Take2―45 誓約
「今だ! やっちまえグラスリッパー、バゼール!」
ミガテの声は聞こえないが、2匹の乱入者があったことを反響定位で察知したバッターは2匹の能力が発動される前に自身の能力を使用した。
「『蝙蝠の心』」
視覚、聴覚、嗅覚の3点を封じる。連続で3回の使用。
かなりの無茶をしながらバッターは能力を発動したのだが、それ故に気が付くことが出来なかった。
遅れて2匹が能力を発動したことに。
バッターの能力など構わないとばかりに。
1匹はただ仕事を果たすため。
1匹は何も考えずただ行動したため。
「『馬の心』!」
「『鹿の心』!」
瞬間、風景が一変した。
「(……なんだ?)」
バッターには見えなくても分かる。
周囲にあった木々がいきなり消失した。
そして、
「ぐっ……」
バッターの肩を何かが貫いていった。
「うがっ……」
休む暇もなく続けざまに別の衝撃が体を突き抜けていく。
「(な、なんだ……何が起きている……。なぜ、なぜ俺を攻撃出来るんだ……!?)」
反響定位だけでは限界がある。
何かが迫っていることは分かるが、それが何かは分からない。
そして、消失した木々の代わりに出現した大量の動物。
「(駄目だ……見えないし聞こえないし臭わない……怖い、怖すぎる。情報が少なすぎて動くことが出来ない……)」
正体不明の能力に対してバッターは何時の間にか恐怖を抱いていた。
自身の能力が枷になっていた。
この暗闇の中で何をすればいいのか。
位置だけを特定したところで、状況が分からない。
「(……駄目だ)」
恐怖に竦み、思わず能力を解いてしまった。
暗転が日の下で解かれ、バッターは目を開ける。
そして、周囲の状況を知ると、
「……馬鹿な」
見渡す限りの四つ足の動物と、意図も無く彷徨い続ける鋭い角。
それらがぶつかり合い、貫いていく様を見て、バッターは諦めた。
「……鳥類とか、哺乳類とか。そんなもので悩んでいたのが馬鹿馬鹿しくなった。結局、こういった自己主張の激しい奴らが中心なんだな」
それが最後の言葉であった。
暗闇が晴れた今、2匹の動物は獲物を発見する。
「仕事を遂行する」
「動け俺の角!」
全身を串刺しにされ、数十、数百の蹄で踏み潰されたバッターは何も出来ないまま殺されたのであった。
「(……いやいや。俺、この後この2匹をどうやって片付ければいいんだよ)」
地中へと潜り、バッターの能力の条件から外れたミガテはそう独り言ちた。
最終的に残る動物は5匹。
メイメイは倒せないとしても、ウッホも倒せるか怪しいとしても、自身を除けば残り2匹の枠。
グラスリッパーとバゼールをその2枠にするのであればトリニコやルビーを始末する。
逆にトリニコら初期の仲間を生き残らせたいのであればここでグラスリッパーらを始末しなければならない。
どちらにしろここで決断した方がいいだろう、とミガテは悩む。
グラスリッパーらを仲間としてトリニコらに会わせようものならば、人数の辻褄が合わなくなり、下手をすれば裏切者の汚名を被らなければならなくなる。
「……だが、俺1人で何が出来るっていうんだよ。視界は良好になったけどよ」
透視で地上を覗けばバッターが踏み潰されて死んでいた。
これで感覚機能の消去は無くなった。
元より、地中にさえいれば反響定位の範囲外にはなるのだが。地面が超音波を跳ね返してくれる。
バッターの反響定位のカラクリを知らないミガテはそれに気が付かないままであったが、バッターが死んだことで大っぴらに地上へ出ることが出来る。
しかし、それでもまだ地上はミガテのフィールドではない。
グラスリッパーかバゼール。どちらかが生み出した荒野のままだ。
「……状況的にはグラスリッパーの方か? バゼールは角を伸ばす能力みたいだが、グラスリッパーの分身する能力は場所が開けていないと使えないものだ。森の中では使えたものじゃねえもんな」
しかしどちらも厄介な能力には違いない。
グラスリッパーは数百頭のウマとなって荒野を駆けまわる。
バゼールは動くもの全てを貫く角を伸ばし続ける。
どちらも弱点らしきものは見えてきてはいるが、それを上手く付けるかは賭けになる。
「……保留か」
勝てる未来が浮かばない。
そして、無理して闘う理由もない。
やる気も起きない。
諦めて地上へ浮上し、2匹と合流しようとすると、
「……なんで向かい合ってるんだよお前ら」
バッターの死体はそっちのけでグラスリッパーとバゼールは互いに睨み合っていた。
「……ミガテか」
「……悪いな、俺達はここまでだ」
2匹はミガテを一瞥すると、また睨み合う。
「仕事は果たした。ここからは当初の目的を果たすとしよう」
「おう、もう叶わねえと思っていたがチャンスは巡ってきた。幾度も入った邪魔もこれきりだ。ようやく決着を付けられる」
生き残って最後に殺し合おう。
1週目で違えた約束も、この夢の世界で復活を遂げた。
だが、グレートファザーに掴まりまた途絶える寸前であった。
次がどうなるか分からない。
互いに互いでしか殺す相手はいないだろうと思っていたが、それ以上に強い相手はごまんといた。
井の中の蛙とも言うべき見聞の狭さを思い知らされた。
だから、殺せるうちに、闘えるうちに闘っておきたい。
「見届けて欲しいのだ」
「生き残った方がお前と一緒に生き残ってやるよ」
ああ、そうかとミガテは思い出した。
この2匹は強いだけでは無かった。
馬鹿なのだ。
目的をすぐに忘れ目先の欲望に飛び込んでしまう。
どう倒そうかなどと考えることが間違いであった。
こいつらは勝手に倒されてくれる。
「そんじゃまあ、俺は地中にいるからごゆっくり。覗きはするけど、それくらいは許せよ?」
と、再び地中へとミガテは潜っていく。手近にあった死体を引きずりながら。
「恩に着る。ミガテの仕事の成功を祈ろう」
「助かるぜ。俺の代わりに考えてくれてありがとな!」
それが最後の言葉であった。
ミガテから視線を外すと、それきり眼中に入れず、互いの視線を絡め合う。
まるで少しでも視線を違えれた方が死ぬとばかりに、荒野を巡る風が頬を擦ろうとも身じろぐこともない。
殺したいのではない。
闘いたい。
どちらが強いのかはっきりさせたい。
その思いだけが2匹の間にあることを、流石のミガテにも理解させられた。
「……バゼールの勝ちか」
グラスリッパーの分身は全て地へ倒れ、バゼールの角も全て折れていた。
それでもなお、能力を使い切っても足掻き身一つで闘わんとするバゼールが遂にグラスリッパーを死に至らせた。
折れた角の一片を咥え、グラスリッパーの喉元へと突き立てる姿をミガテはその目で視認していた。
すでに広範囲へ起こされる攻撃は終わっており、互いの肉体だけによる一騎打ち。
それすらも、よろつく足で行われている。
少し離れていればミガテに危害は加えられない。
「……執念の勝利ってやつかねぇ」
スロールに食われる恐怖を抱かされ、足元が竦んだという過去があるグラスリッパー。
角を失っても尚、朱抹に挑んだバゼール。
最後まで戦ったという経験がバゼールを勝利に導いた。
「ははっ……どうだミガテ。俺は勝ったぜ! 思考を捨て、勝つことだけを考えた。これが動機ってやつだ」
「ああ、そうだな。いや、意味は全く違うけどよ。そんじゃぁ……」
「おう、それじゃあ……」
勝利に浮かれ、地に大の字に寝転ぶバゼールを見て、ミガテは針を取り出す。
「それじゃあな。『鬣犬の心』」
バゼールの視界が暗闇に塗りつぶされる。
「……へ? ぎゃぷっ!?」
勝利者とは思えない無様な断末魔を上げながら、バゼールは喉へ針を突き立てられた絶命した。
それは自身が遂に倒したグラスリッパーと似たような死に方。
バゼールは勝利者と同時に敗北者となった。
ミガテは地中へ潜る際にバッターの死体を引きずり込んでいた。
2匹の闘いの観戦のおやつ代わりにバッターを喰らい、能力を得ていた。
「……さて、後は片付けとなるが」
幻想のように一陣の風とともに荒野は消えていた。
残ったものは数百頭のグラスリッパーの死体、バゼールと角のみ。
「……食らい切れるわけねえだろ」
グラスリッパーとバゼールの能力は強力。
だが、その能力全てを奪うためには数百頭のグラスリッパーと13㎞分の角。
それらを喰らい尽くすまでにどれだけの時間を要するだろうか。
「……都合よくいかせねえってわけか」
ため息を付きながら、ミガテは次の死体を捜しに歩き始めた。




