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アニマルコロシケーション  作者: そらからり
2章 渇望の3週目
114/129

61話 死よ誘え 4

 鈍く重い音が響いた。

 それはフェルからでも、クルチュワートからでも無く。

 アヌーラの体からであった。


 骨を軋み、心臓を打ち破った音がアヌーラの体内から溢れ出ていた。


「う、おおおおおおおおお! 『長尾驢(カンガルー’ズ)(ハート)』!」


 連打に次ぐ連打。

 尾すらも能力の範疇に入り、振り回した尾の延長線上にあるアヌーラの体が大きく薙ぐ。


「……馬鹿な」


 クルチュワートは目の前の現象を信じられないとばかりに一言で表した。

 

 アヌーラの死体でフェルの腕の骨は砕けていたはず。

 その腕で全力で殴っているのか?

 ならば、そんな力が入らないような状況で、なぜアヌーラが押されているのか。


「……鎧通しか」


 当たらずとも遠からずな答えをクルチュワートは口にする。

 鎧通し――堅固な鎧の隙間を狙う技であるが、フェルは隙間すらない皮膚など透過して内部にのみダメージを与えていた。


「……深く、でしたね老師よ」


 思えばアヌーラはフェルが1人でも闘えるよう、能力の使い方を教授していたのではないだろうか。

 この先何時、誰が敵になるとも限らない。

 アヌーラ自身が敵対する可能性とてある。

 それでもフェルであれば勝てると、生き残れると信じて、能力とはどのようなものなのかを、教えてくれたのだろう。


 見えぬ腕の伸長。

 皮膚を介さずに、着地地点を内蔵の僅か先に見据える。

 それだけでいい。それだけで打ち破れる。

 抵抗感は僅かにあれど、僅かのみだ。折れた腕でも可能である。

 

「何度か打てば……慣れました」


 次第に深く、深く打ち込まれていったフェルの拳はやがてアヌーラの体を完全に崩し壊した。


「……次はお前だ」


 一歩踏み出す。

 同時に、クルチュワートは一歩退く。


「もう間合いは掴めて――っ!?」


 涼しい顔をしていたクルチュワートの顔に衝撃がぶつかり、吹き飛ばされる。


「初めから間合いは誤魔化していたに決まっているだろう。腕など完全に伸ばしきらずとも威力は変わらず。射程圏内がどこか、知らぬまま倒れていけ」


 クルチュワートが2歩退く

 しかし吹き飛ばされる。


 3歩、4歩……しかしフェルとの間合いは離れているにも関わらず、クルチュワートの全身に打撲跡が増えていく。


「……ッ。だが、次なる演目の時間となった! 混迷の遁走曲(フーガ)


 自我の喪失。

 自分が誰であるのか分からなくなる。

 そういった力のある音を奏でるも、


「『長尾驢(カンガルー’ズ)(ハート)』」


 フェルは即座に自身の顔面を能力を使って殴る。

 その顔は、絶望に打ちひしがれた顔ではなく、自信に満ちていた。


「自分とは何か。それは分からない。だが、老師はヒントを残してくれていた。あの顔の傷……きっと能力を使って自分を攻撃しろということだったのだろう。自我を喪失するのなら、新たに見つけるまでだ」


 能力とは本能を現したもの。

 すなわち、自身の能力こそが自身の本能そのものであり、それを自らに打ち込むことで、自我を喪失しても、本能を打ち込むことで自分を思い出すことが可能である。


「演目の順番をもう少し考えた方がいいだろう。想起した次が喪失だと? 馬鹿馬鹿しくて忘れられないぞ」

「……おのれ」


 クルチュワートは諦める。

 生存を、ではない。

 回避することを諦めた。


 どの道当たるのだろう。

 相手の射程距離は無限とする。

 無限とした上で、その攻撃範囲は拳の直線上にしかないことを思い出す。


「『長尾驢(カンガルー’ズ)(ハート)』」


 フェルの拳の直線上――自身の胸の前で2本の指揮棒を交差し構える。

 回避ではなく防御に専念する。

 それがクルチュワートの出した答えであった。


 ……が、


「……ぐはっ!?」


 フェルの拳は防御を通り抜ける。

 当てたい場所に拳を出現させるようなものだ。

 

 射程距離がギリギリだったようで、内臓までは届かなかったが骨は何本か折れた感触がある。

 クルチュワートは痛みを堪えながら、指揮棒を構える。


「先の老体にのみ効いた鎮魂歌も今はお前に効くだろう。さあ、共に奏でよう! 静寂の鎮魂歌(レクイエム)


 全身に染み入る音が響く。

 死を招く音を受け入れてしまいたい気持ちが沸き起こるが、


「『長尾驢(カンガルー’ズ)(ハート)』」


 フェルは何もない空中に伸長する拳を放った。


「……」


 それを見てクルチュワートは苦々しい顔をする。

 音が終わる。

 終わってもなお、フェルは健在であり自殺する気持ちは沸きあがらなかった。


 フェルの攻撃は外れたわけではない。

 狙って宙を殴った。

 否、彼の狙いは空中に拳を存在させること。

 それを以て『旅鼠(レミング’ズ)(ハート)』を乗り越えた。


 音とは気体を振動させて伝わっていく。

 気体はどこにでもあり、だからこそクルチュワートは複数人相手でも能力を発動させることが出来る。

 気体でなくとも、固体や液体であっても伝わるが、ただ一つ……真空だけは伝わることが無い。

 真空を作り出す能力はフェルには無い。

 だが、フェルの拳は見えぬ拳の伸長。その拳は実体を持っていないが衝撃は伝わる。

 真空を作り出しながら対象に衝撃を与えるのだ。


 フェルの拳のある場所だけは音を伝えない。

 死の音は不完全なものとしてフェルに伝わり、その効力は無くされる。


「気が付いていたのか」

「思考を停止したつもりは無い。なぜ私が老師よりも音を聴いたダメージが少なかったか。それをずっと考えていた。……開始の練習曲(エチュード)だったか。私はそれを防いでいたのだな」

 

登場と同時に披露した開始の練習曲(エチュード)

クルチュワートの音をより体に馴染ませる曲……効力を最大限に発揮させる音である。

フェルはクルチュワートの存在に気付いた時には拳を放っていた。

 外したと思っていた攻撃であったが、結果的にフェルの命を救っていたのであった。


「『長尾驢(カンガルー’ズ)(ハート)』」


 遂にフェルの拳を受けてクルチュワートは膝を折る。


「……流石に老師の攻撃をあれだけ躱しただけはある」


 一撃で肺や心臓といった急所に近い部位を狙っていたのだが、紙一重でクルチュワートは回避していた。とは言え、完全に避けきれず、致命傷に限りなく近いダメージを何度も受けていたのだが。


「……閉幕の時間だ。アンコールもこれまで。新曲を綴り最後を飾ろう」


 額に脂汗を浮かせ、血を口から吐き、それでもクルチュワートは指揮棒を構える。

 弦楽器であり、管楽器であり、打楽器でもある指揮棒を自らの頭部に振り下ろした。


 鈍い音が響く。

 躊躇いなく振り下ろされた指揮棒がクルチュワートの頭蓋を叩き割ったのだろう。


「終局の伝説曲(レジェンド)


 同時に最後の演目を奏でる。

 抜け殻を脱ぐように、クルチュワートの頭蓋の罅を起点として中身が膨れ上がってくる。

 それは、クルチュワートにしてクルチュワートに非ず。

 巨大な肉塊となったクルチュワート。頭部らしき部位の穴から声が漏れる。


『美しくはない。ただ乱雑に音が並ぶだけだ。だが、それこそが音楽の原点である』


 その腕の一薙ぎがフェルを襲う。

 緩慢な攻撃だ。避けるのは容易い。

 肉塊の腕が地面を叩き……周囲全てを砕き割った。


「……なるほど。最後に相応しい力か」


 アヌーラ以上の攻撃力だ。


 次の動作に移るまでも遅い。

 直接触れることが安全かもわからない。


「『長尾驢(カンガルー’ズ)(ハート)』」


 内部に向けて放ったはずだが、肉塊に内蔵があるのか、急所があるのか分からない。


「……相性が悪いか」


 防御力というか、フェルの能力が通用しているのか分からない。


 極悪な敵を前にしたアヌーラの拳であれば互角に渡り合えるかもしれない。

 だが、フェルは攻撃力に欠けていた……これまでは。


「『長尾驢(カンガルー’ズ)(ハート)』」


 内部に拳を放つと同時に、その手を開き、肉を握りしめて引き抜く。


『ぬぅ!?』

「このまま生かしてはおけない。それが私の、『生と死の守護者』の使命だ」


 抜き取る。抜き取る。抜き取る。


 次々に肉塊のパーツが失われていく。


 抉り取られた肉塊は再び本体に戻ることはなく、地面へ落ちると消滅していく。


『おぉ? おおおおおおぉぉぉぉぉ』


 伸ばされる手もやがて崩れ落ち、胴体にも空洞が開かれる。

 演奏家を自称する動物はおぞましい声をあげながら、やがて動かなくなった。

 その顔は周囲で自殺したどの動物よりも苦痛に満ちたものであった。


 肩で息をしながらもフェルはそのまま歩き始める。

 アヌーラの死体も、クルチュワートの死体も通り越して一点へと向かう。


「師匠……これは私が頂いていきます」


 かけられていた鍵を手に取る。

 思っていたよりもそれは軽い。

 ここにあるいくつもの命を代償としたにしては。


 自身が壊したアヌーラの死体の残りをどうこうする時間は無い。

 数秒だけ瞑目し、フェルはその場を去った。

 失った師。拾った自身の命。

 果たしてどれだけ強くなれただろうか。

 体も、心も。

 三週目を生き延びるに相応しい動物足りえているのか。

 

 他者を特に蹴落とすことを意識せざるを得ない三週目。

 それはまだ始まったばかりである。

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