Take2―46 最恐
その闘いは誰にも注目されていないものであった。
錺らには映像も映し出されず、他の動物からも相手にされず。
一度は敗北したとはいえ、誰もが強者揃い。
生き物の範疇を越えた能力を、死んだからこそ使いこなす。
一度目はただ死んだわけでは無く、学習した。
能力を、本能を錺に認められた。
成長する可能性が、兆しがあると錺は予感していた。
少なからずの傷を負い、少なからずの傷を負わせ、生き残っていた。
残る動物の数はミガテがバッターを打倒した時点ですでに10まで減っていた。……まだ10匹も残っていると言うべきか。
誰が最後まで生き残るか――その最有力候補は魅了能力で全てを味方にするメイメイではあるが、それでも他の動物とて生き残る資格はある。何せ、最終的に5匹残っていればいいのだから。
「吾輩はネコである」
「我はハムスターなり」
その残り10匹のうちに入る2匹。
ネコとハムスターが互いにしのぎを削り合っていた。
「……そう言えばまだ名前を聞いておらぬままであったな」
「そちらこそ。よもやネコであるから、我ごとき小動物の名など気にせずと思ってはおらぬな?」
両者に傷はない。
だが、その戦闘時間は他の動物とは比べ物にならないほど経過していた。
その理由は、互いの能力が決定打にかけるから。そして、素の身体能力がおよそ強いとは言えないからである。
「名前を! 気にしないなどとそんな訳はあるまい! 吾輩はアラビアータ。自身で付けた誇り高き名を覚えておくがいい」
「そうか。我はグラン。ハムスターのグランである。我ら齧歯類の天敵であるネコとこのように拳を交える機会があること、それに感謝しよう」
互いに1週目の戦績は黒星一つのみ。
この夢の世界、森の中であっても白星は挙げていない。
勝ち方が分からない。
ただ拳を突き出せばいいのか。
爪を立てればいいのか。
牙を剥けばいいのか。
「先手必勝。我の拳の前に倒れるがいい」
グランがアラビアータへと殴り掛かる。
へっぴり腰の攻撃であるが当人はいたって真面目。
それを受けようとするアラビアータも迫真の表情で回避しようと試みる。
「……やるな」
ネコならではのしなやかな体躯でアラビアータは跳躍する。
だがそのタイミングは外しており、グランの拳がかする。
「そちらこそ。今のを避けるとは思いもしなかった」
互いの実力を測り、認め合う。
決して高いとは言えずとも、拮抗しているが故に好敵手となっている。
「次は吾輩の手番だ」
跳躍した勢いのまま転がると、回転を殺さずに爪をグランへと突き立てる。
その予想外の攻撃にグランは避けきれず、腹部に一撃を貰ってしまう。
「あ……が……」
「ふむ。眠れ我が好敵手よ。吾輩がお主の分まで生き残ろう」
どうやら偶然にもアラビアータの一撃は致命傷に届いていたようでグランはその場へと倒れる。
出会えた好敵手との闘いを終え、誇らしげな顔をしながらアラビアータはその場を立ち去ろうとした瞬間、
「『倉鼠の心』」
背後から声がした。
「まだ、早いのではないかね。なるほど、彼我の力の差はそちらに有利のようだ。だが、能力込みであればそれはまた別の話。我が『倉鼠の心』。その治癒力はまだたっぷりと残っているわ」
ハムスターの頬袋に餌を貯めこむ姿から得たグランの能力は治癒力の貯蓄。
トラである朱抹の能力である貯蓄による身体能力の強化に劣るものに見えるが、その効率はグランが遥かに勝っている。
数日分の治癒力を貯めこんでいたグランを殺すには、数十回くらいでは足りない。
ホミーに削られていた分もすでに取り戻している。
「これで幾度目であろうか」
「……?」
「我が死んだ数である。いくら治癒力を持つ我であっても死ぬことに慣れたつもりはない。生き延びようとする今、死ぬことを前提とした闘いは間違っている」
「そうであるか」
能力の特性上、アラビアータも死を前提としたものであるが、それを知らずにグランは語る。
「一昼夜闘い、貴様の力も測れた。能力は未だ見せずであるが、すでに使っているのか?」
「いいや。吾輩の能力、この世界にて一度たりとも使ってはいない」
「ほう、貴様の能力を引きずり出す者がいなかったか、あるいは大したものではないか。どちらにせよ、使わぬと死ぬと思え。次なる我が攻撃はハムスターのソレに非ず。巨獣にも等しいと知れ」
そう、前置きをしたグランは
「『倉鼠の心』」
再度能力を発動した。
「……何であるかこれは」
みるみるうちに膨れるように巨大化していくグランにアラビアータは唖然とした表情で固まる。
「我が溜めるは治癒力だけではない。受けた傷を溜め、自身の膨れるエネルギーへと変換する。それが『倉鼠の心』の真なる力だ」
その声そのものが咆哮のように聞こえ、アラビアータの身が竦む。
自身より巨大な生き物に本能が後れを取っている。
「気づかせてくれたホープ殿には感謝せねばな。膨れることは出来ないのかなどと言い出した時には我も困惑したものだが、なるほどこのような使い方があろうとは」
ホミーも気づいていたグランの能力の真の使い方。
治癒力を貯めこみ、傷を回復し、受けた傷の分だけ巨大化し反撃する。
これがグランの能力の本質であり、本人ですら、錺ですらも知らなかった使い方だ。
「……次は我であったな」
腕の一薙ぎ。
それだけで固まっていたアラビアータの体を吹き飛ばす。
木々を数本巻き込み折ってようやくアラビアータの体は止まるが、すでにその体は絶命していた。
「……これほど強力になっていたとは」
グランは自身でも驚愕していた。
力は筋力だけではなく、その質量にも由来しているが、単純に増えたグランの重さだけで並みの動物を殺せる威力を秘めた一撃を放つことが出来るようになっていた。
その一撃一撃が必殺技にして通常技。
何度だって繰り出せるし、疲労こそあれ回数制限はない。
「……感謝しよう。我が好敵手よ。これで我が生き残るための準備は整った」
と、巨大化したままその場を去ろうとしたグランであったが
「『猫の心』」
その声と同時にグランの喉が引き裂かれた。
「……っ!?」
治癒力が働き致命傷であった喉元も回復するが、それよりもグランは新手が現れたことに構える。
「(……いや新手ではない!? キャット’ズハートと、そう言っていた。キャット……ネコ……。であれば、あやつはまだ……)」
見ればアラビアータの死体はすでに無い。
そこいらの獣に喰われたわけでは無いだろう。
食欲が失せたこの世界では、能力くらいしか喰らう価値も意味も無い。
「よもや貴様も回復系統の能力であったとはな……アラビアータよ」
「そのようなものではない。吾輩の能力は死んでようやく発動するものに過ぎぬ。新たな肉体をつくりだし、疑似的に蘇生する。そのような能力である」
「……素直に手の内を明かしてもよかったのか?」
「知ってどうというわけではない。それに、お主も能力を語った。好敵手であると認めているが故に、対等に戦いたいのである。アラビアータ、その名を初めて聞いてくれたお主にな」
巨大化し、同時に治癒が可能なグラン。素早さを得意とし蘇生が可能アラビアータ。
両者未だに削りきらぬままいると、
「ほう。ここで死合をしている者がいるとはな。最恐たる俺に相応しい獲物ではないか」
堂々とその場に登場した動物がいた。
その佇まいは王者そのもの。
「……貴様は!?」
「……何という重圧!?」
見ただけでアラビアータとグランには分かってしまう。
心の底からの恐怖。
逃げ出したいと切に願ってしまう。
本能が勝てないと悲鳴を上げている。
「どうだ、最恐たる俺に挑む気はあるか? 意気があるならば相手しよう。逃げようとすれば、全力で追いかけよう」
どちらにしろ殺される。
相手は選べと言っている。
挑んで死ぬか、逃げて死ぬか。
得られるものがあるとすれば、名誉。
失うものがあるとすれば、命。
「誇るがいい。最恐たるライオンに牙を突き立てられることを。この俺と共に立っているということだけでも奇跡と思え」
「……グランよ、ここは休戦といこうではないか」
「……そうだなアラビアータ。三つ巴の闘いと言っている場合ではない。本当にあやつがライオンだとすればネコとハムスター、単体で勝てる相手ではない」
ライオンという情報が更に2匹の顔を青ざめさせているが、互いに好敵手と認めた者と共に闘う。
そうすることで辛うじてまだ後ずさることなく立っていられる。
「さあ、来い! 最恐たる俺は見事に倒そう」
「合わせるがいいグラン!」
「行くぞアラビアータ!」
2匹は駆け出した。
その本能にしっかりと恐怖という二文字を刻みながら。




