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それにしても、気持ちのいい日だ。私は、日傘をたたんだ。春のうららかな陽の光を浴びたくなったから。いい日光浴日和。
「あれ!」突然左の田んぼのほうから声がした。
見ると、私のおばあちゃんの家の隣に住んでいる。山田さんだった。
「こんにちは!」
「こんにちは!良い天気ですねぇ」山田さんは愛想良くいった。
「おばあちゃんの所に?」
「はい」私は答えた。
「でも、その前にこちらの方と老人ホームに行かなければならないんです」
紳士はにこにこして私の横に立っていた。
「どの人?」山田さんは大声で聞いた。
「どの人って……」
……。私は、バッと紳士の方を振り返った。
紳士は、相変わらず笑いながらも首を横にゆっくりとふっていた。
「彼女には私のことは見えません」
世界が止まってしまったかのように思われた。
「どうしたの?だいじょうぶ?顔色が悪いわよ」山田さんが心配そうに聞いた。
「いえ、大丈夫です。それではまた」私は抑揚がない声で言った。
そして、ズンズンと歩き始めた。足早に。
「おっと」紳士はそう言って、私にペースを合わせて歩き始めた。
山田さんから50メートル程離れて、橋にさしかかった所で私は足をとめた。
「どうしたんですか?顔色が悪いですよ」紳士は心配そうに私の顔をのぞきこんだ。
「当然です!」私はキッとなって言った。
「あなたに聞きたいことが、いくつかあります」
「なんでもどうぞ」紳士は穏やかに言った。
「まず」私は息をすって、切り出した。
「あなたは何者ですか?」
「先程お話したはずです」紳士はもどかしそうに言った。
「天からやってきた者です」
「何をしに?」私は詰問した。
「あなたを天への散歩にお誘いするためにです」
紳士はそこでクスっと笑った。
一方私は笑うどころではなかった。私はゆっくりとまた歩き始めた。
天への散歩……。顔から血が引いていくのが分かった。
私は死んだのだろうか。だから上からお迎えが来た。
でも、いつ?どうして?まだ十代のピチピチなのに……。
もしかしたら、人って自分が死んでも気付かないものなのだろうか。
心臓がバクバクと高鳴る。何事も起こりそうにない田園の中で。
こんなに美しく平和な場所で。バクバクと……。
「……!」
心臓が動いている!私は生きている!
そうだ。だってほら息をしているもの。
それに、よく考えれば山田さんは私のことが見えていたじゃないか。
血が顔に戻ってくると同時に、私の心は喜びで満たされた。
そして立ち止まり、やや後ろにいた紳士を振り返って自身満々に言った。
「まちがっているのは、あなたです」
「ほう!」紳士は、おおげさに驚いたよう言った。おもしろがっているようだ。
「私はが何かまちがいましたかな?」
「ええ…」私は今度はイライラをにじませて言った。
「あなたは私を天の散歩に誘いましたが、私は実は生きているんです。だってほら」
そこで私は右手を左胸にあてた。
「心臓が動いています。それに」次は大きく息を吸ってみせた。
「息もしています」
私は勝ち誇ったように紳士を見た。
紳士はしばらく沈黙した。そして、今度は紳士が先に歩き始めた。