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雇用契約の締結

多分五話程度で終わるかと……。

 三か月従事した工場での勤務が終わり、ハローワークの扉をくぐった筈が、なぜかやたらと広い部屋にいた。意味が分からない。


「勇者よ、良く来てくれた! 魔王を倒して我々を救って欲しい!」


 豪奢な椅子に座っているのは、どうやらこの国の王様らしい。勇者に魔王と来たら嫌でも分かる。近頃流行りのヤツですね。


「……仕事ですね?」


 仕事を貰えるのであれば否はない。所詮はその日暮らしに近い生活をしていた身だ。最近は条件の良い求人も少なくなっていたので、むしろ歓迎で前向きに検討したい。家族も親しい人もいないので、日本に未練はない。まあ、この国の生活水準が分からないのは少々不安ではあるが。


「仕事? ……確かにそうだが」

「では労働条件を聞かせて下さい」


 これまで労働条件の食い違いで嫌な思いをしたことは何度もある。きっちり詰めておかないとお互いが不幸になるのは目に見えているし、ブラックは勘弁して欲しい。

王様はポカンと口を開けている。俺の言葉がそんなに予想外だったのだろうか?


「業務内容、期間、就業場所、始業・終業の時間、残業の有無、賃金、その他諸々を教えて頂かないと、お引き受けするかの判断ができません」

「むむ、業務内容は魔王を倒すこと、期間は魔王を倒すまでだ。見事魔王を倒した暁には褒美は思いのままである!」

「漠然とし過ぎです。それでは何をしたら良いのか全く分かりません。倒すと仰いますが、殺すのか封印するのかやっつければ良いのか……。それに、まともに戦ったことなんてありませんよ?」

「それは大丈夫だ! 召喚された勇者には強大な力が与えられると聞いている。それに、最初は騎士団や魔術師団で武器や魔術の訓練をしてもらう」

「なるほど、研修期間があるのですね? 研修の目的・目標・期間等の計画を教えて下さい」


 王様だけでなく周りにいる人達の目が点になっている。暫く沈黙が続いた後に、王様が眉間に皺を寄せて絞り出すように言った。


「勇者殿の知りたいことを一度書き出して頂こう。そちらをベースに文官が素案を作成する。素案を基に話し合いをしようではないか」

「分かりました」

「侍従長、勇者殿を部屋へ案内してくれ」

「畏まりました」


 案内されたのはさっきまで暮らしていた寮が丸ごと入りそうな部屋だった。広過ぎて少々落ち着かない。天蓋付きのベッドなんて初めて見たよ。

 リュックに入っていた手帳を一枚破り、契約前に聞いておきたいことを箇条書きにしていく。業務内容、期間、就業場所、始業・終業の時間、残業の有無、賃金・賞与、休日・休暇、業務研修、安全・衛生に関すること、災害補償に業務外の傷病扶助、各種手当に福利厚生、そして身分。

 王様に雇われるってことは公務員に相当するのか? 折角なので末永く雇って頂きたいものだ。非正規公務員はかなり悲惨なので、ここはちょっと頑張りたいところだ。


 ざっと書き出したメモを侍従長に渡す。


「では、素案ができるまではごゆるりとお過ごし下さい。扉の前にはメイドが控えておりますので、何なりとお申し付け下さい」


 侍従長は見惚れるほどの一礼をして部屋から出て行った。やっと一息つける。

 召喚された者は強大な力が与えられるって言ってたけど、本当か? 特に変わったような気はしないんだけど……。




 一時間程して侍従長が来た。王様が呼んでいるらしい。素案ができたのかな? 侍従長について案内されたのは、さっきとは違う会議室のような部屋だった。王様の他に頭の良さそうな人達が十人くらいいる。みんな超エリートなんだろうな。


「勇者殿、折角貰ったメモだが、我々には理解ができなかった。済まないが説明してもらえないだろうか?」


 申し訳なさそうに切り出したのは宰相様らしい。他の人達は恥ずかしそうにしている。あー、剣と魔法の中世ヨーロッパ風の世界だとすると、ちょっと先進的過ぎるのか。概念がないものもありそうだ。理解してもらうのは大変そうだな……。



 結局、その後半日かけて各項目の説明をした。なかなか疲れる時間だった。最初の業務内容でまず認識を合わせるのにひどく苦労した。なんだよ、魔王を倒すって。マジで倒すの意味が分かんねえ。そもそも魔王を倒さなきゃいけない理由からちゃんと説明して欲しいと言ったら、みんな目を白黒させていた。

 なんでも、大陸の端にあった魔王の国がどんどん他国を併呑しているらしい。で、この国と隣接するようになって暫くすると小競り合いが頻発し、少なくない人数の国民が拘束されたとのこと。最近では魔王の国が国境近くに兵を集めているため、侵略されるのではないかと警戒しているが、国力の違いもあって勝ち目が薄い。已むに已まれず勇者の召喚を行ったと。


「ってことは、本当の目的は魔王の国の侵略を止めることで、魔王を倒すのは手段の一つですよね?」

「うむ、その通りだ。不当に拘束された我が国の民を返し、侵略しないというのであれば共存は可能である」

「大体魔王を倒すなんて簡単に仰いますけど、それって暗殺しろってことですよね? この国では人殺しは罪にならないんですか?」

「そんな訳があるか!? 殺人は罪である!」

「だったら罪を犯せなんて言わないで下さいよ。仕事をしたら罪を裁かれるなんて困ります」

「確かにそうであるな。では、業務内容は『魔王の国の侵略を止めること』としよう」


 万事がこの有様で背景から確認しないと話が進まない。決め切れないものも沢山あるし後から気が付くものもあるだろう。なので、まずは大枠を決めて、残りは都度相談して変更する場合、或いは新たに追加する場合には合意書を取り交わすことにした。


 今日決まったのはこんな感じになった。


1:業務内容

魔王の国の侵略を止めること。但し、魔王の国と戦争が始まった場合は別途契約を交わす。

2:期間

無期限。

3:就業場所

王城。但し、出張あり。

4:始業・終業の時間、残業の有無

日の出から日の入りまで。残業有り。

5:賃金・賞与

年間金貨百枚(騎士団長に相当)を月毎に支給、成功報酬は金貨千枚とする。賞与はなし。

6:休日・休暇

五勤二休、有給休暇は年二十日。欠勤は日割り分の賃金を削減。

7:業務研修

業務に必要な知識・技能を高め、資質の向上を図るため必要な教育訓練を行う。

8:安全・衛生に関すること

国は安全衛生の確保及び改善を図る。

9:災害補償に業務外の傷病扶助

業務上の事由又は通勤により負傷し、疾病にかかった場合は災害補償を行う。

10:各種手当に福利厚生

出張手当、危険手当有り。住宅手当は城に部屋を用意するためなし。

11:身分

国家公務員(国王直属の役人扱い)

12:その他

 契約内容を変更する場合には両者の合意をもって行い、都度合意書を交わすこととする。



 契約書を二通作成し、お互いに一通ずつ保管することにする。

 明日は研修内容のすり合わせをすることになった。まあ、武器だの魔術だのの研修について、俺が何か言えるとも思えないんだけどね……。

 魔術はちょっと楽しみ。


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