Take2―49 猿楽
猿芝居も板についてきたものだと弥七は黒装束の下で笑う。
逆らうことなく、ホープの下で闘い、文句を垂れることなく、力を隠す。
言葉を発しなければ能力は見たまま、感じたまま、体験したままを勝手に勘違いしてくれる。
『猿の心』という能力は肉体で再生可能な行動をすぐさま吸収し、更には味方へも伝染させられるものである。
ホープが弥七の能力をここまでしか理解していなかったのであれば、それは半分までしか見せていなかったからであろう。
そもそも、奥の手があるのであれば、安易に使うべきでないし、使うべき時であっても、代償手段があるのであればそちらを使うべきである。
それしか無い時、あるいは最終手段らしく最終決戦で使うのがセオリーであると弥七は考えていた。
肉体で再生可能な行動を即座に吸収。それは周囲の者に伝染するだけであるならば正解だ。
だが、自身が使う場合は違う。もっと先がある。
時間経過による能力の取得。
さながらミガテの能力のように、能力を習熟していく。
1分で1%。100分で100%。
能力を一度見てからがスタート。
ウッホの能力を見てからはまだ5分程しか経っていないため5%だが、それでもドラミングをすることで力は格段に強化されていく。
他の動物を投げ飛ばすくらいには強くなれる。
ホープの能力はとくに100%へと辿り着いていた。
そもそもで100分間も能力の使用を目撃してから生き残れるかが問題である。
1週目は数分と持たずに死んだ。
100%の能力を使える相手に10%も使えない者が勝てるはずがない。
素の身体能力もさほどでは無いのだから。せいぜいが身軽であるくらいだ。
ともあれ、100%のホープの能力を使えることによって、死の間際に発動されたホープの能力を打ち消すことに成功していた。
自身の幸運を上げようとしたホープに対して、弥七はホープの不幸を上げた。
幸運と不幸が拮抗し、何も起こらず、奇跡は起こらずウッホの拳の前に沈んだ。
「え、ちょ、仲間だったんじゃないの? いや、確かにウッホを倒すよりも簡単だろうけどさ」
ルビーが混乱した声を出す。
しかしその戸惑いも1匹減ったという事実に対して嬉しさを隠し切れない様子である。
ルビーとホープは仲間と言い難い関係。というか、ついさっき出会ったばかり。
ルビーの仲間であるトリニコがホープらと敵対関係でないから、共闘するのだなと思っていた程度の関係だ。
だから、思い入れはない。
弥七と同じくらいホープに対する思い出もない。
「なるほどな。やっぱそれが一番だよな」
トリニコも同様に固まっている。
弥七の行動はチーム行動を裏切るものであり、少なからず善良な心を持っている者からすれば受け入れがたいもの。
つまりは、善良な心でない者にはそれは納得できる行動であった。
かつて1週目で悪を即殺する拳で以て一撃の下で殺された動物、ミガテにとっては。
「お前も上手くやるよな。直接は自分の手を汚していない。あくまで仲間を囮にしたようなものだ。最初にやろうとしていたことをあの死んじまった奴はやり返されちまっただけだ」
さて、とその場にいる4匹は待つ。
ウッホが正気に戻ることを、ではなく生存条件である5匹揃ったかどうかを。
ウッホ、ミガテ、トリニコ、ルビー、弥七。
裏切りこそあれ、弥七のやったことはファインプレーでもあり、勝利に一歩近づいた行動である。
一歩どころか、ゴール地点への着地とも言っていい。
だが、何時まで経っても何も起こらない。
何かが起きる気配が無い。
「……なあ、どう思う?」
ミガテが弥七へと尋ねる。
手段は兎も角、状況を一番ひっくり返した者だ。
ただ指をくわえていただけの連中とは違う。
「そうだな……俺の猿知恵が言うには、まだこの森の中に生き残っている奴がいる。だから、5匹の条件は満たされていない。違うか?」
「そうだな。あの人間は5匹まで生き残れとか言っていたが、時間の指定はしていなかった。これ以上時間が経過して4匹とか、最悪1匹まで減るのはあいつらも避けたいはず」
「なら……」
「ああ。俺達のやることは一つだよな。『鬣犬の心』」
ミガテが針を取り出し、1匹の動物へと狙いを定める。
それは呆けた顔をしていたトリニコ――の隣にいたルビーであった。
「っ!? 『鉄巻貝の心』」
飛ばされた針を、ルビーは体表から染み出る体液を固めた金属壁で受け止める。
「こうでなくっちゃぁな!」
一瞬だけルビーの視界が金属壁で塞がれた。その瞬間にミガテは地中へと潜っていた。
どこへ行ったか分からない。
そのまま探していると、
「おいおい、この状況。利用しろってか、この俺によ。猿回しじゃねえか……気に入ったぜ」
が、視界を外した瞬間にもう1匹が動いていた。
金属壁の隙間を縫うように弥七がルビーの懐へと潜り込む。
「『猿の心』はまだ効力を失っていねえよ」
ウッホの能力は永久的。
死なない限りは、あるいは強制的に能力を解除されない限りは効力を発揮し続ける。
ウッホの能力を真似て、習熟して、ドラミングによって得た力の強化は尚も続いていた。
「(死んだ動物の能力は真似出来ないのが弱点だがな)」
あえて口に出すことではない。
弥七はルビーを掴むと、同じ動作を繰り返す。
ウッホ目掛けて投げ飛ばした。
「え、うわわわわ!?」
ルビーにとって自身の体が浮き上がった体験は初めてであった。
まさかそれが死の瞬間に訪れるとは思いもよらなかった。
眼前にウッホが迫る。
ただ暴れ、拳を振り上げている。
『散岩』が頬を掠める。
もしかすると頬肉を大きく抉られているかもしれない。
痛みよりも恐怖が全身を駆け巡り、痛みに呻いている場合ではない。
「や、やだよやだよやだよやだよ……」
ルビーにとって、トラウマにも似たものがある。
すでに体験したことであり、死因。
強化されたウッホの拳で死んだルビーにとっては何よりも避けたい死因であった。
「す、『鉄巻貝の心』!」
壁を作るのでは駄目だ。
それでは壊されてしまう。
紙のように破られてしまう。
金属を自在に動かせる。
動かし固められる。
空中で壁を作るということは、金属を伸ばし縦に、盾にするということであるが、それでは使えない。
横にする。水平にすることでルビーは滑空していた。
空を飛ぶことは出来ないが、モモンガのように着地地点を変えることくらいは出来る。
「『貫通岩』」
「っ!?」
ウッホの放つ土の塊がルビーの足先を掠め、そして左脚を持っていった。
大出血を起こしながらも尚、能力を解除することなく何とか大地へと片足を付けようとし、
「『星崩し』」
狙いを済まされたかのように、大地が割れた。
「……へ?」
慌てて着地体制を整えようとするも、片足を失ったことによりバランスを取れない。
それでも着地したが、割れた大地に滑空機が挟まってしまい身動きが取れなくなる。
「こ、この……」
一度固めてしまえば解けない。
折角の滑空機も今となってはただ邪魔なだけの置物に過ぎない。
その間にも怪物は迫る。
全てを破壊しようとする本能が、その全ての中にルビーを捉えている。
「や、やめ……『鉄巻貝の心』!」
無駄と知りながらも金属壁を何重にも作り出す。
ウッホはそれら全てを腕の一薙ぎで壊していく。
最後の抵抗とばかりに宙へ槍を作り出す。
この時点でルビーはウッホを仲間と思うことを止めていた。
だが、それは遅すぎた。
ウッホは上空へと拳を突き上げる。その風圧で宙へ留まっていた槍は吹き飛ばされる。
その間にもまた金属壁を作り出したのだが、やはり無駄であった。
予想通りと言うべきか、運命は崩せない。
金属壁ごとルビーの体を粉々に砕いたのであった。
1週目と違う点と言えば、正気では無かったとはいえ、ウッホは明確な殺意を持ってルビーを殺したことであろう。
通り道の置物としてではなく、ルビーをルビーとして捉えて殺された。
本人にとっては何の慰めにもならないことであったが。
そしてその瞬間、ミガテらの意識は失わされた。
視界が歪む中、ウッホも倒れていくのを目撃する。
これが5匹になったことでの現象であることを祈りながら、全匹気を失うのであった。




