62話 蜜の絆 1
三週目において最も幸運であるのは、鍵の設置箇所が檻の中から丸見えであったり、すぐ傍にあることで初日から手に入れられた者達であろう。
しかし、故に最も狙われやすい、命を落としやすいのも同時に鍵の所有者である。
非所有者同士では競争相手を減らすという意味合いでは戦うこともあるかもしれないが、鍵を放って、あえて戦う意味がそれほど大きいはずがない。
むしろ、所有者達を包囲するための人員として、共闘する可能性すらある。
目的は同じであり、戦うよりも逃げられる方が、宝探しひいては宝の奪い合いでは厄介極まりないのだ。
一方、鍵の所有者としてはこの一週間、終わることのない逃走劇を続けなくてはならない。
鍵を手に入れてそこで終わりではないのだ。
一週間、守り通さなければならないし、自身の命も落としてはならない。
城攻めの要領にも似ている。
襲撃者はタイミングを選べるが、される者は満足に休むことも出来ない。
一週間、戦い続けるか逃げ続けるか……どちらを選ぶにせよ、見合った実力が必要になるであろう。
幸運か不幸かはともかくとして、逃走においてこの2匹は他の追随を許さない。
隠れるということのみに特化した能力と、対象を動かさせなくさせる能力を持つこの2匹が逃げられないのであれば、誰も逃げられないだろう。
だから、仕方なかったのだ。
彼らが逃げられないのであれば、誰も逃げられないのだ。
「……よし、解除してくれ」
「は、はいぃ」
情けない声と共に、何もない場所から2匹の動物が現れた。
とはいえ、瞬間移動の類の能力でこの場に出現したわけではない。
その場にいながら、誰にも観測されなかった。誰にも見えなかったのだ。
自身を周囲の色と同化させる能力、『避役の心』を使うカメレオンのメオラは暗殺向きの能力であると同時に、逃走においてもその強みを発揮する。
見えなければいるのかいないのか分からない。
すでに逃げているのか、それとも機を伺っているのか、相手にとってはたまったものではないだろう。
尤も、メオラにすでに戦う力は残っていないのだが。
「……まだ癒えないな。いや、別に俺たちは戦うつもりはないわけだけど」
両足を折られているメオラを見て、相棒であるヘビのスナックは嘆息をつく。
当て逃げともいえる、事故にも似た、闘いとも呼べない出来事によってメオラは自身ではほとんど動くことが出来なくなった。
カメレオン自身、本来は動けば背景と同化していることが分かってしまうほど、体色変化は不完全なものである。
しかし、メオラの能力はいくら素早く動こうとも、完全に背景と同化し、しかも持ち物すら能力の範囲内というものである。
スナックがメオラを背負うことで、メオラは足を、スナックは背景との同化という逃走における互いの利を得た同盟関係を結んでいた。
2週目では強制的なペアであったが、思いのほか互いの能力と性格が合っていたのか、3週目においても続いていた。
スナックは目の前に落ちていた鍵を早々に手に入れ、メオラの下まで一直線に駆けると、メオラの能力で鍵諸共に背景と同化した。
そして、他の動物が守っていた鍵をもう一本、隠れたままでスナックの能力で足止めすると悠々と奪っていったのだ。
鍵を2本手に入れ、後はメオラの能力で逃げ切るだけだ。
どうしようもなくなれば、スナックの能力でまた敵の動きを止めて、その隙に逃げる。
3週目においても逃げ切る腹積もりでは出来ており、その戦略も能力もある。
「……また来たか」
スナックはヘビとして本来持ち得る索敵能力を駆使して、新手の動物が来たことを察知する。
「……2匹か」
奇しくも自分たちと同数……ペアである可能性が高い。
しかし、スナックらにとって相手が2匹であるからといって、2対2の構図には決してならず、2匹を前にしてどう逃げるかを考えなければならない。
「……1匹は俺の能力がある。それはどうにかしよう。だが……もう1匹をどうするか、だ」
「そ、それなら、スナックさんが1匹の動きを封じた瞬間に、能力を一瞬だけ解きます」
「それだと、丸見えになって相手からの攻撃に曝されるんじゃないのか?」
せっかく隠れているのに、解除する意味がないだろう。
「じ、実は奥の手がありまして……まともに正面から戦闘する機会が無かったので披露するのはこれが初めてなのですが……」
そういって、メオラはその奥の手とやらをスナックに話す。
「……なるほど、いけそうだな」
「ふむ。ここで間違いないはずなのですがね」
スナックらの位置をはじめから知っていたかのような口ぶりをする来訪者は、周囲を見渡す。
当然ながら、来訪者達以外には誰もいない。
「余は貴様の能力を疑ってはおらぬ。貴様がここというのであれば、ここなのだろう」
首をかしげていた来訪者の一人に、もう片方はその場に腰掛けると口を開く。
男女の組み合わせであった。
それはこの戦いにおいて何の意味もない情報である。
執事と令嬢の組み合わせであった。
これもまた、何の意味もない情報だ。
2匹はスナックとメオラの存在を認知していた。
これこそがこの場において最も重要な情報だ。
「貴様の『蜜教の心』は余にとって、余の能力の次に信頼に足る能力だ。故に、誇るがいい。余から信頼を寄せられているということは、そこに間違いなどないということだ」
「ありがたき幸せにございます」
恭しく一礼する執事の男に、煌びやかな衣装をまとう令嬢のような女は満足げに頷く。
派手な金髪は、宝石をあしらったかのような服よりも目立つ。
その存在感はこの動物園内においても上位であろう。
それでいて、ここまで生き残っている。
存在感に比した実力の持ち主であることは間違いない。
「解放するといい。余が命令を下す。余が許可を下す。貴様の『蜜教の心』で余が望むものの居場所を示すがいい」
「では……『蜜教の心』」
執事の目が赤く染まる。
用心深く、何かを探す目つきで周囲を見る。
「(……おい、大丈夫なんだよな? もしあの男が赤外線や体温なんかを察知できるとしたら不味いぞ)」
「(だ、大丈夫です。私の能力はその辺りも含めて、見えないようになっているので)」
隠れたまま――背景と同化し執事と令嬢の近くに立ったままスナックとメオラは互いに聞こえる声で会話する。
そよ風よりも小さな声だ。
聞き取れるようになるまで1週間かかった。
そして、無論のことであるが、メオラの言った赤外線や体温がたとえ見えたとしてもメオラ達が見えないという言葉。これがメオラの言う奥の手というわけではない。
これはむしろ強化版といったところだろうか。
奥の手は応用編に近い。
「どうだ? いたか?」
見つかるはずがない。
そう自身を持っているメオラの言葉にスナックは安心する。
「はい。すでに……あちらにございます」
「(なっ!?)」
「(嘘……!?)」
執事の指さした方向、それは正確にスナックとメオラを示していた。
「ほう、透明化の能力か。どこに隠れ潜んでいたかと思えば、余の前にすでに立っていたとか。蛮勇にも近いその無礼。余はあえて敬意として受け取ろうではないか」
令嬢が立ち上がり、見えないはずの2匹を見やる。
それだけで、背景と同化したままのスナックとメオラは気圧される。
「(……くそっ! このままじゃやられる! まずは1匹、強そうな方からだ。メオラ、準備はいいな?)」
「(はい! スナックさんがあの方に噛みついたらこちらも始めます)」
見つかっていようといまいと、スナック達にできることは少ない。
当初の予定から外れることも出来ず、背景と同化したまま、令嬢の方へとスナック達は駆けだし、
「『蛇の心』」
令嬢の首元に噛みついたと同時に能力を使用した。




