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かくて聖者は《奇蹟》に抗う  作者: RYO太郎
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第七章  黒妖の魔騎士  その⑤



 自身は手にする長剣でフランシスたちを牽制しつつ、ギュスター伯爵がエリーナの喉もとに短剣を突きつけながら、庫内に収容されている馬車に乗りこもうとゆっくりと移動をはじめた。


 その動きを阻止するかのように、にわかにエリーナが叫んだ。


「フランシス卿! 私にかまわずリンチを討ち果たしてください! いまこそこの男に積年の報いをうけさせ……!」


 ふいにエリーナの声は途切れ、かわって悲鳴があがった。エリーナの髪を逆上したリンチがひっぱったのだ。


「だ、黙れ、小娘! 余計なことをぬかすと、ただでは済まさんぞっ!」


「き、貴様、よくもエリーナ様にっ!!」


 フランシスの激高が、憤怒と憎悪をはらんだ緊張を一帯に走らせた。


 あらためてリンチたちが馬車庫内へ移動しようとした、まさにそのとき。リンチたちの頭上高くから何かの「飛翔体」が空を切り裂きながら落下してきた。


 さらにその一瞬後、その飛翔体は「たまたま」落下地点に立っていたギュスター伯爵の頭に炸裂し、音をたてて砕け散った。


 白目をむいてひっくり返った伯爵の周囲に散在していたのは、屋敷の外壁などに使われているレンガ材であった。


 しかし、火災が原因で屋敷の壁が崩落したとしても、馬車庫の建物は一番近い屋敷の外壁からも大人の歩幅で二十歩以上も離れた場所にあり、レンガ材が頭上に落下してくることなどありえないのだが、誰もそんな疑問になど関心をむけなかった。


 リンチたちにとっても、フランシスたちにとってももっとも重視すべき関心事は、エリーナに短剣を突きつけていたギュスター伯爵が気を失い、その結果、自由の身となったエリーナがフランシスのもとに走り、さらにその結果、膠着状態の要因であった人質の存在がなくなり、さらにさらにその結果、もはや戦闘を交えるのになんの支障もなくなった、というその一点のみにであった。


「いまだ、リンチを討ちはたせっ!!」


 喚声があがった。悲鳴もあがった。フランシスの叫びを端にして、革命軍兵士と近衛兵との間にに乱刃劇が開始されたのだ。剣と剣が衝突し、槍と槍とが交錯し、怒号が重なりあい、一帯にうめき声と鮮血が飛散した。


 そんな怒号と悲鳴と刃音が交錯する中を、リンチは一人逃げだした。両軍の兵士がいり乱れたいまこそ、逃げる好機と判断したのだ。


 国王を守るべく奮戦する近衛兵たちを微塵も顧みることなく走りさっていったリンチは、屋敷の角を幾度か曲がり、裏手門が視界に入ったところで安堵したのか、ふと背後を振り返った。


 だが次の瞬間、リンチは声のかわりに両目を跳びださせた。


 それも当然であろう。手にする長剣の刃を月光に閃かせながら、視線の先からフランシスが猛然と迫ってきたのだから。


「逃がさんぞ、リンチ!!」


 怒号とともにフランシスが長剣の一撃を打ちこんできた。仰天しつつも、リンチもとっさに手にする剣をふりはなって、その一撃を防御する。予想をこえて強烈であったフランシスの斬撃に、剣を持つリンチの手に痺れが走った。


「……お、おのれぇ、小倅めがっ!」


 腕の痺れにリンチは顔をゆがめたが、そんなリンチにかまうことなく、フランシスは二撃三撃と、苛烈で容赦のない一刀と怒号を叩き込んでくる。


「今日こそ積年の恨みをはらしてくれるぞ、リンチ! 貴様は国王にあらず、非道な盗賊にすぎん。違うというのなら剣によって証明しろっ!!」


「つ、つけあがるな、小倅! 貴様ごときに負けはせん!」


 リンチは激昂し、フランシスに反撃の一刀を打ち返していった。一対一という状況がリンチに逃走ではなく、「返り討ちにしてやるわ!」という判断を働かせたのだ。


 だが、目の前にいる青年はたんなる侯爵家の貴公子ではなく、数年にわたってジェノン革命軍を統率し、国軍を相手に戦いつづけてきた歴戦の勇者なのである。当然のごとく、白兵戦においてリンチのかなう相手ではなかった。


 わすが数合、剣を打ちあわせただけで、リンチは愛用の長剣を弾き飛ばされ、その喉もとに剣先を突きたてられる始末であった。


「覚悟するがいい、リンチ。国王夫妻、クリステン殿下、わが父レイモン。そして貴様の無法によって非業に散った数多の人々の無念。いまこそ、このフランシスの手で晴らしてくれるっ!!」


「ま、待て、小伜……い、いや、フランシス卿。頼むから待ってくれっ!」


「いまさら命乞いか。見苦しいぞ!」


「頼む、このとおりだ!」


 疲労と恐怖にかすれた声を絞り出すと、リンチはふいにしゃがみこみ、両手をついて額を地面にこすりつけた。


 予想外の行動にあ然とするフランシスにむかって、地に平伏したままリンチは語をつないだ。


「た、頼む、フランシス卿。どうか生命だけは助けてくれ。むろん王位は譲る。いや、返上する。それだけではなく生命を助けてくれるというのなら、このジェノン王国から永久に姿を消す。生涯、二度とこの国に足を踏みいれないことを誓約する。だから頼む、このとおりだ。生命だけは助けてくれ!」


 流れるような、よどみのない助命懇願の弁だった。おもわず引きこまれ、つい応じてしまいそうになる催眠的な響きの弁舌だ。それは少なからず効果をあげ、卑屈を絵に描いた態で地面に平伏するリンチに、いつしかフランシスは手にする剣先を地面に向けていた。


 それゆえ気づかなかった。フランシスの剣先が地上に向けられたことを察した瞬間、地に平伏するリンチの両眼が妖しい光をはなったことに……。


「――ばかめっ!」


 ふいに悪罵を放ったリンチが、ひそかに握りしめていた砂利をフランシスにむかって投げつけた。


 砂利は顔面を直撃してフランシスはおもわずのけぞり、その一瞬をリンチは見逃さなかった。視力を奪われたフランシスに体当たりをかまして横転させると、その手から長剣を奪いとり、逆にその喉もとに剣先を突きたてたのだ。


「ククク、どこまでもあまい奴よな、小伜。さっさと殺せばいいものを、躊躇するからこのような目にあうのだ。その未熟なあまさが貴様の敗因だ。いや、死因かな」


 嘲笑の語尾に激高が重なった。


「き、貴様、この卑怯者がっ!」


「ワッハッハ! なんととでもほざくがいいわ、小伜。どんな手段を使おうが、最後に生き残った者こそが勝者。そう、勝者なのだ!」


 高笑いもそこそこに、リンチは長剣を宙高くに振り上げた。


「死ねい、小伜!」


 うなりを生じてリンチの凶剣がフランシスの頭を撃砕しようとした、まさに寸前。どこからともなく宙空を走って閃光の一弾がリンチの脇腹に炸裂し、その身体を一瞬にして吹き飛ばした。


 声もなく宙空を飛んだリンチは、ほどなく砂利と土でつくられた邸路の上を五転六転し、その先にあった屋敷の外壁部に背中から叩きつけられた。


 その衝撃でリンチは気を失ったが、幸か不幸か、その時間はこぐ短かった。


 意識を回復させ、顔を押さえてうずくまるフランシスの姿を離れた場所に視認したとき、リンチは自分が吹き飛ばされたことを知った。むろん、何が原因でそうなったかまではてんで理解できなかったが。





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