Take2―48 残数
何度目かは分からない。
数えることも馬鹿らしくなった程にはウッホは自身の胸を叩いていた。
「こ、このくらいでいいのかしら……というか、今どのくらい強いのか分からないわね……」
少し恐ろしくなりつつも、決して自分には逆らえない愛の奴隷を手に入れたことでメイメイはこれで敵無しとばかりに勝ち誇った顔を見せる。
それにしても、アルミュールは遅い。
『三獣士』も何時まで闘っているのだ。
メイメイの計算ではすでに残り5匹となり、生き返っているはずであった。
ウッホの力を見ていたのは余興にも等しい。
生き返った後に使う予定であり、ここでは温存するのも良いと思っていた。
「……あ、そっか」
と、思い出す。
ウッホとアルミュール、そして『三獣士』。合計5匹。メイメイを加えれば6匹。
5匹には1匹多い。
「やっちゃったわね。私ったらドジなんだから」
「……」
テヘ、と舌を出しながら反省をみせるメイメイであったが、ウッホからの反応はない。
これはウッホの望む可愛しさでは無かったかと思いながらウッホの顔を覗き込むと、ウッホは表情を硬くしていた。
「……どうしたのかしら? 何だか顔が怖いわよ?」
「我が妻よ」
「なあに?」
「失ったと思っていた我が妻よ。お前はまた、俺の手を離れるのだろうか」
「そんなことないわ。私は貴方の傍から離れない」
メイメイは知らなかった。
ウッホは黙っていた。
強すぎる能力には枷がある。
代償がある。弱点がある。
バランスを取るかのように、どこかしらの欠点が用意されているのだ。
ウッホはあえて黙っていた。
愛する妻を不安に感じさせないように、そして少しでも頼もしく思ってもらえるように。
ウッホの能力にも大きな弱点はある。
力の強化の反動に少しずつ知性や理性といったものが失われていく。
考えることを止めて狂戦士のように闘わせる。
本能のみで動くようになっていく。
「もう俺はお前を離さない。どこにも行かせない」
「そ、そうね。そうなるように頑張ってほしいわ」
何だか様子がおかしいと思いながらもメイメイは話を合わせる。
知らないのだ。今のウッホがどれだけ理性を失っているかを。
「俺はお前をずっと抱きしめていたい」
そして文字通り、メイメイを手放さないように、ウッホはメイメイを抱きしめた。
抱擁、そう呼ぶにはあまりにも強く抱きしめた。
およそ百をも超えるドラミングによって得た力。
その全てを使いメイメイを抱きしめた。
「ちょ、ま――」
何も考えず。
後先も、メイメイの気持ちも。
抱きしめた結果、どうなるかを予想せずにウッホはメイメイを抱きしめ――そしてただの肉片へと変えた。
断末魔など上げさせずに。
愛の抱擁は万力の締め上げへと変えて、メイメイを殺す。
後に残ったのは愛を失ったウッホのみであった。
自分の手で最愛の者を殺したという感触だけを残し、理性を失ったウッホは呆然自失とただそこに立ちつくす。
「あ、あ、ああああああァアああぁぁぁっぁぁあああああ」
何をしてしまったのか。
後戻りなんて出来ない。
取り返しの付かないことをしてしまった。
もうどうにでもなれと、ウッホは拳を振り上げる。
『星崩し』『貫通岩』『散岩』
必殺の技など忘れ、しかし無意識に使いながら地形を変化させていく。
それを見ている幾つもの目に気が付かないまま。
「……やってくれるじゃねえか」
ウッホから遠く離れた茂みの中に身を隠しながらミガテはウッホを賞賛する。
タカとワシ、両方の死体を喰らって完全な視力を得た彼には今のウッホの様子はつぶさに見て取れる。
「まさか、魅了にかかったまま倒すとはな。どう逆手に取れりゃ、そんな真似が出来るかって思ったが……正気を無くしちまったか」
そして代わりに狂気を得ていた。
「それで残りは何匹なんだ? バゼールとグラスリッパーを片付けておいたのは正解だったのか不正解だったのか。今になっちゃ分からねえな。あのウッホを相手にするんだってなら何匹いりゃいいのか」
遠距離から攻撃出来るバゼールと分身し数で押せるグラスリッパーであれば今のウッホを倒せる可能性があった。
だが、その2匹はすでに死に、死体は時間がかかるからと喰らわなかった。喰らっている隙を作りたくなかった。
「……見える範囲にいるのはウッホを含め6匹。これが森の中の最終決戦だと思いたいものだぜ」
ミガテとウッホ、ルビー。トリニコとその近くに2匹。合計6匹。
誰か1匹が死ねば闘いは終わる。
そう思いたいものであった。
「しかし厄介なものだぜ。ウッホの弱点は近距離でしか対応できないことにあった。遠くからの攻撃は受ける一方だと。だが、何だよあの技は」
地割れに土の塊を弾丸のように発射する技と、少し見ぬ間に随分と技のレパートリーが増えていた。
弱点を力でねじ伏せて強くなっていた。
「アナグマの能力で地中から奇襲をかけるか……? いや、たとえ地中に引きずり込んだところであの力だと地中を割られて這い出てきそうだ。なら毒ガスを……これも風を巻き起こしてガスを吹き飛ばされそうだ」
かつては搦め手であれば単に力の強いものなど楽に倒せると思っていた。
だが、力を極めた者に対してはそれも意味が無い。
いくら技で駆け引きしようとも、力でねじ伏せられてしまう。
「……合流かね。トリニコの近くにいるやつも気になるし」
味方になったのか、捕虜になったのか。
流石に見ただけでは分からない。
「百聞は一見に如かずとは言うけれど、一見しただけよりも少し聞きかじった方が詳しかったりすることもあるんだぜ」
トリニコとホープ、弥七もウッホがメイメイを倒す瞬間を見ていた。
それはミガテよりも更にウッホに近い場所であったのだが、運良くウッホからの攻撃を免れていた。
「『梟の心』。幸運だぜ。なんせこの幸運は俺が造り出したんだからよ」
「本当に便利だよな。オイラ1匹だったら回復する間もなく吹き飛ばされていたよ」
3匹が隠れる茂みの周囲だけが異様に抉れている。
それらはウッホの『星崩し』や『貫通岩』によって変えられた地形であった。
とはいえ、狙いを定めた攻撃であったわけでは無いため、ムラがあり、被害の大小はある。
トリニコ達はホープの能力により幸運値を上昇させることで無作為な攻撃を凌ぎきっていた。
「トリニコはあのウッホをどう倒す?」
「倒すって選択肢はなるべく取りたくないな。どちらかと言うと、正気に戻すアイディアを募りたいものだ」
「正気に、ねぇ……。倒すにしろ正気に戻すにしろ犠牲が出るぜありゃ。それにどうやって戻すんだよ。頭でも叩くか?」
一発でも喰らえば即死。
それは能力次第ではウッホに限らず有り得る話ではあるが、それでも当たり所によっては耐えられたり、死ぬまで少しばかり時間があり抵抗を見せられたりするものだ。
今のウッホの攻撃は掠っても死ぬ。それどころか、当たらずともウッホの力が及ぼす風圧や衝撃波は周囲に少なからずの傷を与える。
「うんにゃ、オイラの能力がある。ソイツを使ってウッホを戻すんだ」
時間回帰とも言えるトリニコの能力はウッホを能力を使う直前の状態まで引き戻せる。
しかしそれにはいくつもの課題がある。
その最たるものが近接戦闘におけるウッホとトリニコの差だ。
「ウッホに触れさえすればいい。それだけで戻してみせるぜい」
「自信満々な割には足が震えてるぜ? まあ、策の一つには数えておいてやるよ。どうあれ、あのデカブツの動きを止めなきゃいけねえんだからよ」
「果たしてそうか?」
と、トリニコらの後方から声がかかる。
後方と言うには少し下から。
地中からの声掛けである。
「俺にはもっと簡単なことのように思えるけどなぁ」
ミガテであった。
アナグマの能力を使い地中を移動しながらの登場である。
地中から抜け出すと、
「どうやらトリニコは新しい仲間を見つけたようじゃねえか。寂しいねえ、俺は健気にも1匹で頑張っていたっていうのによ」
「仕方ねえだろ。オイラはどうやったって弱者なんだ。生き残るには手段なんか選べねえ」
「そうか? お前の熱き一撃は俺達もしっかりと見ていたぜ。なあ弥七」
「……」
ホープの言葉にトリニコも頷く。
「ほう? 熱い一撃? お前、俺にも能力隠していやがったのか」
「別に隠していたわけじゃねえよ。あの時はまだオイラには使えなかったんだ。使えない能力をわざわざ言う必要もねえだろう」
と、再開を祝している場合でもない。
「別にミガテだってずっと1匹だったわけでもないだろ。僕と途中で合流したし、何だったら助けてあげたじゃないか」
ミガテが地中から出てきた直後、地中からもう1匹、ルビーも這い出る。
「どうやら闘いも終わりを見せているみたいだね。これで僕も生き返れるのか」
何日間、休まずの闘いだっただろうか。
食欲は無かったとはいえ、精神的負担は大きい。
「で、ミガテは何か勝機があるっていうのかい? この状況をどうにかするっていう考えが」
「いや、別にねえよ」
「……へ?」
「ただ、馬鹿正直にウッホを相手にする必要はあるのかって話だ」
そもそもで正気に戻したところでだという話である。
「なるほどな。この場に俺達は5匹。そしてあのデカブツ合わせて6匹か。5匹までリーチといったところだぜ」
ホープが手を叩く。
「(分かっているぜミガテ。お前の考えがよ。ようは、この中から1匹、誰かが死ねばいいって話なんだろ?)」
ならば話は早い。
出会ったばかりのミガテやルビーの実力は未知数。
トリニコは貴重な回復役。
弥七は従順な仲間だが、こういう時こそその従順さが役に立つ。
「総攻撃だ! まずは弥七、お前の出番だぜ。囮をやってくれ」
弥七へと命令を下した。
見ればミガテも口元を歪め笑っている。
弥七を死地へと向かわせ、そして死んだ瞬間にこの殺し合いは終了する。
5匹となったのだ。
それ以上争うこともあるまい。
そう考えたホープは、
「まずはあのデカブツの動きを止めるんだ。そしたら後はトリニコの能力でどうにかするぜ」
思ってもいない策を講じて弥七へと命ずる。
それを受けた弥七は
「『猿の心』」
口を開き、ゆっくりと自身の胸を叩き始める。。
「……へ? 弥七、お前話せて――」
「見え見えなんだよ。お前の浅知恵はこれきりだ。所詮は猿知恵にも届かない」
弥七はホープを掴み、
「デカブツの動きを止める? 馬鹿言うな、それは俺に死ねと言っているもんだ。ったく、いつもいつも俺を使い捨てようとしやがって。そんなのは、お前がやれ」
そのままウッホ目掛けて投げ飛ばした。
それはまさに、ドラミングを行い力を強化したウッホのようであった。
「……な、なにが」
弥七が口を開いた。
裏切った。
ウッホが拳を振り回している。
このままでは死ぬ。
様々な考えが頭を巡らせ、何も解決策が思いつかないまま、
「お、『梟の心』」
「悪いがそれもたくさん見させてもらったぜ。間近でな。『猿の心』」
この不幸な状況をひっくり返そうとしたが
「……あえ?」
なぜか能力は上手く発動せず、ホープはウッホの拳により爆散した。




