Take2―43 感覚
要因は2つあった。
1つ目は、あくまでミガテがバッターの位置を捉えている情報が嗅覚や聴覚頼りであったこと。その位置が分かろうと、頭部や胴、手足の正確な場所は分からない。位置を知ろうと部位は知れない。
最も確実に殺すとしたら頭部。脳を破壊すればいい。だが、暗闇の中で頭部を狙うのは、凡その位置でしか狙えない状況では外す可能性がある。頸部であればより外す可能性が高まるだろう。だから胴を狙った。重要な臓器も多い。心臓だけでなく肺に攻撃が当たれば呼吸困難を生じさせ絶命させられるだろう。胃やその他臓器であってもダメージはダメージだ。
2つ目は、ミガテのお気に入りであるハリネズミの針が直線であったということである。
逆棘の付いていない針はただ直線状にある体内物質を破壊しただけに過ぎない。
それも、完全には得られなかった能力だ。
脳や心臓といった急所であるならばともかく、腹部であるならば内臓を取り出さない限りは細い針のダメージ量などそれほど期待できない。
ともあれ、バッターは生きていた。
軽傷とは呼べない傷を負おうとも、死ぬにはまだ早すぎた。
「そんじゃあホミーの死体でも食って完全な視界強化といこうか……ん?」
暗闇が続いていた。
未だ晴れることのない視界に、能力が解除されていないことをミガテは身構える。
「……哺乳類だと、甘く見ていた」
ミガテの背後から声がする。
立ち上がる気配。
「チッ……浅かったか」
それとも刺す場所が悪かったか。
ならばもう一度、と針を握るミガテだが、相手の気配が徐々に薄れていくことに気が付いた。
気配……というか感覚が薄れていった。
「これは……?」
「『蝙蝠の心』」
その声を最後に、ミガテの感覚から音も消えた。
『蝙蝠の心』の能力は認識し合った互いの視覚という感覚を不能化するというものだ。
どのように視覚を強化しようとも、全てを無効化し、見えないという状態に終結させる。
相手も自身も見えない。
失った感覚に代わってバッターは超音波による反響定位を使い位置情報の取得を行っている。対する相手は視覚を失った状態で闘わなければならない。
アドバンテージを得たバッターはその有利な状況と、相手の困惑している隙を付くという戦法を使っていたのだが、ミガテは嗅覚と一度自身で使って体験しているという理由からバッターの能力の影響を大して受けずに反撃に出ていた。
だから、使わなければならなかった。
視覚を失わせれば勝てるだろうと、高を括っていた。
使うまでもないと、下に見ていた。
「聞こえもしないだろう。臭いもしないだろう。俺も聞こえない。臭わない。互いの視覚だけでなく、他も封じたのだからな」
バッターの能力によって無効化出来る感覚は視覚だけに非ず。
選択式であり五感全てを任意によって無効化する。
視覚のみ無効化していたのはバッターとてそれ以上は操作できるか自信が無かったから。
反響定位を使っているが、嗅覚や聴覚とて頼っていたから。
足りない、というよりも自信が無い。
使わざる状況にならなかったのだから、使う必要も無かった。
「だが、今は別だ」
自信が無くても使わざるを得ない。
使わなければ勝てない。使う必要がある。
肌で感じる。
バッターの正確な位置を。
嗅覚や聴覚が残っていた時よりも、絞った分だけ正確にミガテの動きを追うことが出来る。
バッターがミガテの首元に喰らい付く。
「おいおい嘘だろ……」
その独り言は呟いた本人にすら届くことなく消えていく。
「俺がアイツを喰らったとき、こんな能力だとは分からなかった。喰らえば能力を得られるということはつまり、能力を知ることが出来るということだ」
だが知らない。
視覚以外を封じられるだなんて知らされていない。
「何が原因だ……? 死体は丸まる残っていた。倒した動物が草食獣だったのかは知らねえが、全身焼き焦げた状態で……焼き焦げた……?」
まさか、と思い当たる節があった。
他に似たような状態の死体を喰らったことが無いから検証のしようが無いが、それ以外の原因も思い当たらない。
「まさか、炭化して空気中に舞った、あるいは体液のいくらかが蒸発したからだなんて理由じゃねえだろうな」
くだらない、と吐き捨てることは出来る。
だが、それ以上に捨ててしまってはこれ以降に同様の死体を喰らう時に学習していないことになる。
完全に死体を喰らっていないから完全に能力を得られなかった。
視覚を互いに封じる。体力の消耗がある。
それだけをミガテに与え、空気中へと消えてしまった部分が他感覚も失わせるという情報を持っていた。
積極的に使っていなかった部分の能力だから占めている割合が少なかったのかもしれない。
理にはかなっているが、同時に能力がそこまで合理的に働いているものだとは。
もっと大雑把なものだと思っていただけに、認識を改める必要がある。
元より、体の完全不完全や喰らった割合からどのような能力を得られるか。
それを喰らって使ったところで、どの程度まで再現出来ているのかはミガテにも知り得ない。
敵が使っていたならばまだしも、使っているところを見たことが無いのであれば、喰らって得た情報がミガテの全てだ。
「この様子じゃ、他の能力も完全に得られているかは怪しいところだな」
地面にぶちまけてしまった血液。
爆散した肉片。
骨までしゃぶりつくし、噛み砕いたはずだが、細かに零れてしまった食べ残しまで喰らわないと完全に能力を得られたと言えないのであれば、どれほどの数の動物の能力を完全に能力を得たと言えるのだろうか。
「チッ……」
首元に痛みが走る。
「痛覚は残っているんだな! 触覚もか!」
確かめるように手を開閉し、その運動感覚が残っていることも確認する。
それどころではないと思いつつも、確認し残っていた感覚に安堵してしまう。
バッターが封じた感覚は3つ。
視覚、嗅覚、聴覚である。
味覚は封じても意味が無い。
触覚は封じてしまえば反響定位にも影響が起きてしまう。
温冷覚、痛覚は迷ったが封じすぎてしまうと消耗も大きい。
「……早く、回復しないと」
バッターの能力は体力の消費を伴う。
使う度に吸血することで回復しているが、3つも封じてしまえばその消耗も3倍早い。
碌に身動きの取れないミガテの首元に噛みつき、牙を立てる。
「離れろ!」
ミガテは体から力が抜けていく感覚に襲われる。
暴れれば離すことが出来る。そう思っていたが、力が出ない。
体力を消耗したバッター以上に消耗していく。
「ゆっくりとだ。ゆっくりと衰弱していけ」
「糞が! 互いの感覚を失わせる能力だと!」
このままでは多量出血によるショック死がミガテを待ち受けている。
何とか打開策を練るが思いつかない。
考える力すら失ってしまったかのように。
事実、頭から血の気が失せているわけだが。
「(嗅覚を封じられてちゃぁ、ガスは意味ねえよな……。即効性があるような能力は……)」
嗅覚に訴えかけるようなガスは出せない。
そして、自身がガスを無効化出来ないため毒性のガスも出せない。
音や光を出しても意味が無い。
何の能力を持っていたか、それすらも忘れていく。
自身の解決は困難。
「俺の視覚、嗅覚、聴覚を失わせて勝ったつもりかよ!」
「(……妙だな)」
バッターにはミガテの声が届かずとも、体の動きと振動で大声を荒げていることが分かる。
無意味な行為であり、無駄に体力を消耗するだけ。
それを分かっているはずなのになぜ、やっているのか。
まるで誰かに伝えるために声を張り上げているようだ。
能力の詳細とどこにいるか位置を伝えるために。
バッターには分からない。
何故ならば、彼は孤独であるから。
独りで闘うことしかしてこなかったから。
「出番だぜ、お前ら!」
大声を上げる。
ミガテにもバッターにも聞こえない。
だが、その場に駆け付けた第三者達にはしっかりと届いていた。
「仕事の時間か」
「こいつはまた、貫き甲斐の無さそうな奴だ」




