けさせ、メオラはスナックから離れ、執事にガラス片を向ける。
ゆっくりとであるが、それくらいは折れた足でも、片腕に長い木の枝を杖代わりに持つことで移動が可能となった。
執事が令嬢と、スナックの姿を視界に収めた瞬間にはメオラは執事の下へと到達していた。
後はガラス片を首に突き立てるのみ。
これまで、一週目で何度も行ってきたことを繰り返すだけ。
見つからない。見えない。色を認識することが出来ない。
「『避役の心』」
完全に背景と同化したガラス片を執事の首元に突き立て――る前にその手は止められた。
執事によって。
「……え?」
執事の目は完全にメオラを捉えていた。
見えないはずなのに。
ありえないはずなのに。
その瞳はメオラの姿を反射してはいないが、視線の先には確かにメオラがいた。
「あまり、煩わせるわけにもいきません」
そのままメオラの手首を捻る。メオラは痛みに思わずガラス片を落としてしまう。そこで初めてガラス片がメオラの能力の支配下から外れ、執事にも見えてしまう。
「おやおや」
執事はガラス片を拾い上げると、何の躊躇いもなく、迷うこともなく、メオラの胸目掛けて正確にガラス片を刺し貫いた。
初めからメオラの姿が見えていたかのような動きであり、殺し方であった。
「私は特段、貴方様に対して恨みはございませんが。お嬢様がそれをお望みとあるならば、そして貴方方が邪魔立てするというのであれば、私はお嬢様のお役に立つためにこの手を血で汚しましょう。喜んで」
最後に付け加えることで、喜んで人を殺しているかのように聞こえるが、執事の顔は全くといっていいほど喜びに満ちていない。
とはいえ、殺してしまったという自責の念があるはずもなく。すでに殺した、殺し終えたメオラから視線を外し、次なる相手であるスナックへと向ける。
「そ……んな……」
心臓という急所を貫かれたメオラの最後の言葉であった。
あっさりと殺されたこともそうであるが、能力を使用している状態で殺されるとは、しかも明確に狙いを定めて攻撃されるとは思わなかったのだろう。
悔恨も後悔も疑念も疑問も、死の直前に思ったこと全てが何かを成すこともなく、解消されることもなく、抱え込んだままメオラは倒れていく。
倒れた時にはその眼には生気は無く、それこそ何も映していなかった。
仲間が死んだことをスナックはすぐさま理解した。
ピット器官によってメオラの体温がすでに生きた動物のものとは違っていたのか、それともメオラの顔が死者のものであったのか。
芽生えた復讐心もろともにスナックは令嬢の首から牙を離し、執事へと狙いを定める。
「ちくしょう……だが、お前も……!?」
地を這う姿勢を見せながら、蛇行しながら進む。
フェイントを混ぜながら進むため、相手にとっては狙いづらく、避けづらい。
跳躍し、執事の首をも狙うスナックの首が掴まれた。
「余の首に接吻とは恐れ入った。その度胸に驚き固まってしまったぞ」
「なん……でだ……」
3分どころか30秒とて経っていない。
しかし、スナックの首を掴んでいるのは、確かに麻痺毒を注入したはずの令嬢そのものである。
「俺の毒は確かに……」
「毒……? ああ、そうか。貴様の今の行動は攻撃であったのか。余に対し毒を選ぶとは、な」
令嬢の首は赤い跡がある。
決してキスマークではなく、スナックが噛みついた跡だ。
「余に毒は効かぬ。猛毒も、神経毒もな。溶解毒は確かめたこともないが、どうだろう」
「お嬢様の能力であれば溶解毒も効かないかと。何者も、お嬢様に傷1つ付けられませんとも」
「そうか。……だ、そうだが?」
「くそっ……」
メオラの位置を正確に把握した執事も、スナックの毒を無効化した令嬢の能力も、何も分からない。
力も弱いため、スナックには逃げることが出来ない。
絶体絶命の状況で、スナックにできることは何も思いつかなかった。
「それが貴様の最後の言葉で良いのだな? 見たところ、ヘビのようだ。ヘビは、好物だぞ」
顔を綻ばせながら、令嬢はスナックに頭から齧りついた。
奇跡も実力も運も、全てにおいてスナックの味方はおらず、味方であったメオラは先に退場し、スナックもその後を追うようにここでその命を落としたのであった。
残ったのは令嬢が食らいつくたびにスナックの肉体が脊髄反射によってなのかびくついているということ。
そして、闘いと強者。
これらが大好物である2匹の動物が新たにおびき寄せられたことくらいであろうか。
「ははははは! 見てみなよ朱抹。また強そうな相手だ。つくづく、アタシらは強敵に縁があるねぇ。言っておくけど、早い者勝ちだよ?」
「それはお前が強敵に会おうと園内をうろついているからだろうが。一定の割合で手応えのない相手がいたのを忘れたのか? まあ、俺も嫌いじゃないぜ。何せ強い奴ってのは栄養満点と相場が決まっているんだからな」
園内きっての強者。
自身を最強と謳い、他者からも最強と称えられるライオンのリオナ。
食らえば食らう程に自身を強化する、天井知らずなあるトラの朱抹。
「お嬢様。新手にございます。すでに鍵は我らの手中。無暗に諍うこともありませんが」
執事の手にはメオラが持っていた鍵が、令嬢の手にはスナックが持っていた鍵がそれぞれ握られていた。
このまま令嬢と執事は逃げるという手もある。
降りかかる火の粉を払ってもよいが、降りかからない位置にまで下がることだって、間違いではない。
「良い。せっかくの客人である。余は寛大である。いかに大量の客人であろうとも、予定にない常識知らずであろうとも、歓迎しよう」
先ほどまでと違い、互いに姿は見えている。
誰が誰と、2対2ででも戦うことは出来る。
それをしないのがリオナと朱抹という動物であることは言うまでもないが。
「アタシはあっちの偉そうな奴を」
「チッ。んじゃ、俺はそっちのひょろい奴でいいか。その代わり、転がってる死体も俺に食わせろよ」
「ま、それくらいは譲歩しよう。どうも、この場には、もう1匹いたようだけど、食べられちまったみたいだからね」
執事の傍にはメオラの死体があるが、令嬢の近くにはスナックの食べ残ししか落ちていない。
リオナにとっては空腹を満たす食事程度でしかないが、朱抹にとってはそれ以上に強くなるための手段である。
「それじゃあアタシらで鍵を奪って」
「4週目で決着付けようぜ」
襲撃者に対し乱入者。
すでに最初の所持者は死んでおり、2本の鍵は次の所持者が決まるのをただ見守るのみ。
鍵は何もしない。何も選ばない。
ただ最後に残った者を生かすだけである。




