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アニマルコロシケーション  作者: そらからり
2章 渇望の3週目
112/129

59話 死よ誘え 2

 先んじて攻撃を仕掛けたのはアヌーラであった。

 強靭な2本の足はコンクリートの地面を砕きながら青年へと迫る。

 ゾウは最大で時速40㎞と言われているが、それよりも体感的に速い、とフェルは感じていた。

 

「……あれは脚力だけではないか」

「さよう。能力は使い方により応用も効く。覚えておくとよい」


 フェルが目を凝らすと、アヌーラの両脚は光に満たされていた。

 見覚えがある。

 

「なるほど、足に能力を使って……」


 悪に対して威力を増す能力ではあるが、悪ではない者に対して全く無力な能力ではない。

 フェルを気絶させる程度には強化させるのだ。

 その威力を足に集めれば、敵との距離を瞬時に詰めることも可能となる。


「良いかフェル。武を極めれば、如何様な状況でも闘えるのじゃ」


 青年は指揮棒で対処しようとするが、その間をすり抜けるように連打を叩きこんでいく。


「すごい……まるで一連の流れを予め決めておいたかのような動き」


 互いに練武を舞っているのではないかと思う程に、アヌーラの動きには躊躇いが無い。

 青年の次の動きを予想しているかの如く、避けた先にまで攻撃を仕掛けている。


 だが、


「だが……何故当たらない!?」


 確実にアヌーラは青年の動きを先読みしている。

 それは長年の経験から基づくものからなのであろう。

 経験と勘がアヌーラの強み。

 青年が見た目通りの年齢であるならば、アヌーラに利があるはずであった。


「……っ!?」


 先に膝を付いたのはアヌーラであった。

 頭を抱えて地に手を付く。


「……ようやく辿り着いたか。やはり年月を隔てると遡る時間も多いか。あるいはただ想起に時間がかかったのかもしれぬが」


 あれだけの攻防でも青年は涼しい顔をしていた。

 それはアヌーラと同様。

 相手の動きを知っていたから、最小の動きで動いていたから消耗が少なったことの証。


「……何をした」


 フェルは尋ねずにはいられなかった。

 師と仰ぐアヌーラが何時の間にか倒れている。

 攻防において青年が何かを仕掛けた様子は見えなかった。

 

「曲名は、悲壮の追走曲(リコルダンツァ)

「ひそう……?」

「奏でる演奏は、懺悔なり。生きる中で最も後悔した記憶の想起である。人生観を歪めるに値する、な。どれだけ記憶の海に沈めようとも追走曲は掬いだす」

「……それが能力か」


 トラウマとも呼べる記憶を思い出し、頭痛が走ったのだろう。

 アヌーラの動きの止まった理由はそれか、と思いながら、しかし油断は出来ないとフェルは構える。


「演目は続く。まだ1曲目であるぞ。ゆるりと聴いていけ。お代はさほど取らぬ。最初に述べた通り、その命だけだ」

「命を払う価値があると? お前の曲とやらに」

「むしろ足りぬくらいであろうがな」


 青年は再び指揮棒を構える。

 先ほどは叩き合わせたが、今度は弦楽器のように互いを擦り合わせる。


「懺悔の時間はこれまで。混迷の遁走曲(フーガ)


 重低音が響く。

 まるで胸の奥底を締め付けるようなその音を聴いて、フェルは自分がどこにいるのか分からなくなり、眩暈で倒れそうになる。


「……これは」

「まだ自我を保てていたとは、驚きだ。だが、そちらの老体には応えているようだな」


 青年はアヌーラに視線を送る。

 倒れ苦しんでいたアヌーラは何時の間にか静かになっていた。

 

「老師!?」


 白目を剥き気絶している。

 顔には苦悶の表情があり、機を失っても尚、彼は苦しんでいた。


「……能力は問題なく発動しているようだが。何故お前には効いていない……?」


 青年は首を傾げている。

 が、アヌーラには能力が発動していることが分かると、頷く。


「音も分からぬ者はさておき、そちらの老体はもう就寝の時間のようだ。ならば我が音で永眠といこうではないか」

「やめろ!」


 フェルが青年へと拳を伸ばす。

 元からの長身体躯に加えて腕の伸長。

 

「……む。そういうことか」


 だが、青年は躱し、何事かと納得した顔をする。

 そして、指揮棒を打ち合わせながら、


「開始の練習曲(エチュード)。聴衆から頂戴する者は感動の拍手のみで良い。舞台で暴れるのであれば、それを諫める者が必要か」


 更に指揮棒を軽く打ち合わせた。


「『長尾驢(カンガルー’ズ)(ハート)』!」

「救済の円舞曲(ワルツ)


 青年が動きを止める。

 その隙を逃さずにフェルは拳を打ち込むも……止められた。


「なっ!?」


 止めたのは死体となって倒れていたはずの動物達。

 視線を定めず、群がるように折り重なって青年を守る壁となっていた。


「死兵こそ私兵なり。我が盾となり矛となれ」


 指揮棒を強く打ち合わせる。

 先ほどまでゆるりと動いていた死体達はその音で目覚めたかのように、一斉に視線を合わせた――フェルへと。


「奏者は操者なり」

「先ほどから……言葉遊びが好きなようだな」

「否。言葉遊びではない。音遊びである」


 死体達はどうやら能力を持ち合わせていないようで、肉体を使った攻撃ばかりである。

 掻い潜り、能力を使いながら迎撃していくが、数が多い。

 10匹弱の動物を一度に相手出来る程フェルは強くない。


 1匹や2匹倒したところで他の死体に囲まれ、徐々に追い詰められていく。

 やがて前だけでなく背後にも数匹の動物が迫った時であった。


「……フンッ!」


 背後の4匹が一度に消滅した。


「……『(エレファント’ズ)(ハート)』」

「老師! ご無事ですか」


 決して無事では無い表情をしながらアヌーラは残りの死体を消し飛ばしていく。

 アヌーラの顔には殴られたような傷があった。

 その傷跡の大きさからして、自分で自分を殴ったようだ。


「……どうやら動き出す死体は悪とみなされるようじゃな。それを操る者だけでなく」

「死体使い……だけでは無いようですね。音使いなのでしょうか」

「……分からぬな。音使いにしては奇妙な攻撃ばかり。その正体すらもまだ掴めぬ……くっ」


 アヌーラが膝を付く。


「やはりまだ身体が……」

「肉体そのものは傷ついていない。じゃが、今にも自身の首を捻りたいと、死にたいという気持ちが押し寄せてくる」

「……自殺願望」

「さよう。それが奴の能力の正体じゃろう。後悔、懺悔、自身の喪失……儂らを自殺に追い込む準備であったと思う他無い。死体を操るのは分からぬが……」

「しかし、音ですよね。だったら何故老師にだけ……?」


 青年の音はフェルにも聴こえていた。

 だが、劇的な効果があったのはアヌーラのみ。

 フェルも眩暈は起きていたが、アヌーラに比べれば軽傷とも呼べる程のもの。


「点ではなく面の攻撃……何故私には……」

「……まさかまだそれだけの力を持っていたとは。そして、死の恐怖から逃れる精神力……。しかしそれも終いだ」


 青年は指揮棒の一つを口に咥える。

 よく見ればそれは、小さな穴が空いていた。

 弦楽器のように音を奏でていたそれは笛でもあった。


「音は十分に体に馴染んだだろう。前奏を楽しめたのならば主部に移行しよう。我が能力の本質。レミングである我は静寂の鎮魂歌(レクイエム)を奏でながら、同時にこの能力名を唱えよう」


 不思議と、その笛音に嫌な気持ちはしなかった。

 体が違和感なく受け入れていく。



 しかしフェルは思い出す。

 この能力は自殺の能力であると。

 そして、フェルには効果が薄いがアヌーラには劇的であったと。


「やめ――」

「『旅鼠(レミング’ズ)(ハート)』」


 何人もそれを拒否することは出来ない。

 定められた運命のように、強者も弱者も等しく自身の命を奪う。





『儂はな、夢を見るんじゃよ』

『夢、ですか?』

『ああ。ここ最近は特に毎晩な。全ての動物が笑い合っておるんじゃ。ライオンもトラも、ウサギもキリンもリスも。儂はそれを見守っている』

『そこに……カンガルーはいましたか?』

『さて。どうだったかの。いたようないなかったような』

『……』

『そう嘆くな。これは夢なのじゃ。つまりは現実とは相異なるもの。儂はカンガルーであるお主とはすでに理解しあった。じゃから、夢からはいなくなったのじゃろう』

『理解したから夢から消えた……?』

『そう、つまり、夢の中から全ての動物が消えた時、儂の夢は現実となるのじゃろう』

『それは……とても良いですね。私も叶うよう力を貸させてください』


 ハイエナのミガテとの闘いから目覚めてアヌーラと話し合った。

 フェルはアヌーラの考えに賛同し、付いていくと決意した。

 強き者。それは肉体に限らず心も強かった。

 強者弱者ではなく悪のみを滅ぼす能力を使い、動物園を理想に近づけようとするアヌーラを眩しくも思った。


 今更に、悲壮の追走曲(リコルダンツァ)がフェルに効果があったのか。

 そんな思い出が蘇りつつ我に帰る。


「あ……あ……ああああぁぁぁぁぁぁぁ」


 フェルの隣ではアヌーラが自身の首をその手で捻じ曲げ絶命していた。


 誰が止められたか。

 その役目が苦しんでいたアヌーラではなくフェル自身であったことに気が付くと、フェルは慟哭した。


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