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アニマルコロシケーション  作者: そらからり
2章 渇望の3週目
111/129

58話 死よ誘え 1

 その動物の周囲には幾匹もの動物が倒れ伏していた。

 一様に満足げな表情は無く、後悔や嫉妬といった苦しみの中で悶えて死んでいる。


 そしてもう一つ。表情よりも共通することは――





「主のその拳、もっと深く入れることは出来ぬのか?」


 自身の能力も拳を使うものであったからであろう。

 鍵を探しながらゾウであるアヌーラはカンガルーのフェルに闘い方の指導をしていた。

 互いに悪を許さぬ性格も気が合ったのか、こうして第二週を終えた現在でも行動を共にしていた。


「深く、とは? 相手にめり込むような勢いを付けろと老師はおっしゃりたいのだろうか」


 相手は動物園の中でも長老格。

 自称「生と死の守護者」でもあるフェルとしては敬わないわけにはいかない。


「私の攻撃は届くことはあってもそれが致命打に欠けることは自覚している……。手数は増やせても一撃一撃の威力は増せない。だから、弱いと言われても仕方ない」


 フェルの連打を受けても平然と立ちつくし、一撃で気絶させたアヌーラ。

 互いに能力有りでの状況であったとはいえ、いやだからこそ、己の力の無さを自覚してしまう。


「いんや。主に力があろうと、無かろうとな。ほれ、ナイフとて力無きものが振るっても刺さるじゃろう? 当たることこそが問題なのじゃよ」


 フェルにとっては意味不明の返答をしたアヌーラは一本の街路樹を指さす。

 フェルの胴の数倍はある立派な巨木である。


「例えばじゃ、あの木に拳を当てたければ主はどうする?」

「どうと言われても……」

「ほれ、使ってみせい」


 促されフェルは能力を発動する。

 周囲に人影が無いのはすでにアヌーラが警戒し察知済み。


「『長尾驢(カンガルー’ズ)(ハート)』」


 見えない腕の伸張。

 それこそがフェルの能力である。

 数mも先にある巨木へ向けてフェルはジャブを放つ。それはただ空を裂くのみであるはずであったが、巨木は揺れる。


「この通りだ。私の力ではせいぜいが揺らす程度。メリットと言えば私の拳は全く痛まないということくらいか」


 それでも大地に根差した巨木を揺らす程度には威力のある拳である。

 彼も2週を生き延びて力は増していた。


「どれ、次は儂の番じゃ」


 次にアヌーラは巨木の脇に立つと、


「『(エレファント’ズ)(ハート)』」


 数枚の葉が落ちる。

 先のフェルの一撃よりは威力がある。しかし倒すには全く至らない。


「悪意など全く無いだろうからな、これくらいじゃろう」


 だが、それはアヌーラの真の力が発揮されていることにはならない。

 彼の拳は悪への特攻。

 意思の無い植物に対しては効果がほとんどない。


「しかし素の力が私よりも強い。能力ではない、動物として老師は私の先を行っているのだ」

「まあ、そうじゃろうな。体重も違う。体格も違う。力……筋肉が違うのじゃからな」


 ではなぜ、アヌーラは木を殴らせたのか。

 その行動の意味を理解出来ていない。


「フェルよ、主は今この木に届くように力を使ったのじゃろう。だから素の力だけが届いている。もう少し、柔軟に考えてはどうだ? 硬く握るのは拳だけで良かろうて」

「何を言って……」

「この木の後ろに向けて能力を使ってみい。木が目標なのではない、ただの通過点じゃ」

「……っ!? まさか……」


 考えたことが無かった。

 よもや対象そのものを変更するだなんて。


「『長尾驢(カンガルー’ズ)(ハート)』」


 アヌーラの言葉には試す価値があり、今試さなければ次にいつこのような時間が訪れるか分からない。

 木の真後ろ。直接的な視認は出来ないが、僅かに調整するだけで事足りる。


 僅かな溜めの後のストレートを放つ。


「……どうだ!」


 いつもの能力の使用とは違い抵抗感があった。

 だが、その威力もまたいつもとは違う。


「見事じゃ」


 貫通こそ出来なかったが、半ばまでめり込んだフェルの拳の痕があった。

 あと数撃入れたら倒木することは必然の威力。

 

「目論見通り……とはいかなかったがの。流石に穴は空きはせぬか」

「抵抗感があった。少しでも押しのけて放ったが、最後には押し負けてしまった。私の純粋な力不足なのだろう」


能力ではなくフェルの筋力不足。だからこそ、


「次は出来る。そう確信した」


 感覚は掴めた。

 感触を手に入れた。


 この十数分で能力の新たな使い方を知ることが出来た。


「老師よ感謝する」


 フェルは深く頭を下げる。

 決して味方であることがプラスに働くとはいえないこの闘いの中で、しかしフェルはアヌーラを戦友とも師とも呼べる存在と思っていた。

 

「なに、問題ない。その力で悪を打ち破るのじゃぞ」

「抜かりなく成し遂げよう」


 どことなく朗らかな空気が流れようとした瞬間、


「開始の練習曲(エチュード)


 金属の摺り合わされる音。

 それが耳に届いた瞬間には2匹とも臨戦態勢へと移っていた。


「っ!? 『長尾驢(カンガルー’ズ)(ハート)』!」


 フェルは思わず声の方角へと能力を使っていた。

 だが、よく確かめもせずに放った拳は相手に届かず。

 ただ宙を削るのみ。

  

「誰だ!」

「敵のようじゃな」


 ギュインギュインと音が鳴る。

 不思議なことに、その音には音程があった。

 音の種類は一つであるはずなのに、それそのものがメロディを奏でていたのだ。


「新たな聴衆よ。代金は要らぬ。ただ前に進み、そして死するがいい」


 童顔の青年が歩み出てきた。

 実際に歳幼いのかもしれない。

 しかし、身に纏う様相は老練の戦士そのもの。

 一分たりとも隙の無い佇まいをアヌーラは見抜いていた。


 黒い燕尾服、そして両手にはそれぞれ細長い棒。彼の服装が指揮者のそれだと気づく者がいれば、その手のものも指揮棒であることも気づけたであろう。


「何とも無粋な音が響くと思えば……野蛮な獣であったか」


 巨木に空いたフェルの拳の痕を見て青年は目を瞑る。

 何かに祈るではなく、集中するように。


 身構えるアヌーラとフェルに対し、青年は走り出し――逃げた。


「なっ!?」

「何をしたかったんじゃ」


 追いかけるべきか……判断するよりも先にフェルが追いかけてしまっていた。

 やれやれとアヌーラは内心ため息を付きながら青年とフェルの後を追う。

 


 そう遠くない場所でアヌーラ達3匹は止まる。

 どうやら逃げるというよりも場所を移すために走り出したようだ。

 ならば、青年が行っていたのは誘い込み。

 この場は相手のフィールドということになる。


 アヌーラはフェルと目を合わせ頷く。

 まずは自身が様子を見ると。


「なんじゃ、随分と狭い場所じゃのぉ。儂らが暴れてはすぐに崩壊してしまいそうだわ」


 天井は空いているが、四方のうち三方は壁に覆われている。

 アヌーラには見覚えのない場所であった。


「ここは舞台。動物園の動物であれば芸をするのは当然のことである。以前は叶わぬことであったが今は違う。私の芸……音をゆるりと楽しんでいけ」


 ステージ上に立つ青年はアヌーラ達に一礼する。その所作もまた見事なものである。

 そしてもう一つ、アヌーラとフェルにとって懸念すべきことがあった。

 

「これら全て……主がやったのか?」

「私が手を下したかという問いであればそれは否、だ」


 青年は首を横に振る。


 舞台には10前後の動物の死体が転がっていたのである。

 この場を選んだということは、この青年はこの場所を知っていたということ。

 まだ片付けられていないのならば、本日中に行われたということ。

 すなわち、眼前の青年の仕業である可能性が高かったのだが……


「だがこの状況を誰が造り出したか。それは私である」

「……なるほど、の」


 死体の様子を見て、アヌーラはその言葉の意味を理解する。

 彼らは死因こそ違うが、特徴はあった。

 胸を貫いている者、喉を掻きむしっている者、舌を噛み切っている者……等々。

 あるいは何かしらの能力を使ったのか、どのようにして死んだのか分からない者もいる。

 死因は様々。だけど一貫していること。それは――


「自殺しておるな……。それが主の能力か」

「感動の末に、自らの生の過ちを悔いた。ただそれだけである。そちらは2匹。対するこちらは1匹。だが安心するといい。音は対象を選ばない。等しく降り注ぐであろう」


 青年へとアヌーラは問う。


「儂らが無理して戦う必要があると?」

「餌は必要だ。我が音だけでなく、これもまた聴衆を引き付ける餌と理解している」


 舞台の奥には鍵がかけられていた。

 それは間違いなく、この三週目において絶対不可欠なアイテムに違いない。

 アヌーラとフェル。計2本を必要とするならば、ここでその1本を逃す手は無い。


 青年は指揮棒を振るう。

 両手のそれをかち合わせると、澄んだ音が響き渡る。


「まずは想起するといい。悲壮の追走曲(リコルダンツァ)


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