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あぜ道の散歩(短編小説)
私はあぜ道を歩いていた。あたりには水田が広がっている。
田植えがちょうど終わった時期で、一面緑。太陽に照らされて、美しく輝いている。
おばあちゃんの家に向かう途中。いつも通る道。日傘をさして。鼻歌を歌いながら。
向こうから一人の紳士が歩いてきた。見知らぬ人だ。
しゃれたシルクハットをかぶり、いかにも高級そうなスーツを身にまとっている。
手には茶色の杖がにぎられていた。背はすらっと高く、姿勢がとても良かった。年齢は60歳くらい。
それにしても、と私は次第に近づいてくる紳士を眺めながら思った。
なんてミスマッチなのだろう。あの紳士とこの田園風景。モナリザが遊園地に立っていたらかもし出されるだろう違和感と、いい勝負だ。
もうすぐですれ違うという時。紳士が立ち止まる。
私もつられて立ち止まる。私は紳士の顔を見た。(背が高かったので、見上げなければならなかった。)優しそうな顔。紳士は微笑して私を見ていた。
「そこのお嬢さん」紳士は深みのある声で私に言った。
「私と一緒に行きましょう」
私は困惑した。周りをきょろきょろして、自分の他に誰もいないか確認する。
誰もいない。
「どこへですか?」私は胡散臭そうに紳士を見て、聞いた。
「そうですねぇ」紳士は楽しそうに言った。
「天にでも行きましょう。綺麗なところですよ。散歩にはぴったりです」
冗談を言っているのだろうか。私は、じっと紳士の顔を見た。
「あの……」
「ああ、すいません。これはいきなり失礼しました」そう言って、紳士はシルクハットをとり、軽く一礼した。黒髪と白髪が混じっている髪は、短く切り込まれていた。
「私は、天からやってきた者です」そう言って、紳士は上を指差した。
「はぁ、おもしろいご冗談ですね」私は、あいまいに笑って言った。
「いえいえ、冗談ではありません。信じられないかもしれませんが、私は天から降りて来たのです」
どうも、紳士は本気で言ってるらしかった。
そういうことか、私は思った。このおじいさん、ボケているんだ!
あ!そうだ。私は、はっとした。
おばあちゃんの家の近くに、老人ホームができたんだ。
数ヶ月前にオープンしたばかり。人手が足りなくて大変らしいって、おばあちゃんが言ってた。このおじいさん、抜け出してきたんだ。きっと、老人ホームの人は忙しくて気付かなかったんだ!
「あの、おじいさん」
「はい?」
「天はどこにあるのですか?」
「知らないのですか、上ですよ」紳士は、また上を指差した。
「でも、どうやって上にいくんですか?私たち、飛べませんよね」
「道があるんです。あちらに、天に続く道があります」
そう言って、紳士は自分の来た道を示した。
私は、にやりとした。きっと老人ホームを示しているに違いない。
ビンゴ!私は、自分の推理にすっかり満足していた。
とにかく、この老人をホームまで送り届けねばならない。
「私は、そこに案内してもらえますか?」
「もちろんです!」紳士はにっこりして言った。
「あなたに言われなくても、そのつもりでしたから」
二人はそろって、歩き始めた。老人ホームの方へ。ゆっくりと。